アメリカ上下両院議会における安倍首相の演説草稿を読んだ。すこぶる感心する内容と文章であった。もちろん専門のスピーチライターが素稿を書いたことがありあり伺える。わかりやすく清々しさを感じた。もし首相自らがこの草稿を書きあげたとすれば、雄弁な宰相の一人として名を残すのが、、そして英文の読み方が中学生みたいで演説が色あせたのが惜しまれる。間の取り方、文章の区切り方が全くなっていない。それはそれで仕方ないとしておこう。
Big Historyが今は話題であるが、この演説には従来の歴史とBig Historyの違いのようなことが表れていて興味深いものがある。何故、この演説草稿が格調高いものであったかにはいくつかの理由がある。その最たるものは、アメリカ人受けする表現が散らばっていることである。
アメリカ人がヤンヤの拍手をおくる第一は、ユーモアとエスプリがきいていることである。演説の冒頭で、議事進行を妨げる長時間演説(filibuster)、フィリバスタという表現を使い、「自分はフィリバスタをするつもりはない」といって場内を笑わせるのである。法案を時間切れにするとき使うのがフィリバスタである。議場内の議員は、まさか長時間の演説にならないだろうと安堵したに違いない。
第二はアメリカ人を心地よくゆさぶる表現を使っていることである。とりわけ議員の琴線に触れる内容が出てくる。それは駐日大使として活躍した元議員の名前を挙げる。マイク・マンスフィールド(Mike Mansfield)、ウォルター・モンデール(Walter Mondale)、トマス・フォーリ(Thomas Foley)、ハワード・ベイカー(Howard Baker)などである。いずれも議会の中枢で活躍した者ばかりである。そして現駐日大使のキャロライン・ケネディ(Caroline Kennedy)の名前を挙げるのも忘れない。
第三はアメリカンヒーロー(American Hero)と呼ばれる者を引用することでアメリカ人の心を揺さぶろうとする。先の大戦の激戦地であった硫黄島で戦ったローレンス・スノーデン(Lawrence Snowden)海兵隊中将を引用する。この中将は議会に招待されて演説をきいていた。彼は日米合同の慰霊式典で平和の尊さを語ったことを安倍首相は引用する。
第四は市井のアメリカ人について引用する。学生時代、首相はカリフォルニア州でいたときある寡婦の家で生活していた。その婦人が亡くした夫のことを「ゲーリー・クーパー(Gary Cooper)よりも男前だった」と語っていたことを紹介する。こうした修辞はアメリカ人に受けるのである。この普通の人とヒーローとの対照は素晴らしい。共鳴し感動する微妙な心情をくすぐるスピーチライターの博識と修辞のセンスを感じる。