懐かしのキネマ その24 黒人俳優と「野のユリ」

読者にいつかは是非観ていただきたい作品に「野のユリ」(Lilies of the Field)があります。1963年の社会派作品です。黒人青年のホーマー・スミス(Homer Smith)はアリゾナ(Arizona) の砂漠を放浪していました。車の故障で砂漠の一軒家にたどり着きます。そこには東ドイツからの亡命者である5人の修道女が住んでいます。ホーマーを見た修道女マリア院長は、ホーマーを「神が遣わした者」と信じ込み、この砂漠の荒れ地にある思いを抱きます。

屋根の修理だけを引き受けることにしたホーマーですが、院長はいっこうに賃金を支払おうとしません。食事も誠に質素でホーマーの腹を満たすことはありません。それどころか、マリア院長は無理やりホーマーに教会堂(chapel)の建設を手伝うように迫るのです。ホーマーは聖書の一節を引用して、自分は正当な賃金を貰えるのだ、と主張します。マリア院長はルカによる福音書12章27節の【野のユリはいかにして育つかを思え、労せず、紡がざるなり。されど、我汝らに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだにその装い、この花の一つにも及ばざりき】と読み上げ、不満を言ってはならないと講釈するのです。この画面は実に秀逸です。

夕食が終わると、ホーマーは修道女に英語を手解きし、唄を教えます。それが「Amen」です。ホーマーは嫌々ながらも修道女たちに協力するようになっていきます。建築仕事に自信のあるホーマーはプライドを刺激され、教会の建設に執念を燃やし始めます。ホーマーは自分の作品として独りで建設することにこだわり、町の人々の協力を断わります。ですが次第に考えを改めて、町の人々と協力して教会の建設を進めるようになります。

マリア院長と修道女たちは、慈善団体に手紙を出し、寄付金を募り、地元の建設会社に資材の提供を頼み込みます。彼女たちの熱意にほだされた社長はとうとう建設資材を寄付することを申し出ます。紆余曲折、マリア院長の望んだ教会堂は奇跡的に完成します。ホーマーは自分の名を鐘の尖塔に刻みます。教会堂完成のお祝いが終わった夜、ホーマーは翌日の献堂ミサに出席することもなく、車で放浪の旅に戻ってゆきます。最後のシーンには「Amen」というテロップが流れます。

ホーマーを演じたのは、黒人俳優としては初めてアカデミー主演男優賞を受賞したシドニー・ポワチエ(Sidney Poitier)です。ハリウッド映画(Holleywood)における黒人俳優の地位を向上させた先駆者的な名優です。1968年『招かれざる客』(Who’s Coming to Dinner)、『夜の大捜査線』(In the Heat of the Night)でも主演し、社会的かつ人種差別問題に真正面から取り組んでいます。