1998年に日本でも公演したことのあるマルセル・マルソーのことです。彼は、パントマイムという芸術形式における第一人者で、近代パントマイムの歴史で最も有名な演者の一人といわれます。マルソーは、5歳のとき母に連れられてチャーリー・チャップリンの無声映画を見たことがきっかけで俳優を志したと回想しています。やがて演劇や身体を使ったパフォーマンスを学びます。
ちなみに映画『天井桟敷の人々』(Les enfants du Paradis)のバチスト役(Baptiste)で世界的に有名になるジャン・ルイ・バローは、マイム研究家であったエチエンヌ・ドゥクルー(Etienne Decroux)の生徒でした。マルソーはバローが立ち上げた劇団に参加しますが、バローが映画を中心とした活動になり、マルソーはパントマイムを追求するためにバローから離れます。マルソーはこの劇団のパントマイムのバチストで演じた道化役で好感触を得たことを弾みに、最初の無言劇(mimodrame)『プラクシテレスと黄金の魚–Praxitele and the Golden Fish』をサラ・ベルナール劇場(Sarah Bernhardt Theater)という所で公演し高い評価を得るのです。
1947年には、マルソーの代名詞ともいえるキャラクター「Bip」を名乗ります。「Bip」は白く塗られた顔、よれよれのシルクハット、帽子に力なく飾られた花、ストライプのシャツなどはパントマイムの一般的なイメージとして認知されるほど、大衆にアピールします。言葉を発せず体ひとつで表現されるそのパフォーマンスは高い評価を受け、とりわけ有名な『若さ、成熟、老年そして死』(Youth, Maturity, Old Age, and Death)と呼ばれているパフォーマンスは有名となります。このパフォーマンスについて、評論家は「彼は小説家が何冊書いても表現しきれない世界を2分で表現してしまう」と言ったといわれます。