ナンバープレートから見えるアメリカの州ウィスコンシン州・America’s Dairy Land

ウィスコンシン州(Wisconsin)のナンバープレートには「アメリカの酪農の地」(America’s Dairy Land)と記されています。そして納屋とサイロが描かれています。ウィスコンシンは北はカナダと国境を接し、東はミシガン湖が広がり、西はミネソタ州、南はイリノイ州に囲まれています。大昔、氷河が覆い、そのため土をけずって大小の湖をつくりました。氷河は石や岩を運びながらなだらかな丘陵もつくってきました。そのために平たい農場は少なく、酪農が盛んになりました。北海道に似た景色が広がります。

ウィスコンシン州のナンバープレート

ウィスコンシンは内陸のために気候の寒暖がはっきりして、夏は30度以上になることもしばしばです。冬の寒さといえば筆舌に尽くしがたいような日が何日も続きます。雪が解けてそれが凍ると道路はつるつるとなります。そのため必ず融雪剤を散布するので、車体の裏側は、錆び付くのです。湖は凍り氷の厚さが20センチになると、車が走ります。湖をクロスカントリースキーで横切り仕事に向かう人もでてきます。スポーツといえばアイスホッケーが盛んで、どの高校にもアイスホッケー部があるほどです。風の強い日は、湖上でアイスヨット(アイスセーリング)もやっています。

酪農の地であるので乳製品で有名な州です。1997年のスーパーボウル(Super Bowl)を制したグリーンベイパッカーズ(Green Bay Packers)の本拠はウィスコンシン。そのときファンがかぶったのが「チーズヘッド」(Cheesehead)というチーズをかたどった帽子でした。「チーズヘッド」という言葉は、部外者が「アメリカの酪農場」の人々をからかう愛称として使用していましたが、ウィスコンシン州の人たちにはそれが流用され、誇りを持って受け入れられています。ゴム製のチーズハットは、スポーツイベントで名誉のバッジとして着用されています。

Map of Wisconsin

沢山のチーズ製造所もあり本当に多くの種類のチーズを楽しむことができます。ワイン、麦酒に欠かせないおつまみです。酪農の地ですから、ステーキもまた格別です。分厚く柔らかいフィレミヨン(filet mignon)は涎がでます。肉を焼いて「テリヤキ・ソース」をかけるのが一般的な食べ方です。

Kikkoman開所の横断幕

テリヤキ・ソースといえば、キッコーマン(Kikkoman Foods)の工場がウィスコンシンのウォルワース(Walworth)にあって、ここのソースが全米の市場を席巻しています。この工場は、1973年に作られます。キッコーマン社がこの地を選んだのは、原料穀物の産地に近く良質の水に恵まれ、空港、鉄道、道路など物流・交通の便もよく、地域の人々の勤勉な労働力も期待できたからといわれます。それ以来「Products of USA」として、世界中のどの施設よりも多くの醸造醤油やソースを生産しています。

ウィスコンシン州の入植者は、ニューイングランド人(New Englanders)、南部人、そして北ヨーロッパからの移民の混合でした。各グループは飛び地に定住し、移植された文化遺産の多くを保持する傾向がありました。今も彼らの伝統はかなりの程度で保たれており、芸術の豊かな多様性と広範な評価を生み出しています。

America’s Dairy Land

州内では、毎年多くの民族グループがお祭りを開催しています。ニューググレラス(New Glarus)のスイス人によるウィリアム・テル・ページェント(William Tell Pageant)では、フリードリヒ・フォン・シラー(Friedrich von Schiller)の戯曲『ヴィルヘルム・テル』(Wilhelm Tell)が上演されます。ノルウェー系の人々が多く住むストートン(Stoughton)では、ノルウェー憲法記念日である5月17日にシュタンデマイ(Syttende Mai)フェスティバルを開催し、マウントホレブ(Mount Horeb)の近くのマウンドの洞窟でノルウェーの歌を披露します。ミルウォーキー(Milwaukee)の毎年恒例のフェスティバルとしては、サマーフェスト(Summer Fest)、ジャーマン・フェスト(German Fest)、ポーランド・フェスト(Polish Fest)、そして国内最古にして最大の多民族フェスティバルであるホリデー・フォーク フェア(Holiday Folk Fair)などがあります。

Holiday Fair in Milwaukee

ウィスコンシン州フェア(Wisconsin State Fair)は、ミルウォーキー郊外のウェストアリス(West Allis)で8月に開催されます。アルトゥーナ(Altoona)のシンダー・シティデイズ(Cinder City Days)からポトシ(Potosi)の消防士ナマズ・フェスティバル(Firemen’s Catfish Festival)まで、ほぼすべての都市で毎年少なくとも1つ以上のフェスティバルが開催されます。

ウィスコンシンは共和党の発祥の地といわれます。1854年3月20日、ウィスコンシン州リポン(Ripon)という小さな街のリトルホワイトスクール(Little White School)で、約30人が参加する最初のアメリカ合衆国共和党郡大会が開催されたのです。ウィスコンシンは共和党と民主党がしのぎを削る州の一つといわれます。南北戦争の時代のウィスコンシン州は共和党を支持する州でした。19世紀後半には民族と宗教の問題で短期間ながら共和党が割れたことがあったようです。20世紀前半はロバート・ラフォレット(Robert La Follette)らが共和党を支配していましたが、後には民主党となる進歩党を復活させます。1945年以後は共和党と民主党が拮抗しています。

ラフォレットの貢献は、開かれた政府、最低保証賃金、党派に拠らない選挙、開かれた予備選挙のしくみ、上院議員の直接選挙、女性参政権および進歩的税制度などをウィスコンシンで広め、その思想は「Wisconsin Ideas」と呼ばれ、ウィスコンシン大学の発展にも影響を及ぼします。しかし、20世紀半ばに政治的な極論に関わり、1950年代には州選出のジョセフ・マッカーシー(Joseph McCarthy)上院議員による反共産主義運動が起こります。

「マッカーシズム」(McCarthyism)という用語は、公の場で人々に対して根拠のない告発を行うことに対する「魔女狩り」(witch-hunt)の同義語として、アメリカ政治史で長く残っています。ジョセフ・マッカーシーは、1947年1月から1957年5月に亡くなるまで、ウィスコンシン州選出の上院議員を務めます。上院での彼の経歴は静かで目立たなかったのですが、共和党女性クラブでのスピーチで「国務省に雇用されている57人の「共産主義者らしき者」(known Communists)のリストを持っている」と発表します。マッカーシーは共産主義者らしき者の告訴を繰り返し、その数は205名に増えます。その結果、何年にもわたる上院と下院の破壊活動捜査が始まり、国民と政府に大きな混乱をもたらします。

Joseph_McCarthy

マッカーシーは2期目の初めに上院常任調査小委員会(Senate Permanent Subcommittee)の委員長に就任します。政府における共産主義者の影響力疑惑について広範な調査を行う権限が得られます。マッカーシーは、フランクリン・ルーズベルト(Franklin D.Roosevelt)大統領とハリー・トルーマン(Harry S.Truman)大統領の下でこの国は「20年間にわたる国家反逆」の犠牲になったと非難します。彼は自分が中傷した人物に対する転覆の証拠を一度も提示することができなかったのですが、巧みにでっち上げた告発と容赦ない宣伝によって、多くの人々を公職から追放し、数え切れないほどの人々の評判を傷つけます。

マッカーシーは、「裏切り者」のリストにドワイト・アイゼンハワー(Dwight D. Eisenhower)大統領を含めるなど、徐々に民主主義の大義に悪影響を及ぼした扇動者として非難されるようになります。中間選挙後、彼は小委員会の委員長を解任され、政界から追われて「魔女狩り」も終焉します。憲政史上悪夢の時代といわれました。

近年の大統領選挙におけるウィスコンシン州は接戦が続いています。2008年の場合はバラク・オバマ(Barrack Obama)が56%の支持を得て勝利しました。2012年もオバマが52%を獲得し、勝利を収めます。2016年には一転して、ドナルド・トランプ(Donald Trump)、ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)ともに同州で勝利することが大統領選の勝利を意味するほどの接戦となります。選挙前の世論調査では一貫して民主党有利という下馬評でしたが、得票数で上回るも獲得選挙人数で敗北しトランプが大統領となります。しかし、2020年の大統領選挙では、バイデン(Joe Biden)が49.57%、トランプ氏が48.95%という得票率で両者の差は1%前後の大接戦となります。

University of WIsconsin-Madison

2024年2月5日、ウィスコンシン大学(University of Wisconsin)で最初のクラスが開始されてから創立175周年を迎えました1849年2月以来、ウィスコンシン大学は小さな地方の学校から出発し、今や世界的な研究と教育の大学に成長しました。1849年、最初のクラスの学生はわずか20人でした。2023年の秋、UW の学生数は50,000人を超えました。今年の新入生のうち1,000人以上が、「Bucky’s Tuition Promise」 または 「Bucky’s Pell Pathway」という経済的支援パッケージにより奨学資金を受けています。

ウィスコンシン大学は人口と建物が増加しただけでなく、地理的にも成長してきました。その最初の基本計画では、バスコムヒル(Bascom Hill)の東斜面に5つの建物を作ることでした。現在、ウィスコンシン大学マディソン校(Madison)は936エーカー、すなわち東京ドーム81個分の広さのキャンパスがあり、キャンパス内の農学部の温室から640キロ以上離れたスプーナー(Spooner)にある農学(agronomy)および作物生産施設に至るまで、ウィスコンシン州全域に農業研究ステーションがあります。ウィスコンシン州はまた、南極近くの立方キロメートルの氷河をカバーするアイスキューブ天文台(Ice Cube Observatory)などの施設を運営しています。現在ウィスコンシン大学は、マディソンを含む13のキャンパスでの学生教育だけでなく、世界的な影響力を及ぼす研究を展開し、その知識や知見の恩恵を国内や海外に広めています。今年は創立175年目を迎えます。

1848年創立のエンブレム


ウィスコンシンは私の研究の基礎を築き、子どもが教育を受けた忘れられない州です。今も二人の娘が州都であるマディソンで働き、子どもを養育しています。私はウィスコンシン大学日本同窓会で日本の高校生や大学生の留学奨励活動をしています。

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