素人のラテン語 その十二 聖書の翻訳の歴史

聖書の成り立ちは、翻訳作業の繰り返しの歴史と云えます。ある言葉で書かれたものを他の言葉に翻訳する必要が絶えずあったからです。ヘブライ語(Hebrew)を読めないギリシア語圏のユダヤ人、また改宗ユダヤ人が増えると、聖書はギリシャ語で翻訳されます。ラテン語からドイツ語へ、英語へというように翻訳によって読者が広がります。文書が翻訳されるということはいつの時代、どこでも行われてきたのです。

ヒエロニムスが新旧約聖書のラテン語翻訳を行ったことを前回述べました。彼が旧約聖書については「七十人訳聖書」を基本としながらそれを遡るヘブライ語聖書を参照したと言われています。「七十人訳聖書」はギリシア語に翻訳された聖書であると伝えられ、紀元前3世紀中頃から紀元前1世紀間に徐々に翻訳され改訂された集成の総称で、現存する最古の聖書翻訳の一つといわれています。

ヒエロニムスの共通訳聖書であるウルガータ(Vulgata)は、長く西方教会で権威を持ち続けます。そして他言語への聖書翻訳が行われるときも、ラテン語標準訳といわれるウルガータから翻訳されることも多かったようです。ウルガータは、それからも事実上の聖書の原典として扱われてきました。

しかし、宗教改革でルター(Martin Luther)がドイツ語訳聖書を参照したとき、ウルガータが底本とした「七十人訳聖書」を退け「マソラ本文(Masoretic Text)」というユダヤ社会に伝統的に伝えられてきたヘブル語(Hebrew)聖書本文を基にしたといわれます。「マソラ」とはヘブル語で伝統を伝えることを意味するとされます。宗教改革の影響にあるプロテスタント諸教会では、「七十人訳聖書」にのみ含まれる文書を旧約外典と呼んでいて、聖書に含まれない文書とみなしています。私にはこうした神学上の論争の背景はよくわかりません。