「ドチリナ・キリシタン」 その一 ローマ公教要理

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我が北海道大学合唱団OB会が「どちりなきりしたん」という合唱組曲を歌われるのを聞いて、バチカン図書館蔵の「Doctrina Christam」影印を撮ってみました。1600年刊行とあります。

長崎版「どちりな・きりしたん」

 「ドチリナ・キリシタン」というのは、戦国時代から江戸時代初期にかけて、イエズス会(Jesuits)の宣教師たちが日本での布教のために作成したキリスト教の初歩的な教理書(カテキズム: Catechism)です。もとは、ローマ・カテキズム(The Roman Catechism)というローマ公教要理に依拠しています。江戸時代の禁教期、キリスト教の教えを記した書籍が没収・焼却されるなか、信者たちが口伝、あるいは書き写して守り抜いたものといわれます。キリシタン史研究の権威であったc教授による校注や現代語訳は、難解な古語や宗教用語を理解するための重要な資料となっています。

 「ドチリナ」は「Doctrina」というラテン語で、「教義とか教理」を意味します。「キリシタン」は、もちろんキリスト教徒で切支丹とも呼ばれていました。「ドチリナ・キリシタン」は、当時のキリシタンが知っておくべき基本的な教えをまとめた教理書です。「ドチリナ・キリシタン」は対話の問答体で書かれているのが特徴で、信者が抱く教理への質問に指導者が答える形で進んでいきます。

 その教理とは「十戒: Ten Commandments」という守るべき10の戒律、「主の祈り」や「聖母マリアへの祈り」などの祈祷文、三位一体(Trinity) の教え、七つの大罪(Seven Deadly Sins)についての教義、そして洗礼といった儀式の秘跡のことです。ルーテル教会では、マルティン・ルターが1529年に著した「小教理問答書」(Small Catechism)が使われています。この問答書は、「ドチリナ・キリシタン」にあたります。

 「ドチリナ・キリシタン」を基にした、混声と男声合唱曲があります。千原英喜が作曲し5つの作品からなります。歌詞では、キリスト教の概念を説明するために、天主(デウス)や、おらしよ(オラショ=祈り)といったキリスト教特有の語彙が表れています。海老沢は、これらキリシタン文献を読みやすく書き起こすことを精力的に行った学者です。彼の業績によって、一般の読者も戦国から江戸初期にかけて日本に定着しようとしたキリスト教の精神性や、南蛮文化の深さの一端を知ることができるようになりました。

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キリシタンと共産党員 その四 強固な連帯感

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第二次大戦の終わりに樺太や千島列島の占領、多数の捕虜のシベリヤ抑留と過酷な労働などが、ソビエト共産主義体制の恐ろしさを国民の間に植え付けたのは否めません。海外の共産主義国家、例えば旧ソ連・中国・北朝鮮の印象が国民に今も強固に根付いています。旧ソ連のスターリンによる粛清、現在の中国や北朝鮮における一党独裁や人権問題などが、「共産党=独裁・抑圧」という強力なイメージを作ってしまいました。日本共産党はこれら諸国の党とは一線を画し、自主独立を強調していますが、一般市民から見れば「同じ名称を冠する勢力」として同一視されやすいのが実情です。

サンフランシスコ平和条約による領土の確定

 共産党は非常に規律が厳しく、組織としてのまとまりが強いことで知られています。この強固な連帯感が、外部の人からは「独自の論理で動く集団」とか「何を考えているか分からない」といった一種の不気味さや近寄りがたさを感じさせてしまうことがあります。組織の閉鎖性という側面が国民に忌避感を与えているのです。

他方で、最近では以下のような理由から、一定の支持や評価を得ている側面もあります。草の根の生活相談:として地域の困りごと、介護、税金、労働問題などに対して、非常に親身に相談に乗る党員や地方議員が多いnおも事実です。にも関わらず「過去の過激なイメージ」と「独裁的な海外諸国の印象」が、現在の党の活動以上に大きな壁となって、日本人の心理的な拒絶反応を引き起こしていると言えます。

 日本の「和」の感性からすると、キリスト教は唯一絶対の造物主の存在が厳格すぎると受け止めます。共産党は組織の特有性や共産主義国家の存在が、国民にマイナスの先入観を与えています。一度国民に刻印されたような思考や思想は,長い年月を経ても容易に熔解しないものです。それが「キリシタンは国を売る」という流布であり、「共産党は怖い」という観念なのです。時代を経てもイメージや思想は、しぶとく生き延びるという例証です。

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キリシタンと共産党員 その三 「暴力革命」のイメージ

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次に共産党の停滞の現象についてです。日本において共産党やその党員が一部で忌避感を持たれたり、広く受け容れられるのが難しい背景には、歴史的、政治的、そして社会的な複数の要因が絡み合っています。最も大きな要因の一つは、1950年代前半に日本共産党が採用した「武装闘争方針」の記憶です。「暴力革命」のイメージを世間に与えたのです。当時、火炎瓶などを用いた過激な活動が行われた時期があり、これが当時の人々に強い恐怖心を与えました。

 後に党は「平和革命」の路線に転換しましたが、当時の「過激」、「怖い」というイメージが年配層を中心に根強く残り、世代を超えて語り継がれてきた側面があります。こうした経緯を振り返ると、江戸幕府がキリシタンに対して与えた恐怖が共産党の辿った厳しさの恐れに類似していることが分かります。マインドセットは痕跡であり、容易に払拭されるものではありません。

 共産党の停滞には、日本の伝統的な価値観や「象徴天皇制」という国体との相性も影響しています。共産党は綱領で「君主制の廃止」を掲げていた歴史があます。現在も最終的には「共和制」を理想としてはいます。多くの日本人が抱く天皇制への親愛の情や、一般的な保守的な国民感情と共産主義の理論が共存しないという背景があります。現在は象徴天皇制を容認しつつも、国民の共産党への理解や支持にはハードルがあるといえます。

 現在の日本共産党の公式な党綱領では、ただちに君主制を廃止して共和制を樹立することは求めていません。2004年の綱領改定以降、以下のような立場をとっています。
つまり、憲法の第1条を含む全条項を厳格に守るという立場から、現在の「象徴天皇制」を認めています。ただし、天皇の政治利用や、戦前のような絶対的な権力を持たせる元首化には強く反対しています。

しんぶん赤旗日曜版−2026年5月号

 共産党は本来、「主権在民」の原則を徹底すべきという思想を持っています。そのため、天皇制を継続するかどうかは、「国政の主人公である国民の総意によって解決されるべきだ」としています。もし、将来的に国民が「天皇制は不要」と判断すれば、結果として共和制、あるいはそれに類する体制へ移行するのが望ましいというスタンスです。

 日本共産党は戦前、天皇に絶対的な権力があった明治憲法体制での「絶対主義的天皇制」を激しく批判し、そのために弾圧された歴史を持っています。戦前の体制が軍国主義や破滅的な戦争につながったという強い警戒感があるため、皇統の世襲による権威が政治的に利用されることに対して極めて敏感です。

 しかし、国民の間に天皇制は不要であるという民意が広がる情勢ではありません。今は、天皇制をいかに維持、発展させるかが議論されています。それが、国会で審議中の皇室典範の改正です。

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キリシタンと共産党員 その二 キリシタン禁教令

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戦国時代から江戸時代にかけて カトリック教会の教徒はキリシタンと呼ばれていました。宣教師追放令を含むキリシタン禁教令は、特定の誰か一人が一度だけ出したものではなく、時の権力者たちによって段階的に強化されていきました。1587年(天正15年)に豊臣秀吉によるバテレン追放令がだされます。九州平定を終えた秀吉が、長崎が教会領となっていることや、日本人が奴隷として売買されている実態を知り、バテレンと呼ばれた宣教師の国外追放を命じたのです。ただし、当初は南蛮貿易の利益を優先したため、徹底した禁教には至りませんでした。

切支丹禁札

 1612年(慶長17年)に江戸幕府を開いた徳川家康が、耶蘇教とも呼ばれていたキリスト教の教えが幕府の主従関係をもとにした支配体制を脅かすと判断し、全国にキリスト教の信仰を禁止する命令を出しました。これにより教会が破壊され、修道士や高山右近などの有力なキリシタンが国外へ追放されました。所領や財産を失った右近はのちにフリッピンで病死します。

 第三代将軍家光の時代に、禁教は最も厳格化します。1638年の島原の乱の鎮圧を経て、1639年にはポルトガル船の来航を禁止します。さらに「宗門改」や「踏絵」といった制度を整え、キリシタンを完全に排除する体制を築きました。鎖国とキリシタン禁制が徹底化されキリシタンとわかれば火あぶりの刑に処せられました。「かの伴天連の徒党、件の政令に反し、神道を嫌疑し、正法を誹謗し、義を損なう、邪法にあらずして何ぞや」、「キリシタンは国を売る」と江戸時代の人々はそう思い込まされたのです。

 徳川幕府のみならず、政権の座にある者ははときに自分にとって都合のいい伝説をつくるものです。一つの政治体制が伝説を作って長年宣伝し続ければ、人々は信じてしまうものです。禁教令は300年続きました。その間、誰もがキリシタンは怖ろしい、と思ってしまったのです。翻って今や憲法によって信教の自由が認められていても、300年の旧教に対する圧制の影響は拭い去られていないというべきです。

 キリスト教は一神教であり、他の宗教と共存することは教義上ではありえません。その厳格さが日本人一般の宗教観に適合できなかったというべきです。明治になってキリシタン禁制が解除された後も、バテレン邪宗門の観念は根強く残存し、耶蘇教ーキリスト教撲滅運動は全国的に激しく行われます。

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キリシタンと共産党員 その一 一神教

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世の中であらゆるモノの価格が上がっている一方で、停滞しているか下がっている現象もあまたあります。例えば出生率や人口です。お金そのものの価値や実質賃金も下がっています。ブランドロイヤリティが下がり、代替品の購入が増えています。節約傾向を反映して、「ついで買い」も下がっています。本稿は、社会的、歴史的事情を念頭に、特に宗教や政治に関して下がっている現象、人々の態度や行動を考えることにします。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内の最後の晩餐図

人間の精神的な柱である宗教に関していえば、宗教法人の減少や売買といった現象が起こっています。一義的には信徒が減ったことがその原因といえます。キリスト教会を例にとると、信徒の減少によって教会の統合や閉鎖が見られます。こうした減少と他方カルト宗教の台頭という事象は、時代の変容もさることながら人間の生き方のあり方の変化を象徴しているようです。

キリスト教徒が増えない現象を振り返ると、そこには歴史的な経緯もあることがわかります。特に旧教といわれるカトリック教会の歴史を辿るとそこには、日本人の精神にある一神教に対する忌避感や疎外観が関わっているようです。つまり、一神教であるキリスト教の「唯一神のみを信じる規律」は、既存の人々の血縁や地縁の慣習と衝突しやすく、心理的なハードルとなっていると思われます。次稿では、その歴史的な事情を考察します。

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アメリカ英語の修辞学 その13 時系列に沿った段落構成

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文章は多くの場合、時間軸にそってパラグラフー段落を展開するものです。時間や時代を前後すると、読者は理解しようするとき困惑するものです。もちろん、小説や詩歌などでは例外はありますが、一般的には時系列に沿った段落を作るべきです。この視点は日本語での文章作成でも同じです。

 日本人の思考パターンは、らせん状であるということを既に述べてきました。輪廻転生という、何度も別の身体に生まれ変わり、生と死を繰り返すというインド発祥の思想が日本人の中にもあります。そのせいでしょうが、文章に中にそうしたぐるぐると行き来する文章が登場しがちです。日本人は段落や文章の中で、行ったり来たり、前後するのは、あまり気にしないかもしれません。ですが英語の作文ではこれは御法度です。

(記事スナイパーより引用)

 あるプロセスについて記述する際の一般的な方法は、時間順、つまり時系列に沿って記述することです。書き手はプロセスの最初のステップから始め、最後のステップに到達するまで、そのステップを順番に説明していきます。このような構成は、1つの段落でも、より長いエッセイでも使用できます。事実に基づいた記述だけでなく、短編小説や長編小説といったフィクション作品も、しばしば時系列に沿って構成されます。

 写真を拡大する現像作業に関する例文が「American English Rhetoric:」にあります。その手順を示すような模範的な段落は、適切に接続詞を使うことによって読者に明確に示され、しっかりとした時系列構成の重要性を示しています。書き手が、露光と現像の手順を、まるで読者を手取り足取り導いているかのように説明している点に注目したいです。この一連の流れは、「作業を開始する」というフレーズで始まります。続いて、「次に」、「印刷工程で」、「満足したら」、「今」、「選択する」、「置く」、「それぞれ数分かかるステップで」、「滴下する」、「次に」といった接続詞が続きます。そして段落の終わりでは「最後に」という接続詞によって、プロセスの終了が告げられます。筆者のこうした丹念な書き方の工夫によって、すべての書き手や読者が望む完璧に明瞭になる文章が生まれるのです。

 子どもの童謡で人気のある「桃太郎」や「かぐや姫」の物語は、時系列の代表です。大学生も教官も時系列で文章を書いたり、説明することに心がけているはずです。科学の授業では、時間的な順序は、例えば実験過程を記述する上で当然な構成要素となるのです。歴史の授業でも、時間軸にそって史実を説明するのは当然です。本稿をもって「American English Rhetoric」で説明されている英語の修辞学の解釈は終わりとします。

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アメリカ英語の修辞学 その12 語彙の類推

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「American English Rhetoric」という教本では、語彙学習のセクションで単語の文脈を分析することで、意味を推測する二つの練習問題で構成されています。第一の練習問題「段落パズル」(Paragraph Puzzle)では、段落中に一定間隔で挿入された空欄を埋めていきます。適切な選択肢を選ぶには、文脈を参照する必要がある場合が多いです。

第二の練習問題「単語の手がかり」(Word Clues)は、文章を読む際に実際に起こることを再現したものです。知らない単語が出てきたとき、必ずしも辞書で調べる必要があるとは限りません。多くの場合、近くにある単語や単語群、そして多くの場合、同義語(synonym)を見つけることで、その意味を推測することができます。

段落パズルの例題:
How do we know the dogs (have show are, is) color-blind? This has been tested in ( that , a their, the) same way that it has been ( discovered, heard, told, said) what dogs can hear.

単語の手がかりの例題:
When John approached the edge of the cliff, he guessed that the edge would be strong enough to walk on. But when the ground collapsed beneth his feet, he learned that his assumption had been wrong.

 この文章で難しい単語は「assumption」です。この意味を理解する手がかりは、「guessed」という単語にあります。つまり、「仮説」とか「推定」という意味であることを予測するのです。

もう一つの手がかりの例題:
Marie wanted to move into her new apartment next week, but her land-lady told her it would bot be possible to occupy the premises until the first of the month.

 この文章の難しい単語は「occupy」です。この意味を理解する手がかりは「move」で「移動する」、「やってくる」という意味ですから、「occupy」は入居するという意味であることがわかります。

 ある文章を読むとして、一つ、二つの知らない単語が文章の中に必ずといってよいほど出てくるものです。その場合、知らない単語が段落の中にでてきても、段落の意味がうすうす分かればよいのです。おぼろげながらも著者の言わんとすることが伝わってくれば、文脈を理解できているのです。語彙の類推はそこから生まれるのです。

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アメリカ英語の修辞学 その11 問いー読者は誰か?

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「自分の文章はどのような読者層を対象としているのか?」この問いには明白な答えがあるように思えるでしょう。こうした問いはいつ、どこででも重要な意味を持っています。このブログを目にしている一般識者、学生や主婦、教師、心理学者、セラピスト、図書館司書など幅広いと思われます。その誰もが、自分で文章を書く機会が多いはずです。そのとき、読者に何をどのように伝えるかを考えることは至極当然なことです。

 読者層は、フォーマルな文章を期待しているのか、インフォーマルな文章を期待しているのか、真面目な文章を期待しているのか、ユーモラスな文章を期待しているのか、統計的な文章を期待しているのか、哲学的な文章を期待しているのか、詩歌のような文章を期待しているのか、実験的な文章を期待しているのか、、、、、、、、。こうした質問に自問自答してみることが大事です。この答えによって、私たちは自分の考えを効果的に伝える文章を作成する上で役立つはずです。

 いつの時代でも文章の読者層は誰かを念頭におくことは重要です。英語で文章を書くときもそうです。譬えれば、新しい写真を撮るたびにカメラのピントを合わせるように、読者に合わせて文章の書き方を調整する必要があります。提案書、報告書、文学論文、書評、法律文書、小説やエッセイなど、文章の種類は大きく異なります。いうまでもなく、こうした専門分野ではそれなりの専門用語を使うのはもちろんです。それに加えて修辞の技法を用いて、論文やエッセイの体裁を整えるのです。

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アメリカ英語の修辞学 その10 トランジッションー同格語

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良い英文を書くには、専門用語はもちろん、幅広く語彙を貯めておくことです。それではじめて、読み手に満足してもらえるのです。修辞は、潤沢な語彙の蓄積によって成り立つのです。今回は修辞の中でしばしば使われる手法、同格語の使い方です。

同格語は、従属接続の一つで二つの同じ意味の文章を一つの文にまとめる方法です。それによって、文章の冗長さを避けることが出来ます。冗長な文になる代表は「and」によってつなげる文章です。無駄が多く、必要以上に説明が重複し長くなっている状態のことです。一般的には「くどい文章」とも呼ばれます。日本文では、重複してもさして不自然にはきこえないのですが、英文ではなんとなく、ダブってきこえるのです。その代表は、「and」を使って二重に説明する場合です。

くどく弱い文: Knut Hamsum was a Norwegian novelist, and he won a Nobel Prize.
改善した文: A Nobel Prize winner, Knut Hamsun was a Norwegian novelist.

くどく弱い文: Mr. Edwards is the manager of the store, and he is a city councilman.
改善した文: Mr. Edwards, the manager of the store, is a city councilman.

くどく弱い文: My uncle brought me a gift, and it was a wristwatch.
改善した文: My uncle brought me a gift, a wristwatch.

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アメリカ英語の修辞学 その9 従属接続

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従属関係(subordination)とは、重要度の異なる複数の考えをまとめて、それぞれの相対的な重要性を読者に素早く理解させるテクニックです。従属関係を用いることで、文の中心となる、あるいは支配的な考えを独立節に置き、重要度の低い考えを従属節や従属句に置くことで、文の中心となる考えに焦点を当てることができます。この章の従属関係の説明と練習問題は、このスキルを身につけるのに役立ちます。多くの模範作文の余白にある注釈は、そこに頻繁に登場する従属関係の例を示しています。以下の文では、Even though,,,,が従属節で、the USA、、 以下が主題文となります。

Even though you can buy the same brand of soup and toothpaste in all 50 states, the USA reveals major regional differences.

(50州すべてで同じブランドのスープや歯磨き粉が購入できるが、アメリカ合衆国では、地域によって大きな違いが見られる。

 従属接続は、単独の文では行われません。段落全体の文脈に直接関係するものです。文の中で従属接続を用いるべきかどうかは、少なくとも2つの要素によって決まります。1つ目は、扱っているアイデアの種類、2つ目は、その文を取り囲む文の種類です。書き手は通常、並列構造で表現する方が適切であるというほぼ同等の考えと、従属関係で表現する方が適切で、同等でない考えを区別します。

 しかし、ほとんど、あるいはすべての文が従属関係で構成されている文章を書くのは間違いです。書き手は、考えを拡張、統合、再構成することで文の多様性を高め、様々な文型で表現できるようにします。単調な文体を避けるために、単純文、複合文、複文を組み合わせます。従属関係が現代英語散文の最も重要な特徴の一つであることを認識し、書き手は考えをより明確に伝えるのに役立つ場合は、いつでも従属関係を用いるべきです。

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アメリカ英語の修辞学 その8 トランジッションー接続詞

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優れた英文を読むと、文章と次の文章、段落と段落の間にいろいろな接続詞が使われ、読者に一貫性や統一性を感じさせてくれるものです。接続詞によって文章がスイスイと流れ、読者に心地よい気分を与えてくれます。以下に、接続詞と用法はいろいろあります。以下、その一部を示します。その用法を覚えると良い文章ができることを保証します。

Explanation: now, thus, for, in this case
説明:今、このように、なぜなら、この場合

Emphasis: indeed, certainly, above all
強調:確かに、確かに、何よりも

Qualification: but, however, yet, unless, except for
限定:しかし、しかし、それでも、~でない限り、~を除いて

Illustration: for example, for instance, thus
例示:例えば、例えると、このように

Comparison: like, similarly, likewise, in the same way
比較:同様に、以下のように、同じように

Contrast: in contrast, on the other hand, instead, unlike
対比:対照的に、一方で、他方、代わりに、~とは異なり

Concession: admittedly, nevertheless, of course, although,
譲歩:確かに、それにもかかわらず、もちろん、~にもかかわらず、結局

Consequence: therefore, as a result, consequently, thus, hence, so, accordingly
結果:したがって、結果として、したがって、ゆえに、それで、それに応じて

Summation: in conclusion, to sum up, all in all, finally
要約:結論として、要約すると、結局、最後に

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アメリカ英語の修辞学 その6 トピックセンテンス その2 書き手の意図

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 次に、トピックセンテンスと中心となる考えがどのように書き手の意図につながるかを示す段落を以下に示します。最初の短い文で段落の主題が示され、中心となる考えは「奇跡」という単語に含まれています。次の文は、E. B. Whiteが書いた「The Miracle of New York」というタイトルのものです。

It is a miracle that New York works at all. The whole thing is implausible. Every time the residents brush their teeth, millions of gallons of water must be drawn from the Catskills and the hills of Westchester. When a young man in Manhattan writes a letter to his girl in Brooklyn, the love message gets a blown to her through a pneumatic tube—pfft—just like that. The subterranean system of telephone cables, power lines, steam pipes, gas mains and sewer pipes is reason enough to abandon the island to the gods and the weevils. Every time an incision is made in the pavement, the noisy surgeons expose ganglia that are tangled beyond belief.

Brooklin, New York

By rights New York should have destroyed itself long ago, from panic or fire or rioting or failure of some vital supply line in its circulatory system or from some deep labyrinthine short circuit. Long ago the city should have experienced an insoluble traffic snarl at some impossible bottleneck. It should have perished of hunger when food lines failed for a few days. It should leave been wiped out by a plague starting in its slums or carried in by ships rats. It should have been overwhelmed by the sea that licks at it on every side. The workers in its myriad cells should have succumbed to nerves, from the fearfull pall of smoke-fog that drifts over every few days from Jersey, blotting out all light at noon and leaving the high offices suspended, men groping and depressed, and the sense of world’s end. It should have been touched in the head by the August heat and gone off its rocker.

訳:
 ニューヨークが機能していること自体が奇跡だ。すべてが信じがたい。住民が歯を磨くたびに、キャッツキル山地やウェストチェスターの丘陵地帯から何百万ガロンもの水が汲み上げられなければならない。マンハッタンの青年がブルックリンの恋人に手紙を書くと、その愛のメッセージは空気圧チューブを通して、まるで魔法のように彼女に届けられる。電話線、送電線、蒸気管、ガス管、下水道管の地下システムは、この島を神々とゾウムシに委ねるに十分な理由となる。舗装路に切開を加えるたびに、騒々しい外科医のような工夫たちは信じられないほど複雑に絡み合った神経回路のような配線を露わにする。

 本来なら、ニューヨークはとっくにパニックや火災、暴動、あるいは循環器系のような重要な供給ラインの故障、あるいは迷路のような深いショート回路によって自滅していてもおかしくなかった。この都市はとっくに、あり得ないボトルネックで解決不可能な交通渋滞に見舞われていてもおかしくなかったのだ。数日間食糧供給が途絶えただけで、飢え死にしていたはずだ。スラム街で発生した疫病、あるいは船から持ち込まれた疫病によって全滅していたはずだ。四方八方から押し寄せる海に飲み込まれていたはずだ。無数の独房で働く労働者たちは、数日おきにジャージー島から漂ってくる恐ろしい煙霧に神経をすり減らし、正午の光をすべて遮り、高いオフィスビルを麻痺させ、人々を不安と絶望、そして世界の終わりの感覚に陥らせていたはずだ。八月の暑さで頭がおかしくなり、正気を失っていたはずだ。

解説:
 E.B.ホワイトの文の段落は、各文の細部がニューヨークの生存が奇跡的であるという中心的な考えに結びついているため、統一感があります。一貫性は、不快感から始まり狂気で終わるように、細部を段階的に並べることで生まれます。

 トピックセンテンスは段落の冒頭に置かれることが多いですが、他の場所に置かれることもあります。時には最後にあることもありますが、その場合でも意味が通じます。しかし、どこに置かれていても、トピックセンテンスは段落の展開を決定づけます。各段落で中心的な考えを述べることで、執筆の目的が明確になります。これにより文章を効果的に展開することで読者が理解するのに役立ちます。

 それでは、これまで考察してきた点を例示する英語の段落をさらに見ていきます。それぞれの段落を次の3つの質問を自問自答しながら分析してください。

・一貫性がありますか?
・統一感がありますか?
・中心的な考えを表すトピックセンテンスがありますか?

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二人の王様のユーモアと風刺のジャブ

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国王即位後、チャール国王の初めてのアメリカ訪問は、多くのアメリカ国民に感銘を与えたようです。上下両院での演説は単なる外交辞令ではなく、今の世界の諸々の課題に共に勇気を持って立ち向かおうとする気概やエスプリが込められていたのです。演説の途中、何度も議員らが敬意や感動、そして称賛の意を表すために立ち上がって拍手を送る姿がありました。

 議員の総立ちにより演説は一時途絶えますが、その間議員らは、今混乱するアメリカの施政について、もう一人のキングに対する疑惑や反感を考えたに違いありません。このキングは、議会における演説では決して民主党議員から総立ちの賞賛を受けたことがなかったのです。共和党議員ですら総立ちになって拍手するのですから、キングは歯ぎしりをしたはずです。

Charles III

 演説中、チャール国王はこのもう一人のキングの名前は出しませんでした。それが相手に対する国王としての矜持と礼儀だったからです。外交では批判する相手を名指しすることはありません。しかし、議員達は、チャール国王の演説の文脈に、数々の荒々しい発言を繰り返すもう一人のキング、ドナルド・トランプ大統領を容易に想像できたのです。

 チャール国王の演説草稿は、もとはといえば歴史学者ともいえそうなスピーチライターが国王と相談して起草したものと思われます。聴衆の心に響くストーリーを構成し演出するため、過去のイギリスとアメリカの関係について考証し、事実に基づいて起草したことが伺えます。

 歴史上、イギリスと植民地であったアメリカはいわば兄弟のような関係がありました。1760年代のイギリスはジョージ3世の施政下にありました。彼は絶対的な主権を維持し、植民地に対して一貫して強硬な為政をしいていきます。彼は、「植民地は本国に従属すべきもの」という信念を持っていました。植民地への「重商主義政策」と、それに伴う「課税強化」です。それに対して植民地側は和解の嘆願をを送ります。ジョージ3世はそれを拒絶し、彼らを「反逆者」と断定するのです。

 1700年代のアメリカ大陸におけるイギリスとフランスの覇権争いは、「北米植民地戦争」と呼ばれます。ヨーロッパ本国での戦争と連動して何度も衝突を繰り返しましたが、最終的にはイギリスの圧倒的な勝利で幕を閉じました。ジョージ3世は対話よりも軍事力を優先し、ドイツから傭兵を雇い入れてまで植民地の施政に介入します。この強硬姿勢が、それまで国王個人を敬愛していた植民地の人々に「国王は暴君である」と認識させ、独立宣言へと突き動かす一因となっていきます。

 ホワイトハウスでの晩餐会で、二人のキングが交わしたウイットに富むジョークも話題となっています。それは、ダボス国際会議でトランプ大統領が、「第二次大戦で、アメリカがなかったならば、欧州諸国はドイツ語を使っていただろう」という演説に対するものでした。チャール国王はそれに言及して「あえて申し上げれば、イギリスがなかったならば、皆さんはフランス語を話していただろう」と植民地戦争で、フランスの影響力を払拭させたのを遠回しに言ったユーモアだったのです。

 今回のチャールズ国王の訪米は、相手への節度ある賞賛を交えながら、イギリスの立場をしなやかに示した機会となったようです。それが議会での演説であり、晩餐会での答礼スピーチに示されています。

Two kings exchange jab of humor and satire.

King Charles’ first visit to the United States since his accession to the throne seems to have impressed many Americans. His speeches to both houses of Congress were not merely diplomatic formalities, but imbued with a spirit and determination to bravely confront the various challenges facing the world today. Throughout his speeches, members of Congress repeatedly rose to their feet and applauded, expressing their respect, admiration, and praise.

The speeches were temporarily interrupted by the standing ovations, during which the members of Congress must have been contemplating the current turmoil in American governance and their suspicions and resentment towards another king. This king had never received such a standing ovation from Democratic members of Congress during his speeches.Even Republican lawmakers rose to their feet and applauded, so he must have been gnashing his teeth.

During his speeches, King Charles did not mention the name of this other king. This was a matter of royal pride and courtesy. In diplomacy, one does not name the target of criticism. However, in the context of King Charles’ speeches, the members of Congress could easily imagine the other king, President Trump, who has made numerous harsh remarks.

King Charles’ speech draft was originally written in consultation with the king by a speechwriter who could be described as a historian. It appears that the speech was based on a thorough examination of past British-American relations, in order to construct and present a story that would resonate with the audience.

Historically, Britain and its colonies, America, had a relationship akin to brotherhood. In the 1760s, Britain was under the rule of George III. He maintained absolute sovereignty and consistently imposed a hardline policy on the colonies. He held the belief that “colonies should be subordinate to the mother country.” This manifested as “mercantilism” and the accompanying “increased taxation” of the colonies. The colonies sent petitions for reconciliation, but George III rejected them, declaring them “rebels.”

The struggle for hegemony between Britain and France in the Americas in the 1700s is known as the “North American Colonial Wars.” These conflicts, linked to wars in Europe, involved repeated clashes but ultimately ended in an overwhelming British victory. King George III prioritized military force over dialogue, even hiring mercenaries from Germany to intervene in colonial administration. This hardline stance led the colonists, who had previously revered the king personally, to perceive him as a tyrant, contributing to the Declaration of Independence.

A witty joke exchanged between the two kings at a White House dinner has become a topic of discussion. It was in response to President Trump’s speech at the Davos conference, where he stated that “if America hadn’t existed in World War II, European countries would have spoken German.” King Charles responded by saying, “If I may say so, if Britain hadn’t existed, you would all have spoken French,” a humorous indirect reference to Britain’s role in eliminating French influence during the colonial wars.

King Charles’s recent visit to the United States appears to have been an opportunity to subtly demonstrate Britain’s position while offering respectful praise to the other side. This is evident in his speeches to Parliament and his reciprocal speech at the dinner in the White House.

アメリカ英語の修辞学 その5 トピックセンテンス その1 目的を明確に

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優れた段落ーパラグラフを書くには、まず文章を書く目的を明確にする必要があります。つまり、各段落は独立した思考単位であるべきなので、それぞれの段落でどのような考えを伝えたいのかを事前に明確に決めておく必要があります。自分の考えが明確になったら、次はそれを読者に分かりやすく伝えることです。そのためには、トピックセンテンスでその考えを述べるのが効果的です。

 トピックセンテンスは、段落の中心的な目的を表します。文章を書く際には、常に目的を意識し、読者にそれを明確に伝える責任があります。先に挙げた、統一性と一貫性の例として引用されている模範的な段落は、いずれも明確なトピックセンテンスを示しています。統一性を示すレイチェル・カーソン文章の段落では、トピックセンテンスは最初の段落に、一貫性を示すスマッツの文章の段落では、トピックセンテンスは3番目の段落にあります。

 トピックセンテンスを書き出すことで、主題に集中しやすくなります。しかし、トピックセンテンスがあまりにも漠然とした表現ですと、統一性を保つことは難しくなります。無関係な内容が混入するのを防ぐためには、ほとんどのトピックセンテンスでは、段落の要点、つまり中心となる考えを表す単語または語句を用いるように心がけたいものです。

 場合によってはトピックセンテンス全体で自分の意図する考えを述べる必要があることもありますが、多くの場合、単語または語句だけで十分です。以下に、広く一般的なトピックセンテンスの例と、その修正例を示します。それぞれの修正例では、中心となる考えを太字で強調することで、元の文をより具体的に示しています。

次のトピックセンテンスは一般的すぎます。
2000: A Space Odyssey is an interesting movie.

中心となる考えを追加して修正したトピックセンテンスではこうなります。
2000: A Space Odyssey describes some of the problems of space travel.

次のトピックセンテンスも一般的すぎます。
The Olympic Games are exciting.

中心となる考えを追加し改善したトピックセンテンスではこうなります。
In the Olympic Games the athletes of many nations compete intensely.

次のトピックセンテンスも一般的すぎます。
Mahatma Ghandi was an inspiring leader.

中心となる考えを追加したトピックセンテンスではこうなります。
Mahatma Ghandi; used passive resistance to reach his political goals.

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アメリカ英語の修辞学 その4 一貫性 その2

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次の例文は、Robert W. Smutsが「Women and Work in America」に投稿した文です。作文するには、段落ーパラグラフに一貫性を持たせることが大事であることを示す内容です。その肝は、接続詞を用いて段落が円滑に流れることです。

Far more striking than any changes in the kinds of work, done by women in the USA labor force is the shift of wives and mothers from household activities to the world of paid employment. Emphasis on the new work of women, however should not be allowed to obscure an equally important. Today as always, most of the time and effort of American wives is devoted to their responsibilities within the home and the family circle. This is the true even of those who are in the labor force.

Since 1890 the demands of paid work have become much lighter. The normal work week has decreased from sixty to forty hours; paid holidays and vacations have become universal; and most of the hard, physical labor that work once required has been eliminated. Because of these developments, many women can work, outside the home and still have time and energy left for home and family.

Moreover, most working mothers do not assume the burdens of a full schedule of paid work. Among employed mothers of preschool children, four out of five worked only par time or less than half the year in 1956. Among those shoes children were in school, three out of five followed the same curtailed work schedule. And even among working wives who had no children at home only a little more than half were year-round, full-time members of the labor force.

You can easily trace the devices that give this paragraph its coherence. The transition “however” connects the second sentence 2 to the first sentence 1 ; the adverb “today” links 3 to 2. The pronoun “this” join 4 to 3 , the phrase “since 1890” connects 5 to 4, and 6 contains example of the point made in the previous sentence.


アメリカの労働力における女性の仕事の種類の変化よりもはるかに顕著なのは、妻や母親が家事から有給雇用の世界へと移行したことです。しかし、女性の新たな仕事に重点を置くことで、同様に重要なことを見落としてはならないことがあります。今日でも昔も変わらず、アメリカの妻たちの時間と労力のほとんどは、家庭や家族の中での責任に費やされています。これは労働力に属する女性にも当てはまります。

1890年以降、有給労働の要求ははるかに軽くなりました。通常の労働時間は週60時間から40時間に短縮され、有給休暇や休日が当たり前になり、かつて仕事に必要とされた重労働のほとんどがなくなりました。こうした変化により、多くの女性は家庭の外で働きながらも、家庭や家族のために時間とエネルギーを残すことができるようになりました。

さらに、働く母親のほとんどは、フルタイムの有給労働の負担を負っていません。就学前の子どもを持つ働く母親のうち、1956年には5人に4人がパートタイム勤務、つまり年間の半分以下の勤務しかしていませんでした。子どもが学校に通っている母親のうち、5人に3人が同様に勤務時間を短縮していました。さらに、家に子どもがいない働く妻でさえ、年間を通してフルタイムで働いているのは半数強に過ぎませんでした。

解説
読者は、この段落に一貫性を持たせている要素を容易に読みとることができます。接続詞「however」は2番目の文2と1番目の文1をつなぎ、副詞「today」は3と2をつないでいます。代名詞「this」は4と3を、句「since 1890」は5と4をつなぎ、6には前の文で述べた点の例が含まれています。

7の代名詞「these」は6で挙げた考えの流れを継続させています。接続詞「moreover」は8と7をつないでいます。そして、9、10、11の文頭で繰り返される前置詞「among」はこれらの文を結びつけ、段落を力強く締めくくっています。

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アメリカ英語の修辞学 その3 一貫性

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外国語で文章を書くことは、最初は母国語で書くのとよく似ているように思えるかもしれませんが、もちろんそうではありません。問題は、単に単語や記号の違いだけではありません。文章における単語の配置も重要な問題です。ある言語の単語や語句の組み合わせ方は、別の言語の単語や語句の組み合わせ方とは異なります。さらに重要なのは、言語によってアイデアのまとまり方が異なることです。ロシア人、エジプト人、ブラジル人、日本人は、同じテーマについてでも、段落の中でアイデアを全く異なる方法で配置する傾向があります。こうした違いは、それぞれの文化が独自の思考様式を持っているために生じます。

 そして、人々の思考方法は、文章の書き方を大きく左右します。したがって、英語で上手に文章を書くためには、まず英語話者がどのようにアイデアを配置するかを理解する必要があります。このアイデアの配置は、「思考パターン」と呼ぶことができます。英語の思考パターンは母国語のとは違いますが、一度理解すればより簡単に模倣できるようになります。そうすることで、より効果的な英語を書くことができるようになるのです。

 英語の段落の基本的な特徴は、通常、直線的な展開をたどることです。この英語の思考パターンを理解することは、書き手にとって重要です。段落は多くの場合、主題文と呼ばれる中心となる考えの記述から始まり、その後、中心となる考えを細分化した一連の記述が続きます。これらの細分化された記述は、主題文を展開し、後の段落で他の考えを追加するための準備となることを目的としています。

それぞれの民族による思考のパタン

 このように直線的な展開をたどる点で、英語の段落は、例えば、円環的な展開をたどる傾向のある東洋の語の段落とは大きく異なります。また、平行的な展開をたどる傾向のあるセム語の段落とも異なります。スペイン語やその他のロマンス語の段落は、さらに別の点で異なります。思考の流れが、かなり完全な脱線によって中断されることがあるのです。同様に、ロシア語の段落にも脱線がよく見られます。異なる文化圏では、文章表現のさまざまなアプローチは、それぞれの文化に影響を受けた思考パターンに関連しており、どれが必ずしも他より優れているということはありません。

 しかし、作文を学ぶ学生にとって、修辞パターンが文化によって異なることを認識することは、自分にとって馴染みのない文章表現をより早く習得するのに役立つのです。様々な文化における段落展開の流れは、次のように図解されています。破線は、段落に挿入された、ほとんど無関係な内容を示しています。

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アメリカ英語の修辞学  その2 統一性

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留学生の中には、英語の段落という概念が馴染みのないものかもしれません。文が完全な考えを伝える単語の集まりであるように、段落は考えをさらに発展させる文の集まりです。各段落は、読者が読み終える頃には、読み始める前よりも多くの情報を得ている状態であるべきです。段落は通常、最初の文が数文字分、字下げされていることで識別されます。この字下げは、段落の内容が独立した思考単位であることを読者に示します。

 英語の段落が独立した思考単位であるという点が、その最も重要な特徴です。段落を作成する際、書き手は一つのトピック、あるいはトピックの一つの側面のみを論じます。この段落の特徴は、統一性、あるいは目的の単一性として知られています。英語の段落は一つの考えに焦点を当てているため、その考えを展開するために用いられる事実、例題、理由などはすべて関連性のあるものでなければなりません。段落のトピックに直接関係のない内容を導入すると、読者はそっぽを向いてしまう危険があります。

 次の短い段落を読んで、統一性とは何かをより深く理解してください。太字で示されている単語は接続詞です。すべての文が冒頭の文で提示されたテーマ、つまり海の始まりについて展開していることに注目してください。筆者は4番目の文で主題を改めて述べ、読者、そしておそらくは自分自身にも、段落の終わりに向かうすべての詳細は地球がどのようにして海を得たのか、そしてそのテーマのみを説明するものであることを思い出させようとしています。

以下はレイチェル・カーソンの「Mother Sea: Gray Beginnings」という本からの引用です。

Beginnings are apt to be shadowy, and so it it with the beginnings of that great mother of life, the sea. Many people have debated how and when the earth got its oceans, and it is not surprising that their explanation do not always agree. For the plain and inescapable truth is that no one was there to see, and in the absence of eyewitness accounts there is bound to be a certain amount of disagreement. So if I tell here a story of how the young plant Earth acquired an ocean, it must be a story pieced together from many sources and containing many whole chapters the details of which we can only imagine. The story is founded on the testimony of the earth’s most ancient rocks, which were young when the earth was young; on hits contained in the history of the sun and whole universe of star-filled space. For although no man was there to witness this cosmic birth, the stars and the moon and rocks were there, and, indeed, had much to do with the fact that there is an ocean.

訳:
 始まりは往々にして曖昧なものであり、生命の偉大な母である海の始まりもまた同様です。地球がどのようにして、そしていつ海を得たのかについて、多くの人々が議論を重ねてきましたが、彼らの説明が必ずしも一致しないのは当然のことです。なぜなら、誰もその場に居合わせたわけではないという明白で避けられない真実があり、目撃者の証言がない以上、ある程度の意見の相違が生じるのは避けられないからです。ですから、

 もし私がここで若い地球がどのようにして海を得たのかという物語を語るならば、それは多くの情報源から断片的に集められた物語であり、その詳細を想像することしかできない多くの章を含む物語でなければなりません。この物語は、地球が若かった頃に、若かった地球上で最も古い岩石の証言に基づいています。太陽の歴史や星々で満ちた宇宙全体に刻まれた出来事について。この宇宙の誕生を目撃した人間はいなかったのですが、星や月、岩石はそこに存在し、実際、海が存在するという事実と深く関わっていたのです。

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アメリカ英語の修辞学 その1 英語の段落―パラグラフ

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漂流する救命ボートに乗った孤独なピエロは、特有の問題を抱えています。彼は生涯、滑稽な芸と作り笑いで観客を楽しませてきました。しかし、海に漂う今、彼はその笑顔を理解できない世界に向けます。突然、彼はコミュニケーションが取れなくなってしまうのです。ピエロの孤独感とは、アメリカに初めて来た留学生の英語に対する不安と困惑を譬えています。

The New Yorkerより引用

 母国語ではない言語で文章を書くことを学ぶ学生も、同様の問題を抱えています。ピエロのように、彼は新しい世界が理解できる言葉でコミュニケーションする方法を学ばなければなりません。しかし、どの書き手も、新しい言語で頭の中に満ち溢れる多くのアイデアを表現することに苦労します。これらの抑圧されたアイデアから解き放つためには、新しい言語の語彙と書く技法を理解する必要があります。そうして初めて、彼は文章を通して自分自身を最大限に表現できるようになるのです。

 この章では、英語を上手に書くために必要な基礎知識を提供します。まず、英語の段落ーパラグラフの特徴について考察します。中国には「千里の道も一歩から」という諺があります。この章の内容を学習することは、英語の文章力を習得するための第一歩です。

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アメリカ英語の修辞学

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最近、書庫を片付けていましたら、「American English Rhetoric:」という本がでてきました。「アメリカ英語の修辞学」というもので、「第二言語としての英語による文章作成の技法」という副題がついています。

 文字通り、この本は英語で文章を書くために教本で、ウィスコンシン大学(University of Wisconsin-Madison) に留学中に購入した本です。ページをめくると、あちこちに手書きのメモが残っています。私が相当苦労して勉強していたことがうかがえます。この教本のお陰で出された課題に関する小論文を作成し、学位論文を書くのに大いに役立ちました。

使い古した教本です

 私は中学、高校、大学において英語を勉強してきました。10年間です。主として英文法の学びです。最近は聞き取りや話し方の技法を教えているようですが、当時は英作文の基本は英文法の沿った書き方を学ぶことでした。修辞法という言葉を美しく、巧みに使い、相手を納得させたり、効果的に感情を伝えたりする技術は学んでいませんでした。英語の教師は修辞法を知らなかったのかもしれません。

 ウィスコンシン大学では、留学生のための相談室(Writing Lab) があり、ここに下書きしたペーパー(小論文)を点検してくれるのです。でも持ち込んだペーパーどれも真っ赤になるほど修正されたものです。この相談室で購入することを勧められのが、この「American English Rhetoric:」です。手元の元本の表紙は破れ、つぎはぎだらけとなっています。この教本を手にしながら、どうしてもその内容を紹介したくなりました。私の英語学習の集大成のようなものなのです。

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福沢諭吉の西郷隆盛観

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西郷隆盛は、幕末から明治維新にかけての日本史において、最もカリスマ的であり、かつ評価が分かれる人物の一人といわれます。彼に対する評価は多面的で、時代や立場によって大きく異なるようです。近代日本を築いた立役者として、維新の英雄として高く評価されています。軍事面での功績: 薩長同盟の締結、王政復古の大号令、そして江戸城無血開城など、決定的な場面で歴史に立ち会っています。

 江戸城無血開城は、後に明治新政府軍となる東征軍と旧幕府との間で行われた一連の交渉過程と江戸城の新政府への引き渡しのことです。徳川宗家の本拠であった江戸城が、同家の抵抗なく無血裏に明け渡されたことから明治新政府軍の勢力が一層増すのです。戊辰戦争が新政府側に一気に優勢となる転機となった出来事です。幕府の使者山岡鉄舟の要請に応じた大総督府下参謀の西郷は彼との交渉に応じます。ここで初めて、東征軍から徳川家へ開戦回避に向けた条件提示がなされます。山岡の下交渉を受けて、陸軍総裁であった勝海舟と西郷との江戸開城交渉は、田町にあった薩摩藩江戸藩邸にて行われました。徳川慶喜は江戸城を退出して上野寛永寺で謹慎します。1868年4月、江戸城が東征軍に明け渡され 5月に慶喜は寛永寺から水戸へ隠遁するのです。

西郷隆盛と勝海舟

 特に江戸城無血開城は、戦火による無益な殺生を避けた慈悲深い決断として、今なお高く評価されています。「敬天愛人(天を敬い、人を愛する)」の精神を掲げ、地位や名誉に執着しない姿勢は、多くの人々に尊敬の念を抱かせています。明治政府において廃藩置県をはじめとする重要な改革を主導し、近代国家の基礎作りに貢献しました。

 しかし、明治政府から離脱し、西南戦争の指導者となったことで、別の側面からも評価されています。明治政府の急速な近代化や士族の困窮に対して、政府を去った後の彼は、いわば「時代の抵抗者」としての性格を強めました。西南戦争で敗死したことで、権力から脱落した悲劇の英雄というイメージが定着しました。にもかかわらず敵対した勝海舟でさえ「怖い」と評したほどの圧倒的な存在感や人間的魅力は、多くの弟子や従者を引きつけました。彼が故郷の鹿児島に開いた「私学校」は、彼を慕う多くの若者たちの拠点となりました。

 福澤諭吉の西郷観は興味あります。彼の著書の一つに「丁丑公論(ていちゅうこうろん)」があります。この本は西南戦争で明治新政府に反抗した西郷隆盛を弁護する内容となっています。序論において、福澤は政府が専制になるのは当然の事とし、これに「抵抗する精神」の重要性を説くのです。さらに、「今、西郷氏は政府に抗するに武力を用いたる者にて、余輩の考とは少しく趣を殊にするところあれども、結局その精神に至ては間然すべきものなし」、つまり西郷隆盛は武力で政府に抵抗した点で、自分とは考えが異なるが、その抵抗の精神においては非難すべきものはないと述べて、武力で政府に反抗した点は評価しないにしても、西郷隆盛の「抵抗の精神」を賞賛するのです。

 また、政府が西郷の官位を剥奪した途端に、新聞が一斉に非難を始めたことに対して、「新聞記者は政府の飼犬に似たり」と述べて、新聞の論調が誹謗中傷の一色になったことと、それに迎合する世論に対して反論していくのです。さらに、「そもそも西郷は生涯に政府の顛覆を企てたること二度にして、初には成りて後には敗したる者なり」、すなわち「西郷は生涯に政府の転覆を2度企てて、最初の明治維新は成功し、2度目の西南戦争では失敗した者である」として、西郷を明治維新の功労者であり忠臣として賞賛します。同時に西南戦争の首謀者であって逆賊として非難することは、ダブルスタンダードであると非難するのです。彼の死後、明治政府は彼を逆賊から「正三位」という高位へと名誉回復せざるを得ませんでした。

 最期に、「西郷は天下の人物なり。日本狭しといえども、国法厳なりといえども、豈(あに)一人を容るるに余地なからんや」、すなわち「西郷は偉大な人物である。国の法がいかに激しいものであっても一人の人物を受け入れる余地はなかったのか」と述べて、西郷の人物を惜しみます。いつかこの人物を明治政府の要人として起用する時もあったはずであると結んでいます

参考文献
 ・丁丑公論 福沢諭吉 時事新報社 1901年

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