アメリカの文化 その7 スクールバス

アメリカの道路は右側通行。欧米各国やお隣韓国もそうです。琉球も本土復帰前は右側通行でした。英国は日本と同じ左側通行です。日本の運転免許証でなぜかカリフォルニア州やハワイ州、グアム、そしてドイツとスイスでも運転できます。どうしてなのかまだ分かりません。

アメリカでは信号が赤であっても、交差点で一番右側の車線を走っている場合は、左側から車が来なく、歩行者がいないときは右折することができます。右折禁止になっていない交差点で、止まったままになっているとクラクションを鳴らされます。日本はその点、厳格に「赤は停まる、青で進む」という精神が徹底していますね。

踏切がある道路では、トラックやバスなどの大型車を除いて、踏切を横断する際の一時停止は不要です。踏切の手前で一時停止してしまうと追突事故の恐れがあるため、踏切を通過する際は減速せずにそのまま通過するのです。線路といっても貨物車や汽車は一時間に一本通るかどうかです。一時停止は無意味なのです。

本題のスクールバスの話題です。スクールバスは全州で黄色で統一されています。このバスが停車してSTOPという標識とランプが点灯している場合、STOPのランプが消えるまで後続車も必ず停車しなければなりません。片側二車線でも停まるのです。このとき対向車も停まらなければなりません。スクールバスを追い抜くことは重大な違反になります。児童生徒の飛び出し防止のためです。スクールバスは追突や事故から子ども防ぐために、安全基準に基づいた頑丈な車体となっています。

スクールバスは、1886年頃スクール馬車が作られたことに始まるといわれます。国が広大なので、このバスは都会であろうと、ど田舎であろうと走っています。スクールバスは授業開始の前、授業終了後と部活が終わる時間の3回走ります。社会見学や遠足などにもこのルバスが使われます。スクールバスを運営する会社は全米でいくつかあります。

アメリカの文化 その5 セイント・パトリックス・デイ

アメリカの代表的な祭りの一つにセイント・パトリックス・デイ(St. Patrick’s Day)があります。毎年3月17日となっています。ニューヨーク(New York) やボストン(Boston)、ウィスコンシンなど、アイルランド系移民の多い地域や都市で盛大に祝われます。ウィスコンシン州のニューロンドン(New London)という小さな街は、アイリッシュ系が多く、この期間中だけ町名が「ニューダブリン」(New Dublin)に変更されるほどの思い入れです。人口はたったの人口7,300人です。ダブリンはアイルランドの首都ですね。人口は139万人です。

セイント・パトリックス・デイには、いたるところで三つ葉のクローバーのデザインを目にします。これは「シャムロック」(shamrock) と呼ばれ、アイルランドの国花となっています。聖パトリックという伝道師が、がこのシャムロックをエンブレムとして用いて三位一体(Trinity)を説き、キリスト教を広めたと言われています。三位一体とは、父なる神c(God)、その子イエス(Jesus) 、そして精霊(Holy Spirit) のことです。

セイント・パトリックス・デイで有名なのは、ハウスの噴水が真緑になるのです。シカゴ川の水も真緑になります。この日のお祝いはただ事でないことがわかります。もう一つの伝統は、毎年アイルランドの首相からアメリカ大統領にシャムロックが贈られることです。実に興味あることです。ユーモアすら感じます。

アメリカでは、セイント・パトリックス・デイに食べるものといえば、コーンビーフ( Corned beef)とキャベツの付け合わせです。本場のアイルランドでは、「シェファーズ・パイ」(Shepherd’s Pie)です。羊の肉を使います。シェパードとは羊飼いのことです。それに「ラムシチュー」(Lamb stew)で「 Irish stew」とも呼ばれるようです。私はいただいたことがありません。なぜ「コーンビーフとキャベツ」がセント・パトリックス・デイに食べられるものという通説が広まったのでしょうかね?手ごろに用意できる食べ物だからでしょう。緑色のビールが食卓に並ぶのかもしれません。

旅のエピソード その9 「ワインと運転」

北島と南島から成るのがニュージーランド(New Zealand) です。年間の旅行者が240万人以上という観光立国です。友人を訪ねて北島の南端近くにあるパーマストン(Palmerston) という町へ行きました。その友人はインド系の研究者で、兵庫教育大学で客員研究員としてお世話した方です。

休日を利用して車で北島の最南端に位置する首都ウェリントン(Wellington)の観光に出かけました。落ち着いた港町です。観光後、カーフェリーで南島にわたり、クライストチャーチ(Christchurch)にある約140年の歴史を誇るカンタベリー大学(University of Canterbury)を訪れました。2011年の大地震が起こる前です。23人の日本人も亡くなる出来事でした。

クライストチャーチでホエールウオッチング(whale watching) ができるという情報を得ました。1泊がてら鯨が出るという湾のある町に車をとばしました。観光船に乗ると数頭の鯨が湾を回遊しているのが見えます。説明では年中この湾に住み着いているそうで、地元の人は親しみをこめて鯨に名前までつけています。

帰りのドライブは快適でした。ブドウ畑が道の両側に広がります。ワインを飲みたくなる光景です。休憩がてらワイナリーに立ち寄りますと、旅行者らしき一行8名がワインを楽しんでいます。店の人に聞くと看板を指してくれました。それには次のように書いてあります。「運転手はグラス2杯までは飲んでよい」。なんと粋な計らいなのだろうと感心しました。帰り道に車から降りて、満天の星空に浮かぶ南十字星(Southern Cross) に家内とで見とれました。

クリスマス・アドベント その18 The Twelve Days of Christmas

この曲のタイトルにある12日間とは、クリスマスの12月25日から1月6日までの降誕節のことです。1月6日は顕現祭(Epiphany)と呼ばれ、イエス・キリストが神性を人々の前で表したことを記念するキリスト教の祭日を指します。ルーテル教会でも、伝統的にこの日が祝われています。バッハ(Johann Sebastian Bach)のクリスマス・オラトリオ(Christmas Oratorio)の第6部が、この日の讃美の音楽となっています。ところでオラトリオとは、独唱・合唱・管弦楽から構成される大規模な楽曲を指します。オペラとは異なり、歌手が舞台で演技をすることはありません。

“The Twelve Days of Christmas” は、ヨーロッパに16世紀頃から伝わるクリスマス・キャロルの一つです。1780年にイングランドで作られた詩が基となり、やがて1909年に民謡であった旋律にイギリスの作曲家フレデリック・オースチン(Frederic Austin) が編曲します。曲の特徴としては、12番までの歌詞のついた一種の童謡歌であることです。一定の旋律をもった2行以上からなる詩の単位(stanza)が歌い上げられ、それと共に1番ごとに積み上げられる歌詞(cumulative song)となって曲が長くなります。

Cumulative songsはグループで歌うときが多いようです。韻律によってStanzaは決まっており、歌詞も覚えやすいので子どもたちが好んで歌うことができます。 英語の歌詞は韻を踏んでいることが分かります。鳥の名前がでてくるのは、愛と平和を象徴するキジバトに示されています。キジバトのつがいは仲がよいので夫婦の愛の模範とされています。

12番のうちの1番、2番、3番だけの歌詞 (Lyrics) を紹介しておきます。歌詞の最後の部分は、贈り物として捧げる品が増えていくことがわかります。歌詞でいう12日の最初の日は12月25日です。そして1月5日の夜をもって待降節–アドベント・クリスマスは終わりとなります。

 On the first day of Christmas, my true love sent to me
 A partridge in a pear tree.
   On the second day of Christmas, my true love sent to me
  Two turtle doves and a partridge in a pear tree.
    On the third day of Christmas, my true love sent to me
   Three french hens, two turtle doves and a partridge in a pear tree.

クリスマス・アドベント その19 ”Ave Verum Corpus”

”Ave Verum Corpus”は、アヴェ・ベルム・コルプスという題名がつきます。この曲はカトリック教会で用いられる聖体賛美歌といわれます。Ave Verum Corpusはラテン語ですが、”Ave”はおめでとう、 ”Verum”とは誠の、”Corpus”は御身 といういう意味です。

この曲は、モーツアルト(Wolfgangus Amadeus Mozart)から オーストリアの都市バーデン(Baden)教区教会のオルガニストで聖歌隊指揮者であったマートン・シュトル(Marton Schutol)への贈り物といわれます。シュトルはモーツアルトの崇拝者で、彼の曲を聖歌隊ではしばしば歌っていたといわれます。

”Ave Verum Corpus”はモテット(Mottets)といわれる楽曲で、中世からルネッサンス(Renaissance)にかけて成立したミサ曲以外の世俗的なポリフォニー(polyphony)といわれる多声部の宗教曲です。モテットとカンタータ(Cantata)の違いですが、モテットは短い曲で器楽が独奏する部分がなく、絶えず伴奏として演奏されます。他方カンタータは主題にそって長い演奏が続き、独立した器楽の声部が合唱や朗唱に混じって随所に登場します。

”Ave Verum Corpus”ですが、最初は短い前奏で始まり、合唱はニ長調で、途中でへ長調、そしてニ短調へと変わり、最後はニ長調へと転調されます。たった四行のラテン語の歌詞、しかも46小節という短い曲ではありますが、柔らかい旋律と絶妙な転調によって、信仰が純化されるような味わいの響きを持ちます。モーツァルト晩年の傑作の一つといわれます。

めでたし、乙女マリアより生まれ給いしまことのお体よ。
 人々のため犠牲となりて十字架上でまことの苦しみを受け、
  貫かれたその脇腹から血と水を流し給いし方よ。
   我らの臨終の試練をあらかじめ知らせ給え。
    優しきイエスよ。
     慈悲深きイエスよ。
       アーメン

クリスマス・アドベント その12 ”O Holy Night”

“O Holy Night”の作曲者はアドルフ・アダン(Adolphe C. Adam)というフランス人です。我が国では「オー・ホーリーナイト」と呼ばれています。アダンは1800年代の中盤に活躍し多くの曲を作ったといわれます。中でもこの”O Holy Night” (Cantique de Noel–クリスマス賛歌)というクリスマス・キャロルは特に知られています。

“O Holy Night”ですが、作曲は1847年。フランス南部の街、ロクマラ(Roquemaure)にある教会のオルガンが修復され、その祝いとして教区の司祭が詩人プラシド・カポー(Placide Cappeau)にクリスマスの詩を依頼します。カポーは”Midnight, Christians”という題を付け、それにアダンが旋律をつけたのです。当時、この曲はラジオで放送され広く人々に口ずさまれるようになったといわれます。アダンはバレー音楽(ballet)であるジゼル(Giselle)をはじめ39ものオペラも作曲した人でもあります。

その後、”O Holy Night” はソプラノ(soprano)やテノール(tenor)で歌われることが多くなりました。それは当時、ユニテリアン教会(Uniterian church)の牧師であったジョン・ドワイト(John S. Dwight)がカポーの原詩 “Cantique de Noel” をもとにして、フランス語と英語でイエスの誕生と救いについて親しみのある歌詞をつけたからです。

曲は静かな音程で始まり、やがて次第に興奮が高まるような音階となり、最後は極めて高い音階で歌われます。誕生劇が ”聖なる夜かな” という歌詞と共に最高潮に達します。荘厳な曲でもあります。

この曲は多くの人気歌手によって歌われています。例えばマライア・キャリ(Mariah Carey)、ビング・クロスビ(Bing Crosby)、ホットニ・ヒューストン(Whitney Houston)、マハリア・ジャクソン(Mahalia Jackson)といった歌手です。

O holy night! The stars are brightly shining,
It is the night of our dear Saviour’s birth.
Long lay the world in sin and error pining,
‘Til He appear’d and the soul felt its worth.
A thrill of hope the weary world rejoices,
For yonder breaks a new and glorious morn.
Fall on your knees! O hear the angel voices!
O night divine, O night when Christ was born;
O night divine, O night, O night Divine.

クリスマス・アドベント その7 カンタータ第140番

教会暦は伝統的に一年は待降節(アドベント)から始まります。そして受難節、復活節、聖霊降臨節、三位一体節などへと続きます。そうした節毎にバッハ(Johann Sebastian Bach)などの作曲家がいろいろな音楽を作っています。

バッハの多くの作品の中にカンタータ(Cantata)第140番があります。この局は「コラール・カンタータ」(BWV140)(Choral Cantata) と呼ばれています。カンタータの基礎となっているのは合唱、コラールです。教会暦によりますと、聖霊降臨の1週間後は三位一体節と呼ばれます。バッハは三位一体節後第27主日の礼拝に合わせてカンタータ140番を作曲したといわれます。

教会では、全ての日曜日礼拝には拝読される福音書の章句が決められています。三位一体節から数えて第27日曜日の福音書聖句は、マタイによる福音書(Gospel of Matthew)25章1節から13節となっています。この箇所では、花婿の到着を待つ花嫁の譬えを用いて、神の国の到来への備えが唱えられています。それをふまえ、真夜中に物見らの声に先導されたイエスの到着、待ちこがれる魂との喜ばしい婚姻へと至る情景を描いています。

カンタータ140番は「目覚めよと呼ぶ声あり」と呼ばれ、英語では”Wake, Arise,” ドイツ語では”Wachet auf, ruft uns die Stimme”として知られる名高い曲です。カンタータに配置される独唱はレシタティーヴォ(recitative)といわれます。レシタティーヴォは、概して大規模な組曲形式の作品の中に現れる歌唱様式といわれます。叙唱とか朗唱とも呼ばれています。楽器はホルンの他、木管と弦楽器、そしてチェンバロが使われます。

カンタータ140番は次の7曲から構成されています。

第1曲 コラール  目覚めよと呼ぶ声あり
  弦楽器とオーボエが付点リズムでもって演奏され、それに行進曲風の合唱が続きます。晴れやかな喜びに満ちた曲です。
第2曲 レチタティーヴォ 彼は来る、まことに来る
  イエスの姿を伝えるテノールの語りかける場面となっています。
第3曲 二重唱  いつ来ますや
  わが救いの魂(ソプラノ)とイエス(バス)の間で交わされる愛の二重唱です。
第4曲 コラール  シオンは物見らの歌うの聞けり
 テノールの歌うコラールは、ユニゾンの弦が晴れやかな落ち着きのある有名な曲です。物見の呼び声が夜のしじまを破って響く冒頭の合唱曲とシオンの娘の喜びを歌うテノールのこの曲は特に名高いものです。
第5曲 レシタティーヴォ
  さらばわがもとへ入れといって花嫁が登場します。
第6曲 二重唱  わが愛するものはわが属となれり
  再び魂とイエスとの二重唱となります。
第7曲 コラール  グローリアの頌め歌、汝に上がれ
  簡潔ながら力強い4声部によるコラールで終わります.

クリスマス・アドベント その6 休憩(Intermission)  ロゴスと言葉

ここらで少し休憩とします。クリスマスについてです。いくら世界中の人々がクリスマスを祝うといっても、聖霊によるマリアへの受胎告知やイエスの誕生に納得できない人々がいるはずです。その後のキリストの受難と昇天、そして復活もそうかもしれません。キリスト教徒でない人々の中には聖書の中味を、「作り話」、「ファンタジ」、「空想」として捉えるために、受胎告知や復活といった奇跡にさしたる抵抗は感じないようです。ですからクリスマスも、わだかまりもなく子どもや家族と楽しむことができるのです。今回はその先のことを考えてまいります。

復活とか蘇りという出来事は、考えてみれば宗教の世界で通用する現象です。キリスト教徒は、そうした「出来事」にかつては困惑したり懐疑したことはあったにせよ、それを「吹っ切って」洗礼を受け信徒になったのです。こうした転機は奇跡としかいいようがありません。

「人知では到底計り知れないこと」 は世の中にはいくらでもあります。高い教育を受け、自然科学に触れ、進化論を知ったにせよ、こうした宗教上の現象は、この世界とは次元の越えた現象といってよいでしょう。そこには吹っ切れたという個人的な体験があったからだろうと察するほかはありません。恐らく当人もこの不思議な導きを言葉では説明できないでしょう。

人の使う言葉には限界があります。愛するものの死に接したとき、哀しみを表現する言葉が浮かびません。どんな慰めの言葉も癒しにならない時があります。人間の言葉とはそいうものです。語いが足りないというほかありません。

ヨハネによる福音書1章1節に「始めにことばありき」(In the beginning was the Word) という章句があります。ここでの言葉-Wordは神のことばーロゴス(logos)ということです。この世界の根源として神が存在するという意味とされます。ブリタニカ百科事典には 「ロゴスは世界の根幹となる概念であり、世界を定める理(ことわり)」 とあります。

クリスマス・アドベント その5 クリスマスのいわれ

クリスマス(Christmas)は、ChristとMassの連語であることを前回述べました。「キリストの誕生を祝うミサ礼拝」ということです。クリスマスの歴史を振り返りますと、比較的新しいことがわかります。そのことに触れてみるのが今回の話題です。

Scandinavian Christmas tradition. Christmas Gnome and Yule goat with a gift basket.

クリスマスは、もともと”Yule time”と呼ばれ、特にゲルマン(Germanic)の”jul”やアングロサクソン(Anglo Saxson)の”geol”からきたのだといわれます。YuleとかYuletide(Yule time)というのは冬至の日を意味します。昔は、冬至がくると人々はその日を祝うのが習慣だったようです。ヨーロッパの人にとっては日がだんだん長くなることを待望して祝ったののです。Encyclopaedia Britannicaによれば、Yuleは非宗教的な祭りだったのが、いつのまにかChristmasに吸収されていったとあります。

北欧のスウェーデン(Sweeden)、デンマーク(Denmark)、ノールウエイ(Norway)でいまもクリスマスを”Yule”と呼んでいます。フィンランド(Finland)は”Joulu”と呼びます。クリスマスを意味する”Yuletide”という英単語のことです。”tide”の語源は期間とか時間という意味です。通常、tideは潮という意味です。Yuletideは12月24日から1月6日までの期間を指します。クリスマスの期間ということです。ですがこのYuleは今は古英語になってしまいました。

ラテン語で誕生は”natalis”です。クリスマスを意味する言葉ですが、このラテン語からクリスマスの言葉が生まれます。イタリア語は”Natale”、スペイン語は”Navidad”、フランス語はノエル(Noel)です。そしてドイツ語は”Weihnachten”です。”Weihは”聖なるかな”、そして”nachten”は”夜”という意味です。”Heilige Nacht”も同じ意味です。今回は、クリスマスとは世俗的な祝いや祭りから生まれたということを読者にお伝えしました。

クリスマス・アドベント その4 The First Noel

クリスマス(Christmas)の季節が今年もやってきました。キリスト教会では待降節(Advent)とか降臨節を迎えています。クリスマスまでの4週間のことです。礼拝堂では日曜日の礼拝毎にローソクが1本ずつ点火されます。所属するルーテル教会を例に挙げながら、クリスマスの内容や意義を記してみます。

Christmasは二つの単語から成ります。Christ(キリスト)とMas(マス)です。後者のMasはもともとはMassであり、礼拝とかミサを表します。従ってChristmasは「キリストの礼拝」となります。古事によるとChristmasは、元々12世紀頃の古い英語ではCristesmassと綴られていたそうでです。

ベブル語(Hebrew)の聖書にはMessiah(メシア、またはメサイア)が登場します。Messiahとは王様とか聖職者を意味します。王様はやがてキリストがMessiah=救世主として崇められるようになるのです。Messiahは特別に油や香料をそそがれたもの(anointed)、それが「救いをもたらす者」というようになります。Christmasは別名、ラテン語(Latin)から派生した誕生(Christ Natalis)ともいわれます。スカンディナビア半島では11世紀頃からChristmasの祝いが始まったとされ、その誕生祝いのことを「Old Norse Jol」と呼んでいました。スカンジナビアの人々(Scandinavian People) という意味だそうです。

時代がくだり、14世紀になると古いフランス語でノエル(Noel、または Nael)がChristmasとして使われます。Noelとはもともとは誕生という意味です。18世紀になるとこれが「The First Noel」という讃美歌に登場し世界中で親しまれるようになります。「初めてのクリスマス」という讃美歌です。我が国では「牧人ひつじを」という題名で讃美歌103番、聖歌27番として歌われています。

The first Noel, the angels say
To Bethlehem’s shepherds as they lay.
At midnight watch, when keeping sheep,
The winter wild, the light snow deep.
Noel, Noel, Noel, Noel
Born is the King of Israel. (American version)