囲碁にまつわる言葉 その11 【呼吸点】

かつてウィスコンシン大学(University of Wisconsin-Madison)で研究していたとき、メモリアルホール(Memorial Hall)という学生会館の片隅で中国系か韓国系の院生が碁盤を囲んで対局していたのを覚えています。私は貧乏院生でしたので、碁を勉強するゆとりと時間はありませんでした。碁を学ぶ機会を失ったのですが、学位はなんとか貰い帰国して、国立特別支援教育総合研究所に職を見つけることができました。このとき、かつての宣教師でスタンフォード(Stanford)日本人会の会員の紹介で研究職を見つけられたことは幸運でした。

呼吸点の数は石が3つ並んだほうが多い

—–【呼吸点】——–
碁で大事なことは、「石の強弱の見分け方」といわれます。それを示すのが呼吸点がいくつあるかです。呼吸点とは、ある石に隣接した空点のこと、又は逃げ道のことです。逃げ道の少ない石や、眼のない石のことを弱い石と呼びます。反対に呼吸点の多い石や二眼以上ある石は強い石となります。

ただ、呼吸点よりも大事なのが「根拠」とか「眼」です。囲まれた石には逃げ道はありません。呼吸点が塞がれた状態です。周りが強くなるとその中で生きることを考えなければなりません。このような状況では、形勢はただならぬと考えられます。

囲碁にまつわる言葉 その10 【相場】

現在の八王子囲碁連盟の前身は「碁老連」と「碁楽連」です。平成元年に名称が変わったのです。実は、その前に八王子囲碁連盟は存在していました。昭和45年に元の「八王子囲碁連盟」が結成されたのです。この連盟は、日本棋院八王子支部、同東部支部から成り、その後高尾支部と元八支部が加入します。しかし、会員の高齢化や減少によって運営が困難になり、すでに結成されていた碁楽連と平成19年に合併し、「八王子囲碁連盟」は無くなります。

お互いにいい分かれ

—–【相場】——–
【相場】とは、ある物事についての世間一般の考え方や評価、または世間並みと認められる程度のことです。互いに納得できることです。

精選版 日本国語大辞典には、興味ある説明があります。室町時代の中頃より、売買の仲立ちをする商人である「牙儈(すあい)」が出現するようになり、仲介者が取り決めた価格によって売買が行なわれることが多くなります。「牙儈」とは、物品売買の仲介を業とする者や、その仲介料を指します。牙儈の価格はもともと「すあい」の集合する場、すなわち「すあい場」で成り立っていたところから次第に協定価格そのものを意味するようになります。やがて転化して「あい場」というようになり、それに「相場」の文字をあてたところから「そうば」の語が生じたという説です。

囲碁にまつわる言葉 その9 【結局】

碁老連の相談役として三浦浩氏が活躍されます。「八王子に生まれ、八王子で育ち、八王子で住んでいた」八王子の囲碁界にとって忘れられない存在です。日本アマチュア本因坊決定戦全国大会での最初の優勝は1971年の17回大会です。この大会の特徴は選手の年齢が大幅に若くなったことで、前回の16回大会では37.5歳、17回大会は30.8歳というそれまでにない若々しい大会だったといわれます。24歳という少壮気鋭の三浦氏が初出場で初優勝という栄冠を獲得します。そして、1999年の第45回同アマ本因坊決定戦で5度目の優勝を飾ったとき、25歳の対戦相手をして「昔の自分を見るようでした、若さの勢いを感じました」と対局を振り返っています。

五強といわれた村上文祥、平田博則、菊池康郎氏らを破っての優勝です。その後、アマ六強といわれるようになります。2014年9月29日、享年68歳でお亡くなりになります。八王子の囲碁界にとって誠に惜しまれる逸材です。この大会後のコメントが振るっています。
 ・三浦浩氏:「相手が石音大きく着手してきたら、それにつられないで、そっと石を置くのも冷静な気合いだ」

—–【結局】——–
碁の対局で一局打ち終わるとか、ひと勝負が終わることが「結局」です。終局ともいいます。「結」は物事のしめくくりのこと。「吉」には「引き締まる」様子を表現しています。「糸」を組み合わせて「糸をしっかりと引き締める→繋ぎ合わせる」ということです。「努力が実をむすぶ」という意味につながります。「局」は勝負や回数という意味で、転じて物事のなりゆきや様子のことです。

囲碁にまつわる言葉 その8 【根拠】

平成2年9月に開かれたNTT主催の碁老連敬老囲碁大会は、参加者がおよそ100名という盛況ぶりだったようです。その年、世界アマ選手権日本代表となった三浦浩氏による大盤解説が大好評だったとあります。

NTT囲碁全国大会には、碁老連から10名の観戦招待者が参加されます。NTTは、まだまだ羽振りが良かったようです。この頃から、「ボケ防止のための啓発囲碁大会」から日本棋院や八王子市の後援を得ていきます。当時の碁老連と現在の八碁連会員の名簿を比較しています。当時の碁老連会員は今年の八碁連会員の名簿には見当たりません。時の流れを感じます。

—–【根拠】——–
「根拠」という手は盤上最大の手になる事が多いのだそうです。生き死にかかわる手は、根拠となる手のことですから、盤上で最大の手となるのは頷けます。「根拠を持つ」ということは、単に生きることとはまた違います。「生きる」ということと「逃げる」ということを見合いにする状態が「根拠を持つ」ということです。しかし、取られなければ平気と思っていると、後々逃げ回ってしまう羽目になります。

根拠を確保した展開

スポーツならフォーム、歌なら姿勢、芸術ならイメージ力、論文ではデータが根拠にあたるものです。それらの基本があるからこそ柔軟に対応したり、論理を展開することができるのです。根拠のある強い石の例は、二間ビラキや星の形をした姿です。

囲碁にまつわる言葉 その7 【一目置く】

平成3年の碁老連ニュースには、日本棋院が発行していた「囲碁新聞」の「ボケ防止と囲碁」という記事を掲載し始めます。もちろん棋院より記事の転載許可を得ています。東大医学部教授の折茂肇氏と石倉昇七段の共同執筆です。脳の老化の仕組みとか、病的な老化や生理的な老化、といったことが解説されています。囲碁の効用のなかで、「碁を打っているとぼけない」というのが決め台詞のようです。

—–【一目置く】——–

一目置くライオン


「大辞林」によれば、【一目置く】とは、「自分より優れていることを認めて敬意を払う、一歩譲る」とあります。一目置くは囲碁から生まれた言葉で、一目は一個の碁石のことです。囲碁ではハンディとして、弱い方が先に石を一目置いてから対局を始めます。 通常の対局では「弱い方が先に石を置く」のです。なぜかと言いますと、盤上ゲームは基本的に先手の方が有利だからです。そこから、【一目置く】は、相手の実力を認め敬意を払う意味となります。

「一目置く」の強調した言い方には、「一目も二目も置く」という表現があります。注意すべきことというか、意外なことは「一目置く」は自分より目上の人に対しては使わないということです。「一目置く」には「相手を評価する」という意味も含まれているので、基本は目上の人が目下の人に対して使う言葉となります。世間での「一目置く」の使い方は逆のような感じがします。

囲碁にまつわる言葉 その6 【八百長】

八王子囲碁連盟の前身、碁老連はその大会への参加条件は60歳以上の市民と会員で、段位を持っていること必要でした。しかし、世の中の変化のせいでしょうか、その後の大会では級位者も参加できるようになります。碁の人口を掘り起こしたり、広げるために順当な判断だった思われます。

碁老連ニュースはなぜか第10号から手書き刷りとなります。それでも相変わらず記事は大会開催の案内や大会記録に終始しています。この理由は、ニュースは全く会員だけに配付され読んで貰う方針だったからだと思われます。しかし、ニュースというのは組織の顔にあたります。対外的な読者もいることを念頭におく必要があります。注目したい記事は、NTT敬老囲碁大会の対局の棋譜が掲載されていることです。八碁連だよりもこうした棋譜を載せて読者を楽しませることです。

—–【八百長】——–
広辞苑二版には、「明治初年、通称八百長という八百屋が、相撲の年寄伊勢ノ海五太夫と常に碁を囲み、すぐれた技倆をもちながら、巧みにあしらって一勝一敗になるようにした」とあります。この場合、年寄は相手は手加減の技倆を理解できていなかったようです。両国にあったある碁会所の来賓として招かれたのが16世・20世本因坊秀元です。八百長は秀元との対局で本気を出して勝負したことでその実力がばれたようです。以後わざと実力を出さないことを“八百長”と呼ばれるようになります。ただ、話が上手すぎるという印象もありますが、、、

八百長相撲

八百長の意味は、内々にしめしあわせておいて、なれ合いをすることとあります。相撲でも政治の世界でもみられることです。「おもねる」「へつらう」は、気に入られようとする下心のことです。ネガティブな脈絡でつかわれる言葉です。

2017年の新語・流行語大賞となったのが「忖度」。「他の人の気持ちを推し量ること」という意味」だそうです。「こびるとかへつらうというような下心はない」と辞書にはあります。ですが、報道されてきた忖度の用法は、どうも「おもねる」のニュアンスが感じられます。英語では「flattering」が相当します。

囲碁にまつわる言葉 その5【棊子麺】

八碁連の前身である碁老連は、同好会同士の囲碁対抗戦をやっていました。各同好会より6名の代表を選んで開いたようです。さらに新春囲碁祭りを2日間に渡って行ったというのですから、その元気さが伺えます。平成2年の大会には、今もかくしゃくとしておられる信江峻氏のお名前もあります。平成4年くらいまでは、ニューズレターは大会記録や碁楽連の規約、内規を満載です。

平成2年には、電話100年事業の一環としてNTT八王子支店が敬老囲碁大会を主催しています。大会参加者多数のために、予選会を実施するという盛況ぶりです。このときの弁当は,海苔巻き、いなり詰め弁当で300円とあります。ニューズレターには、駄句という断りながら、【碁敵は憎くも、愛し燕来る】【目を余して優勝ビール冷ゆ】という名句が掲載されています。

棊子麺

—–【棊子麺】——–
「棊」とは、碁や将棋の競技などの意味で、他の盤上遊戯の駒や碁石、その盤を意味します。「棊」は「棋」の以前に使われていた字です。棊は棋の異体字というわけです。江戸時代後期の有職故実の随筆『貞丈雑記』では、棊子麺は「小麦粉をこねて薄くのばし、竹筒で碁石の形に打ち抜き、ゆでてきな粉をかけた食べ物」との記述があるようです。原型は麺でなく碁石型だったというのですから面白いことです。現在は「ひもかわ」とも呼ばれ、平打うどんが通称になっています。

棊子麺の名称は、紀州の人々が食していた平打ち麺で、紀州麺から転じた用語という説があります。別の説もあります。信長の時代に『日葡辞書』というポルトガル語辞典がイエズス会から出版されます。その中に「Qiximen」という項目があり、「Qiximen.キシメン(棊子麺) 小麦粉で作った食べ物の一種」という記述があるようです。囲碁とは全く関係がなさそうですが、、、

囲碁にまつわる言葉 その4【玄人と素人】

八碁連の会長は長年にわたり1年任期が続きました。それだけ会長になれる沢山の人材がいたのか、はたまた2年、3年の任期では弊害が起こるのではないかという懸念があったからでしょうか。しかし、1年任期では相応の仕事ができるのかという疑問が生まれます。私の短い経験からしますと1年任期では中期的な仕事はできないという結論です。
 
政界をみますと、菅総理大臣も1年で退陣を表明しました。以前、宇野宗佑、羽田孜という首相はたったの2か月で辞めました。細川護熙も9か月という短命の首相でした。権力闘争や連合や連立といった内部における意見の対立によって、国民が期待する成果を挙げることができませんでした。

—–【玄人と素人】——–

素人と玄人の標識


玄人(くろうと)・素人(しろうと) という言葉です。黒石と白石から生まれた言葉が玄人であり素人です。「黒うと」「白うと」という表記はありません。でもおかしいな、という疑問が生まれます。対局するとき、碁の強い人が白を持ち、弱い人が黒を持ちます。もって平安時代では強い人が黒を持って対局をしていたといわれます。玄人とは、その道に熟達した人、特別の能力を究めた人です。そのために大いなる「苦労をした人」かもしれません。語呂合わせの印象もありますが、、、、

「玄」という漢字には〈黒い〉とか 〈微妙で深遠な理〉 という意味があります。老荘の道徳における微妙な道ともいわれます。他方「素」 の漢字には,〈色をつけてない〉 〈加工や装飾していない〉 という意味があります。「素のまま」とか「素っぴん」という用語がそれを表しています。

囲碁にまつわる言葉 その3 【先手と後手】

 八王子囲碁連盟の前身、碁老連の趣旨が少しずつ変わります。「ボケ防止のために、老人囲碁同好者の誰もが碁を楽しむことができるように機会と場所を確保する」というユーモラスな表現となっていきます。惚けとか痴呆、認知症という用語が広まってきたことがその背景にあるようです。高齢化社会がますます進行する時代です。「ボケ防止」はどうしたら実現するのか。「どしどし囲碁を打とうよ!」というのはあながち間違いではなさそうです。

この手は先手?


 しかし、碁を打っていればボケは防げるというのは、少々うさんくさい感じがします。近所に読書が好きで、俳句を作る90歳のお婆さんがいます。俳句の会にも参加しているのです。要は趣味を楽しむこと、人と会話すること、適度に運動すること、規則正しい食生活をすること等々、なんらかの姿勢や生き甲斐を持っていることが大事なようです。

—–【先手と後手】——–
 将棋は指す、囲碁は打つ、と言います。逆の表現はありません。囲碁では先手が黒石を持ち、後手が白石を持ちます。棋力が拮抗している者の対局では、先手と後手を決めるとき、ニギリが行われます。囲碁では先手が有利なため、後手に一定量の地を「コミ」として六目半を加算します。江戸時代にはコミがなかったといわれます。そのため、石を交代し2局を打ったたようです。「先手必勝」とはよくいわれますが、「先手必敗」という言葉は聞かれません。 

 対局において、盤上のある箇所に打つと大きな得をする手段が残る場合があります。通常相手はそれに受けます。そうしないと大損をするからです。先の対局者の着手を先手といいます。相手は、先の対局者に得をさせない着手で応じます。この着手を後手で受けるといいます。「先手をとる」とか「後手をひく」などの言葉ですね。前者は「機先を制す」「先に動く」、後者は「先を越されて受身になる」などの意味となります。

 石を取るか取られるかの戦いなどの場合、互いに手を抜けずに相手の着手の近くに着手することを繰り返します。その最後の着手を「後手を引く」といいます。先手を打たれても、大きな損をしないと判断すると「手抜きする」こともできます。この場合は、「手を抜く」ともいいます。
 ”後手”、”後手をひく”は英語では「defensive hand」「lose the initiative 」「passive move」などといいます。先手に対して堂々と受けて、じっと先手を待つのが碁の要諦のようです。

囲碁にまつわる言葉 その2【白黒】

 前回、八王子囲碁連盟(八碁連)の前身は、「八王子の碁を楽しむ老人連合」(碁老連)であることを申しあげました。碁老連ニュース第1号は、ガリを切り謄写版で刷っていたのです。ガリを切りは、結構職人がたきのような技能を要します。力を入れすぎると原紙が切れたりするのです。特に線を引くときは注意がいります。印刷ではインキのつけ具合が大事です。しばしば手が汚れたことを思い出します。

ガリ版刷り

 ガリ版が姿を消したのはワープロ専用機の登場です。昭和60年に日本語ワープロ専用機の先駆け的存在である「Rupo 」がでます。その後、「書院」「OASYS」「文豪」と続き、文書作りが一段と楽になります。
 
 碁老連を形成した頃の寿同好会の会員は有段者で、163名の会員数となっています。初心者や級位者は入会できなかったようです。ちなみに現在の八碁連の会員数は303名で級位者も含めた数です。碁老連の運営は、8つの寿同好会からの「上納金」や「寄付金」を充てるとあります。上納金とは面白い表現です。活動はもっぱら同好会の対抗囲碁大会、名人・王座・天狗戦大会の開催が中心だったようです。当時、初心者の育成とか子どもへの囲碁の啓蒙や普及活動などは視野に入っていません。

—–【白黒】——–
 碁石の大きさは、黒石が直径22.2ミリ、白石は21.8ミリです。錯覚で白い色は膨張して見えるので、同じ大きさで作ると白い碁石のほうが大きく見えてしまいます。見た目で同じ大きさに感じるよう、若干白石を小さくしています。対局のために、碁笥には黒石の数は181個、白石は180個が用意されます。
 物事には白と黒、表と裏、陰と陽があります。物事の是非・真偽・善悪などを決めるのが「白黒つける」です。その語源は、囲碁の碁石から由来します。物事をはっきりさせることです。人間の心理とし、「負ける・弱い」ことよりも「勝つ・強い」ことを前提にしがちです。ですから「黒白をつける」とはいいません。
 犯罪捜査や裁判のときも、白、黒が使われます。「事件の真相に白黒つける」という表現です。黒は否定的、白を肯定的と捉えられる傾向があります。黒という色は、高級、強さや権威、神秘的な雰囲気を感じさせる色です。高級車は黒、「偉い人」の背広や靴は黒です。ですが黒は他の色に比べて負のイメージが潜在的にあります。ちなみに英語の表記では「Black and White」が一般的です。