心に残る一冊 その20 「木綿触れ」

藤沢周平の小説には、下級武士の無念や悲劇、農民や職人のつましくも助け合い生きる姿を描いた作品が目だちます。彼の故郷は山形県鶴岡市です。東北の小京都といわれる静かなたたずまいの城下町です。山といえば、羽黒山や月山、湯殿山、金峯山などが周りにあります。そして川です。内川、青龍寺川、赤川が作品に登場します。山と川、そして橋が舞台となっています。

子を失って悲嘆にくれる妻を励まそうとする下級武士、結城友助。代官手代の上司、中台八十郎は代官所で金を吸い上げ、倹約令がでているのに絹の着物など、ぜいたくな身なりをし妾も囲っています。下士も庶民も絹を着てはならない時代です。苦しい生活の中から妻はなえに中台のために差し操って絹の着物を作らせた親切が仇となります。そして中台に妻を弄ばれるのです。はなえはそれが元で自殺を遂げるのです。はなえが身を投げたのが川です。

友助は代官手代中台八十郎の屋敷に出掛けます。

友助 「言うことをきかなければ、お上に訴える。そうなれば自分だけでなく、亭主も結城家の家名も危ういとでも言いましたか?それでは、あの臆病な家内がどう手向かえるものでもない。死んだ者同然に、言うことをきいたはずです」
中台 「それでいいではないか、結城、」
中台 「事実、そのために結城の家にも、おぬしにも、なんのお咎めもないではないか」
友助 「しかしそのために家内は死にましたぞ」
中台 「そんなことは、わしは知らん。女が勝手に死んだのだ」
友助 「あなたは、人間の屑だ」

友助は抜き打ちに中台の肩を切り、はなえの仇を討つのです。そして正座して腹をくつろげます。庭に水音が響き、家の中はなお静まりかえっています。腹を切るのを妨げる者は誰もいません。