私が知っている英語の略語 その四 「今一度アメリカを偉大な国に」

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 「世界の警察」は過去の話。アメリカはかつての豊かさと偉大さを取り戻そうと懸命です。1960年代のヴェトナム戦争やタリバン(Taliban)との「アフガニスタン戦争」(Afghanistan War)で相当に疲弊しました。NATO(North Atlantic Treaty Organization)でのアメリカの役割は次第に後退しつつあります。日米安保でも日本の負担が増加しようとしているのは、アメリカの影響です。

MAGA:Make America Great Again

 ご存じ、「今一度アメリカを偉大な国に」というフレーズです。1980年の大統領選挙においてロナルド・レーガン(Ronald Reagan)使用したのが最初です。そして2016年の大統領選挙と2020年の大統領選挙、および2024年の大統領選挙においてトランプが使用したのはご存じの通りです。2016年大統領選挙の活動のために商標出願し、選挙運動の初期の頃に、この標語を載せた帽子をかぶることで広く知られるようにもなりました。この略語は単なる選挙スローガンを越え、広くトランプを支持する勢力や人々を「MAGA」と呼ぶこともあります。

 MAGAについては、茶化すフレーズもあります。「Make America Great Britain again(アメリカを再びイギリスにしよう)」というフレーズです。イギリスの女優エリザベス・ハーレイ(Elizabeth Hurley)は、アメリカ合衆国がイギリス帝国の植民地だった歴史を踏まえて、トランプを揶揄したことです。こうした笑いや皮肉も広まり、トランプの評判は、良きにしろ悪しきにせよ一層高まるのです。

CEO: Chief Executive Officer

 企業の「最高経営責任者」のことです。企業経営全体の経営責任を負う代表者で、経営理念や方針、事業戦略を策定し、会社全体の業務執行を統括する役割を持ちます。また、株主や顧客、金融機関など会社の利害関係者との関係を構築する役割も有する役員です。

 最高経営責任者には、有名な人物がいます。電気自動車(EV)大手テスラ(TESLA)の最高経営責任者がイーロン・マスク(Elon Reeve Musk)です。昨年11月の大統領選挙キャンペーンにおいて個人寄付者として2番目に多くの資金を提供するなど、熱烈にトランプを応援し、今は政府効率化省(Department of Government Efficiency: DOGE)の事実上のトップとして活動しています。電子決済の先駆的企業PayPalの創業者の一人として成功を収め、その後電気自動車(テスラ)、宇宙開発(スペースX)、太陽光発電などのビジネスでも成功しています。2022年にはTwitter(現在のX)を買収します。

Apple II

 最高経営責任者で忘れられないのがアップル(Apple)の共同創業者の一人であり、同社のCEOを務めたスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)です。妥協を許さないカリスマ的変革者として知られました。Apple Ⅱなどによりパーソナルコンピュータの概念を変えたことで知られます。その後、iPodとiTunes及びiTunes Storeによって音楽業界に変革をもたらし、iPhoneおよびiPadを世に送り出した天才的な最高経営責任者でした。

FRB: Federal Reserve Board

 アメリカでは日本銀行(日銀)にあたる中央銀行は「連邦準備制度理事会」と呼ばれています。連邦準備制度の最高意思決定機関は7人の理事で、うち議長1人、副議長1人から構成されていて、通貨の発行や金融政策を通じて経済の安定を担う重要な機関です。

連邦準備制度理事会エンブレム

 FRBの目標は最大雇用と物価安定を重視するのに対して、日銀の目標は物価の安定(2%物価上昇率)となっています。ここが違うところです。FRBは金利政策を通じた景気調整、金融システムの安定などの機能を持ちます。日銀は通貨の発行や金融機関への資金供給など幅広い業務を行っています。4月25日にFRBは、各地域の企業への聞き取りなどをもとに最新の経済報告を公表し、トランプ政権の関税措置の影響で先行きに不透明感が広がっているとし、間接的にトランプ関税政策を批判しています。そして、国内の複数の地区で景気の見通しが大幅に悪化したと指摘しました。日銀は政府を批判することはありませんが、FRBの姿勢は違うようです。FRBの独立性や権限、影響力が強いことが分かります。

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アメリカ合衆国建国と植民地時代の歴史 その81 主要な政党の結成

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この時代の大政党は、手段ではなく人の勝利を得るために作られたといえます。政党が誕生すると、その指導者たちは当然ながら、有権者に理念の優先を納得させようとしました。しかし、国内改善や国立銀行などの問題で対立していた人々がジャクソンの後ろで団結していきます。同時に、時間の経過とともに、各政党はそれぞれ特徴的で対立する政治的な政策と結びつけるようになっていきます。

 1840年代になると、ホイッグ(Whig)とヘンリー・クレイ (Henry Clay)らの人民共和党の下院議員は、対立する者として結集し投票するようになりました。ホイッグスは弱い行政府、新しい合衆国銀行、高い関税、州への土地収入の分配、恐慌の影響を緩和するための救済法、連邦議会の議席再配分などに賛成し、民主党は反対しました。民主党は独立国庫、積極的な外交政策、拡張主義を承認します。これらの問題は、議会で主要政党を二分したように、有権者を二分しうる重要な課題でありました。

 確かに、ジャクソン派が、アフリカ系アメリカ人や奴隷廃止論者に対して懲罰的な措置をとったり、アメリカ先住民の権利を保護する条約を無視して南部のインディアン部族を追放したり、その他の強硬な手段をとろうとしたりしました。しかし、こうした政策上の違いは、民主党とホイッグがイデオロギー的に分裂し、前者だけが無産者の利益を何とか代弁しているということではありませんでした。

 1828年の高率関税に対するサウスカロライナの激しい反対運動で勃発した危機によって、これまでの党派は簡単に崩壊していきました。ジャクソンは、ジョン・カルフーン(John Calhoun)の州が関税などの連邦法を無効化政策する権利については断固反対し、民主党内外で広く支持されていました。この危機に対する「偉大な仲介者」かつ「偉大な調停者」と呼ばれ、ホイッグ党の創設者かつ指導者であったヘンリー・クレイの解決策である妥協関税は、ジャクソンとのイデオロギーの対立ではなく、クレイの調停能力、戦術的な巧みさが功を奏したといわれました。

 ジャクソン派は、第二合衆国銀行との戦いを、西部、債務者農民、貧しい人々一般を抑圧する貴族の怪物との戦いとして考えていました。1832年のジャクソンの大統領再選は、銀行戦争に関する民主党の解釈に民衆が同意したことの表れと理解されました。第二銀行については、多くの西部人、多くの農民、そして民主党の政治家でさえ、主にジャクソンの怒りを買わないために反対したことを認めていましました。

 大きな政府を望まないジャクソンは、かつて政府が設けた第二合衆国銀行を、州ごとの独自財政を奪うとともに庶民の利益に沿わないとして、これを敵視し、自らの政治生命をかけて廃止に動くのです。ジャクソンは連邦議会が認めた第二合衆国銀行の特許更新に対して拒否権を発動し、それに対して議会は反発します。結局拒否権を覆すのに必要な三分の二の票を反ジャクソン派は確保できず、第二合衆国銀行は連邦の保証を失い破産に追い込まれます。

 どの国も中央銀行の存在は大きいです。アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)とは日本銀行にあたります。金融政策や準備金であるフェデラル・ファンド(Federal Funds-FF)の金利誘導目標を決定しています。連邦準備銀行に預け入れる無利息の準備金が不足している銀行が、余剰の出ている銀行に無担保で資金を借りるときに適用される金利を指します。欧州中央銀行はユーロ圏17カ国の中央銀行のことです。

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