懐かしのキネマ その27 「アラバマ物語」

2020年は「Black lives matter.」(黒人の命は大事だ)というスローガンが全米に広がりました。アメリカにおける根深い一連の人種差別事件が基で起こった現象です。人種差別撤廃運動というのは公民権とか人権の回復ということです。「アラバマ物語」(To Kill a Mockingbird)は、1962年に作られた映画です。奴隷制度が廃止された1865年から100年以上も経てもなお続く社会問題を取り上げています。この映画の題名は、原題とは似てもにつかないものです。題名ををつけるのは難しいことは想像できます。

映画の舞台は、1920年代の大恐慌時代です。南部アラバマ州(Alabama) の小さな街メイコム(Maycomb)です。当時のアメリカ南部では、「ジムクロウ法」(Jim Crow Laws)という人種差別的内容を含む南部諸州の州法がありました。その法律のスローガンとは、「分離すれども平等 (separate but equal)」というもので、多くの人種隔離策が合法とされていました。とりわけアラバマ州は全米で最も人種差別が激しい州でした。

弁護士アティカス・フィンチ(Atticus Finch)は、白人女性への性的暴行容疑で逮捕された黒人青年の弁護を引き受けます。やがてフィンチは自身だけでなく家族まで迫害を受ける羽目に陥ります。裁判では陪審員は全員白人で、到底被告側に勝ち目はありません。ですがフィンチは自分の良心に従って弁護に臨むのです。その姿を通じて、子どもたちも身近な社会に存在する不平等や不正義について、「正義は必ずしも報われない」ということを学んでいきます。このことはフィンチの娘の視点で描かれています。

この映画の原題「To Kill a Mockingbird」の Mockingbirdとは、物まねをする鳥、マネシツグミのことですが、映画では社会的な弱者、黒人を指す喩えとなっています。主演のグレゴリー・ペック(Gregory Peck)は、この映画でアカデミー賞・最優秀男優賞を受賞します。生涯の俳優として、本当の当たり役がこの弁護士アティカス・フィンチだといわれるほどの名演技です。アメリカンヒーロー(American Hero)は誰か、と問われると、並みいるヒーローに交じって必ずフィンチの名前が挙げられるほどです。アメリカ人が理想とする「アメリカの良心」とか「アメリカの美徳」というような、なにかアメリカへの肯定的な賛歌が感じられる映画です。