暗号技術の歴史 その六 日本における暗号技術の活用

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個人認証カードであるマイナンバー制度がようやく普及し始めてきました。マイナンバーカードの主な用途としては、オンライン認証による本人確認、行政手続きの簡素化、健康保険証・運転免許証との統合などが期待されています。マイナンバーカードの代わりにスマートフォンを使って住民票の写しや印鑑登録証明書などを取得できるサービスも始まりました。なにかと便利になるかもしれません。行政手続きの簡素化はどこまで有効なのかは分かりませんが、ネットワークの広がりにつれてさらに使われていくでしょう。マイナンバーカーにはICチップが埋め込まれています。そこには共通鍵暗号といわれるAES(Advanced Encryption Standard)を使用して、カードとリーダー間の通信を暗号化を行っています。個人認証用電子証明書としては、マイナンバーカードの他に、e-Taxなどのオンラインサービスで本人確認に使用されます。

 マイナンバーカードなどの安全性ですが、公的個人認証サービスは総務省の監督のもと、PKI標準という国際的基準に基づいて設計されています。民間ではSSL(Secure Sockets Layer) 証明書が使われています。SSL証明書は、ウェブサイトとブラウザ間の通信を暗号化し、ウェブサイトの運営者がいることを証明する電子証明書です。これにより、個人情報などの機密データの盗聴や改ざんを防ぎ、安全な通信を可能にしています。

 次に電子政府(e-Gov)サービスについてです。現在のところ主たる利用は税務手続き(e-Tax)です。その他雇用・年金手続き、住民票や戸籍の取得・変更などにも及びつつあります。使用されている暗号はSSL/TLS(HTTPS)で、楕円曲線暗号アルゴリズムとよばれるECCを利用しています。暗号化アルゴリズムはAESが多いようです。この暗号の安全性ですが、電子政府ポータルは、総務省やデジタル庁がセキュリティガイドラインを策定しており、ISO/IEC 27001等といった国際標準にも準拠し強力といわれています。

 さらに国税電子申告といわれる納税システム e-Taxです。使われている通信は、TLSでAESを使用し、インターネット通信のセキュリティ確保に広く利用されている暗号化技術のRSA(Rivest-Shamir-Adleman)です。本人確認はマイナンバーカード+ICカードリーダー+公的個人認証です。電子署名は、公的個人認証の秘密鍵で署名し、署名検証には総務省が照明のために発行するルート証明書を使用しています。これも特別なデジタル証明書です。セキュリティ体制としての暗号技術は、総務省管轄のデジタル庁の「暗号技術ガイドライン」に基づいて実装されているといわれます。以上引用してきた暗号化技術の内容については、私の理解を超えているのでこれ以上の説明は省きます。

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) も暗号技術の研究や評価に関与しています。サイバーセキュリティ基本法により、国レベルでの保護体制が強化されています。今後の暗号技術の動向ですが、耐量子暗号への準備がなされています。「耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography)」の研究と導入というものです。総務省やNICTは、量子コンピュータ時代を見据えた暗号移行戦略に強い関心を持っています。

 Wikipediaによりますと、量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる単位で情報を処理します。従来のコンピュータのビットが0か1のどちらかの状態しか取れないのに対し、量子ビットは0と1の両方の状態を重ね合わせることができます。このコンピュータは、まだ開発段階にありますが、量子ビットの安定性やエラー訂正技術、量子アルゴリズムの開発が進むことで、新しいコンピュータの実用化が加速することが期待されています。実用化されれば、社会や経済に大きな変革をもたらす可能性があります。

暗号技術の歴史 その五 ミッドウェー海戦と暗号

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日本が暗号解読の重要性を認識したのは、1923年にポーランド参謀本部の大尉を日本陸軍に招聘して、ソ連暗号の解読講習を行ったのがきっかけだったといわれます。その後、陸軍参謀本部内に暗号解読班が設置され、ソ連や欧米諸国の使用する暗号が解読されていきます。陸軍は英国や中国、ソ連の外交・軍事暗号のかなりの部分を解いていたようです。日本軍はこのような暗号解読情報を基に戦略的判断を行い、米英は介入しないという情報を得てから北部仏印への進駐を実行します。このように太平洋戦争開戦までに、日本軍の暗号解読能力はかなりの実力を持っていたといわれます。

 太平洋戦争の転機になったのは1942年6月のミッドウェー海戦(Battle of Midway) といわれます。海戦の直前、米軍の暗号解読組織の貢献によって、米海軍は日本側の狙いがミッドウェー島(Midway Atoll)にあることを知り、待ち伏せによって日本海軍の4隻の航空母艦を撃沈します。当時の日本海軍の暗号は5数字暗号と呼ばれるもので、日本語の単語を5桁の数字に置き換え、それに5桁の乱数を加算することで組み立てられるものでした。暗号が複雑になりミスも生じるようになりました。米海軍の暗号解読者たちは、日本海軍の通信の中に生じるミスに着目し、それが何を意味するのかを解明し暗号を理論的に解読していきます。

ミッドウェー海戦

 1942年4月頃には、ハワイ真珠湾(Peal Harbor) に所在するアメリカ海軍の情報班が、日本軍の暗号を断片的に解読し、日本海軍が太平洋正面で新たな大規模作戦を企図していることについておおまかに把握していました。この時点では時期・場所などの詳細が不明でしたが、5月頃から通信解析の資料が増えてきたことにより暗号解読との検討を繰り返して作戦計画の全体像が明らかになります。そして略式符号「AF」という場所が主要攻撃目標であることまでわかってきます。「AF」がどこを指しているのかが不明な状態でしたが、5月ごろ、諜報部にいた青年将校の提案により、決定的な情報を暴くための一計が案じられます。この将校は、ミッドウェー島の基地司令官に対してオアフ島・ミッドウェー間の海底ケーブルを使って指示を送り、ミッドウェーからハワイ島(Hawaii Island)宛に「海水ろ過装置の故障で、飲料水不足」といった緊急の電文を英語の平文で送信させます。その後、程なくして日本軍のウェーク島(Wake Island)守備隊から発せられた暗号文に「AFは真水不足、攻撃計画はこれを考慮すべし」という内容が表れたことで、「AF」はミッドウェー島を示す略語と確認されるのです。こうしてミッドウェー島及びアリューシャン(Aleutian Islands) 方面が次の日本軍の攻撃目標だと確定されます。

山本五十六連合艦隊司令長官

 ミッドウェー海戦後、日本海軍内では敗因についての検討が行われますが、驚くべきことに暗号が解読されたことには、ほとんど注意が払われていませんでした。このような日本海軍のセキュリティー意識の低さは、その後も山本五十六連合艦隊司令長官搭乗機撃墜事件の原因にもなっていきます。日本海軍は、撃墜事件の2週間前に暗号表となる乱数表を更新したばかりで「アメリカに暗号を解読された」という見解をとることができなかったという説もありました。しかし、後のアメリカ軍史料によれば、この山本五十六司令長官の視察では、更新前の古い乱数表を使って山本の日程表を送信していたことが分かっています。アメリカ軍は、たまたま山本五十六司令長官らの視察に偵察機らが見つけて、撃墜したとして暗号の解読結果を隠していたのです。ともあれ日本軍の暗号は見事に解読されていたのです。

 このように開戦までは高い暗号解読能力と強固な暗号を誇った日本陸海軍でしたが、戦争中になると連合国に後れをとる事例が目立ち始めます。最も強固とされた陸軍の作戦暗号についても、1943年4月以降、徐々に解読されるようになります。その理由は、日本軍の上層部が暗号の重要性を認識せず、そこに予算や人員を投入しなかったことが大きかったといわれます。暗号書の変更も定期的に行われなければならないのですが、広大な戦域の隅々までそれを配布するには膨大な労力と時間が必要となりました。それ故、古い暗号をそのまま使い続けた結果、米側に解読されてしまったのです。パスワードも定期的に変更するのが必要なのと同じです。

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暗号技術の歴史 その四 軍縮交渉における暗号の解読

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第一次世界大戦後の1920年代、アメリカの暗号解読組織は、英国が既にやっていたように、日本の外交暗号を解読し始めていました。この解読組織は「ブラックチェンバー」(Black Chamber) と呼ばれました。この機関は、国務省と陸軍省が資金を拠出し、暗号研究者ハーバート・ヤードリー(Herbert O. Yardley) を責任者とするとして1919年に設立され、各国の暗号解読に取り組みます。特に大日本帝国に関わる業務に力を入れ、1920年代の同国の外交暗号のほとんどや、海軍武官、陸軍武官用の一部の暗号を解読していたようです。1921年11月に合衆国大統領ウォレン・ハーディング(Warren G. Harding) の提案により、軍拡競争を抑制し西太平洋や東アジアの安全保障問題を協議するために主要国間の海軍軍縮会議がワシントンで開催されました。会議では、主要国の保有する戦艦や空母などの主力艦の総トン数が協議されました。

Herbert O. Yardley

 最初アメリカは日本の主力艦総トン数を対米6割と主張します。アメリカに少しでも追いつきたい日本は対米7割を主張し、お互いの議論は平行線をたどり始めていました。この会議では、当時の「ブラックチェンバー」が日本の公電を全て解読していました。日米の意見対立で会議が頓挫することを恐れた加藤友三郎内閣の内田康哉外相は、ワシントンの日本代表団に妥協案を送ります。その内容は、まず6割5分で米側の出方を探り、それでも駄目なら6割もやむなし、というものでだったといわれます。ブラックチェンバーはこの電報を傍受し、解読することでこの情報を入手したのです。この暗号解読情報によって日本政府の譲歩ラインが対米6割であることが明らかになると、アメリカは強気の姿勢で対日交渉に臨むようになります。結局、会議では日本は最大の譲歩案を飲まされることになり、主要国の保有する主力艦の総トン数を、米:英:日:仏:伊の比率を5:5:3:1.67:1.67として決定するのです。なお、ドイツはすでにヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)で大きく制限されていたので会議には参加していませんでした。

内田康哉外相

 別の暗号解読の例です。1940年に旧陸軍気象部が、当時のソ連で使われていた「モスコー気象報放送用暗号」の「飜譯」(翻訳)に成功した資料があります。資料中には「乱数表」という用語が出てきます。これは数字を無作為に並べて表記した数列や表のことです。例えば、「8534」という乱数表を用いた場合について説明すると次のようになります。仮に、平文から変換された「1234」という暗号を送る場合、これに乱数表の「8534」という数値を足し、「9768」という数列に変換します。この状態で第三者がこれを目にしても、「8534」という乱数表の数値を用いなければ本来のかたちである「1234」という数列を知ることはできません。しかし、同じ乱数表を共有している人物がこれを見た場合、「9768」という数値から乱数表の「8534」を引くことで、もとの「1234」という数値にたどり着くことができるわけです。これを復号し、平文に直すことで文書は本来のかたちになります。

 最近の話題です。1994年2月のワシントンでの日米自動車交渉については、細川首相とクリントン大統領(Bill Clinton)の首脳会談でアメリカ側から提起されました。首脳会談の直前、日本政府は秘密裡に紛争解決のため特使を派遣して、クリントン大統領と会談しましたが、会談後、同特使がホテルに戻って東京と交わした電話通話は傍受されて、即座に翻訳されてホワイトハウスに報告されたそうです。「壁に耳あり障子に目あり」の典型です。今度の日米相互関税交渉で、経済再生担当大臣が何度もアメリカに出かけたのは、日本大使館と外務省などの暗号電話を使うことで情報が漏れるのを恐れたためかもしれません。大臣が何度も出かけなくとも、大使館に滞在して本国と秘策を練ることもできたはずです。

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暗号技術の歴史 その三 ナバホ・コードトーカー

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第二次世界大戦中に、アメリカではナバホ族(Navajo) の人々がコード・トーカー(暗号解読者、 Code Talker)として従軍しました。その他にチョクトー(Choctaw)、コマンチ(Comanche)、セミノール(Seminole) などの先住民が日本やドイツとの戦争に参加し、自分たちの言葉を駆使して暗号通信に携わりました。アメリカ軍が使った用語には先住民たちの言語には存在しない単語がありました。

ナバホ族のカードトーカー

 通常の暗号通信は暗号機を使わなくてはならず、複雑なものほど作成や解読に時間がかかります。前線で使用される暗号は比較的簡易ですが、解読に数時間を要し、これは一刻を争う戦場では重大な欠点となります。敵にとって未知の言語と英語のバイリンガル話者による会話なら、その場で英語への翻訳が可能となります。アメリカ海兵隊は、このように非常に話者が少なく、文法も発音も複雑な「ナバホ語」を戦線にて使い通信することを思いついたのです。こうして、ナバホ族に加えてチョクトー族、コマンチ族出身者がコード・トーカーとして従軍しました。

 ナバホ族約400名が暗号兵としてアメリカ軍に徴用され、サイパン島(Saipan Island)、グアム島(Guam Island)、硫黄島、沖縄戦に従軍します。これらの部族語に共通するのは、いずれも文法が複雑な上に発音も特殊で、幼少時からその言語環境で育った者でなければ習得や解明が極めて困難でした。しかもインディアンは絵文字のほか固有の文字を持たず、当時はほとんど文書化されていませんでした。音の体系が英語と大きく異なり、非話者には聞き取りも翻訳も極めて困難でした。

コードトーカーの従軍兵

 インディアンの語彙には近代戦の軍事通信に必要な語彙がほとんどありませんでした。アメリカ軍はその教訓から、英単語をそれと同じ文字で始まる別の英単語に置き換え、さらにそれをナバホ語に翻訳するといった置換暗号を作成し、英語で表現できる単語は何でも訳すことができるようにします。たとえば「飛行機」は「鳥」、「爆撃機」は「妊娠した鳥」などと言い換えていました。また、英語のアルファベットの各文字を、ナバホ語の1単語で表現していました。猫を意味するナバホ語「moasi」は、同じ意味の英単語「cat」の頭文字である「c」として使われました。その際、特別な意味を持たせたナバホ語やコードブック(暗号書: Code Book)を使うことにより、交信をさらに暗号化していきます。ナバホ族コードトーカーは、8週間の訓練課程でこの暗号表を丸暗記しなくてはならなかったといわれます。

 これらの暗号はその後も再び使用される可能性があったため、1980年代まで米軍の機密情報として扱われていました。暗号技術の発達と利用は暗号機の機械的な操作だけでなく、少数というか稀少の言語を通した交信によっても大きな成果を生み出したのです。日本でいえば、大戦中にアイヌ語の話者を暗号通信に利用できたかもしれないということです。

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暗号技術の歴史 その二 エニグマ

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エニグマの暗号装置は、キーボードと26文字のランプボードを備えていました。オペレーターが文字を入力すると、ランプボード上の異なる文字が点灯し、それが記録されて暗号化されたメッセージが生成されます。エニグマ暗号の安全性を極めていたのは、回転ホイール(陸軍用は3つ、海軍用は4つ)のシステムでした。これらのホイールは、キーボードとランプボード間の電気的接続を絶えず切り替え、同じ文字を繰り返し入力しても毎回異なる暗号化された文字が生成されるようになっていました。

エニグマの回転ホイール

 この機械の暗号は、ローター式暗号機を使い、複雑な変換で通信内容を暗号化していました。その使用目的は、陸軍・海軍・空軍・Uボート(U-Boat)といわれる潜水艦での通信でした。エニグマの解読は難しいものだったようです。その理由は、エンコーダーの設定の組み合わせが多様だったため、エニグマの暗号は解読が困難でした。オペレーターは毎日の指示に従って、機械の回転ホイールとプラグボードを事前に決められた異なる位置に設定し、暗号を定期的に変更しました。メッセージを送信する前に、オペレーターはホイールを受信者が知っている特定の開始位置に設定していました。

マリアン・レイェフスキ

 しかし、エニグマ暗号は、1930年代初頭にポーランド人(Polish)数学者のマリアン・レイェフスキの(Marian Adam Rejewski)指導のもとで解読されます。1939年、ナチスのポーランド侵攻の可能性が高まる中、ポーランド人はイギリスに情報を提供しました。イギリスは数学者アラン・チューリング(Alan M. Turing)の指揮下で、ウルトラ(Ultra)と呼ばれる秘密暗号解読グループを組織しました。ドイツは暗号装置を日本と共有していたため、ウルトラは太平洋戦争において日本軍が使っていた暗号を解読し、連合国の勝利にも貢献したといわれます。

 第二次世界大戦中のイギリスの暗号解読拠点は、政府暗号学校(The Government Code and Cypher School: GC&CS)と呼ばれ、「ブレッチリー・パーク」(Bletchley Park)という場所にありました。ナチス・ドイツの暗号を解読するために使用した場所です。通信を解読することに成功し、戦争の潮目を変える役割を果たしたという評価を受けます。ブレッチリー・パークで、数学者アラン・チューリングが高度な暗号解読装置「ボンベ」(Bombe)を開発し、暗号解読の取り組みを飛躍的に進歩させました。1941年6月までに、チューリングのチームはUボートの日常的な通信を解読することに成功します。

アラン・チューリング

 この情報優位性は極めて重要であり、Uボートはアメリカからの商船を数ヶ月以内にイギリスを飢餓に陥れるほどの勢いで沈めていきます。ですがエニグマ通信から得られたウルトラ情報は解読され、潜水艦の位置を明らかにして連合軍艦や輸送船がUボートを回避できるようにしました。こうして情報を解読できたことは、ヨーロッパ戦線と太平洋戦線の両方で連合軍の勝利に貢献します。暗号の解読により戦争の終結を2年早めたといわれています。まさに情報戦争の勝利ともいえる結果です。

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暗号技術の歴史 その一 パスワードと暗号

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話題を変えて、数回にわたり私たちのさまざまな場面で使われているパスワードや暗号技術(cryptography) などの歴史や仕組みを考えていきます。パスワードは本人認証の文字列で、その基には暗号技術が作動しています。個人の情報機器で使うものから政府や軍隊で使われている高度な暗号まで、その歴史は古いものです。パスワードとは、あるシステムや情報へのアクセスを許可するための「秘密の文字列」です。暗号とは情報(データ)を第三者に読めないように変換する技術のことで、通信や保存中のデータを秘匿することです。

Enigma

 暗号化された情報は、復号(デコーディング:decoding)という逆の変換を行うことで元の情報に戻すことができます。暗号は、通信の秘匿やデータの保護など、様々な場面で利用されています。私たちはログインでパスワードを利用してアカウントを保護し、暗号技術はメールや通信の内容を保護するために使われています。

 第二次世界大戦中、各国は軍事通信の秘密を守るために高度な暗号システムを使用していました。その代表は、ナチスドイツによるタイプライターのような機械を使ったローター式暗号機、アメリカ軍が使ったナバホ族コードトーカー(Code-Talker)、イギリスのタイプX暗号機というエニグマと似た構造のローター式暗号機、日本海軍が使ったJN-25、政府が使った九七式欧文印字機(通称パープル暗号)など有名です。

ナバホ族コード・トーカー

 暗号システムで最も有名なのが、ナチスドイツが使ったエニグマ暗号(Enigma)です。エニグマという名称はギリシア語に由来し、「謎」という意味だそうです。アルトゥール・シェルビウス(Arthur Scherbius)というドイツ人電気技術がエニグマを開発します。シェルビウスは当初、ビジネス界と軍部向けに販売します。ドイツ軍の反応は冷ややかだったようです。しかし、第一次世界大戦中のドイツの暗号がイギリスに解読されたことを知ると、エニグマの価値を認め、1926年、エニグマの1機種がドイツ海軍に採択されます。数年後、ドイツ陸軍も同じ機械を採択してナチスの戦争戦略に貢献します。

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トランプ政権が名門大学を攻撃する理由

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現在、トランプ政権の中東情勢をめぐる外国人留学生のビザ制限などに対して,名門大学は法廷闘争を展開しています。この闘争は、大学側に有利な展開も予想されています。ハーヴァード大学とマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology: MIT) は2020年に、トランプ政権の外国人留学生のビザ制限に対し連邦地裁に提訴し、一時的な勝利を収めました。司法はこれまで、政権の移民制限策に対して慎重な姿勢を示してきたため、法廷では大学側の理が通る可能性が高いと見られていました。ただし、政権がさらに法改正や規則の変更で圧力を強めると、再び法的な応酬が繰り返されることになるかもしれません。

Massachusetts Institute of Technology

 トランプ政権のもう一つの狙いは、リベラル勢力への牽制です。ハーヴァード大学は「リベラルの牙城」とされており、トランプ政権にとっては政治的な敵対的な対象でもあります。政権側の真意は、ハーヴァード大学だけでなく、全米の高等教育機関に対する締めつけを強めることで、「エリート主義」への反発を強調し、保守・中間層など政権支持層へのアピール 対中国政策の強化を狙っている可能性があります。

 「エリート主義」への反発ですが、2022年時点で、25歳以上のアメリカの成人のうち、約37.7%が学士号を取得しています。この数字には学士号のみならず、修士・博士号の取得者も含んでいます。そのうち大学院修了者は約14.2%に達するといわれます。ちなみに日本では、大学または大学院を卒業した人の割合は 約25.5%といわれています。 トランプの支持者は、人口の3/4を占める高卒の市民です。「エリート主義」に対するアンチの人々ということです。

 トランプ政権のもう一つの狙いは、主に中国人留学生の排除があるようです。アメリカの大学には、数十万人規模の留学生が在籍しており、その多くが理工系分野で最先端の研究を担っています。特に中国やインドなどからの優秀な学生は、アメリカの研究・産業競争力の源でもあります。同時に、海外からの留学生の増加で肝心のアメリカ人の若者が入学を阻まれているという事情もあります。そうした不満もアメリカ国民の中にはあるのです。

 2023年6月29日、アメリカの連邦最高裁判所は、大学の入学選考において人種を考慮する「積極的格差是正措置」(affirmative action)を違憲としました。この判決により、大学の入試や公的機関の採用で、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系、先住民などが不利にならないように考慮されることがなくなり、いわゆる白人アメリカ人の入学や雇用が促進されそうです。これはトランプ政権が望んでいることです。

 留学生の受け入れを制限すれば:優秀な頭脳が欧州やカナダなど他国に流出し、アメリカの研究開発力やイノベーションの低下につながるという懸念もあります。また、留学生の学費は大学の重要な収入源であり、大学の財政難といった中長期的な悪影響も懸念されています。今後の展望ですが、選挙と政権交代がカギといわれます。政権と大学の対立の今後を左右する最大の要因は、大統領選の行方です。仮にトランプ氏が続けば、大学や移民への締めつけが強まる可能性が高いです。

 結論として、今後も短期的には政権と大学との法廷闘争が続くと思われます。大学側は議会や世論と他大学の支持を集めて巻き返しを図るでしょう。トランプ政権側は政治的パフォーマンスとして移民対策や留学生などへの締め付けという「強硬姿勢」を貫くことによって、岩盤といわれる層の支持を受けていくだろうと考えられます。トランプ政権とハーヴァード大学などとの対立は、単なる大学の問題にとどまらず、アメリカの移民政策、教育政策、そして国際関係のあり方をめぐる根本的な対立を象徴しているといえそうです。

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トランプ政策と名門大学の抵抗と服従 

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アメリカ東部にある名門私立大学でアイビー・リーグ(Ivy League)の一つ、ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania) は2023年12月9日、エリザベス・マギル(Mary Elizabeth Magill学長とスコット・ボク(Scott Bok)理事長の辞任を発表しました。マギル氏は大学内で強まる反ユダヤ主義への対応を巡り、批判されていました。連邦政府は、全国の大学への数十億ドル規模の資金の流れを停止すると脅迫しており、多くの大学は司法省から保健福祉省に至るまで、様々な機関からの調査に直面している。しかし、トランプ政権の大学に対する懲罰的なアプローチは、アイビー・リーグの大学で最も深刻に表れています。昨春、ガザ紛争に反対するキャンパスでの抗議運動の中心地となった同大学は、反ユダヤ主義的行為を容認し無法状態を蔓延させたという非難と学術的・政治的言論を抑圧したという非難に、数ヶ月にわたって対峙してきました。

 トランプ政権が非難のターゲットとしているのは、こうしたアイビー・リーグの大学です。名門ハーヴァード大学(Harvard University)との対立も続いています。政権はハーヴァード大学に対して外国人留学生の受け入れ資格停止を通告し、反発した大学側との法廷闘争に突入しています。背景には「リベラルの牙城」と呼ばれるハーヴァード大学を狙い撃ちすることで他の大学にも「改革」を迫り、さらには中国共産党など外国の影響力を排除する意図が潜むようです。ハーヴァード大学の歴史で最初の黒人学長だったクローディン・ゲイ学長(Claudine Gay)は2024年1月2日に辞任します。その後、就任したアラン・ガーバー学長(A)lan M. Garber)はトランプ政権の政策に訴訟を起こし毅然として立ち向かっています。すなわち、トランプ政権が大学に対し課してきた一連の制裁措置、すなわち連邦研究費の凍結、留学生プログラムの停止、税制優遇の剥奪検討などに対し、訴訟を起こしています。

コロンビア大学エンブレム

 マンハッタン(Manhattan)北部にある同じくアイビー・リーグ大学の一つ、コロンビア大学(Columbia University)は、今年、学生デモで混乱に陥り、結束バンドや暴動鎮圧用の盾を持った警察官が、親パレスチナ派の抗議活動参加者が占拠していた建物に突入する場面もありました。同様の抗議活動は全国の大学キャンパスに広がり、その多くが警察との激しい衝突や数千人の逮捕に至りました。この発表の数日前には、大学当局が、ユダヤ人の生活と反ユダヤ主義に関するキャンパス内での議論中に3人の学部長が中傷的なテキストメッセージを交換したとして辞任したと発表したばかりでした。

 コロンビア大学のミヌーシュ・シャフィク学長(Minouche Shafik)は2024年8月に、イスラエルとハマスとの戦争(Israel-Hamas war)をめぐる抗議活動やキャンパス内の分裂への対応をめぐり、短期間で波乱に満ちた在任期間を終えて辞任しました。ニューヨークの名門大学である同大学の学長は、この間、イスラエルとハマスとの戦争をめぐる抗議活動やキャンパス内の分裂への対応について厳しい批判にさらされてきました。

 次いで暫定学長に就任したカトリーナ・アームストロング(Katrina Armstrong)も、2025年3月までに学内対策に応じた結果、トランプ政権による資金凍結などの圧力からの批判を引き受け、2025年3月28日に辞任発表します。同日に、学長代行としてクレア・シップマン(Claire Shipman) が指名されました。彼女は“学問の自由と開かれた探究を守る”姿勢を表明していますが、下院教育委員会などによる調査も受けてきました。シップマン学長代行も自分の発言でユダヤ人協会から批判され、大学の人事は混迷しています。

University of Virginia

 さらに、ヴァジニア大学(University of Virginia)のジャームズ・ライアン学長(James Ryan)が2025年6月28日に辞表を表明します。ライアンが退任を急いだ決断は、ヴァジニア大学に対する連邦政府の監視が強化されている時期に行われました。ライアンは退任の手紙の中で、「自分が学長職に留任していた場合、大学は多額の資金を失うリスクがあったことを認めます。自分の地位に留まり、連邦政府の資金削減のリスクを冒すことは、空想的なだけでなく、職を失う何百人もの従業員、資金を失う研究者、そして奨学金を失ったりビザを差し押さえられたりする何百人もの学生にとって、利己的で自己中心的に見えるだろう」と述べて辞任するのが最上であるという判断をしたのです。

 コロンビア大を含む、アメリカ東部の八つの有名私立大で構成されるアイビー・リーグのうち、学長が辞任したのは昨年10月以来、ペンシルベニア大学とハーヴァード大学で3例目です。いずれも、中東情勢をめぐる抗議デモの対応で追及を受けています。

統計で騙す方法 その十 ウソの統計に対する武装

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いろいろな統計を例に挙げてウソに騙されがちな事案を説明してきました。最後にいかにしておびただしいペテンやウソから正しい理解に導くかを考えていきます。

 まずは統計の中味に気をつけることです。今大阪で万国博覧会が開かれています。そして毎日の入場者数を発表しています。「7月1日(火)の入場者数は、一般87,000人、関係者18,000人、合計105,000人。場外への救急搬送件数は3件だった。」多くの一般の人とは、企業が博覧会協会から依頼されて購入した券もらった従業員や家族といわれます。自分から万博に関心があって、出かけた者ではないようです。「折角貰ったんだから、行ってみるか、、」といった気分で出かけたのでしょう。関係者の18,000人は、入場券を購入していない人です。何故、関係者の入場数を公表する必要があるかです。入場者数を多く見せるために、都合のよいデータを使いたがるのです。会場では7月1日に、1,000万人超えのセレモニーが行われたとか。関係者を含めての数です。本来ならば、入場券を持つ人の数でセレモニーをするべきです。

 博覧会協会は6月20日に会見を行い保健所が推奨する精密な「培養法」という方法で検査した結果、ウォータープラザの海水からは「最初からレジオネラ属菌がほぼ検出されなかった」と結論付けました。そして協会は「安全確保を最優先に考え水上ショーを中止した。健康危機管理上、適切な判断だと思う」と語ります。レジオネラ属菌が見つからなかったなら、何故水上ショーを中止するのかです。検査結果を信頼しないかのような発表です。入場者数を増やしたい協会ですが、水上ショーで観戦者がレジオネラ菌の入った水しぶきをうけ肺炎、高熱、咳、呼吸困難などの症状を引き起こす可能性があるので、苦渋の発表なのでしょう。

 消費税減税をうたうのは消費者なのか、それとも一般の小売業者なのかです。恐らく両方でしょう。物が売れやすくなり消費が増加しするのですから、両方とも消費税減税には諸手を挙げるはずです。消費税減税に反対するのは、財務省の官僚であり、彼らからレクを受ける国会議員です。税や財務の仕組みに疎い議員のなんと多いことか、、それをほくそ笑んで手玉にとるのが財務省の官僚なのです。

所得の分布

 不適切な統計を使う例は、算術平均、中央値、最頻値にあることをこれまで説明してきました。多分、最もわかりやすいというか、便利なので平均を使うことでごまかすことができるのです。日本人一世帯の所得を発表するのに平均を使うと、あたかも所得が高いように見えるのです。世帯当たりの収入は、【最頻値<中央値<平均】のように分布することが判明しています。それ故、平均を使うのです。これが狡猾な発表となるゆえんです。

 次に、「誰がそう言っているのか」を見極めることです。例えば、「朝日新聞」と「しんぶん赤旗」の記事を読んだとします。「朝日新聞」のある報道に東大大学院教授のコメントが、「しんぶん赤旗」の記事に私立大学の教授のコメントがあったとします。どちらが「権威ある筋」に思えるでしょうか。「誰がそう言っているのか、、」と質問するとき大学教授とか各種の政府審議委員という肩書きに騙されてはいけないのです。

 過去3年間のうちに、ガンによる死亡率が増えたという報告があります。ただし、その外的な要因は何かということが分からなければ容易に結論をだすことは困難です。人の寿命は延びています。高齢者が多くなるとガンにかかりやすくなるのです。従って、死亡率よりも死亡者数を見ることによって、以前よりガンにかかりやすい人が増えたという事実を知らねばなりません。同じことが高齢者のドライバーの事故の発生割合があります。高齢者のドライバーがさらに年をとると、より事故を引き起こす率は上がります。以前より事故を起こりやすい人が多くなったというだけのことです。ことさら大袈裟に発表する性質のものではありません。当たり前の現象を誇張したりねじ曲げてはいけません。

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2万円給付か消費税減税か

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参議院議員選挙の公示前に、生成AIに『消費税の減税はなぜ経済を活性化するのでしょうか。2万円の給付と消費税の減税はどちらが家庭にとって有効でしょうか。』という問いを投げてみました。そうすると次のように、消費税の減税は、経済を活性化させる効果があるという回答がありました。

● 消費者の負担が減る → 消費が増える
 たとえば、消費税10%の商品を買うと1,100円かかります(商品1,000円+税100円)。消費税が5%に下がれば、1,050円で済みます。減税によって買い物がしやすくなり、「消費の喚起」につながります。

● 企業の販売促進にもつながる
 増税時は駆け込み需要が高まりますが、減税後は消費者の買い控え解消も見込めることです。減税によって、景気低迷時に消費が刺激され、企業の売上が増え、雇用や投資にも好影響が出る可能性があります。

● 間接的に低所得層の負担軽減にもなる
 消費税は、所得が低い人ほど負担が重い「逆進的」なので、減税すれば低所得層ほど恩恵が大きくなります。

 次に、生成AIに対して2万円の一律給付と消費税減税、どちらが家庭に有効か?という問いを出しました。生成AIは、一概に「どちらが絶対に良い」とは言えないが、世帯の収入や消費傾向によって異なると考えられるという回答です。例えば、2万円給付 vs 消費税減税(例:10%→5%)です。

2万円給付の場合:
 ・効果に即効性がある(すぐもらえる)
 ・制限されることが多い(例:低所得世帯のみ)
 ・一時的な負担(1回限り)
 ・効果は限定的で貯蓄に回ることも多い
 ・逆進性対策で低所得層に狙いを定めやすい

消費税減税の場合:
  ・中長期的に毎日の買い物が安くなる
 ・消費が多いほど恩恵が増える
 ・消費する人すべてに及ぶ
 ・消費全体に波及しやすい
 ・定率なので大口消費者も得する

 消費税減税の場合、年間どれくらいの差になるかです。たとえば、年間300万円の消費をする家庭で比べてみましょう。消費税10%では税額は30万円で、消費税5%では税額は15万円で差額15万円となります。この場合、2万円給付よりも消費税減税の方が効果が大きいです。ただし年間消費が少ない世帯では、2万円給付の方が得になることもあります。

 2万円給付と消費税減の実施における政策面での現実的な違いは次のようになります。
2万円給付の場合:
 ・迅速な実行が可能(ただし、年内の配布時期は決まっていない)
 ・一時的な支出(ただし、事務コストや時間、労力がかかる)
 ・短期的な効果

消費税減税の場合:
 ・税制改正が必要 → 時間がかかるといわれる(ただ小売業はしばしば値段を変えている)
 ・恒久的・大規模な減収
 ・長期的な効果あり

 終わりに、どちらが家庭にとって「有効」かです。短期的な生活支援が必要な家庭には2万円給付が即効性があり、助かります。しかし、長期的には、税金や社会保険料を差し引いた後に自由に使える可処分所得の増加を望む家庭には、消費税減税の方がより大きな恩恵があります。そして、国全体での経済活動に焦点をあてるマクロ経済政策という観点では、消費税減税の方がより波及効果が高いといえます。2万円給付の原資つまり財源は、もともとは国民の税金なのです。国の2023年度税収、還付増でも2.5兆円も上振れしているのです。給付とは「税金を取り過ぎました。お返しします。」と言うべきでしょう。2万円の給付で物価は下がりません。2万円の給付はトリックとしか言いようがありません。

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統計で騙す方法 その九 「ワニの口」というウソ

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統計資料を駆使して人に間違ったことを教えるのは、統計を巧妙に操作することです。いわば統計の操縦法といってよいかもしれません。重要なことは、ごまかすという狙いにあわせて統計データを歪曲し操作するのは、必ずしも統計の専門家ではないことです。おそらく統計家の机上で導き出される数字が、セールスパーソンや広告代理店、新聞や雑誌記者、コピーライター、政府役人らの手にかかっていつの間にかねじ曲げられ、誇大化され、極端に簡略化され、取捨選択されて歪められていくのです。

 誰にも間違いがあるとしても、大目にみてやるわけには行かない事例が沢山あります。しばしば新聞や雑誌に見受ける間違いの図表には物事を大袈裟に誇張し、センセーショナルなものにしようとしますが、小さくいうことは滅多にないものです。小さくいうことは読者の目に止まらないからです。

 いくつかの例を取り上げてみます。財政の見通しを予測する政治家や経営者などは、国民や顧客、株主に対して、実際に考えられるより明るい見通しを発表したり発言することはなく、むしろ実際より暗い見通しを言うことが多いのです。その典型が、一国の総理が「日本の財政状況は間違いなく極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくない状況だ」という答弁に代表されています。そして、挙げくの果てに、「債務残高はGDPの2倍を超えており、主要先進国の中で最も高い水準にある」というように危機を煽るのです。

 統計データを最も姑息な方法で語り伝えるには図表を使うことです。図表にはその中に事実を隠し、いろいろの関係を歪めてしまう容器のようなものです。日本の財政状態を表現する「ワニの口」がその一例です。財政の「ワニの口」は、以下の図のとおり、日本の国家予算の一般会計の歳出と税収の差がワニの口のように拡大していく様を揶揄しています。このような状態になって日本の財政が破綻しないようにと、財務省を中心に財政規律を守る必要が強調されています。図は、グラフの歳出と歳入が先に伸びたとすれば、ワニの口のイメージとなるという按配です。

ワニの口の譬え

 「ワニの口」論者は、財政の引き締めや様々な行政サービスを提供するための政策的経費を、税収等で賄えているかどうかを示す指標、いわゆる「プライマリーバランス:PB」の黒字化を錦の旗としています。PB達成のために、財務省は極力、新規の国債発行に頼らない財政を目指そうとしています。「ワニの口」とは、誠に的を得た巧妙な戦術です。

 しかし、『グローバル・スタンダードでは、国債の発行による支出は民間の資産の増加となるため、景気過熱の抑制の必要がない限り、発行された国債は、事実上、永続的に借り換えされていくため、歳出に債務償還費は計上されない』とされています。この見方は、「ワニの口」論者に対する挑戦なのです。すなわち、日本の財政状況は財務省やマスメディアが報道しているほど悪化していないのです。

 「ワニの口」とは、以下のような財政構造を示す比喩です。つまり上のアゴの支出がどんどん広がる、特に社会保障費、下のアゴの税収は経済停滞・人口減少などであまり増えないという指摘です。結果として口が開きっぱなし=財政赤字の拡大「ワニの口」は予算の一般会計の歳出と税収の差がワニの口のように拡大していくことを指します。つまり、主に高齢化による社会保障費の拡大という「歳出増」と「歳入停滞」が乖離していくことが、長期的な財政危機を招くと警鐘を鳴らす構図です。

 ですが、会計歳出には国債償還費が入っていますが、歳入の方は借り換えた国債に相当する公債金収入が入っていません。従って、歳出から国債償還費を除くと同時に、歳入の方は税収に「その他収入」を加えた上で改めて両者を比較すると、いわゆる「ワニの口はありません」ということになるのです。「ワニの口」という図は、宣伝のトリックとしては耳目を集めそうですが、なんら新しいものでもなく、むしろ人を誤解させるための陳腐でチンケな方法といえそうです。

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統計で騙す方法 その八 偏見と差別の変化

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ニュージャージー州(New Jersey)にあるプリンストン大学(Princeton University)世論調査研究所での調査を引用します。黒人に対して偏見を抱いているかどうかが調査されました。そこで明らかになったことは、黒人を非常に毛嫌いしている白人ほど、黒人の就職の機会は白人と同じようにあると答える傾向があったというのです。同時に黒人に同情的な人たちのほぼ三分の二は、黒人には白人と同じような就職の機会はないと考えていると答えました。他方、偏見を示した人たちはのほぼ三分の二は、白人と同じくらいの就職のチャンスがあると答えたというのです。

 もし、この調査期間中に黒人に対する偏見が高まってくるようなことがあれば、黒人には白人と同じだけの就職のチャンスがあるという答えが増えてくることがわかります。すなわち、黒人はいつの場合でも、かなり公平な取り扱いを受けていることが調査からわかるのです。そして事態が悪くなればなるほど、同情的な世論となるように思われます。

 自分のことを人種差別主義者だと大っぴらに認める人間はごくわずかのようです。しかし多くの心理学者は、ほとんどの人間が意図せず人種差別主義的だと指摘します。「潜在的な偏見」(implicit bias)と呼ばれるものを持っているというのです。1960年代に、「奴隷制などの過去の人種差別に対する補償」や「多様性の確保」を目的として、アジア系を除いた人種的マイノリティである黒人やヒスパニックを、企業や官公庁の雇用や大学入学などで優遇する「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置:affirmative action」が導入されました。

 積極的差別是正措置に関してですが、大学への入学において、被差別人種とされる黒人やヒスパニック系の人種、あるいは被差別の階層のために採用基準を下げたり、全採用人員のなかで最低の人数枠を制度上固定するなどの措置がとられています。同じマイノリティの中でもアジア人に対する扱いは例外で、学業成績が優秀であったとしても評価基準の曖昧な人物評価において低い点数をつけられ、結果的に不合格になるケースが多く、優遇処置が取られているどころか、実際は事実上の人種差別を受けているのではないかという疑念が呈されているのが現状です。

人種別の合格加点(減点)

  「Natureasia」の2019年12月号、「米国における「逆人種差別」(reverse discrimination) の認識」によりますと、白人および共和党支持者は、差別の程度の差は、黒人および民主党支持者より小さいと考えているとあります。さらに、アメリカやヨーロッパなどに広がる政治的分極化と極右的な運動の高まりの一因は、非白人を優遇しているとされる社会にて、白人が差別に直面しているという考えにあるとしています。最近のある研究では、一部の白人アメリカ人は、黒人に対する差別の減少が白人に対する差別の高まりを伴っていると考えていることが示唆されています。

 このように「逆人種差別」という認識が、徐々に広がっていますが、我が国では、人種ではありませんが、女子学生を大学入試において差別する傾向が依然として残っており、例えば2018年には医学部入試での差別が発覚したり、都立高校における男女別定員制を設けるなどの実態があります。そうした背景を踏まえ、男女共同参画社会基本法の規定による男女共同参画基本計画により、「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する」といった目標を定めました。しかし、2020年7月には、30%目標を断念し、「2020年代のできるだけ早期」という曖昧な表現に変更しました。

 2020年の世界経済フォーラムにおけるジェンダー・ギャップ指数では、日本は153か国中121位。 OECD加盟国と比較しても、日本の女性取締役比率は15.5%と、米国(31.3%)、英国(37.2%)、フランス(45.2%)に大きく遅れています。

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統計で騙す方法 その七 パーセントという二十面相

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あることに関して発表する方法にはいろいろあります。筆者の周りあったことですが、マンションの管理費を「1.1倍」か「1.2倍」に引き上げたいという提案が管理会社からありました。なんのことはなく「10%」か「20%」引き上げたいということです。同じ引き上げ率ですが、見え方によって印象は変わるという例です。「1.1倍」のほうが「10%」よりもみじめに小さいと感じるのです。もしかして管理会社はこのトリックのようなことを知っていたのかもしれません。

 とあるスーパーにおいて、特定の商品について大売り出しと称し午前中に99円で売ったとして、午後に100円として売ったとします。1%の儲けです。そうすると「年間365%の儲けになる」となります。実際には「365円の儲けになる」というだけです。どのような数字にしてもその表現の方法いろいろあるものです。全く同じ事実を表すのに。売上高の。1%の利益とか、投資額の45.5%の利益とか、1000万円の儲けとか、昨年比の60%の減、というようにいろいろと表せるのです。そして、その中から当面の目的に最もかなう方法を選んだならば、その数字が事実を正しく表していないと気がつく人はほとんどいないと考えた方がよいようです。

 日本のある自動車会社が、最近9か月の売上高の12.5%という税引きの利潤を報告したとします。その同じ期間中に投資に対する利益は45.5%であったとします。この場合、考えられるワナは、年間の投資額に対する収益というものは、総売上高に対する利益とは同じものでないということです。得てして大企業というのは、大きな収益をあげたことを報道することは控える傾向があります。従業員のベースアップやボーナス要求を抑えるためにも、売上高の上昇による利益という控えめな報道をするのです。

 商品の値引きをパーセントで表し、消費者をトリックで騙すことがあります。ある商品について、「50%プラス20%の値引き」で販売するとします。値引率は70%となるでしょうか。違います。この20%とは50%に値引きした品にさらに20%を値引きするということです。従って、割引率は、0.5×0.2=0.1(10%) ですから60%となります。

 もう一つの騙されやすい例があります。パーセンテージとポイント(パーセンテージ・ポイント)です。もし誰かの投資額の5%の利潤があったとします。翌年にはそれが10%になったとします。利潤は5ポイント増加したと言えば、控えめな印象を与えます。しかし、それを100%といっても一向に差し支えないのです。この説明は、パーセンテージとパーセンテージ・ポイントが紛らわしいということを示す例です。

 本話題のお終いに、各政党の支持率も何ポイント上昇とか下降という報道があります。K党が前回は5%の支持率、今回は10%となったとしますと、5ポイントの増加であり、100%の増加と言ってもよいのですが、そのようには報道されません。「5%増えた」と言うと、絶対的な増加量なのか、元の数値に対する割合なのかが分かりにくくなります。そこで、「5ポイント増えた」と言うことで、単なる増加量ではなく、パーセント表示された数値の差であることを示します。

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統計で騙す方法 その六 平均で騙す方法

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「日本人の一世帯当たりの平均収入はどのくらいでしょうか。中央値と最頻値も教えてください。」という問いを生成AIに出すと、2022年の厚生労働省による「国民生活基礎調査」によると、直近の「1世帯あたり所得」の代表値は以下のとおりであるという回答を得ました。すなわち、平均値(算術平均-mean)は 約 545万 円、中央値(メジアン-median)は 約 423万 円、最頻値(モード-mode)は 200~299万円となりました。平均が最も高くなっているのは、高所得世帯、例えば年収1,000万円超が全体を引き上げているためと推定されます。中央値とは、データを小さい順に並べたときに真ん中にくる値のことです。最頻値とは、データの中でもっとも頻度の高い値のことをいいます。

日本人世帯収入のおおよその分布::最頻値 < 中央値 < 平均値

 次に中央値は平均より約120万円低く、世帯の丁度真ん中で423万 円となります。最頻値の200〜299万円は中央値よりさらに低く、平均より1/2以下で実際に多くの世帯はこのレンジ付近に集中していることを意味します。少数の高所得世帯によって平均値が引き上げられている実態が読み取れます。所得の分布を並べますと 最頻<中央<平均 という順になり、右裾が長く伸びた分布となります。値の大きさは、になります。高所得世帯がいる一方で、多くの世帯では200〜299万円の所得帯が中心であること、この乖離が日本の所得分布の特徴となっています。

 このとき、平均値よりも中央値を使うことによって、所得の分布を分析するのが誤解が少ないと思われます。最頻値の200〜299万円は中央値よりさらに低くなっており、この世帯の収入が日本人収入状況を示していると判断すべきです。この時のトリックは、「平均」という言葉の意味が非常にルーズなのを利用して、日本人の豊かさを示そうとすることです。平均は大衆の意見を左右したり、広告をとりたいと思う時に意図してしばしば使われるのです。全世帯の半分が約 423万 円以下の収入を得ていると理解するのが大事です。最頻値の200〜299万円とは、この範囲の収入世帯が最も多いことを示します。

 日本人の所得を考えるとき、平均値を使うよりも中央値、もしくは最頻値を使うことで日本人の所得からみた暮らしの状態がある程度推測できるのです。平均値を使うことによって、例えば各国のとの比較がなされることは、間違いではありませんが、中央値や最頻値のほうが、生活の実態や財布の中身を知る上ではベターであるといえます。平均値とは、概して実態を目隠しがちになることを知っておきたいのです。平均値とは意外と人を誤解させたり騙しやすい統計の代表値なのです。

 日本人の所得の分布のように、最頻<中央<平均 という順のように片側の裾の長い分布の場合は、平均値だけを見ていては現実をうまく捉えることはできません。分布の形、中央値や最頻値、個別の数値を合わせて見ていくようにすべきです。

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統計で騙す方法 その五 サンプリングやインタビュー手法の偏り

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キンゼイ報告(Kinsey Reports)とは、アメリカの動物学者で性科学者であるアルフレッド・キンゼイ博士(Alfred Kinsey)とその研究チームによって、1940~50年代に発表された、アメリカ人の性的行動に関する科学的調査報告書のことです。この報告は二つあって、1948年の「Sexual Behavior in the Human Male『男性における性行動』」、そして1953年の「Sexual Behavior in the Human Female『女性における性行動』」です。

 キンゼイ報告は、一般には性科学の歴史において重要な一里塚ーマイルストーン(mile stone) の一つといわれます。ですがその信憑性については学術的にも議論が分かれています。以下に、その信憑性について評価する際の主なポイントを整理して説明します。

 信憑性があるとされる理由は、大規模なデータが収集されたことです。キンゼイ博士とそのチームは、6,000人以上の女性に対して詳細な性的行動に関するインタビューを行いました。当時としては非常に大規模かつ系統的な研究といわれました。次に、学問的な先駆性ということが注目されました。当時タブー視されていた女性の性的行動に科学的関心を向け、公にした点は画期的で、その後のジェンダー(gender)やフェミニズム(feminism)の研究、性科学の発展に寄与したといわれます。さらにキンゼイ報告は、道徳や宗教的価値判断を排し、観察された「行動」に基づいて記述されており、それまでの性に関する記録よりも科学的な姿勢を保っていました。データの分析ではいわゆる行動主義的アプローチをとったことです。

 しかし、キンゼイ報告は多くの批判や信頼性に疑問が呈されました。第一の批判は標本抽出(サンプリング)の偏りです。キンゼイは「無作為抽出」を十分に行っていなかったと批判されています。例えば、性的にリベラルな人と呼ばれるセックスワーカー、大学生、受刑者などを多く含んでいたため、全米女性の平均的な行動を正確に反映していないという指摘です。第二の批判は、インタビュー手法の問題です。データ収集が主にキンゼイ自身によって行われたため、被験者が答えを誇張したり抑制する「社会的望ましさのバイアス」(social desirability bias) が生じた可能性があることです。第三の批判は、倫理的な問題です。一部の情報源では、未成年者や性的逸脱行動を記録する際に、同意や倫理的配慮が不十分だったといわれます。

 キンゼイ報告の女性版は、「科学的信頼性というより、社会的・文化的意識改革の観点から重要な文書」と評価されそうです。完全に信頼できる統計的記述とは言い難い部分があり、現代的な意味での「厳密な科学的研究」としては限界があったのですが、それまで無視し抑圧されてきた女性の性的実態に光を当てた先駆的研究としては意義があるといわれました。

 世論調査やインタビュー調査というのは、偏りの原因に対する不断の戦いということです。この戦いには勝利がないこと、終わることのない難しい戦いです。「日本人の65%が消費増税に反対している」といった報道に対して、その65%と言うのは、日本人のどのような年齢、性別、職業の人なのか、といった疑問を絶えず抱きながら読むべきなのです。

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統計で騙す方法 その四 人とはウソを言うものである

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 「新聞を読んでいますか」、「どのような新聞を購読していますか」という世論調査の結果も面白い。これは固定電話の持ち主に対して行われました。いまから30年位前では、『読売新聞』が常にトップの発行部数を誇っていました。最も読まれたとか購読している新聞といえば『読売新聞』『朝日新聞』『毎日新聞』でした。『しんぶん赤旗』は論外でした。

ウオール・ストリート・ジャーナルの創刊号

 『朝日新聞』は、特に以下のような特徴を持っていました。それは知識層・リベラル層に人気があったことです。大学教授、官僚、公務員、教育関係者など、比較的リベラルな傾向を持つ読者層に強い支持を得ていました。『朝日新聞』は文化・教育記事が充実していたといわれます。科学、教育、文化などに関する記事の質が高いとされ、教養的なコンテンツを求める人に好まれました。そして全国的な販売網を有し、地方にも支局や販売店を持ち、安定的な購読層を形成していたといわれます。1990年代にはスマートフォンは存在せず、ほとんどの家庭が固定電話を使っていました。そのため、この種の世論調査は全国の購読者層をある程度反映していたと考えられます。

 しかし、実際にはどの新聞を購読したり読んでいたかです。「どの新聞をよんでいたか」と問われたいわゆる知識人は、『読売新聞』とは答えなかったのです。『読売新聞』は巨人のオーナーであり多くの読者を抱えていました。知識人といえども巨人ファンになびいていました。ですが質問に対しては、自分は教養的なコンテンツを求めているというブライドがあり、本当のところ読売新聞というように答えなかったのです。もしかしたら『しんぶん赤旗』を読んでいたのかもしれません。上品ぶったウソの回答をしたのです。

 同じことが、月間雑誌の読者にもいえます。当時の文化人といわれていた人が好んで購読していた雑誌は『中央公論』・『思想』・『世界』・『文藝春秋』など古典的名雑誌は現在も根強く支持されつつ、多様なニーズに応じて専門誌・思想誌・実務誌へと読み分けられています。用途や関心領域によって、上記の中から選ぶのが現代の知識人的定番と言えます。『文藝春秋』の発行部数がもっとも多く、40万〜46万部、『中央公論』は2万〜3万部、『世界』は4万部、そして『思想』は遙かに少ないといわれます。

新聞印刷輪転機

 『中央公論」は、知識人や教職者など特定層に根強い支持があるものの、一般への訴求力では及びません。『世界』はややリベラル・論壇色が強く、「知識人の義務として読まざるを得ない」「内容が重い」といわれてます。『思想』はあまりに専門性が高いといわれ部数は少ないといわれます。『文藝春秋』は、幅広い分野の内容、圧倒的な刊行部数、権威ある文学賞掲載という三拍子が揃っていて最も読者層の支持をしっかり獲得しているようです。

 知識層やリベラル層の人々が『世界』『思想』『中央公論』を好んで読んでいるという回答は、知的レベルを意識した高尚ぶったウソ回答のようです。

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統計で騙す方法 その三 各党の独自調査とその結果

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さきの都議選挙を前にして、各党は独自に調査をしていました。結果として調査結果は外れました。その代表が自民党の調査結果と見通しです。投票前では、発信力のある小泉農林水産大臣の備蓄米の随意契約による米価の引き下げ、物価上昇の対策として、国民一人当たり2万円を給付するという発表により、自民党の勢いが上昇しているという予想が流れていました。「政治と金」は、陰が薄くなったという見通しを立てていたようです。独自調査の予測は大きく外れて30議席を21議席に減らす惨敗となりました。

 政党はRDD方式などの電話調査やインターネット調査を使っていますが、回答率の低下やサンプルの偏りが問題になります。特に固定電話を使った調査では、若年層や都市部の単身者が抜け落ちやすくなります。近年の選挙では「無党派層」が多く、直前まで投票先を決めない人が増えている傾向があります。そのため、調査時点ではある党を支持していたが、実際の投票日には他党に入れた、という動きが起こりやすいです。

 情勢報道による“勝ち馬効果”や“同情票”があったことも分かります。報道によって「この党は優勢」「この党は厳しい」と印象づけられると、有権者の行動が変わるのです。勝ちそうな党に乗るとか、劣勢な党をあえて応援するというのが投票行動です。有権者が本音を言わない、いわゆる「隠れ票:シャイボーター(shy voter)」の存在もあります。たとえば、特定の党や候補を支持していても、それを公言しづらい空気がある場合、調査では「支持しない」と答えることがあります。組織票の読み違いもあります。特定の団体が支援する候補は、実際には確実な組織票を持っていても、調査ではそれが反映されにくいことがあります。組織票の高齢化が響いた党もあります。逆に組織の力が過信されて、期待外れになるケースもあります。

信頼度(確率)

 結論として言えることは、事前調査と実際の結果のズレは、調査手法という技術的な問題と有権者の行動や報道の影響という社会的・心理的な要因が複雑に絡み合っています。選挙情勢は特に直前になって大きく変わることがあるため、調査を過信せず、柔軟に情勢を見る必要があります。もっと言えば、手前味噌の調査は当てにならないということです。結果が予測とはずれた理由は、調査の基本である選び方(サンプリング)を無作為に行わなかったこと、これに尽きます。

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統計で騙す方法 その二 投票行動と出口調査

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「参議院議員選挙の前哨戦」といわれた東京都議会議員選挙が終わりました。投票所の前には報道関係者がいて、投票を終えた市民に対して、どの政党に投票したかを調べていました。結果を予測するには、一つの選挙区では無作為に選ばれた400人程度が必要と考えられています。ですが番組によって当確に違いが見られることや、候補者によって当確が出る時間の違いがでてきます。そのことに疑問を持ったことはありませんか?

 実は、こうした「当確」や「当選」をうつときに、大量のデータから価値ある情報を抽出し、分析、解釈するためのデータサイエンスが用いられるのです。この方法により出口調査のデータを使って誰が「当確」となるかを決めることができるのです。 出口調査のデータによって、それぞれの候補者の得票率を「おおよそこのくらいから、このくらいまでの区間に入るのではないか?、もし区間に入るならば当確を打つ」という決定をするのです。出口調査のデータは放送開始の数時間まえに分析され、放送開始時にはすでに「当確」、あるいは「やや優勢」などが分かるのです。

 このとき大事なのが、出口調査でインタビューする人を無作為に選ぶことです。均等な人数間隔、もしくは時間間隔をおいて調査への協力を依頼します。例えば投票を終えた人を順に5番、10番、15番という具合に選びます。インタビューの時間として午前の前半、後半、午後の前半、午後の後半というように分けることです。午前中は、高齢者が投票する傾向があります。母親は食事の世話や洗濯が終わった午前の後半か午後に投票所へ向かう傾向があります。若年層はゆっくり起きて、午後に投票所へ向かいがちになります。こうした選び方が無作為抽出の基本です。

 出口調査に応じた人を無作為に選んだとしますと、「当確」と判定できるかどうかは、統計的に有意であるという場合のことです。言い換えますと、出口調査の結果は標本なので、母集団(全有権者)の結果にどれくらい一致するかには誤差があるため、95%信頼区間というのを使って評価します。5%くらいの間違いが起きる可能性がありますが、これは無視してよいというのが統計による検定の基本です。もちろん誤差を1%としても良いのです。誤差を5%としても1%としてもほとんど結果には違いのないことが分かっています。

 出口調査で最も大事なことは、調査対象者(サンプル)を無作為に選ぶということです。これをやらない調査の結果では視聴者は騙されます。

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統計で騙す方法 その一 ウソには3種類がある

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かのイギリスの政治家、ディズレリー(Benjamin Disraeli)が語った言葉があります。「ウソには3種類がある。ウソ、みえすいたウソ、そして統計だ。」誠に含蓄のある言葉です。ディズレリーは、自由党のウィリアム・グラッドストン(William Gladstone)と並んでヴィクトリア朝の政党政治を代表する人物で、また小説家としても活躍したといわれています。ディズレリーは統計によって人を騙す方法を知っていたようです。自由党は別名ホイッグ党(Whig Party)といわれ、議会による王権制限を主張する反王党派の政党です。

 最近は、「トレンド」とか「流行」といった言葉をしばしば見聞きします。一体誰が、このような言葉を広めるかです。社会の裏には、消費者を惑わすというか、拐かすような人々がいるのです。「相関関係」とか「平均」、そしてグラフを使って、「トレンド」を意図的に作りだすことができるのです。今や、統計は読み書きの能力と同じように重要になっています。

債務残高のGDPとの比較

 ディズレリーのように我が国の総理大臣が賢い政治家であるかはわ分かりませんが、彼は先日、「日本の財政状況は間違いなく極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくない状況だ。税収は増えているが、社会保障費も増えている。減税して財源を国債で賄うとの考えには賛同できない。」と国会で答弁しました。総理大臣が国民を騙す方法を知っていたかどうかはわかりません。おそらく財務省の官僚からレクを受けて答弁したようです。

 総理大臣は、政府の純債務残高と国内総生産(GDP)を割合を使うと、債務残高はGDPの2倍を超えており、主要先進国の中で最も高い水準にあるという統計を使って発言したのです。他方で、対外純資産をみると世界で二番目となっている事実を忘れてならないのです。日本は世界最大の債権国でもあります。このように純債務残高を分子とし分母をなににするかによって、債務残高の比率は違ってくるのです。このような見方を一国の総理が知らぬはずがありません。もし知らないとすれば、総理大臣としては失格で退場です。あるいはもしかして、ディズレリーのように「ウソをつくには統計を使う」ことを財務省から入れ知恵をされていたのでしょう。国民はウソに騙されてはなりません。

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無関心や傍観の帰結 その第十四 ヘイビアス・コーパスの歴史

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 「ヘイビアス・コーパス」という制度は中世イングランド(medieval England) の歴史に起源があります。ラテン語で「人身を差し出せ」という意味の「Habeas Corpus」は、中世のラテン語による法文書の冒頭の語句から来ています。イングランドのコモン・ロー(common law)という慣習法の中で、王の裁判所が地方の牢獄に囚われている人を引き出し、その拘禁が正当かどうかを調べるための命令文書(令状)として発展しました。コモン・ローとは、法制度の重要な特徴である「判例法」を指す言葉です。具体的には、判例に基づいて法が発展していくシステムであり、イギリスの普通法を起源とします。しかし、当初は王の裁判権の拡大が目的であり、個人の自由保護という意識はまだ希薄でした。

チャールズ2世

 この制度が発展したのは13〜17世紀といわれます。1215年の大憲章(マグナ・カルタ: Magna Carta)では、「正当な裁判なく自由を奪ってはならない」という原則が確認され、これが後の「ヘイビアス・コーパス」の精神的基盤となりました。その後、裁判所が不当な拘禁を調査するためにこの令状を使うことが一般化します。特に、16〜17世紀には国王や官僚による恣意的な拘禁に対して、庶民が抗議手段として使うようになります。

 この制度の最も重要な転機は、1679年にイングランド議会(Parliament of England) が「ヘイビアス・コーパス法」を制定したことです。これはチャールズ2世(Charles II)の治世下、国王権力の乱用を防ぐために成立したものです。次のような内容でした。

・裁判なしに長期間拘禁することを禁じる
・裁判官の命令で速やかに被拘禁者を釈放させる
・刑務所や官憲による引き伸ばしや拒否を処罰対象とする

 この制度はやがてイギリス植民地とアメリカへ波及します。イギリスの法制度に従っていたアメリカ合衆国でもこの制度は引き継がれました。つまり合衆国憲法第1条第9節には、「ヘイビアス・コーパス」の特権は、反乱や侵略の際にのみ停止できる」と明記されています。このため、リンカーン大統領(Abraham Lincoln)が南北戦争(Civil War) 時に一時的に停止した例が有名です。

 終わりに、「正当な裁判なく自由を奪ってはならない」という原則は我が国ではどのように規定されているでしょうか。日本国憲法第34条の前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」と定められています。この条文が「ヘイビアス・コーパス」に由来するということは明らかです。しかし、このことの詳細を定めた人身保護規則は適用条件を絞っているため、日本の人身保護手続は公権力に対する拘禁についてはほとんど用いられていません。専ら私的拘禁への救済手続として用いられているのが現状です。

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