アメリカ合衆国建国の歴史 その92 戦争への前奏曲、1850-1860年

南北戦争の前に、アメリカはほぼ絶え間ない政治的危機を全世代にわたって経験します。この問題の根底にあったのは、19世紀初頭のアメリカが「国家」ではなく「国土」であったという事実です。教育、交通、健康、治安といった政府の主要な機能は、州や地方レベルで行われ、ワシントンD.C.の政府に対する緩やかな忠誠心、教会や政党といった少数の機関、そして共和国建国の父に対する共通の記憶だけが、国を結び付けていたのです。このように緩やかに構成された社会の中で、あらゆる分野、あらゆる州、あらゆる地域、あらゆるグループが、それぞれ独自の道を歩むことができたのです。

Construction of Railroad

しかし、技術や経済の変化は、徐々にこの国のすべての要素を着実に、そして密接に関連づけていきます。まず運河、次に有料道路、そして特に鉄道といった交通手段の発達は人々の往来を容易にし、田舎から都会へ出て行く若者やニューハンプシャーからアイオワへ移住する農夫を勇気づけていきます。印刷機の発達でペニー・ペーパー(penny newspapers)が発行され、電信システムの発達で知的な偏狭性という壁が取り払われ、全国で何が起きているのかがほとんど瞬時にわかるようになりました。鉄道網の発達に伴い、鉄道は政府の統制を必要とするようになり、アメリカ初の「大企業」である国営鉄道会社が出現し、秩序と安定を提供していきました。

Toward the West

アメリカにおける国有化傾向に対する永続的な敵意の表れは、強い地域への忠誠心があることです。ニューイングランド人は、西部から最も優秀で活力のある労働力を引き抜かれます。また鉄道網が完成すると、西部の各地で貧しいニューイングランド丘陵地帯の売れなかった産物である羊毛や穀物を生産するようになり脅威となりました。西部もまた、自分たちの独自性、未開の地として見下されているという意識、そして東部の企業家に搾取されているという意識が混ざり合い、強いセクショナリズムを醸成していきました。