山本周五郎の作品に「のうぜんかずら」があります。原題は「凌霄花」とあるのですが、この単語をとても読んだり書いたりできませんのでひらがな表記にします。
広辞苑では「凌」は”しのぐ”、 「霄」は”そら”の意味とあります。 枝や幹から気根と呼ばれる根を出し、つるが木にまといつき天空を目指してど高く這うところからこの名がついたとあります。平安時代には薬用として栽培されていたとか。開花期は夏で、花色は濃い赤オレンジ色で非常に目立つ色彩です。花弁がラッパのように開きます。英語では 「Trumpet vine」、トランペットのようなつる、とか葡萄の木と呼ばれています。
「のうぜんかずら」の主人公は、滝口新右衛門という城代家老の跡取り、高之介です。藩校であった明考館では優秀な生徒です。ですが武芸のほうは興味がありません。それでも進められて槍術を始めるようになり、めきめき上達し中軸の上位を占めるようになります。毎年開かれる御前試合で高之介は上位四名に残りますが、なぜか棄権します。四名の一人に近田数馬という仲間もいました。ある時、高之介は決闘を申し込まれます。周りのものは云います。
「近田の面目をつぶした。試合の時棄権したのは、近田を江戸の大会にだしてやりたかったからで、立ち会っていたら自分は勝っていた、そう触れ回っていたそうじゃありませんか」
しかし、こうした噂は間違いであることをあとで近田も認めます。
高之介に恋慕するのがひさ江です。藩の金御用をつとめ呉服反物をあつかう豪商、津の国屋の一人娘です。身分の差はどうしようもありません。跡取りと一人娘ですから結ばれるのは絶望的でした。二人がしばしば逢瀬をかさねた所が、女坂下の雑木林の中です。そこには、朱に黄色を混ぜたような「のうぜんかずら」が始終咲いていました。そして、二人は云います。
「お互い別々に結婚してもこの花の咲く頃になったら、一度でもいいから二人で逢いましょうね」 「どんな無理をしても、、」 「高さま、、、でもわたし苦しくて堪りませんわ、高さまどうにかならないんでしょうか、あたし胸が裂けそうよ」
ですが、高之介が二十歳、ひさ江が十八歳の歳に互いの困難を乗り越えてなんとか結ばれます。二人は妻と呼ばれ良人と呼ばれるようになります。ひさ江には覚えなければならない事が沢山ありました。商家と武家との生活様式の違い、髪形、着付け、化粧、起居挙措、言葉遣い、食事の仕方、客の接待、あやゆる瑣末ことに武家の作法がついてまわります。城代家老という格式があり、神経をつかわなければなりませんでした。ひさ江は眼に見えて痩せていきます。生まれ育った環境の違いがすれ違いを広げていきます。そして実家に帰り別居することになります。
「のうぜんかずら」はなにかの枯れ木に絡まっているつる性の植物です。離ればなれの二人は時々、雑木林にやってきては「のうぜんかずら」をみて、かつての逢瀬を思い出します。ひさ江は、この場所に来ては高之介が来るのを待っています。そしてその時がやってくるのです。