心に残る一冊 その65 「青べか物語」

再び山本周五郎の作品です。小説の舞台は昭和初年代の浦粕町。今の浦安市にあたる漁村です。最初に芳爺さんという凡そ常識外れの年寄りがでてきて、語り手の「私」が手もなくその術策にはめられます。それは青いペンキで塗られた「べか」と呼ばれた舟を買わされるのです。「べか」とは一人乗りの底が平たい舟で海苔や貝を取ったりする舟のことです。底が薄板の舟です。たいそう変わった人々が住む町に「私」はやってきたという設定です。

よそ者とみれば骨までしゃぶられるような浦粕町です。「私」は蒸気河岸先生と呼ばれます。文筆家のような彼は「長」というしつこい三年生や「倉あなこ」という温和な青年に援けられて、次第に町の中に溶け込んでいきます。「私」とは山本周五郎のようです。山本は大正15年の春、浦安町に移ります。そして昭和4年までこの地に留まります。23歳から26歳までであったようです。昭和5年に結婚し、大森の馬込に転居します。この浦安と馬込が山本のかけがえのない青春時代だったといわれます。

「青べか物語」は作者の体験に基づいているといわれます。この小説を読んでいると、登場する「私」は山本の一つの投影だろうと察せられます。常識離れをした狡猾さや愉快さ、質朴さであふれる漁村浦安の住人に囲まれた生活振りを実にユーモラスに描いています。昭和の初め頃が舞台だったようです。その筆の使いようは山本の作品では珍しいような気がします。