心に残る一冊 その61 「晩秋」 町奉行日記から

山本周五郎作の「町奉行日記」からです。徳川氏の最重要拠点であった岡崎藩の重臣新藤主計は、強い義務感を持ち重税政策を藩内で実行しようとします。部下の浜野新兵衛はそれに反対し上申書を出します。ですがそれが受け入れられず切腹を言い渡されます。やがて、主君の死後、主計はお家の改革のために国許に預けられ裁きを受ける身となります。新兵衛の娘、都留は主計の世話役を命じられます。

主計は都留の父を死に追いやった張本人です。都留は母から懐剣を預かって、仇を遂げてほしいと云われます。彼女は主計の世話をしながら仇討ちをしようと考えます。都留は、自分は女であるのに父母の想いを背負わなければならないという複雑な思いを抱いていたはずです。

主計は蟄居以来、時を惜しんで文書の整理に没頭します。それは自らの失政を示す書類をつくり、裁きの場に出そうとしていたのです。それを側で見ていた都留は次第に復しゅう心が萎えていくのです。そして「少しお肩をもみましょうか、、」と主計に声をかけます。

主計は云います。
「わたしはお前を知っている。お前が誰の娘かも、、ふところから懐剣をはなさないことも、、今朝は懐剣を持っていないようではなか、、」

そうして肩をもみながら、都留と主計は庭のうつろいを見つめます。主計は呟きます。

「花を咲かせた草も実を結び枝も枯れて一年の営みをおえた。幹や枝は裸になり、ひっそりとながい冬の眠りに入ろうとしている。自然の移り変わりのなかで、晩秋という季節の美しさは格別だな」