ナンバープレートから見えるアメリカの州アイオワ州・American Heartland

注目

アイオワ州(Iowa)のナンバープレートには、穀物を保存するサイロや納屋が背景に印刷されています。トウモロコシと小麦の生産で有名なアイオワが今回の話題です。北はミネソタ州(Minnesota)、東はウィスコンシン州(Wisconsin)及びイリノイ州(Illinois)、南はミズーリ州(Missouri)、そして西はネブラスカ州(Nebraska)及びサウスダコタ州(South Dakota)に囲まれています。州都で最大の都市はデモイン(Des Moines)です。

アイオワ州のナンバープレート

2024年の合衆国大統領選挙を控え、各地で党員集会(Caucus)が開かれます。アイオワ州は、共和党が党員集会を最初に開くことで注目される州でます。2024年1月15日に党員集会が開かれトランプが圧勝しています。この集会とは、政党の大統領候補を決定するための地区レベルによる党員の会議のことです。アイオワ州はなんとなく地味な印象を受けがちですが、政治的には伝統的に民主党と共和党が競うところです。

アイオワには、東がミシシッピ川(Mississippi River)、そして西はミズーリ川(Missouri River)が流れています。豊かな農産物などがこの川を使って運ばれています。アイオワは結構なだらかな丘陵が折り重なって農作物の生産に適しています。

Corn fields

アイオワはヨーロッパからの多くの民族を惹き付けたようです。1800年代にスウェーデン人、ノルウェー人、デンマーク人、オランダ人、およびブリテン諸島(Britain Islands) からの多くの移住者がやってきて農業に携わります。ドイツ人は最大の集団であり、あらゆる郡に入植していきます。特にミシシッピ川沿いが多く大多数は農夫になりましたが、また職人や商店主になった者も多かったようです。さらにある者は新聞を編集し、教師となり、銀行を経営したりして発展します。

アメリカの中西部(Midwest)は「コーンベルト」(Corn Belt)と呼ばれトウモロコシの一大生産地です。アイオワはその中で生産量が全米でトップを誇ります。車でどこまで走っても穀倉地帯が広がります。大豆、豚の生産量も全米第一位となっています。従って、穀物市場の金融や流通、そしてバイオテクノロジー研究開発などでも盛んな州です。

Map of Iowa

アイオワのあたりは、「アメリカの心臓部」(American Heartland)とも呼ばれて、恐らく世界一の穀倉地帯であります。アメリカは工業国ではありますが、なんといっても主役は農業です。トウモロコシと小麦の生産高からは、アメリカは農業国と呼ぶにふさわしいといえます。Heartlandとは「とても大切な地」という意味にもとれます。後に触れますが、カンザス州のプレートにも同じフレーズがあります。

アメリカの小学校では、アメリカの探検と開拓の歴史を学びます。そこに登場するのは、フランスからきたジャック・マークエット(Jacques Marquette)とルイス・ジョリエ(Louis Jolliet) という探検家です。この二人が中西部を探検したのは1670年代の頃です。マークエットはもともとフランスの宣教師でした。一方、ジョリエはカナダ、ケベック生まれのフランス人でした。この二人の探検家は一緒に主にミシシッピ川とその支流を使いアイオワ、ウィスコンシン、ミシガン、イリノイなどを調べメキシコ湾にも到達します。ジョリエの貢献は、彼の名前を付けた町の存在に現れています。

ロバート・ウォラー(Robert Waller)の小説に登場する屋根付き橋のローズマン・ブリッジ(Roseman Bridge)は、アイオワ州のマディソン郡(Madison County)のウィンターセット(Winterset)にあります。また、1989 年に公開されたケヴィン・コスナー(Kevin Costner)主演の映画『フィールド・オブ・ドリームス』(Field of Dreams)で描かれた野球場も同様にアイオワが舞台でした。
(投稿日時 2024年2月3日)

ナンバープレートから見えるアメリカの州はじめに

注目

大分前に、このブログでアメリカのナンバープレートのエピソードなどを紹介しました。今回は、それを改訂して州の新しい歴史や出来事を追加して掲載します。ナンバープレートの蒐集は私の趣味の一つです。我が家の小さな倉庫に80枚あまりが積んであります。すべて アメリカ留学中に集めたものです。ナンバープレートはライセンスプレート(License Plate)というのが正しい呼び方です。

各州のナンバープレート

ナンバープレートに興味をもったのはそのデザインにあります。州の形をしたもの、州の特産物や自然のイラストを入れたもの、州の歴史やスポーツ、イベントを思い起こさせるものなどがあります。州の名前は必ず入ります。デザインの中で私の最も好きなのが州のキャッチフレーズやモットーが付いているものです。それに引き替え、我が国のプレートは貧相で魅力がありません。もっと工夫して都道府県の特徴をデザインとして欲しいものです。

各州のナンバープレートにあるキャッチフレーズは、歴史、人、自然、特産物、観光などに分けることができます。例えば、マサチューセッツ州(Massachusetts)は「Spirit of America」というキャッチフレーズです。このフレーズは、この州の建国の歴史と独立の精神を意味しています。アラスカ州のは「The Last Frontier」と印字されています。

アメリカのナンバープレートは、州や郡ごとに独自のデザインを持っています。非常に色彩豊かなものから、地味なものまで様々です。追加の手数料を支払えば自分のナンバープレートを作ることもできます。「Kiss Me」などと書かれたのを見たことがあります。他にも「Prison Made」(刑務所で作られた)というフレーズのもあります。可笑味のあるものです。確かカリフォルニア州(California)のプレートでした。サンフランシスコ(San Francisco)の金門橋(Golden Gate Bridge)付近にあるアルカトラズ島 (Alcatraz Island)で作られたものかもしれません。アルカトラズ島は今や一大観光地となっています。

Alcatraz Island

通常2年ごとにナンバープレートのデザインは変わります。ですから一つの州には沢山のプレートがあり、蒐集家を喜ばせます。この国の多様性を感じる機会がここにもあります。

ナンバープレートの集め方はいろいろです。他の州をドライブしていて自動車の解体屋の前を通るとそこに自分の持っていないのを見かけます。すぐ停めて交渉し、自分でプレートを外したことが何度もあります。家族寮の掲示板に「ウィスコンシン州以外のプレートを望む」という紙を貼っておくと電話がきて自分で外しにいきます。「ついでに新しいのを付け替えて」と頼まれることもありました。これから五十音順にナンバープレートを通して見えるアメリカの各州の歴史や魅力を紹介しましょう。
(投稿 2024年2月1日)

読後感】「ただ一撃」 藤沢周平

したたかに生きる庶民や、うだつの上がらない下級武士などを淡々と描いたのが作家藤沢周平です。その短編作品に「ただ一撃」があります。この小説のあらましです。仕官を望む一浪人の清家猪十郎は、自分を高く売るために履歴書である高名の覚を持参し、庄内藩内にやってきます。そして藩の優れた若侍と試合を所望します。タイ捨流という無双の刀遣いで、腕自慢の連中4名を撃ち込み、手傷を負わせるのです。

初代庄内藩主忠勝は、この野猿のような猪十郎をぶちのめせと家老に命じて不機嫌に去ります。家老たちは苦渋の相談の果てに、かつて兵法堪能だった刈谷範兵衛を5番手の相手に決めるのです。

範兵衛は60歳の隠居の身。毎日嫁の三緒に「お舅さま、洟、洟」と注意される体たらくです。範兵衛の息子,篤之介は三緒の夫ですが、父が兵法の達者であることを知らないので驚きます。

鶴ケ岡城下から半里ほどのところに、小真木野と呼ぶ広大な原野があります。高台のため未だに狐狸が出没するといわれています。範兵衛は対決に備えそこで修行に入ります。通りがかりの者から天狗を見たという噂が流れます。

やがて天狗に間違えられた範兵衛が修行を終えて帰宅し、ぐっすり昼寝をした後三緒と語ります。

 範兵衛 「妻の房枝が死んでから、女子の肌に触れたことがない」
 範兵衛 「男のものはもはや役に立たんようになったかも知れん」
三緒 「もうお年ですゆえ、ご無理でございましょう」

二人で短い会話をしながら範兵衛はいいます。
    範兵衛 「ところがさっき奇妙な夢をみてな」
    三緒  「夢、でございますか」
    範兵衛 「夢の中で、嫁女を犯した」
    範兵衛 「無理かどうか、試したい」
    三緒 「それがお役に立つなら、お試しなさいませ」

こうして範兵衛は嫁の三緒と合意の上で交わるのです。「儀式のようにして行われたそのことの最中に三緒の躰は不意に取り乱して歓びに奔った」のです。翌朝三緒は懐剣で喉を突いて自害します。驚愕した篤之介は飛び込んできて自害を知りますが、範兵衛は眉も動かしません。

試合で範兵衛は清家猪十郎を「ただ一撃」であっけなく勝ちます。それからは、ぼんやり庭や空を眺め、やがて雪が振ると部屋に閉じ籠って、行火を抱いてうつらうつらと眠る日課です。範兵衛は急速に老いていきます。「ただ一撃」とは嫁女三緒との交わりを暗示しているかのようです。

結末の文は憎たらしいほど見事です。江戸時代を舞台として老人の性というきわめて現代的課題に迫ります。現代小説では醜くなりがちな話を持ち前の筆力で、いざとなると大胆な女の可憐さを描くこの作品は秀逸といえましょう。

      (2023年11月5日 大和田囲碁同好会 成田 滋)

読書感】「暗殺の年輪」 藤沢周平

端正で凛とした文体で知られる作家藤沢周平の名作の一つといわれる武家ものの短編小説「暗殺の年輪」を紹介します。

海坂藩士・葛西馨之介が主人公です。成長するにつれ、周囲が向ける冷ややかな笑いの眼を感じるようになります。そして仲間から孤立していきます。剣友仲間に貝沼金吾がいます。あるとき金吾に誘われて貝沼家の奥屋敷へ行くと、3人の家老たちが待っています。一人の郡代が馨之介を見ていいます。
「これが、女の臀ひとつで命拾いをしたという倅か、よう育った。」この野卑で無思慮な一言が馨之介の胸を貫きます。

剣技を見込まれた馨之介は、藩執行部の反対派である家老の水野から、藩政の実権を握る重役の嶺岡兵庫の暗殺を引き受けろと言われます。20年もの昔、父の葛西源大夫は、藩内の派閥争いにからんで中老の嶺岡兵庫の暗殺にかかわり、失敗して横死します。その事件ののち、幼い馨之介の命と家名を救おうとして嶺岡に肌を許したと噂されたのが母の波留です。その秘密を知った馨之介は、母に問い詰めるのです。

波留の顔色はほとんど灰色で、眼のまわりはくすんでいます。まるで老婆のようです。
 母 「お前のためにやったことですよ。」
 馨之介「ずいぶんと愚かなことをなされた。」
 馨之介「そのために、私は20年来、人に蔑まれてきたようだ。」

夫の敵に身を任せ、じっと耐えてだれにも秘密を明かすことなく生きてきた波留は、悲哀を一杯に溜め込み家の守りをやり通すのです。男以上の豪毅さを感じさせてくれます。

浴びるほど酒を呑んだら苛立たしく募ってくる母への憎悪も幾分晴れそうだと、いきつけの飲み屋に行きます。したたかに呑んで家に戻ると血の匂いがします。奥の間の襖を開くと、むせるような血の香がそこに立ちこめています。掌に懐剣を持って自害した母の姿があります。穏やかな死相をしています。馨之介は立ち上がると嶺岡兵庫の刺殺を引き受ける覚悟を決めるのです。

馨之介は汚名を晴らすのですが、やがて父と同じ罠にかかったことを知るのです。それは、剣友仲間の貝沼が水野家老とともに、自らの手が動いた痕跡を消すために馨之介の口をふさごうとする策動です。口をふさげば、馨之介の死が父源大夫の横死に絡む私怨から嶺岡を刺殺したと雄弁に語ることになるのです。

家名を残すための、馨之介の母の哀しい行動が端正な文章で描写されています。軽侮され続ける馨之介が簡潔で無駄なく記述されています。そして汚名を晴らすはずが、策略に乗せられた馨之介の憤りが凛として描かれています。ほの暗く哀切を感じさせる一作です。

            (2023年11月4日  成田 滋)

【風物詩】積極的差別是正措置(Affirmative Action) その八 今後の大学の対応(最終回)

ハーヴァード大学は、現在の差別是正措置を擁護する方針といわれます。各学年の定員はわずか1,600人ですが、数字上は何千人もの同等の資格を持つ志願者がいると指摘します。例えば、2019年のクラスには35,000人の志願者がいましたが、そのうち数学のSATスコアが満点の者は3,700人、言語学のSATスコアが満点の者は2,700人、そして評定平均値が満点の者は8,000人以上でした。ハーヴァード大学の直近の新入生については同様の数字はありませんが、2023年の志願者数は過去4年間でほぼ倍増しています。

大学の入試担当者によれば、人種を考慮せずに黒人やラテン系の学生の数を増やそうとした学校は、他の基準、つまり階級や経済的地位、あるいは高校クラスの上位5%や10%の学生に対する入学保証のようなプログラムでは、これほどうまくいかないことがわかったといいます。「高等教育と公共政策を専門とするテキサス大学(University of Texas)のステラ・フローレス(Stella Florence)教授は、昨年秋にNPRのインタビューに答えています。「人種を一つの考慮要素として使う以外に、学生を人種的に多様化させる方法はない。」

RIce University

ハーヴァード大学のローレンス・バコウ(Lawrence Bacow)学長は声明の中で、「ハーヴァードは今後も、世界中のあらゆる階層の人々が集う活気あるコミュニティであり続けるだろう」と述べます。ヒューストン(Houston) にあるライス大学(Rice University) のレジナルド・デロッシュ学長(Reginald DesRoches) は、この判決に「非常に失望している」としながらも、多様性を追求することに「これまで以上の決意を固めている。法律は変わっても、ライスの多様性へのコミットメントは変わらない。」と彼はキャンパスメッセージで述べています。

College of Holy Cross

人種を考慮した入試を維持するよう裁判所に要請する大学は、イェール(Yale University)、プリンストン(Princeton University)、コロンビア(Columbia University)、ノートルダム(Notre Dame University)、ホーリークロス(College of Holy Cross)で、ハーヴァードとノースカロライナの入試計画を擁護する準備書面を提出しています。

【風物詩】積極的差別是正措置(Affirmative Action) その七 社会的影響

アメリカではすでに9つの州では、公立大学の入試において人種を考慮することを禁止しています。カリフォルニア州、ミシガン州、ワシントン州などでは、高等教育における積極的差別是正措置が廃止されたため、これらの州の主要公立大学ではマイノリティの入学者が激減しました。他にも人種を考慮することを禁止する州はあります。 アリゾナ州、フロリダ州、ジョージア州、ネブラスカ州、ニューハンプシャー州、オクラホマ州です。2020年、カリフォルニア州の有権者は、積極的差別是正措置の復活を求める投票法案をあっさり否決しました。

今回の最高裁の決定は、高等教育だけでなく、全米最初で最古の公立学校であるマサチューセッツ州のボストン・ラテン高校(Boston Latin School)、ヴァジニア州のトーマス・ジェファーソン高校(Thomas Jefferson High School)、ニューヨーク州のブロンクス科学高校(Bronx High School of Science)などの初等・中等教育選抜校にも波紋を広げ、全米に波紋を広げることになりそうです。

Boston Latin School

最終的には、National Football League(NFL)のすべてのコーチ採用決定においてマイノリティ志願者を考慮することを義務づけるルーニー・ルール(Rooney Rule)から、雇用や昇進の決定、学校や職場におけるDEI(Diversity, Equity & Inclusion)プログラムなど、国の経済、教育、社会生活のあらゆる側面に影響が及ぶことが予想されます。ハーヴァード大学のランダル・ケネディ(Randal Kennedy)教授は、「私たちは今後30年間、この問題について戦い続けることになるだろう」と語ります。

Boston Latin School founded in 1635

カリフォルニア大学のカラベル氏は、すでに雇用に関する訴訟が係争中であり、「この判決の論理からすれば、裁判所が定義する人種差別は雇用においても禁止されることになると思います」と指摘しています。ハーヴァード大学の共同弁護人であるビル・リー(Bill Lee)は、昨年秋にニュース社NPRのインタビューで、「この判決は、国全体、教育機関、業界全体にパンドラの箱(Pandora’s box)を開けることになるでしょう」と語っています。

【風物詩】積極的差別是正措置(Affirmative Action) その六 大学の見解

ノースカロライナ大学は、1955年まで黒人の学部生を受け入れませんでしたが、連邦裁判所の命令によって変更します。これとは対照的に、ハーヴァード大学は1978年、最高裁が同校の人種への配慮を、多様な学生を確保するために同校が拠り所とする他の特徴に類似するものとして引用し、差別是正措置プログラムのモデルとなりました。つまり、地理的条件や農家育ちであること、科学からスポーツまであらゆる分野で特別な業績があること、いわゆるレガシー学生であること、ハーヴァード大学同窓生息子や娘であること、などを考慮するというものです。

実際、差別是正措置が廃止されたところでは、マイノリティ、特にアフリカ系アメリカ人の入学者が激減しているのが現実です。2016年と2017年にカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)の学部長代理を務め、現在はニューヨーク大学(New York University)法学部のメリッサ・マーレイ(Melissa Murray)教授は次のようにコメントします。「アフリカ系アメリカ人の学生数がすぐに減少したのは、入試方針の変更と同時に、アフリカ系アメリカ人の学生がそのような状況下でバークレー校に行きたがらなかったことが重なったのだ」と彼女は言います。「人々はスポットライトを浴びたくないのです。数には一種の安心感があり、そのような状況下で学生を募集するのは、非常に困難でした。」

University of California, Berkeley

バークレー校のジェローム・カラベル(Jerome Karabel)教授は、「この問題は、国家の安全保障に関わる問題であるため、非常に微妙である」といいます。同様の論理が、マイノリティを採用しようとする警察にも適用される可能性があり、事実上白人だけの部隊が黒人の多い町を取り締まることにならないようにするためである、とカラベル教授は指摘します。しかし、全米の大学にとって、多様性はもはや人種を考慮する理由としては受け入れられないだろうという見方をします。

積極的差別是正措置(Affirmative Action) その五 少数派の反対意見

30年間、積極的差別是正措置を推進してきたコロンビア大学(Columbia University)のボリンジャー学長(Lee Bollinger)は、この判決について「悲劇的な気分だ」と語り、「この国は、公民権の偉大な時代を継続するか、それとも “もう十分長いことやってきたから、まったく新しいアプローチが必要だ “という別の見方をするかの二者択一を迫られているように感じる。今は第二の選択だ。」

最高裁判事

この意見は、初のラテン系最高裁判事であるソニア・ソトマイヨール(Sonia Sotomayor)の反対意見と呼応しています。「裁判所は、民主的な政府と多元的な社会の基盤である教育における人種的不平等をさらに根付かせることによって、憲法が保障する平等保護を破壊する」と彼女は主張します。最高裁初の黒人女性判事であるケタンジ・ジャクソン(Ketanji Jackson)も、次のように述べます。「今日、多数派は、”色覚異常はすべての人に “と、法的措置によって宣言した。しかし、法律において人種を無関係とみなすことは、人生において人種を無関係とすることにはならない。」

ホワイトハウスからは、ジョー・バイデン(Joe Biden)大統領が、裁判所の判決に「極めて強く同意しない」と述べ、大学に対し、判決を「最後の言葉」にするのではなく、多様性を実現する他の道を模索するよう促しました。保守派とリベラル派の分裂に加え、積極的差別是正措置をめぐる争いは、有色人種である3名の裁判官の間の深い溝を示しました。ホワイトハウスでカメラの前に現れたバイデンは、全米の大学について「彼らは、アメリカ全体を反映する多様な背景と経験を持つ学生を確保するというコミットメントを放棄すべきではない」と述べ、大学は受験生が「克服した逆境」を評価すべきだと語りました。

ウィスコンシン大学キャンパス

ドナルド・トランプ(Donald Trump)前大統領とバラク・オバマ(Barack Obama)前大統領は、この高裁判決について全く異なる見解を示しています。現在、共和党の大統領選の最有力候補であるトランプ氏は、自身のソーシャル・メディア・ネットワーク(SMN)で、「並外れた能力を持ち、わが国の将来の偉大さを含め、成功に必要なあらゆるものを備えた人々が、ついに報われることになった」と書き込んでいます。

【風物詩】積極的差別是正措置(Affirmative Action) その四 多数派の賛成意見

長年、積極的差別是正措置というプログラムを批判してきたジョン・ロバーツ(John Roberts) 最高裁長官は、全米の大学は入試において人種差別のない基準を用いなければならないとし、多数派の判決を下したのです。ロバーツ長官は、「多くの大学はあまりにも長い間、個人が克服した課題でも、築き上げたスキルでも、学んだ教訓でもなく、肌の色を基準とするという誤った結論を下してきた。我々の憲法の歴史は、そのような選択を容認していない」と主張します。ロバーツ長官は、2003年に積極的差別是正措置の合憲性を再確認した裁判所の判決を指摘し、「当時裁判所の代弁者であったサンドラ・オコナー(Sandra Day O’Connor) 判事が、将来のある時点で終止符を打つ必要があると示唆していたことを指摘していた。その時が来たのだ。」と語ります。

差別是正措置賛成派

全米で二人目の黒人判事で以前から差別是正措置の廃止を訴えていたクラレンス・トーマス(Clarence Thomas) 判事は、今回の判決について、「大学の入学者選抜方針は、無軌道で人種に基づく優遇措置であり、入学者層に特定の人種が混じるように設計されている」と述べます。トーマス判事は、これまでと同様に積極的差別是正措置は、マイノリティに汚名を着せるものであるという長年の見解を繰り返します。「私も人種と差別に苦しむすべての人々に降りかかった社会的・経済的被害を痛感しているが、私はこの国がすべての人は平等につくられ、平等な市民であり、法の下では平等に扱われなければならない、という原則に従うことを永続的な希望として抱いている」とも主張します。

差別是正措置反対派

ですが、最高裁は、大学入試における人種的配慮への扉を完全に閉したわけではありません。ロバーツ長官が言うように、「この決定は、人種がその人の人生にどのような影響を与えたかについて、大学が志願者の意見を考慮することを禁止するものと解釈されるべきではない。」さらに最高裁は、アメリカ陸軍士官学校(Military Academy) は特に、国家安全保障上の利益のために、差別是正措置を継続できる可能性を残すとしています。

反積極的差別是正措置の活動家であるエドワード・ブラム(Edward Blum) は、1965年に制定された画期的な投票権法から高等教育における差別是正措置に至るまで、何十年もの間、あらゆることに反対してきた十字軍といわれた人物ですが、人種優先を理由にいくつかの企業の取締役会に異議を唱えることを計画しており、マイノリティの奨学金プログラムやフェローシップ・プログラム(Fellowship Program)に異議を唱える他の計画も持っているといいます。ブラムは、ハーヴァード大学とノースカロライナ大学というエリートとしての知名度の高い大学を法的ターゲットに選んだようです。

【風物詩】積極的差別是正措置(Affirmative Action) その三 ハーヴァード大学とノースカロライナ大学

アメリカ連邦最高裁判所の判決内容に戻ります。長年の伝統を覆し、最高裁はハーヴァード大学とノースカロライナ大学における人種差別を考慮した積極的差別是正措置(Affirmative Action)を事実上違法と判断しました。イデオロギーによって意見が分かれる中、保守派6名の判事を擁する大法廷は、積極的差別是正措置とは、民族や人種や出自による差別と貧困に悩む被差別集団の進学や就職や職場における昇進において、特別な採用枠の設置するというものです。ハーヴァード大学とノースカロライナ大学は、それぞれ米国最古の私立大学と公立大学です。

Harvard Yard

この判断は、長年支持されてきた数十年の判例を、共和党が任命した判事を含む最高裁の少数派によって覆されたものです。この判決により、公立・私立を問わず、大学やカレッジは、入学資格を持つ志願者の中から、どの志願者を入学させるかを決定する際に、多くの大学が現在でも必要だと主張している人種を考慮する、ということが難しくなります。

University of North Carolina at Chapel Hill

この判決は、女性が人工妊娠中絶を受ける権利が憲法で保障されるプライバシー権であると訴えたロー対ウェイド裁判(Law vs. Wade)を覆した昨年の重大な中絶判決と同様、長年の保守派の法主張が実現したことを示すものです。今回は人種差別を考慮した入学者選抜計画が憲法に抵触し、ほとんどすべての大学がそうであるように、連邦政府から資金援助を受けている大学にも適用されると認定しました。これらの大学は、特に志願者の人種を考慮する傾向が強いトップ校を中心に、入試方法の見直しを迫られることになります。ウィスコンシン大学マディソン校(University of WIsconsin-Madison)のジェニファ・ムヌーキン総長(Jennifer Mnookin)も入試方法を再検討すると表明しています。

合衆国大統領には最高裁長官を指名し、連邦上院の助言と同意を得て任命する強権が与えられています。最高裁は長官と8人の陪席判事で構成されます。最高裁は、人工中絶や同性結婚、銃規制など様々な社会的争点が判断され、国民生活の多岐にわたり影響を与える判断を示します。最高裁判事の構成は個々の大統領の任期を超えて、長くアメリカの社会に影響を及ぼしています。v