【話の泉ー笑い】 その2 文学に登場する笑い

グリム童話(Grimm Fairy Tales) をはじめ、ヨーロッパの伝承話には、笑いを忘れた人間をテーマとする類話があります。生まれてこのかた、一度も笑ったことのない人間がいて、それを笑わせた者が大きな幸せを得るというストーリーです。笑わない人は病人だからで、笑いには精神的な治療の力があるということを言いたいのです。

ボッカチオ(Giovanni Boccaccio)のデカメロン(Giovanni Boccaccio)にも笑いが登場します。大流行したペストから逃れるためフィレンツェ(Florence)郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話、ユーモアと艶笑に満ちた恋愛話や失敗談などを語り合うという趣向が描かれています。出されたネタ(お題)に対して演者が回答し合うのです。恐ろしい病が流行し、心がふさがれる状況では、切実に笑いが必要であったのです。

ミゲル・セルバンテス(Miguel de Cervantes)のドン・キホーテ(Don Quixote)は、主人公の時代錯誤的なこだわりと同時に、従士サンチョパンサの対比で、無垢な心と世間的処世知とのコントラストが笑いを誘う物語です。奇行を繰り返すドン・キホーテにサンチョパンサは何度も現実的な忠告をしますが、大抵は聞き入れられず、主人とともにひどい災難に見舞われるのです。無学なサンチョパンサですが、様々な諺をひいたり機智に富んだ言い回しをして読者に笑いを与えてくれます。

Don Quixote and Sancho Panza

笑いを通して賢と愚、正気と狂気、破壊と創造といった両義的な価値を問題としたのが作家のジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)です。アイルランドのジャガイモ飢餓(Potato Famine) や不在地主に対する強烈な風刺を描いたことで知られる作家です。食糧問題を解決するために、貧民の赤子を1歳になるまで養育し、アイルランドの富裕層に美味な食料として提供する「穏やかな提案」という作品を書いています。「穏健なる」は実は反語表現でして、その内容はスウィフトの諷刺文書の中でも最も強烈な傑作と評価されています。笑いという仮装の下に政治に対する鋭い批判を込めたのです。

Gullivers Travels

「ガリバー旅行記」(Gulliver’s Travels)もそうです。不毛な科学、不死の追求、男性性、動物を含めた弱者の権利等、今日の数多くの議論がこの作品では予見されている優れた内容といわれます。その一例ですが、卵の割り方の対立によって、小人国に大きな内紛が起こったことが語られています。「卵の割り方程度でどうしてそんな争いを起こすのか?」と馬鹿馬鹿しく記すのです。「ガリバー旅行記」は、人間を人間でない世界の中に置くことで、人間に対する深い洞察をしているのが興味深いところです。