アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その29 『Great Lake State』とミシガン州

ミシガン州(Michigan)の成立過程です。17世紀にアルゴンキン語族(Algonquian)などの先住民族が暮らすこの地に、初のヨーロッパ人がやってきます。それはヌーベルフランス(New France) と名付けられたこの新大陸にやってきたフランス人です。もともと毛皮交易を進めながら、この地を開拓していきます。当然フランスの植民地となった地ですが、後のフレンチ・インディアン戦争(French-Indian War)により、イギリスに支配されるようになります。

Map of Michigan

地理ですがミシガン州(Michigan)は、北と東はカナダに、南はインディアナ州(Indiana)とオハイオ州(Ohio)に、西はミシガン湖を挟んでウィスコンシン州に接しています。五大湖で知られ、その湖とは、Huron(ヒューロン湖)、Ontario(オンタリオ湖)、Michigan(ミシガン湖)、Erie(エリー湖)、Superior(スペリオル湖)です。そのため、ミシガン州は「グレート・レイク・ステイト」(Great Lake State)とも呼ばれています。「ミシガン」という名前も、先住民族の言葉で「大きな湖」を意味するのだそうです。「クロアナグマの州」(Wolverine State)とも呼ばれています。別名はクズリです。

Light House

デトロイト(Detroit)を中心に発達する自動車産業を抜きにこの州は語れません。ちなみにこのデトロイトを作ったのは、フランス人貴族、アントワーヌ・ド・ラ・モス・キャデラック(Antoine de la Mothe Cadillac)といわれています。あの高級車の名前の由来というわけです。今も多くの大統領専用車となっています。オバマ大統領の「キャデラック・ワン」が有名です。車体前方についている月桂冠で形どったエンブレムのデザインは何度も変更されています。

ミシガン州と言えば、なんといってもフォード(Ford)、GM、クライスラー(Chrysler)のビッグ3の本社があることです。その他化粧品のアムウェイ (Amway)化学工業のダウ・ケミカル (Dow Chemical)、ドミノ・ピザ(Domino Pizza)、食品製造のケロッグ(Kellogg)などの本社もあります。

Downtown of Bay City

ミシガン州は農業州でもあります。州内では多くの種類の穀類、果物、野菜が栽培されており、その多様さではカリフォルニア州に次いで第2位となっています。主要作物としては、トウモロコシ、大豆、花卉、小麦、テンサイ、ジャガイモがあります。ミシガン湖の温暖化効果と肥沃な土壌のお陰で、ブルーベリー、サクランボ、リンゴ、ブドウ、モモなどの栽培も盛んです。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その28 『ヘンリー・ソロー』とマサチューセッツ

『Pine Tree State』とメイン州の紹介では、「The Maine Woods」(メイン州の森)という作品を著した随筆家で思想家のヘンリー・ソローに触れました。自然をこよなく愛したいわばナチュラリストです。19世紀中頃、ニューイングランド(New England)で観念論哲学運動が起こります。アメリカの思想家、詩人であるエマソン(Ralph W. Emerson)らが唱道したニューイングランド超絶主義(transcendentalism) という運動です。この教義を故郷のコンコード(Concord)の村において徹底的に実践した作家がソローです。超絶主義とか超越主義とは、「神という超越的存在を個人の中に見る自立した自己の精神」という考え方です。自己の内なる何か絶対的な価値(神性)を直感によって掴み取るというのです。

“どこに住み、何のために生きてきたか”

超絶主義とは「transcendent」という形容詞から由来し、超越するとか乗り越えるという意味で使われます。客観的な経験論よりも主観的な直感を強調し、その中核は人間に内在する善と自然への信頼に置くという考え方です。人知では到底計り知ることができないような経験知といってもよいかもしれません。この主張が、後に自己啓発運動や自己啓発書に大きな影響を与えていきます。

ソローの作品から、彼はニューイングランドの自然環境を通して人間の叡智や可能性を探ることを最大の関心事としていたことが伝わります。ソローは、すべての人々は独自の生活様式を追求し、その生活を詩とし、生きること自体を芸術作品とする自由を持つべきと主張します。世の中の流れに疑問を抱き、自分の感性を磨いて忠実に生きるという精神です。彼の作品から言えることは、ニューイングランドの風景を人間的な連想で豊かにするだけでなく、想像力をもって自然に向き合い、自然を破壊せずに自然を大切にし、それと共に生活するという態度です。

コッド岬

ソローは、メキシコ戦争が起こったとき、マサチューセッツ州が課する人頭税(poll tax)の支払いを拒否し投獄されます。ソローはその顛末を、最も有名と評価されたエッセイ「市民の反抗」(Civil Disobedience)の作品で描きます。この中では、多数決という便宜主義に異議を唱え、個人の良心を擁護して納税を拒否するのです。こうした態度は、マハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)やキング牧師(Rev. Martin L. King)の非暴力による公民権運動の思想的な先駆けでとなります。

Old Harvard Square

前述のエッセイ「メインの森」や「カナダのヤンキー」(A Yankee in Canada)、「コッド岬」(Cape Cod)のような旅行記は、彼の精神を支えてきたアメリカの原始的自然環境の素晴らしさや大切さを再認識したことの表れといわれます。ニューイングランド一帯やコンコードの自宅周辺にあるウオルデン(Walden)湖畔や山野を歩き回り、「散歩」(Walking)というエッセイも書いています。彼の聖地は山野にあり、歩くことは彼の精神的な運動でありました。そこには精神の自由があり、文明と人間を育んできた「野性の世界」であったようです。ソローが人間と環境との生態学を論じたことが、アメリカ社会やその後の各国における環境保護運動を触発したことは特筆すべきことです。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その27 『プリマス・プランテーション』とマサチューセッツ

大西洋に突き出たコッド岬(Cape Cod)は、長い海岸線を持ち、風光明媚な景色が広がる半島です。この岬の付け根にあり、ボストンの中心地から南東方向に直線距離で約56kmのプリマスに位置する野外歴史博物館がプリマス・プランテーション(Plimoth Plantation)です。1620年にプリマスに入植したピルグリム(Pilgrims)の人々の生活や文化を再現し紹介しています。ここでは、イール川(Eel River)のほとりに住む先住民ワンパノアグ(Wampanoag)の17世紀の頃の生活や歴史と文化について、観光客に現代的な視点から説明してくれます。客の質問にも詳しく答えてくれます。

Mayflower II

このプランテーションで特筆すべきことは、スタッフたちは半年間かけて厳しいトレーニングを積み、当時の衣装を身にまとい、当時のように畑を耕し、当時の言語を話すなど、徹底して歴史的背景をしっかりと再現していることです。まるで1600年代の村にやってきたような錯覚をおぼえます。メイフラワー号(Mayflower)は、イギリスからへ、アメリカ移民を運んだ船として知られ、原寸大レプリカがプリマスに係留されています。船内は博物館となっています。

Women in Plimoth Plantation

子どもたちが大喜びするボストン子ども博物館(Boston Children’s Museum)では、「何でも手に触れる」ことができます。ショッピングエリアでは、ガラス張りのアーケードをのぞいたり、有名なファニエルホール市場(Faneuil Hall Marketplace)などの青空市場をぶらぶらするのも楽しいです。日本美術の優品も多数所蔵するボストン美術館 (Museum of Fine Arts)や1973年より音楽監督に就任した小澤征爾で有名なボストン交響楽団(Boston Symphony Orchestra)など、芸術や音楽の都としても知られています。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その26 『Bay State』とマサチューセッツ州

この州には長男と家族が住んでいるので親しみのある州です。州都で最大の都市はもちろんボストン(Boston)です。アメリカ北東部にあり、ニューイングランド地方の政治、経済、文化、観光の中心です。マサチューセッツ州(Massachusetts)の愛称は「湾の州(Bay State)とか「 旧植民地」(Old Colony)と呼ばれています。長男はハーヴァード大学(Harvard University)でポスドク(postdoc)をやり、今は州第二の都市ウースター(Worcester)のホーリークロス大学(College of Holy Cross)で教鞭をとっています。ハーヴァード大学は1636年創立。世界的に有名な大学で特に大学院教育や研究で知られ、伝統ある名門私立大学8校から成る「アイビーリーグ」(Ivy League)の1校です。

Faneuil Hall Market

ボストン周辺には、独立戦争発端の街レキシントン(Lexington)やアメリカ発祥の地プリマス(Plimouth)、ジョン万次郎ゆかりの地フェアへブン(Fairhaven)、19世紀のアメリカ文学界を代表するラルフ・エマソン(Ralph W. Emerson)、ナサニエル・ホーソン(Nathaniel Hawthorne)やヘンリー・ソロー(Henry David Thoreau)らの思想家や作家たちが暮らしたコンコード(Concord)が有名です。

Downtown Boston

政治的には民主党が圧倒的な強さを示す地盤で、2004年5月17日にはマサチューセッツ州は国内で初めて同性結婚を法律で認める州になります。マサチューセッツ州政界ではケネディ家が特筆される存在です。ケープコッド(Cape Cod)と呼ばれる半島の避暑地にケネディ家の別荘があります。

Newbury Street

世界屈指の大学が集まるのがマサチューセッツ州です。前述のハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology: MIT)を双璧として、ボストン大学(Boston University)、マサチューセッツ大学(University of Massachusetts)、タフツ大学(Tufts University)、ウースター工科大学(Worcester Polytechnic Institute)、ウィリアムズ大学(Williams College)、ウェルズリー大学(Wellesley College)、マウント・ホリーヨーク大学(Mount Holyoke College) などそうそうたる大学があります。どの大学も成績とテストでは超難関です。授業料は年間5万ドル前後です。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その25 『Old Line State』とメリーランド州

メリーランド州(Maryland)は、ワシントンD.C.に隣接して中部大西洋岸地域(Mid-Atlantic States)を構成する州です。州都はアナポリス(Annapolis)、最大の都市はボルチモア(Baltimore)です。州名の由来ですが、イギリスのチャールズ2世が王妃ヘンリエッタ・マリア(Henrietta Mari)にちなんで名付けたといわれます。

私は一度兵庫教育大学の院生とで、チェサピーク湾(Chesapeake Bay)に注ぎ込む河口に位置する港町、アナポリスを訪ねたことがあります。アナポリスはかつてアメリカの首都であった町で、植民地時代の多くの建物が残っています。ここはアメリカ海軍兵学校(US Naval Academy)が所在することでも知られています。アメリカ海軍及び海兵隊の士官学校です。人々は海軍兵学校を指して「アナポリス」と呼びます。ちなみに陸軍兵学校は、通称ウエストポイント(West Point)と呼びます。

古い街並み

メリーランド州は、山脈から曲がりくねった大西洋の海岸線まで地形が変化に富んでいることから、「アメリカのミニチュア」(American Miniatures)とよく呼ばれます。 この州は、南北戦争中の主な軍事活動の中心地でした。4 つのシビル・ウォー・トレイル(Civil War Trails)を巡ってその当時の軍人の足取りを辿ることができます。ボルチモアには、プロ野球選手ベーブ・ルース(Babe Ruth)の生家があります。アメリカの文化において最も偉大なスポーツ界の英雄の一人で、史上最も優れた野球選手と称されています。国立水族館(National Aquarium)も有名です。

Naval Academy

メリーランド州は、「オールド・ライン・ステート」(Old Line Stateで(Lines) というニックネームもついています。1776年、アメリカの独立は確実なものではありませんでした。ワシントン将軍が率いるメリーランド州軍は、ロングアイランド(Long Island)という戦いで激戦を繰り広げます。13,000人の大陸軍と34,000人のイギリス軍との戦いです。ワシントン将軍は、数で圧倒的に劣り包囲されたため、戦闘開始後すぐに撤退を命じ、大敗北を免れます。その退却を援護したのが、Maryland Linesと呼ばれたメリーランドの歩兵でした。こうしてこの州は「Old Line State」というニックネームがつけられました。このようにメリーランドはアメリカ独立戦争でイギリス支配に対して反旗を翻した13植民地の1つです。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その24 『Pine Tree State』とメイン州

私はメイン州(Maine)を訪れたことはありませんが、メインの海岸付近に住む友人とはSNSでビデオチャットしています。この友人は連邦教育省に長らく勤め、兵庫教育大学に3か月の客員研究員として招いたこともあります。メイン州アメリカ北東部のニューイングランド(New England)にあり、この地方最大の州です。北西はカナダのケベック州(Quebec)ニューブランズウィック州(New Brunswick)に接しています。州都はオーガスタ市(Augusta)です。地図を見ますとこの州は長い海岸線、そして美しい山と海の景色を誇るといわれます。アーカディア国立公園(Acadia National Park)には、大西洋沿岸北部で最も標高が高い場所であるキャデラック山(Cadillac Mountain)があります。この公園には、馬車道が曲がりくねるように通い、表面には砕石が敷かれているのでサイクリングに最適だそうです。

Map of Maine

州最大の都市ポートランド(Portland) の南に位置する小さな街ケープエリザベス(Cape Elizabeth) には、有名なポートランドヘッドライト灯台(Portland Head Light)があります。 この灯台は、メイン州にある 65 の灯台のうち最古のもので、今も現役です。 特に旭日が昇るのをとる写真家にはたまらない場所といわれます。

Small Town of Maine

アメリカの有名な思想家、詩人、随筆家であるヘンリー・ソーロー(Henry Thoreau)もメイン州の自然がたいそう気に入って3度も旅したことが「The Maine Woods」(メイン州の森)という作品に書かれています。彼の多くの著作には、今日の自然と生態系に関する叙述があり、アメリカにおける環境保護運動の先駆者としての評価も確立されています。丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2か月間送りながら書き留めた、代表作『ウォールデン 森の生活』(Walden Life in the Woods)は、そこでの生活記録をまとめたものです。その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えたといわれます。

メイン州「松の木の州」(Pine Tree State)というニックネームがあり、全土の90%近くが森林で、内陸の森林地帯はほとんど人の住まない所となっているようです。メイン州の農業生産品は、家禽及び卵、乳製品、牛、ブルーベリー、リンゴ、並びにメープルシロップとカエデ糖である。特にブルーベリーでは最大の輸出州となっています。ジャガイモの生産でも知られています。入り組んだ岩の多い海岸線が続き、漁業は州経済の主力であり、現在もロブスター漁(lobster)やハマグリなど底引き漁が盛んです。

White Pine Tree

合衆国内で、最も白人の比率が高い州なので「Most White State」と呼ばれるとか。フランス系アメリカ人の比率は国内で最も高い州がメインです。メイン州にはベイツ大学(Bates College)、ボウディン大学(Bowdoin College)やコルビー大学(Colby College)といった、大学ランキングで上位に位置するリベラルアーツ系の大学が知られています。他の州と同様、ニューイングランド内の私立大学のほうが州立大学よりも認知度が高く優れているというのは特筆されます。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その23 『ケイジャンとクレオール』とルイジアナ

ケイジャン(Cajun)移民の影響を強く受けたルイジアナ州の文化は、他の南部州に比べるとユニークな点が多いといえます。その代表は「クレオール文化」(Creolization)でしょう。人種、言語、料理、音楽などで特徴的な文化です。フランスやスペイン、アフリカおよび先住民文化から色々な要素を取り入れた融合文化とされるクレオール文化は白人クレオールと黒人クレオール両方に属しています。当初クレオールという言葉はフランスまたはスペイン人の子孫で、現地で生まれた白人を指していました。それが後には白人男性が黒人女性と関係を持った結果の子孫も指すようになり、その多くは教育を受けて自由人となりました。

Creole Family

州の南部で一部の住民が話すフランス語はケイジャンフレンチ (Cajun French) 、ケイジャン語です。カナダ東部の沿海州やメイン州で使われたフランス語アカディア方言に由来するものといわれます。その理由は1755年からの7年戦争といわれるフレンチ・インディアン戦争中、アカディアのフランス系住民がイギリスに対する忠誠を拒んで強制追放され、多くのアカディア方言話者がフランス領ルイジアナに移住してきたために残りました。ケイジャン英語はフランス語の影響を受けた英語方言ともいわれます。

Cajun Gourmet

クレオール文化で最も有名なのはケイジャン料理でしょう。ケイジャン移民が持ち込んだアカディア・フランス料理を基礎として、インディアンの料理、西アフリカからの黒人奴隷の料理やサン・ドマングからの移民が持ち込んだクレオール料理の流れをくむケイジャン料理はアメリカ有数のものとなっています。ニューオーリンズは、ジャズ発祥の地としてよく知られています。ディキシー・ランド・ジャズ(Dixiland Jazz)やブルース、カントリー、ロックなどのさまざまな音楽の発信地がルイジアナです。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その22 『Pelican State』とルイジアナ州

ルイジアナ(Louisiana)という地名は、フランス王ルイ14世(Louis XIV)に由来します。州都はベイトンルージュ市(Baton Rouge)、最大の都市はニューオーリンズ市(New Orleans)です。私はこの州を訪ねたことはありません。

1803年ルイジアナ買収によって合衆国領となってからこの州は発展します。1849年州都がニューオーリンズからベイトンルージュへ移ります。民法には大陸法の影響が色濃く残っています。例えば州の下の行政区画として、他州で用いられるカウンティ(county、郡)の代わりにパリッシュ(parish)という用語が使われます。parishとはキリスト教会の小教区を意味し、現在は行政小教区 「civil parish」と呼ばれ、フランス植民地時代の影響を受けた結果です。パリッシュがカウンティ相当として使われるのはアメリカではルイジアナ州のみです。

New Orleans

Old Town and canal

州内いくつかの都市圏では多文化、多言語の遺産が残っており、18世紀に領域を支配したフランスの混合文化に強く影響されています。アカディア(Acadia)やヌエバ・エスパーニャ(Nueva Espana)といった文化です。アカディアとはメイン州東部とカナダのノバスコシア州(Nova Scotia)に相当する地域の古名で、フランス領だった地域です。先住民であるインディアンや、西アフリカから奴隷として連れてこられたアフリカ系アメリカ人の文化の影響も見られます。19世紀初めにアメリカ合衆国の領土となりますが、他州とは相当異なった文化が形成され今日に繋がっています。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その21  『Bluegrass State』とケンタッキー州

ケンタッキー州(Commonwealth of Kentucky)の愛称は「ブルーグラスの州」(Bluegrass State)です。ブルーグラスとは、ナガハグサとも呼ばれる牧草です。ブルーグラスは別名ケンタッキー・グラス(Kentucky Grass)とか西洋芝ともよばれ、耐寒性が高いのと根の伸長速度が早いので有名です。その名の通り、ケンタッキーは牧草が生い茂る地であり、競争馬の飼育が盛んです。この名の通り、ケンタッキーは牧草が生い茂る地であり、競争馬の飼育が盛んです。最大都市のルイビル(Louisville)で毎年5月の第1土曜日に行われる ケンタッキーダービー(Kentucky Derby) は有名です。州都はケンタッキー川沿いにあるフランクフォート(Frankfort)で、州の最大都市ルイビルと第2の都市レキシントン(Lexington)の中間に位置しています。 フランクフォートの人口は約28,000人で、人口の少ない州都の全米第5位になっています。

Kentucky

ケンタッキーはバーボン・ウイスキー(Bourbon whiskey)発祥の地、またケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の本拠地としても知られています。 州内には450を超えるサラブレッド牧場や、多くのウイスキー蒸留所があります。バーボンという名前はフランスの「ブルボン朝」(Bourbon Dynasty)に由来します。アメリカ独立戦争の際にアメリカを支援したことに感謝し、後に合衆国大統領となるトーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson)がケンタッキー州の郡のひとつを「バーボン郡」と名づけます。それが同地方で生産されるウイスキーの名前となり、定着したといわれます。バーボン・ウイスキーの主原料は51 %以上のトウモロコシ・ライ麦・小麦・大麦です。これらを麦芽で糖化し、さらに酵母を加えてアルコール発酵させるようです。炭化皮膜処理されたオーク樽を製造に用いることが義務づけられています。ブランドを維持するためです。

River Boat

「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home)はスティーブン・フォスター(Stephen C. Foster)作詞・作曲の歌曲です。ケンタッキー州の州歌となっています。「主人は冷たい土の中に」(Massa’s in De Cold Ground)、「故郷の人々」(Old Folks at Home)、オールド・ブラック・ジョー」(Old Black Joe)、「夢見る人(Beautiful Dreamer)、「金髪のジェニー」(Jeanie with the Light Brown Hair)、「スワニー川」(Swanee River)など、黒人奴隷の苦しみに共感を示しそれを描き出したのがフォスターです。曲のメロディは親しみやすく、黒人歌、農園歌、ラブソングや郷愁歌などを作曲し「アメリカ音楽の父」と称されています。

アメリカ合衆国の州を愛称から巡る その20 『Cyclone State 』とカンザス州

開拓者の過去と現在に至る歴史を学べるのがこの州です。「峠の我が家」(Home on the Range) という民謡があります。カンザス州(Kansas)の州歌となっています。のどかな旋律と歌詞です。アメリカの中央部という地理的条件のおかげで、カンザス州はアメリカの開拓で常に重要な役割を果たし、アメリカインディアンの豊かな歴史も育まれてきました。今も残るサンタフェトレイル(Santa Fe Trail)に幌馬車のわだちをたどり、ポニーエクスプレス(Pony Express)が通った道を旅できます。フォートラーンド(Fort Larned)とフォートスコット(Fort Scott)で南北戦争の戦場跡を見学し、部族に関する博物館を見学しましょう。カウンシル・オーク・ツリー(Council Oak Tree)のようなランドマークの木があります。この木は、1825 年にオーセージ族(Osage tribe)インディアンが土地を譲渡した際に契約の場となった史跡です。

Map of Kansas

ブートヒル博物館(Boot Hill Museum)とオールドカウタウン博物館(Old Cowtown Museum)では、西部開拓時代のアウトローや開拓者が歩いた道を実際に歩くことができます。田舎の生活様式が、今も家畜牧場で続けられています。このような牧場では、牛追い、星空を眺めながらのチャックワゴン(chuck wagon)での夕食ができます。チャックワゴンとは炊事用の幌馬車のことで、19世紀の特に西部開拓時代の長距離移動で広く使用されたものです。カンザス州では、本物の家畜牧場に宿泊することができます。質素なものからおしゃれな農場までさまざまな種類があります。

カンザス州にはアメリカインディアンの豊かな歴史が残っており、かつてここに住んでいた部族に捧げる博物館があります。この州には今でも 4 つの部族が暮らしています。キカプー族(Kickapoo)、ポタワトミ族(Potawatomi)、ソーク族(Sauk)、アイオワ族(Iowa)です。

Cattle Ranch

カンザスといえば、カンザス・シティスタイル・バーベキュー(Kansas City Style Barbecue:BBQ)さまざまな種類の木材でじっくりスモークし、厚切りトマトを載せてモラス(Morath)という蜜糖ベースのソースで食べるのです。カンザス・シティは、『World Capital City of BBQ』と呼ばれるほどです。BBQはカンザス・シティ文化のハイライトなのでしょうか。BBQはなぜ有名になったかです。カンザスはアメリカのど真ん中に位置し、19世紀半ば頃からアメリカの物流の拠点となりました。鉄道に加えてミズーリ川(Missouri River)があり、バイヤーや卸売業者はそれを家畜類の輸送手段として使うだけでなく、肉の加工業を栄えさせたのです。

州都はトピカ市(Topeka)であり、州最大の人口を抱える都市はウィチタ(Wichita)となっています。最後にカンザス州のニックネームは「サイクロンの州」(Cyclone State)というのですから、少々穏やかではありません。