心理学のややこしさ その十六 「バーナム効果」

新宿駅前には、夜になると必ず辻占いが坐って、通りがかりの人の「相談相手」になっています。使うテクニックはいろいろあるでしょうが、既述した人の血液型や体型をみてなんらかの託宣をしているはずです。以下はその例です。

「あなたはB型だから好奇心旺盛で社交的でしょう」、と占いが言ったとします。ですが、B型以外にも社交的な人はAB型もO型にもいるはずです。
・「何か最近悩みことがあるようですね」、と占いが言ったとします。しかし誰にでもなんらかの悩みはあるものです。

こうした誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす表現を、自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象を「バーナム効果(Barnum effect)」といいます。占い師とか占星術師はこの効果を「勉強」しています。

「バーナム効果」の命名者はアメリカの心理学者ミール (Paul Meehl) です。彼は1960年代に活躍した興行師のバーナム(Phineas Barnum)がよく使っていた言い回し、「We’ve got something for everyone.」 “誰にでも当てはまるものがある” という言葉に因んで名付けたといわれます。バーナムは相当の興行主として活躍します。やがて「地上最大のショウ(The Greatest Show on Earth)」でサーカス業界初の興業列車を立ち上げるほど全米で人気を博したようです。

誰にでも該当しどうにでもとれることを、自分だけに当てはまる極めて正確な内容だと思い込んでしまう心理的な現象を逆手にとり、辻占いや詐欺師らはビジネスに結びつけています。

心理学のややこしさ その十五 ホーソン効果

アメリカはイリノイ州のWestern Electricという会社のホーソン工場(Hawthorne Works)で、労働者の作業効率の向上を目指すための調査から発見された現象です。ホーソン工場において調光が生産性に与える影響を調べていたところ、「生産性に関する実験を行っている」ことが被験者に知らされていただけで、光が明るかろうが暗かろうが生産性が上がるという結果になったというのです。

被験者となった働く人々は「見られている」と感じることによって「生産性の低い人間に見られたくない」という心理も働いて、実験条件によらず生産性が上がったというのでホーソン効果(Hawthorne effect)と名付けられました。

この調査は1924年から1932年に行われ、工場の何を改善すれば一番効果的かを調べることを目的とたのですが、労働者への環境や上司が関心を高めることが、工場内の物理的な環境を変えることよりも働く上では効果のあることが判明します。こうした結果を報告したのはHenry  Landsbergerという人です。

ホーソン効果は、プラセボ(placebo)と呼ばれる偽薬の効果にもあてはまりそうです。偽薬を飲んでいると本物の薬のように効果があると被験者が答える場合です。「Placebo」とはもともとラテン語で「私は喜ばせる」という意味だそうです。薬治療を受ける者が信頼する医師などに期待されていると感じることで、行動の変化を起すなどして、結果的に病気が良くなる、あるいは良くなったように感じる、さらには良くなったと医師に告げる現象をいいます。

心理学のややこしさ その十四 ハロー効果とソーンダイク

「ハロー効果(halo effect)」という言葉が初めて用いられたのは、アメリカの心理学者ソーンダイク(Edward Thorndike) が1920年に書いた論文「A Constant Error in Psychological Ratings」といわれます。この論文はネット上にありますのでそれを調べてみました。「halo」とは聖人の頭上に描かれる光輪のことで、動詞では「光輪で取り囲む」という意味です。新約聖書の中の主の祈り(Lord’s Prayer)の一節に「Hallowed Be Thy Name」というのがあります。「御名が崇められますように、御名に光が輝きますように」という意味です。「Hallowed」は「halo」から由来した単語です。

「ハロー効果」に戻ります。ある分野の専門家がいたとして、周りの者が専門外のことについても権威があると感じてしまうこと、あるいは外見のいい人が信頼できると感じてしまうことがその例です。ハロー効果というのは、良い印象からは肯定的な受けとめかたをしてしまう、逆に悪い印象から否定的にとらえてしまうことがあるというのです。

「ハロー効果」の代表は、コマーシャルに現れています。良いイメージの有名人やタレントがある商品の広告に登場すると、その商品やサービスを知らなくても良いイメージを視聴者に与えます。逆に、そのタレントが不祥事を起こしたりすると、商品の価値は何ら変わらないのに購入意欲が削がれたりします。「ハロー効果」の代名詞は後光効果というわけです。

心理学のややこしさ その十三 百科全書とフランス革命後

残念ながら八王子市立図書館に「百科全書」はありません。というわけでネット上で大阪府立中央図書館の「フランス百科全書 図版集」を観ながら西周の気分に浸っております。

西周を大いに触発したフランスの「百科全書」の特色です。知識の秩序と関連づけ、有益な工芸の既述、さまざまな分野の学者や技術者の協力、諸知識を具体的に結びつける工夫として、各項目に参照項目を多用しています。工芸の既述はディドロが最も力を注ぎ誇りとしたとあります。直接職人の仕事場で職人から説明を受けたようです。多くの版画によるイラストを多用していることからもそのことが伺えます。

百科全書は、ドイツやフランスでは発禁されるのですがスイスやイタリアでは好評を博し、再版がでたそうです。「岩波哲学・思想事典」によれば、ロシアの女帝エカチェリーナ二世(Katharina II)は当時ヨーロッパで流行していた啓蒙思想の崇拝者で、全書の刊行で困難に陥ったときディドロに支援を差し伸べたというエピソードもあります。ディドロも招かれたサンクトペテルブルク(Saint Petersburg)を訪問したほどです。

百科全書では当時の時代精神が語られ、その中心的な努力は「国家から法律を」、「道徳から意思の自由を」といった思想が流れています。自然からは精神と神の存在を否定し去るという唯物論的な方向を示すのが全書です。

心理学のややこしさ その十二 百科全書とフランス革命前夜

西周の経歴を調べていくうちに「百科全書」の歴史や内容を知りたくなりました。「百科全書」は西周がオランダ留学中に大きな影響を受けた学術研究書です。この百科は「フランス啓蒙思想の記念碑的な作品」といわれています。1751年から1772年まで20年以上かけて完成した世界で最初の百科事典といえそうです。

1 700年代といえば、ヴォルテール(Francois Voltaire) が「哲学書簡」を、モンテスキュー(Charles de Montesquieu)が「法の精神」を、ルソー(Jean-Jacques Rousseau)が「社会契約論」を発表するなど啓蒙思想の最も華やいだ時期だったといわれます。百科事典はこうした思想家の支持をえて作られます。

当時のフランスの世情ですが、対外戦争の出費と宮廷の浪費などによる財政赤字によって増税が科され、穀物の価格上昇が起こり、失業者が増大します。各地で農民一揆も起こります。アメリカの独立宣言が1776年7月に発せられます。1789年7月14日に、旧体制(アンシャン・レジーム: Ancien regime)支配の象徴とされた「バスティーユ牢獄」 (Bastille) が襲撃されフランス革命が勃発します。

「百科全書」の編集は大変な作業だったことが伺われます。内容が盗用であり絶対主義的権威の否定や人間精神の解放を基本にしているとしてイエズス会から弾圧を受けます。執筆過程では、パリ大学神学部の三名の学者から校閲を受けるという条件がついたり、さらに国王顧問会議は全書の全面発禁を命じたりします。しかし、啓蒙思想が広まるにつれ旧体制の弱体化や教会権力の後退などにより、発刊が認められていきます。