心に残る一冊 その10 「桃源郷の短期滞在人」 

原題は「Transients in Arcadia」。「Arcadia」とは古代ギリシア語からきた理想郷という意味の単語です。ニューヨークはブロードウエイ(Broadway)。ここに夏の避暑地にあるホテルのリストから落ちこぼれたホテルがあります。ホテルロータス(Hotel Lotus)です。人々からはあまり知られていませんが部屋は落ち着いた色合いで、ホテルは木々に囲まれあたかも山間のリゾートホテルのようです。ニューヨークの暑い夏では知る人ぞ知るホテルなのです。滞在者が少なく、夕食もゆったりと楽しめるのです。

エロイーズ・ビーモント(Heloise D’Arcy Beaumont)という女性がチェックインします。気品ある振る舞いで、ホテルの従業員や他の客からもかなり高い社会的地位にある人だろうと思われていました。マダム・ビーモントと呼ばれていました。

彼女が滞在して3日目、ホテルロータスに練された服装の紳士がやってきます。世界中を旅し、いろいろな国々に精通しているかのようです。滞在期間は4日とあります。名前はハロルド・ファリントン(Harold Farrington)。

ある夜、マダム・ビーモントは夕食の後でハンカチを落としてしまいます。ファリントンそれを拾って彼女に渡すのです。それから会話が始まります。二人の会話は高級避暑地でのバカンスや豪華客船、貴族の生活といった上流階級の休暇中らしいきらびやかな会話を楽しむ二人でした。

しかし、マダムは本名がメイミー・シビター(Mamie Siviter)であると告白するのです。自分は金持ちなんかじゃなこと、必死にお金を貯めただけの貧乏人で、ケーシーマモス(Casey’s Mammoth)という店で働いていること、自分が話したヨーロッパのことは本で読み脚色した外国のことで、貴婦人のふりをしたかったのだ、と伝えるのです。

自分が夜食用に着ているドレスを指して、オダウド&レヴィンスキー(O’Dowd & Levinsky)という店で70ドルを月賦で購入し、10ドルを頭金として払い、毎月1ドルずつ返済しているとも語ります。そして彼女は財布から1ドル札を取り出して、今月の返済にあてることを告白します。明日8時で自分の休暇は終わりだとも語るのです。

 メイミー 「あなたと出会えたことは一生の想い出です。嘘をついてごめんなさい。」
 ファリントン 「驚きました。僕の他にも同じ事を考えた人がいたとはね。実は僕は、レヴィンスキーの月賦の集金係なんです。週給20ドルの給料の中から貯金してやっと実現したんです。」
そう言うとファリントンはメイミーから1ドル札を受け取り領収書をわたすのです。

 ファリントン 「だから、メイミーさん、こんどの土曜日の夜、船に乗ってコニーアイランド(Coney Island)の遊園地にでも行くっていうのはーどうです?」
 メイミー 「ご一緒します。店は土曜日は昼過ぎで終わりですから。」

二人はそれぞれの部屋に戻ろうとします。
 ファリントン 「私の本名はジム・マクマナス(James McManus)といいます。ジムと呼んでください。」
 メイミー 「ありがとう、、、お休みなさい、ジム、」