【話の泉ー笑い】 その三十二 落語 その6 名奉行噺と笑い

江戸時代前期、第5代将軍・徳川綱吉によって制定されたのが「生類憐れみの令」です。保護する対象は、捨て子や病人、高齢者、そして動物で、魚類、貝類、昆虫類まで及んだといわれます。特に鹿は春日大社の神使いとされ、誠に手厚く保護されていました。庶民は鹿にかしずくほどであったといわれます。ちょっと叩いただけでも罰金、もし間違って殺そうものなら、男なら死罪、女子どもは石子詰めという刑が待っていたようです。興福寺の小僧が習字の稽古中に大きな犬が入ってきたと思って文鎮を投げたところ、それは鹿でした。当たり所が悪く死んでしまったという話もあります。石子詰とは地面に穴を掘り、首から上だけ地上に出るようにして埋める罰です。

徳川綱吉

「鹿政談」の荒筋です。奈良の町に豆腐屋を営む老夫婦が住んでいました。ある朝、主である与兵衛が朝早くに表に出てみると、大きな赤犬が「キラズ」といわれた「卯の花」の桶に首を突っ込み食べていました。卯の花とはおからのこと。与兵衛が手近にあった薪を犬にめがけて投げると、命中し赤犬は死んでしまいます。ところが、倒れたのは犬ではなく鹿です。

当時、鹿を担当していたのは代官と興福寺の番僧。この二人が連名で願書を認め、与兵衛はお裁きを受ける身になります。この裁きを担当することになったのは、名奉行との誉れが高い根岸肥前守。お奉行とて、この哀れな老人を処刑したいわけではありません。何とか助けようと思い、与兵衛にいろいろとたずねてみますが、嘘をつくことの嫌いな与兵衛はすべての質問に正直に答えてしまいます。困った奉行は、部下に鹿の遺骸を持ってくるように命じます。そして鹿の餌料を着服している不届き者がいるとして、逆に代官や番僧らを責め上げるのです。そして鹿が犬であることを認めさせるという演目です。

名奉行

「佐々木政談」という演目はこちらも名奉行で知られた南町奉行、佐々木信濃守。非番なので下々の様子を見ようと、田舎侍に身をやつして市中を見回ります。そこで子どもらがお白州ごっこをして遊んでいるのが目に止まります。面白いので見ていると、十二、三の子供が荒縄で縛られ、大勢手習い帰りの子が見物する中、さかしいガキがさっそうと奉行役で登場します。この奉行役の子どもの頓智に佐々木信濃守は偉く感心してやがて子どもをとり立てるという噺です。

天狗裁き

「天狗裁き」の奉行は大分違います。家で寝ていた八五郎が女房に揺り起こされます。「お前さん、どんな夢を見ていたんだい?」八五郎は何も思い出せないので「夢は見ていなかった」と答えますが、女房は隠し事をしているのだと疑うのです。「夢は見ていない」「見たけど言いたくないんだろう?」と押し問答になり夫婦喧嘩になってしまいます。喧嘩の仲裁に入った長屋の差配や町役人も夢の噺を聞きたがります。挙げ句の果てお白洲に訴えられ、奉行までもが夢の話を聞きたいといって八五郎を責め立てるのです。最後に高尾の山に飛ばされ、そこで天狗にまで夢の話を聞かせろ、と苛まれる愉快な話です。