心に残る一冊 その58 「変身」

カフカ(Franz Kafka)は、チェコフロバキア共和国(Czechoslovakia)の首都プラハ(Prague)のユダヤ人の家庭に生まれます。チェコフロバキアは11世紀頃からドイツ化が進んだため、カフカもまたドイツ語に精通していました。斜陽となったオーストリア帝国に支配されていたのがチェコフロバキアです。法律を学んで学位を取得し保険局に勤めながら作品を執筆し始めます。父親は頑健な立志伝にあるような商人だったようです。カフカはこの父の圏内に生きることで苦しめられたといわれます。

 

 

 

 

 

やがて「ユーモラスで浮ついたような孤独感と不安の横溢する、夢の世界を想起させる」ような独特の小説作品を残していきます。「変身」(The Metamorphosis)は、旅回りの布地販売員グレゴール・ザムザ(Gregor Samsa)が主人公です。いつも骨の折れる職業を選んだことを後悔しています。毎日毎日旅をしながら、商売上の神経の疲れを感じています。旅の苦労は、汽車の乗り換え、不規則で粗末な食事、絶えず相手が変わって長続きせず、決して心からうち解け合うようなことのない人付き合いをしています。

「ある朝、ザムザが気がかりな夢から目覚めたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっていることのに気づいた。彼は甲殻のように固い背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、何本もの弓形のすじにわかれてこんもりと盛り上がっている自分の茶色の腹が見えた。」

勤めてから一度も病気になったことないグレゴールは、ベッドの上で考えます。恐らく雇い主は家に電話をかけて、どうして出勤しないのかと聞くだろう。そして、健康保険医を連れてきて、両親に向かって怠け者の自分を非難するだろうと。やがて次第に家族に疎まれていきます。

虫への変身という変わったモチーフは作者カフカの人間として境遇を見つめる姿を表しています。希望と絶望、真実と虚偽、自由と束縛、現世の生活と未来の生活、という人間のさまざまな対立と不断の緊張にある存在をカフカは描くのです。