アメリカの文化 その20 オルガンビルダーと森 有正

パイプオルガンの話題です。北海道大学のクラーク会館に設置されるオルガン以前のことです。1965年に札幌ユースセンター教会が、ミズリー派(Missouri Synod)ルーテル教会から400本のオルガンの寄贈を受けます。オルガンの製作会社はアメリカのWalkerという会社でした。オルガンの組み立てを担当したのは、日本で最初のビルダーで鵠沼めぐみルーテル教会員の辻宏氏です。その組み立て行程を間近で見学できたのは幸いでした。このオルガンは北海道で最初に献納されたオルガンとなります。

オルガンが完成し、その柿落で招かれた演奏者は秋元道雄東京芸術大学教授です。そのときバッハ (Johann Sebastian Bach) のトッカータとフーガ ニ短調(Toccata und Fuge in d-Moll) を始めて間近で聴きました。秋元氏は東京芸術大学のオルガン科卒業後、ライプツィヒ=ベルリン (Leipzig-Berlin) 楽派のヴァルター・フィッシャー(Walter Fischer) 教授の門下生であった真篠俊雄教授に師事します。やがて、秋元氏はイギリスとドイツに留学します。そしてロンドン市立ギルドホール音楽演劇学校 (Guildhall School of Music and Drama)より全英最優秀音楽留学生賞である「サー・オーガスト・マン賞」(Sir August Mann Award)を受賞します。

その後、パリのノートルダム大聖堂 (Cathédrale Notre-Dame de Paris) での演奏会を含め数多くの演奏活動を行います。「プラハの春・国際オルガンコンクール」など多くの国際コンクールの審査員をつとめた経歴を有しています。芸大で教えながら、飯田橋にある日本キリスト教団富士見町教会のオルガニストも務めました。我が国でもオルガン科を有する大学が増えてオルガニストが養成されています。秋元氏に師事した人々が活躍しているようです。2010年1月に生涯を終えられました。

欧米では教会の大小に関わらず必ずオルガンがあります。教会堂の大きさによってオルガンも大型になります。小さな教会のオルガンは、会衆から見えるように前面や側面に設置されています。コンサートホールでは、装飾を兼ねて前面に配置されるのですが、それよりもはるかに多くのパイプが聴衆から見えない所に配置されています。その数は数千本から数万本に及びます。音階をなす数十本の笛が1組となって使われます。金管、木管の組み合わせです。この一組はストップと呼ばれます。

札幌ユースセンター教会で奉仕していたとき、哲学者でフランス文学者だった森有正が「オルガンを弾かせて欲しい」と教会を訪れたことがありました。森は明治時代の政治家森有礼の孫です。オルガンを演奏し、特にバッハのオルガン曲の奏者として優れた仕事を残し、レコードを出すクリスチャンでもありました。パリ大学東洋語学科で日本語や日本文化を教えた経験をもとに、晩年に哲学的なエッセイを多数執筆します。私も『遥かなノートルダム』という著作を持っています。「言葉と経験」という思想を『バビロンの流れのほとりにて』、『アブラハムの生涯』という本の中で強調しています。オルガンと秋元道雄、森有正をつなぐのはノートルダムのようです。