ミネソタの伝説的人物・ポール・バニヤン

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ポール・バニヤン(Paul Bunyan)は、巨大な木こり(lumberjack)で、アメリカの森林キャンプでの神話上の英雄であり、大きさや強さ、みなぎる活力を象徴する架空の人物です。 ポール・バニヤンの伝説を形成する物語や逸話は、辺境のほら話(folk tale)の伝統であり、その典型とされて子ども達から大人まで親しまれています。

Paul Bunyan and Babe the Blue Ox

バニヤンには二人の仲間がいます。ベイブ・ザ・ブルー・オックス(Babe the Blue Ox)という巨大な雄牛とジョニー・インクスリンガー(Johnny Inkslinger)です。インクスリンガーは聡明な記者で詩人でもあり、彼は材木キャンプの食事を美味し作る料理人ですが、落ち着きがなく、自分にとってキャンプよりも人生の方が重要であると考える人物です。

三人は何ヶ月も続く雨、巨大な蚊、悪天候にも動じません。この物語は、湖や川を思いのままに造るバニヤンがどのようにしてワシントン州(Washington)のピュージェット湾(Puget Sound)、コロラド州(Colorado)のグランドキャニオン(Grand Canyon)、ノースダコタ州(North Dakota)のブラックヒルズ(Black Hills)を創造したかを語っています。

Paul Bunyan Land

彼らは製材業者の驚異的な食欲に驚きます。そのためバニヤンの森林キャンプ用ストーブは4047平方メートルですから、サッカーグラウンド1つ分の大きさで、ホットケーキの鉄板は非常に大きいため、スケート靴の側面を使用して油を塗るという按配です。そうして製材業者の食欲を満たすのです。といったように奇想天外なストーリーが展開します。

口頭伝承から記録されたポール・バニヤンのいくつかの逸話は、最初のバニヤンの物語がジェームズ・マクギリヴレー(James MacGillivray)によってデトロイト・ニュース・トリビューン(Detroit News-Tribun)上での「ザ・ラウンド・リバー・ドライブ」(The Round River Drive)で紹介されます。マクギリヴレーは、ポール・バニヤンはすでにペンシルベニア(Pennsylvania)、ウィスコンシン(Wisconsin)、および北西部の製材業者に知られていたことを書いています。

プロの作家によって、バニヤンは職業上の人物という描写から国民的な伝説に変わっていきます。バニヤンは、ウイリアム・ローギード (William.Laughead)というミネソタ州の広告マンよって初めて一般聴衆に紹介されます。彼は、1914年頃に材木会社の製品を宣伝するために使用した一連のパンフレットにバニヤンを登場させるのです。

Paul Bunyan

やがて作家のエスター・シェパード(Esther Shephard)に影響を与え、シェパードは1924年にポール・バニヤンの神話上の英雄についての本を書きます。こうした本は幅広い大衆向けにバニヤンのイメージを一新していきます。こうした作家によるバニヤンにまつわるユーモアは、製材技術の知識ではなく、バニヤンの巨大さに焦点を当てて読者を魅了します。

やがて バニヤンの伝説は、数多くの児童書や観光客を誘致するために1950年にミネソタのブライナード(Brainerd)造られた「バニヤンランド」とか、同州北部にあるベミジ(Bemidji) にあるバニヤンと雄牛の像が、1988年以来国家歴史登録財(National Register of Historic Places)に登録されて、市民フェスティバルなどによってさらに有名になります。
(2024年4月18日)

ナンバープレートから見えるアメリカの州ミネソタ州・10,000 Lakes

注目

ミネソタ州(Minnesota)のナンバープレートには「10,000 Lakes」と印字されています。無数の湖があることでも知られています。昔、氷河がミネソタ全体を覆っていたようです。氷河はゆっくり移動しますが、そのとき大地を削っていきます。それが基で湖が出来たというわけです。あまりに沢山の湖があるので、目的地に着くには大分迂回しなければならないということを友人から聞いたことがあります。ホリネズミ(Gopher)が生息することから「Gopher State」というニックネームもあります。

License Plate of Minnesota


カナダと国境を接し、ウィスコンシン州の西隣に位置する州です。州都はセントポール(St. Paul)。その隣は最も大きな都市、ミネアポリス(Minneapolis)です。この二つは隣合わせなので「双子の都市」(Twin Cities)と呼ばれています。

Twin Cities

19世紀初頭に最初にミネソタに定住したのはイギリス人(English)、スコットランド人(Scottish)、スコットランド系アイルランド人(Scotch-Irish)の子孫であるカナダ人やニューイングランド人(New Englanders)でした。やがてこうした人々のほとんどが起業家(entrepreneurs)となり、ミネソタ歴史協会(Minnesota Historical Society)、ミネソタ大学(University of Minnesota)、立法問題を議論するためのコミュニティの集まりのための討論会やタウンミーティング(Town meetings)のための公開フォーラムの利用など、ミネソタ州で今も重要な機関や多くの伝統の確立に貢献しました。1858 年にミネソタ州が州となる前から、いくつかのコミュニティでタウンミーティングが開催されていました。

Minnesota Lakes

19世紀後半の最初の主要な移民グループは、伐採、鉄道建設、農業、貿易を行ったドイツ人(Germans)、スウェーデン人(Swedes)、ノルウェー人(Norwegians)でした。 ドイツ人入植者がミシシッピ川の沿岸部を支配し、州の中央部と中南部まで続きます。ノルウェー人入植者は郡の南層を越えて西に移動し、ミネソタ州中西部とレッド川(Red River)渓谷に主要な民族グループを形成します。 スウェーデン人入植地の主な地域は、ツインシティのすぐ北にあるいくつかの郡と、ミネソタ州中西部および北西部に点在していきました。

ヨーロッパ人が入植する以前、この地域にはオジブワ族(Ojibwa)とダコタ族(Dakota)が住んでいました。17世紀半ば、フランス人探検家たちが北西航路(Northwest Passage)を探しにやってきます。ミネソタ準州(Minnesota Territory)となった北東部は、フレンチ・インディアン戦争(French and Indian War)後の1763年にフランスからイギリスへ、そして独立戦争後の1783年にアメリカへ渡り、1787年に北西準州の一部となります。

Missouri River

かなりの数のフィンランド人(Finns)がミネソタ州北東部に定住し、ポーランド人(Poles)がミネソタ州南東部と中央部に定住します。ツインシティズ地域の南にボヘミアン人(Bohemians)が、南部全域にアイルランド人、ツインシティズのすぐ北とミネソタ州北西部にフランス人およびフランス系カナダ人(French Canadians)も定住します。一部にオランダ人(Dutch)およびフランドル人(Flemish)が住んでいます。ミネソタ州南西部にはアイスランド人、ミネソタ州北西部にはアイスランド人、そして州内に点在するデンマーク人(Danes)、ウェールズ人(Welsh)、スイス人(Swiss)が住んでいます。

1890年までに、ミネソタ州の生産的な農地のほとんどが所有権を主張されていました。したがって、その後数十年間に到着した移民のほとんどは、雇用の機会が拡大していたツインシティ地域または鉄山地帯で生計を立てようとしました。これらの後の移民グループには、イタリア人(Italians)、スロバキア人(Slovakians)、クロアチア人(Croatians)、セルビア人(Serbs)、ギリシャ人(Greeks)、ウクライナ人(Ukrainians)、ロシア人(Russians)が含まれ、さらに北ヨーロッパ人(northern Europeans)も引き続き流入しました。特にツインシティ地域は急速に成長し、州の主要なるつぼとなりました。しかし、元の民族クラスターの多くは、特に移民がほとんど定住していない農村部では、ある程度の均質性を保っています。

Map of Minnesota

1970 年代半ば以来、ヒスパニック系(Hispanic)、アジア系(Asians)、アフリカ系の移民が州の都市部や地域の中心部に到着しています。ミネソタ州のヒスパニック系人口は1990年代初頭から2004年頃までに 3倍に増加し、現在では総人口の約4パーセントを占めています。ベトナム人(Vietnamese)、ラオス人(Laotians)、カンボジア人(Cambodians)、モン族(Hmong)の難民は、1970年代後半からツインシティ地域に移住しました。実際、ミネソタ州にはアメリカで最大のモン族人が住んでいます。

南西部は1803年にルイジアナ購入(Louisiana Purchase)の一部としてアメリカが獲得し、北西部は1818年に条約により英国からアメリカに割譲されます。1819年にフォート・スネリング(Fort Snelling)に合衆国最初の永住地が建設されます。1849年に設立されたミネソタ準州には、現在のミネソタ州とノースダコタ州およびサウスダコタ州の東部が含まれていました。

ミネソタ州は1858年にアメリカ合衆国32番目の州となります。1862年にミネソタ州南部でスー族の反乱が起こり、500人以上の市民、兵士、ダコタ族が死亡する事件が発生します。1884年に商業的な鉄鉱石生産が始まり、1890年に州北部のメサビ山脈(Mesabi Range)の巨大な埋蔵鉄が発見されると、ダルース(Duluth)の人口は急速に増加します。

Nature of Minnesota

ミネソタ州は政治的に活発な市民が多いことで知られています。人々が政治に関わるという意識が高いのです。そのせいか、ミネソタ州の投票率は常に高いことで知られています。2008年の米大統領選挙では、投票権を持つミネソタ州民の78.2%が投票しています。これは全米平均の61.2%に対して全米で最も高い割合となりました。現在も民主党の牙城となっている州の一つです。

ミネソタ州からは二人の民主党員の副大統領がでています。1964年、合衆国大統領選挙で第38代副大統領となったハンフリー(Hubert Humphrey)で大統領はリンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson)でした。1977年、大統領選挙で第42代副大統領になったのはモンデール(Walter Mondale)で、大統領になったのはジミー・カーター(James Carter)でした。

現代のミネソタ州ではサービス業が主な経済活動です。農業、特に穀物、肉、乳製品は依然として重要であります。鉄鉱石のほか、花崗岩や石灰岩などの鉱物資源にも恵まれています。

Cliffs and Fall

双子の都市ではプロ野球球団のMinnesota Twinsがあります。フットボールではMinnesota Vikingsが知られています。精密機器などの産業でも有名です。穀物の集散地であります。穀物メジャーで穀物市場を支配するカーギル(Cargill)がります。穀物のみならず精肉・製塩など食品全般及び金融商品や工業品に営業範囲を広げています。ミネソタ州には、3Mという世界的化学・電気素材メーカーの本社もあります。この会社には経営手法として「15パーセントカルチャー」(15% Culture) というのがあります。従業員が勤務時間の15%を日々の仕事にとらわれない研究活動にあてることを許すという興味ある不文律です。その他、合衆国内で最大のショッピングモール「Mall of America」は日本人の観光客も立ち寄るところです。

私事ですが、ミネソタ大学の友人が多く住んでいて何度もミネアポリスを訪問しました。私に洗礼を授けてくれたルーテル教会の牧師先生のご家族もここに住んでおられます。北米やカナダに伝わるおとぎ話に登場するのが巨人ポールバニヤン(Paul Banyan)です。西部開拓時代にミネソタ州でも活躍した怪力無双の木こりの物語です。次回ではこの人物を取り上げます。
(投稿日時 2024年4月月13日)

アメリカ合衆国とニックネームの由来 その24 The North Star State

ミネソタ州(State of Minnesota)の名前の由来ですが、先住民族であったダコタ族(Dakota)語で「Mní sota」と呼ばれ、澄んだ青い水(clear blue water)」といわれてきました。ニックネームは「North Star State」。その他にも「Land of 10,000 Lakes」とか「Gopher State」、「Bread and Butter State」とあります。

州都はセントポール市(St. Paul)で隣あわせのミネアポリス市(Minneapolis)が最大の都市です。「双子の都市ーTwin-Cities」と呼ばれています。住民の大半はドイツやスカンジナビア半島(Scandinavia)から移民してきた人々の子孫といわれます。前者は37.9%、後者は32.1%に及びます。アイルランド系は11.7%となっています。その理由はミネソタ州は大陸性気候で、寒冷な冬と暑い夏といったように北ヨーロッパと似ていることがあります。

ミネソタ州は1976年以来一貫して大統領選挙では民主党候補を選んでいます。この事実はどの州の実績よりも長いことで知られています。第38代合衆国副大統領ヒュバート・ハンフリ(Hubert Humphrey)や第42代合衆国副大統領で駐日合衆国大使を歴任したウォルタ・モンデール(Walter Mondale)はミネソタの出身です。

ミネソタ州に基盤を置く企業として穀物会社カーギル(Cargill)があります。穀物メジャーで、現在は精肉、製塩など食品全般及び金融商品や工業品にビジネスを広げています。世界の穀物取引を事実上支配しているともいわれています。穀物を支配するのは、国防と同じように世界を支配するのです。カーギルは独自の衛星を有し、世界中の農産物の生育状況のデータを収集しています。そのため、穀物の先物取引などで優位に立つことができるのです。