エリク・エリクソンとアイデンティティ

錚々たる学術的な成果を残したユダヤ人の心理学者を取り上げています。なぜかユダヤ人の心理学への関心は高いようです。その理由は差別や迫害、そしてトーラ(Torah)というユダヤ教の教えに由来しているような気がします。「Torah」とは生きる意味とか道という意味です。「Torah」には教え(teaching)、教義(doctrine)、教導(instruction)が込められています。「人とはなんぞや」、「いかに生きるべきか」、「人はどこへゆくのか」を「Torah」は示唆しているようです。今回はエリク・エリクソン (Erik Erikson)です。手元に「主体性:青年と危機」という本があります。私が立教大学時代に求めた一冊です。

エリクソンは帝政ドイツのフランクフルト(Frankfurt)で母方がユダヤ系デンマーク人の子として生まれます。Wikipediaによりますと、エリクソンは北欧系の風貌からユダヤ系社会やユダヤ教の教会で逆差別を受け、またドイツ人コミュニティからはユダヤ人であるという理由で差別を受けたとあります。父親が不明という背景も加えて、エリクソンはこうした複雑な状況のなかで育ち、それが後年の研究の動機になったようです。

エリクソンは友人の紹介で、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)の娘であるアンナ・フロイト (Anna Freud)がウィーンの外国人の子弟を対象に始めた私立の実験学校で教師を勤め、その経緯でアンナの弟子となり薫陶を受けます。やがて彼はウィーン精神分析研究所の分析家の資格を取得します。これはいわば国家資格にあたります。ドイツでナチスが政権の座につくとエリクソンはウィーン(Viena)からコペンハーゲン(Copenhagen)を経てアメリカへと渡り国籍を取得します。

エリクソンが有名な「アイデンティティ」の概念にいき着いた背景には、マサチューセッツ州(Massachusetts)のストックブリッジ(Stockbridge)にあるオースティン・リッグス・センター(Austen Riggs Center) にて同一性に苦しむ境界例のクライアントに出会ったことが契機となったようです。そこでエリクソンは「アイデンティティ」という概念、つまり「自己同一性」とか「主体性」の研究に従事します。自己同一性とは「これこそが本当の自分だ」といった実感のことです。自己がつねに一貫した存在であるという内的な体験のこととされています。

青年期は「自分とは何か」「これからどう生きていくのか」「どんな職業についたらよいのか」「社会の中で自分なりに生きるにはどうしたらよいのか」といった問いを通して、自分自身を形成していく時期です。自我同一性がうまく達成されないと「自分が何者なのか、何をしたいのかわからない」という同一性拡散の危機に陥るとエリクソンは主張します。さらに酷くなると精神病や神経症が発症したりします。1994年にオースティン・リッグス・センターには Erikson Institute for Education and Researchという研究所も開設されます。

自我同一性は青年期だけの問題ではなく、中年期や老年期において何度も繰り返して再構築されるものと考えられています。「果たして自分はなにをしているのか」、「自分はどんな貢献をしているのか」という問いは私にも向けらています。ところで「Torah」は「モーセ五書」を指しています。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、そして申命記です。