ナンバープレートを通してのアメリカの州  その五十八  北マリアナ諸島(Northern Mariana Islands)

サイパン島(Saipan Island)やテニアン島(Tinian Island)、ロタ島(Rota Island)などの14の島から成るアメリカ合衆国の自治領が北マリアナ諸島 (Commonwealth of the Northern Mariana)です。主都はサイパン島(Saipan)のススペ(Susupe)となっています。グアム島と北マリアナ諸島は別の行政区となっています。

Northern Mariana Islands

マリアナ諸島には、先住民のチャモロ人(Chamorro)とカロリニアン人(Carolinian) の2つの民族がいます。チャモロ人は東南アジア方面から、カロリニアン人はカロリン諸島から渡って来たとされています。1521年にフェルディナンド・マゼラン(Ferdinand Magellan) がこの島々を発見します。マゼラン隊はこの島に立ち寄った直後にチャモロ人といざこざを起こし、報復行為として彼らを虐殺したという記録があります。

北マリアナ諸島の歴史です。1565年には、スペインがサイパンの領有を宣言し、以後約300年に渡りスペインの統治が続きます。1898年に米西戦争でスペインが敗れたためサイパンをドイツに売り渡します。1914年に第一次世界大戦が勃発し、連合国側についた日本軍はドイツ領マリアナ諸島に侵攻し実効支配します。その後発足した国際連盟において、マリアナ諸島は日本の委任統治領と認められ、サイパン島を中心に日本人による殖産興業が進められていきます。プランテーションにおける労働力、港湾荷役労働者、貿易商として、主に沖縄県出身者や台湾、朝鮮からの移民が定住していきます。サトウキビやコーヒーなど農産物が栽培され、ススペはその集散地となると共に、南洋群島有数の貿易港として発達していきます。太平洋戦争末期の1944年6月に連合国軍がサイパンに上陸し、アメリカ軍の軍政下に置かれます。

­Old Shrine Gate

カロリニアン文化はチャモロに比べると「自分たちはカロリニアン人である」という民族としての独自性が強いといわれ、今でも伝統舞踊、機織りや工芸、カヌー作り、海洋技術といった古来の伝統文化を受け継いでいます。