素人のラテン語 その十八 シソーラスの例 「Abandon」から

最近では,外国人の学習者に特化したシソーラスも出てきています。Longman Language Activatorや Oxford Learner’s Thesaurus等がその例です。英語を母国語とする者向けのシソーラスにくらべ、類語の数を厳選し,類語間の意味の違いを英英辞典のような平易な定義で解説するのが特徴です。口語的な表現を重視したLongmanと学術的な表現を意識し,フォーマルな語を豊富に収録したOxfordには、それぞれの特徴があります。英語学の研究者や英語教員ならこの二つのシソーラスを必ず座右におくべきものでしょう。

無味乾燥なアルファベット順に単語を並べ意味を載せているだけでは、退屈するものです。しかし、「意味」という観点で単語を並べ替え,それぞれの語の間に有機的なつながりをもたせたシソーラスは,単語の羅列のように見えますが,じっくり読むと意外と面白いものです。シソーラスを使いこなすと,一見同じような顔をしている単語も,よくよく見ると姿形はそれぞれ異なり、独特な個性があることに気づきます。その例を【Abandon】という単語で調べてみましょう。【Abandon】には5つの異なった意味と使い方があるという例です。

1) give up, yield, surrender, leave, cede, let go, deliver, turn over, relinquish
文例
I can see no reason why we should abandon the house to thieves and vandals.
泥棒などに入られる家を放置する理由がわからない。

2) depart from, leave, desert, quit, go away from
文例
The order was given to abandon ship.
船から待避する命令がでた。

3) desert, forsake, jilt, walk out on
文例
He even abandoned his financee.
彼は投資家を見捨てた。

4) give up, renounce, discontinue forgo, drop, desist, abstain from
文例
She abandoned cigarettes and whisky after the doctor’s warning.
医者の忠告で煙草とウィスキーをやめた。

5) recklessness, intemperance, wantonness, lack of restraint, unrestraint
文例
He behaved with wild abandon after he received the inheritance.
遺産を受け取ると自由奔放に振る舞った。

素人のラテン語 その十七 Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases その二 語のラベル

夏目漱石の授業は、極めて魅力的な授業であったというエピソードがあります。漱石は第五高等学校や第一高等学校、その後東京大学で教えます。彼の授業の魅力は、使われた語や文章解釈が的確であったことだといわれます。授業で使われた個々の語が強く若者に訴えたという反面、講義があまりに分析的で硬いものだったという不評もあったようです。授業が硬いか柔らかいかの違いこそあれ、授業には特色があったのだろうと察します。

Roget’s Thesaurusでは、語には必ず文例が掲載されています。特に、同義語の数は極めて多く、その文例を読むとそのまま自分の文章を作れるほど親切です。語によって共通した意味の例文と異なった意味の例文となっています。一つの語でもその使い方が異なるということを読者に理解させようとしています。

次ぎに索引が充実していることです。その量はシソーラスの半分を占めるほどとなっています。同類語、異義語などが網羅されています。交叉索引もあり、それを辿っていくと新しい意味や使い方が理解できるように工夫されています。以下は交叉索引の一例で「supercilious (ごうまんな、横柄な)」がありますが、つぎのような索引が伴っています。 これは「super」とう接頭辞から由来することがわかります。
superior (上級の 上質の)
superior (指導者、監督者)

語のラベルもしっかりと付けられています。たとえば、口語体(colloquial)、俗語(slung)、昔風(archaic)、流行遅れ(old-fashioned)、技術的(technical)、読み書き能力(literacy)、国別の使い方、綴り方(spelling)といったことです。例えば、「subway」をみると、アメリカ英語では地下鉄、イギリス英語では地下トンネル、といった説明です。

素人のラテン語 その十六 Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases その一 使用頻度の高いもの

これまでなんども引用してきたロジェ・シソーラス (Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases) の肝心な内容を説明することにします。ロジェはスウェーデンの動物・植物学者であった(Carl von Linne)ロジェの階層分類体系を参照してこのシソーラスを作ったとされます。

最初に行った分類作業ですが、まず1,000の概念をおおむね6つに分類します。そして、単語の上位や下位関係、部分や全体関係、同義関係、類義関係などによって単語を分類していきます。

Roget inventing the Thesaurus – “Roget, it’s wonderful; amazing; incredible, but where do you get the idea form?”

単語の選び方は、次のように分類しています。
I 抽象的関係 (Abstract Relations
II 位相・空間 (Space)
III 序と時間 (Matter)
IV 人間性 知性 (Intellect)
V 意志、望むこと (Volition)
VI 愛情 (Affections)

以上の大まかな分類で、「V 意志、望むこと(Volition)」というのは少々理解が難しいですが、ロジェが思考して提案したことですからよしとしましょう。

アルファベット順に単語を並べ,意味を載せ簡単な文例を挙げる辞書とは異なり、類語の数を厳選し,類語間の意味の違いを平易な定義で解説しているのがわかります。語は、使用頻度の高いものが選ばれていて、他の辞書のようになんでもかんでも載せることはしません。専門用語 (jargon) も省いています。語は同義語や反義語が多いものも選ばれています。

素人のラテン語 その十五 シソーラスは全文検索システム

リンネ(Carl von Linne)の分類学の貢献は、ピーター・ロジェ (Peter Mark Roget ) が「Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases」を著作するとき、言葉を同義語や意味上の類似関係、包含関係などによって分類することに役立ったといわれます。

  シソーラスとは、言葉を同義語や意味上の類似関係、包含関係などによって分類された辞書、あるいはデータベースです。一般的な辞書では、言葉はアルファベット順や50音順に整理されますが、シソーラスでは言葉が大分類から小分類にかけて体系的に整理されるのが特徴です。それによって同義語から広義・狭義の類義語、反義語などを効率的に調べることが可能となるのです。

私たちが日常的に使っている自然言語をコンピュータに処理させる一連の技術に「自然言語処理」があります。今は人工知能(AI)と言語学の一分野といわれます。自然言語処理においては、シソーラスは全文検索システムなどにおいて利用されています。例えば、日本を表す表現としては、「アメリカ合衆国」の他にも「米国」、「アメリカ」、「USA」、「US」など複数の表記があります。シソーラスにこれらの言葉が登録されていれば、「USA」と検索した場合でも「米国」をキーワードとした文書を検索することができます。逆に、シソーラスの処理が介在していないと、意味は同じ「米国」でも「US」と表記している文書を検索から漏らしてしまうのです。

シソーラスでは、対象の語意義素を次のように分類して構成されます。一定の関連のもと共に扱われることが多い表現として、 関連語とか関連表現があります。次ぎに、対象の語と何かしら関連のある表現があります。 類義語(synonym) 、対義語、反義語(antonym) 、 さらに上位概念や下位概念、 同一概念、 同位語 、連想語 、近接語、上位語や下位語といった関係です。

素人のラテン語 その十四 リンネの分類学上の貢献とシソーラス

「Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases」という「英語語句宝庫」についてです。この辞典についての特徴を説明することにします。18世紀の生物学者、植物学者であったカール・フォン・リンネ(Carl von Linne)というスウェーデン人がいました。彼は後に「分類学の父」と称されるようになります。分類学(taxonomy)は、事象などについて互いの関係を位置づけるための体系を構築する学問のことです。

リンネの分類学上の功績は、二名法という植物の階層分類体系を創設したことであるといわれます。リンネ以前には,生物に名前をつける命名法は記述的なものであって,属名のうしろに形容詞などをつけて種の形質を記述して生物名としていたようです。しかし,このような方法では,後になって似かよった種が発見されたとき,この二種を区別するためには,さらに新しい形容詞をつけ加える必要が生じ,複雑な生物名となって実用上困ることになることになります。

そこで,リンネは属名(generic name)と種名(specific name)をつなげた学名(scientific name)で種の名前を二つの言葉の記号によって表現する二名法を考案します。これが、現在世界の学会で使われる「リンネ式階層分類体系」です。オリーブ(olive)という樹の表記を調べると、次のようにいくつかの階層に分類されています。

界 : 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : キク類 asterids
目 : シソ目 Lamiales
科 : モクセイ科 Oleaceae
属 : オリーブ属 Olea
種 : オリーブ O. europaea
学名 : Olea europaea

こうした世界共通の分類の仕方によって学術研究や調査の結果の分析が可能になるのです。リンネの分類体系によって、言葉を同義語や反義語、意味上の類似関係、包含関係などを網羅するシソーラスの開発につながっていきます。

素人のラテン語 その十三 シソーラスと類語辞典

私は文章を書くとき、辞典や百科事典を必ず使います。それで思い出す二つの出来事があります。高校の英語の授業で英文の訳を指名されたときです。”Power of Hitler became gradually strong” といった文章を翻訳するときです。私は「ヒットラーの力が頭をもたげてきました」と訳したのです。すると先生が、「頭をもたげてきたというのより、”台頭してきた”という文章にしなさい」というのです。もう一つは北海道大学での教養部での英語の時間で、教授が「大学生になったのだから英英辞典を使いなさい」という言葉です。

  「頭をもたげる」というは、なんとなくが単調な響きがあります。「台頭してくる」という文章のほうが、的確な表現であることに気がつきます。このように、高校生から大人になると当然ながら言い換えが可能な違う単語を使うことが期待されてきます。

英英辞典についてですが、日本語で文章を作るときと同じように、英語でもそれ相応の単語を使い文章化しなければなりません。例えば論文は、専門用語とか業界語を使うのは当然としても、文章自体が洗練されていなければなりません。中学校で習う単語は専門用語になりません。しかし、より大人の単語を使うとしてもその語彙を知っていないと使えません。あるアメリカ人から「交際する」という表現の場合、「intercourse」という単語を使うのは誤解を受けると云われたことがあります。確かに辞典には「交際」という説明もありますが、「性交」が「intercourse」の主たる意味なのです。

単語とか語彙の使い方を学ぶには辞書だけでは不十分です。どうしても英語語句辞典とか類語辞典などが必要となってきます。こうした辞典には、単語を使った文章が例として掲載されています。単語の正しい使い方を学ぶには英和辞典とか和英辞典では不十分なのです。

英語語句辞典の代表が「Roget’s Thesaurus of English Words and Phrases」です。1852年、英国でピーター・ロジェ (Peter Mark Roget ) が、語彙を意味によって分類します。この辞典は通称、「英語語句宝庫」といわれ英語語句辞典の始まりといわれています。”Thesaurus”とはギリシャ語で宝物庫という意味だそうです。我が国では、通称「シソーラス」と発音されています。

素人のラテン語 その十二 聖書の翻訳の歴史

聖書の成り立ちは、翻訳作業の繰り返しの歴史と云えます。ある言葉で書かれたものを他の言葉に翻訳する必要が絶えずあったからです。ヘブライ語(Hebrew)を読めないギリシア語圏のユダヤ人、また改宗ユダヤ人が増えると、聖書はギリシャ語で翻訳されます。ラテン語からドイツ語へ、英語へというように翻訳によって読者が広がります。文書が翻訳されるということはいつの時代、どこでも行われてきたのです。

ヒエロニムスが新旧約聖書のラテン語翻訳を行ったことを前回述べました。彼が旧約聖書については「七十人訳聖書」を基本としながらそれを遡るヘブライ語聖書を参照したと言われています。「七十人訳聖書」はギリシア語に翻訳された聖書であると伝えられ、紀元前3世紀中頃から紀元前1世紀間に徐々に翻訳され改訂された集成の総称で、現存する最古の聖書翻訳の一つといわれています。

ヒエロニムスの共通訳聖書であるウルガータ(Vulgata)は、長く西方教会で権威を持ち続けます。そして他言語への聖書翻訳が行われるときも、ラテン語標準訳といわれるウルガータから翻訳されることも多かったようです。ウルガータは、それからも事実上の聖書の原典として扱われてきました。

しかし、宗教改革でルター(Martin Luther)がドイツ語訳聖書を参照したとき、ウルガータが底本とした「七十人訳聖書」を退け「マソラ本文(Masoretic Text)」というユダヤ社会に伝統的に伝えられてきたヘブル語(Hebrew)聖書本文を基にしたといわれます。「マソラ」とはヘブル語で伝統を伝えることを意味するとされます。宗教改革の影響にあるプロテスタント諸教会では、「七十人訳聖書」にのみ含まれる文書を旧約外典と呼んでいて、聖書に含まれない文書とみなしています。私にはこうした神学上の論争の背景はよくわかりません。

素人のラテン語 その十一 ヒエロニムスとラテン語訳聖書

今のスロヴェニア(Slovenia)で347年頃に生まれたヒエロニムス(Eusebius Hieronymus)は、キリスト教の聖職者で神学者です。四大ラテン教父の一人と叙され、ギリシャ正教会、カトリック教会、聖公会、さらにルーテル教会で聖ジェローム(Saint Jerome)という名で叙階され崇められています。

ヒエロニムスは叙階されたあと、ローマへ行って第37代ローマ教皇ダマスス1世(Damasus I) に庇護され、ラテン語訳聖書の決定版を生み出すべく、全聖書の翻訳事業にとりかかります。すでに紀元1世紀には、聖書は断片的に多くのラテン語訳が存在していたといわれます。

5世紀になるとヒエロニムスは、初めに新約聖書にとりかかります。四福音書といわれるマタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書は、古ラテン語訳を他の文書に関してはほぼそのまま古ラテン語訳を用いたといわれます。こうして新約聖書の最初の校訂版が完成します。旧約聖書はヘブライ語並びにアラム語原典から翻訳したというのですから、凄い語学の持ち主だったことが伺われます。

ヒエロニムスの業績は、原語であるギリシャ語テキストを参照しながらすでに存在していた聖書の誤っている部分を訂正し、ラテン語訳の決定版を完成させたことにあります。ラテン語で翻訳したウルガータ(Vulgata)という聖書を世に送り出した人としてキリスト教界では知られています。ウルガータとは「共通訳」とか「公布されたもの」の意とされます。この聖書こそが中世から20世紀の「第2バチカン公会議 (Concilium Vaticanum Secundum) 」にいたるまでカトリック教会の標準の聖書となります。

付け加えますが、1962年に当時のローマ教皇ヨハネ23世や後を継いだパウロ6世によって遂行されたカトリック教会の公会議が「第2バチカン公会議」と呼ばれます。この公会議の目的は、「教会の信仰の遺産を現代の状況に適合した形で表現し、信徒の一致・キリスト者の一致・世界と教会の一致をはかること」とありました。聖書がその結節点であります。

素人のラテン語 その十 中世ヨーロッパとチャールズ大帝とラテン語

ENCYCLOPÆDIA BRITANNICAを資料として、ラテン語の歴史と中世ヨーロッパについて勉強します。中世ヨーロッパは、六世紀頃から十五世紀くらいとしておきましょう。その頃、ラテン語は唯一の公用語として法令や証書、史記などの重要な公文書では必須のものでした。聖書ももちろんラテン語訳でありました。教会関連の著作、講解、典礼、説教などすべてラテン語が使われました。

ラテン語の教育は社会文化の基礎となります。フランク王国(Frankenreich)のカロリング朝(Carolingian)における一般教育政策や教会附属学校における初等中等教育などでは、なににもましてラテン語の読み書きを課したのは当然です。フランク王国は、フランス,ドイツ西部,イタリア北部にまたがる西ヨーロッパの中核地域を統一した最初のキリスト教的なゲルマン国家といわれます。その中心都市がアーヘン(Aachen)でした。

フランク王国の為政者、カール大帝(Karl der Große)は英語読みではチャールズ大帝(Charles)といわれます。チャールズ大帝は、後に初代の神聖ローマ皇帝として君臨します。内外から高名な学者や知識人、修道士を宮廷に招聘し、一般にカロリング朝ルネサンス(Carolingian Renaissance) と呼ばれるラテン語の教育に基づく文化運動を提唱したともいわれています。特にカロリング小文字が標準の書体として採用され、王国全体で使用されるようになったのもチャールズ大帝の功績といわれています。

一般社会の状況とは別に、知的な営為の中でラテン語は自由七科の基礎となったといわれます。自由七科とは、中世のヨーロッパにおいて必須の教養科目とされた学科のことで、文法学,修辞学,弁証論からなる初級の三科と,算術,天文学,幾何学,音楽学の上級四科からなります。リベラルアーツ(Liberal Art)の原型です。

文法学は、狭義のラテン語学として、語法規則を集成した初等学校から大学に至るまで、ラテン語法は古典ラテン語の基準に従って教えられたようです。弁証論は形式論理の表現手段で、時制、法、態、接続詞などの形式的な特質が論じられます。さらに修辞学としては、ラテン語の統辞法(syntax-シンタックス)が論述の展開の基礎として援用されます。

素人のラテン語 その九 ラテン語と弁論術と教育

ギリシャの弁論術がローマ人の演説に影響を与えたのは前二世紀頃といわれます。政治の場や法廷での演説は、ローマで公人として世に処するためには不可欠の要素でありました。公衆を前にした演説では精緻な論議よりも、大仰な表現による感情的論議のほうが群衆を動かしやすいことがありました。当時広められた弁論術のスタイルは感情的で律動的、修辞的な傾向があったようです。

ローマ帝政の確立とともに、弁論術は政治的な意義を失っていきます。だんだんと平明なスタイルとなります。それでもそれまでの慣習的な影響によって弁論術は、依然として要の地位を保ちます。現代における平明なスタイルの弁術は、マーチンルーサーキング(Martin Luther King Jr.)博士が演説したワシントン大行進における「I have a dream」でしょう。中学2年で教わる単語を用いて誰にでもわかるような内容の不滅の演説といえます。ジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)大統領の就任演説もそうです。

ヨーロッパにおいて大人だけでなく、子弟の教育においても、きわめて重視されたのが弁論術です。子どもたちに材料を明確かつ論的な方法で整理し、自分の意見を相手に納得いく形で述べさせることを教えたといわれます。思考力や記憶力の訓練の手段ともみなされ、近代教育理論の体系に充分に適合しうると考えられていきました。

イギリスの初等教育学校、グラマースクール(grammar school)でも当初はラテン語初等文法を教授されたという歴史があります。こうした流れはやがて現代の学校における作文教育とか知的好奇心を深める遊びと探索学習、そしてその成果を発表するというように教育界に大きな影響を与えることになります。