心理学のややこしさ その二十三 エビングハウスと記憶術

エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)の記憶に関する実験は独特です。それは、自分自身を被験者としたことです。彼の実験はまず単語リストを記憶し、そのうちいくつを思い出せるかをテストします。その際、連想が働くのを避けるために、単語は「無意味綴り」、例えばCBXとかLKRなどとします。

エビングハウスは次のような結論に達します。
1 記憶したことを忘れるのは、最初の9時間の間に急速に進行する。
2 一度覚えて忘れた項目は始めて学ぶ項目よりも早い時間で再学習される。
3 十分に学習された素材は、それだけ長く記憶に残る。
4 有意味は事象は不規則で無意味な事象に比べて10倍くらい以上の時間、記憶される。
5 ある物の系列の最初と終わり近くの項目は最も簡単に覚えられる。
6 間隔をおいてより長い時間繰り返された学習は、どんな主題に関しても記憶力の向上をもたらす。

ある素材を学習し、それを一時間聞く中で記憶に焼きつければ、私たちはそれをずっと長い時間覚えておくことができるばかりか、想起するのもはるかに早くなるとエビングハウスはいいます。

心理学のややこしさ その二十二 記憶術と古代ギリシャ人

「記憶」という話題は、古代ギリシャの人々にも大いなる関心事だったようです。記憶の助けとなる特定の単語や詩を利用し、ものを覚える技法として記憶術を活用していたといわれます。記憶術は英語で「mnemonics」。その語源はギリシャ神話(Greek mythology)に登場する女神ニーモシュネ(Mnemosyne)にあります。記憶術はまたの名を「Art of Memory」ともいわれます。ギリシャ神話は多くの神々が登場する古代より語り伝えられる伝承文化のこととされます。

「記憶トレーニングの父」といわれたのがギリシャの叙情詩人、シモニデス(Simonides)です。彼は、記憶を鮮明に保つ方法は順序や場所と関連付けられた場合のことであるというのです。記憶するには、まずは何かの場所を選ぶ、次いで記憶したい物事のイメージを描く、そしてそれぞれの場所に関連付けていくというのです。これは「座の記憶方法」(mental locations or journeys)と呼ばれています。

「座の記憶」に関するエピソードです。あるときシモニデスはスコーパス(Scopas)という貴族の家に招かれて詩を朗読します。シモニデスが中座したとき、食堂が崩壊しそこにいたものが皆下敷きとなって身元がわからなくなります。シモニデスは、坐っていた人々の位置を順に想い出して一人ひとりの亡骸を見分けたというのです。

近代における記憶の研究は、エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)が端緒であるといわれます。エビングハウスはルター派の商家の家に生まれ、17歳のときボン大学 (Universitat Bonn)で哲学を学びます。1870年に勃発した普仏戦争に従軍し、その後ベルリンへ移り記憶の研究を始めます。1885年に「記憶についてー実験心理学への貢献 (Memory: A contribution to experimental psychology)」という著作を刊行します。

心理学のややこしさ その二十一 「ジャネの法則」

19世紀のフランスの哲学者、ポール・ジャネ(Paul Janet) が考えたものに「ジャネの法則」があります。ジャネは、エコール・デ・ボザール 国立高等美術学校(Ecole nationale superieure des Beaux-Arts)の倫理学の教授を努め、その後ソルボンヌ大学,今のパリ大学(Universite de Paris)で哲学の教授となります。

ジャネはいいます。「主観的に記憶される月日の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価される。」果たしてこれが法則といえるのかどうかは疑問ですが、「もう今年も終わりかぁー、最近はなんだか時間が進むのが早くなった気がする」という言葉はしばしば聞かれますから、年長者の時間感覚はこうしたものかもしれません。ジャネによると、長く生きれば生きるほど、今までの人生と比べて1年の長さが短くなっていくために、体感的に時間の進むスピードが早くなっていくのだそうです。

ジャネの法則の話を聞いて思うことがあります。これまで経験した事柄が多く、刺激が理論上は減るということです。だから体感時間が短くなるという帰結です。しかし、働いているときは、同じようなことの繰り返しが続き時間の経過に鈍感ではなかったかという思いがやってきます。

思うに、長く生きれば生きるほど好奇心が高まる経験を心掛けるべきでしょう。好奇心というのは生きる事の質的な向上のための大事な補正要素であることです。時間とか時というものは、質と量の二面があります。無為に過ごしがちになると時間の経過は早く感じられます。大人になり好奇心が無くなるとは、人生の意味という積分の値の上昇が停まることです。

心理学のややこしさ その二十 「パーキンソンの法則」

英国の歴史学者シリル・パーキンソン (Cyril N. Parkinson)が1957年に提唱したことに「パーキンソンの法則(Parkinson’s Law)」があります。今回はこの法則が世に出た経緯を紹介します。

パーキンソンはケンブリッジ大学 (University of Cambridge)で海軍史を学び卒業後、士官となります。その後King’s College London,王立海軍大学 (Royal Naval College)で教官となります。やがてロンドン大学(University of London)のKing’s Collegeで学位を取得します。

1950年にはクアラルンプール (Kuala Lumpur)にあるマラヤ大学(University of Malaya)の教授として歴史を教えます。その頃、パーキンソンはシンガポールなどにおいて多数講演し、それを下敷きにして「Parkinson’s Law And Other Studies in Administration」という本を著します。当時マレーシアはイギリスの統治下にありましたが1957年8月に独立を果たします。

「パーキンソンの法則」でよく知られているのは「役人の数は、仕事の量とは無関係に増え続ける」というフレーズです。役所だけでなく会社でも、放っておくと自然に仕事の量とは無関係にスタッフの数が増えてしまうという指摘です。

「仕事は、完遂するように指示された時間を満たすまでふくれる」(Work expands to fill the time available for its completion.)とも言います。どういうことかというと、ある仕事をやるために用意された時間はいくら余裕があっても締め切りギリギリになるという意味です。「まだ時間があるから明日にするか」と先延ばしにしがちだということです。子供も夏休み中に宿題を毎日少しずつやろうと思ってはいても結局夏休みの最後に慌ててやる…このことです。

パーキンソンはさらに言います。「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」Expenditure expands to spend income available.)「あればあるだけ使ってしまう」という意味です。食事の場合でもテーブルに料理などがあるときは、残さず食べてしまうわけです。

心理学のややこしさ その十九「ウィンザー効果」

「あそこの眼科は腕がよいので人気がある」、「ここの寿司は安く美味い」と友人から勧められることがあります。私も情報を持っていないときは、友人に助言を求めることが多いです。

商品の評価は客にしてもらうのがよいようです。そのほうが信頼できます。本人より第三者の情報や評価のほうが人に与える影響は大きいようです。自分でアピールしたものにはあまり信憑性が伴いません。

「伯爵夫人はスパイ (The Spy Went Dancing)」というミステリー小説の登場人物にウィンザー伯爵夫人がいます。彼女はあるとき「第三者の誉め言葉がなんといっても一番効果があるのよ。それを忘れないでね。」と言ったのがウィンザー効果(Windsor Effect)の由来とされています。

ついでながら「伯爵夫人はスパイ」のあらすじです。元モデルのアメリカ女性、アイリーン(Irene)はCIAのスパイ。第二次大戦中ナチスの活動を探る任務についていました。やがて若いハンサムなスペイン人伯爵と出会い結婚、スパイ稼業から足を洗います。そしてヨーロッパ上流貴族社会で確固たる地位を獲得する伯爵夫人におさまります。あるとき、NATOの米軍高官が軍事機密をソ連に流しているらしいので、見つけ出して欲しいと依頼されるのです。友人ウインザー公爵夫人の協力を得てアイリーンは怪しい男を追うという物語です。

心理学のややこしさ その十八 「十二人の怒れる男」

アメリカの心理学者ソロモン・アッシュ(Solomon Asch)が行った実験です。一人の被験者が実験室に呼ばれます。そこに他の被験者を装った六人の仲間、サクラがいます。呼ばれた被験者はそのことを知りません。そして二枚の絵に描かれている線のうちから、見比べて同じ線を選ぶというものです。

六人の仲間は示し合わせたように異なる線を選びます。被験者はその線は違うと思うのですが、七人目の被験者は、他の者が選んだ線をしぶしぶ選ぶという結果となります。その理由は二つあります。第一は、集団が有する規範のような影響 (normative influence)を受けたこと、第二は、集団のほうがより情報を得ていたという影響(informational influence)を受けたことだと結論づけます。

同調実験に似た例が映画にも登場します。「十二人の怒れる男 (12 Angry Men)」というアメリカ映画です。父親殺しの罪に問われた少年の裁判が行われます。法廷には陪審員 (jury) がいて審議します。
法廷に提出された証拠や証言は被告人である少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信しています。全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ただ一人、八番目の陪審員だけが少年の無罪を主張するのです。そして、他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを要求します。

この陪審員の熱意と理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化があらわれ、一人ずつ無罪に傾いて最後は全員無罪という評決をするのです。アメリカの陪審制度の長所と短所を描いた名作といわれます。

心理学のややこしさ その十七 「コンコルド効果」

人が陥りがちな心理現象の一つに「コンコルド効果(Concorde effect)」があります。「わかっているけどやめられない現象」といってもよいでしょうか。例えば金銭的にも時間的にも投資に関して、さらに損することとわかっているにもかかわらず続けること、投資を惜しみながらもやめられない状態のことです。その他パチンコ、競輪や競馬などもその例です。

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「コンコルド効果」の名称は、かつてイギリスとフランスが共同で開発した超音速旅客機コンコルド(Concorde)の商業的な失敗が由来とされます。1969年3月に原型機が初飛行に成功し、1976年1月から定期的な運航を開始します。ですが、騒音およびソニックブームの影響や飛行距離が短いこと、さらに乗客の定員が100人と少なく経済的にも収益が上がらない、燃料費が高騰するなどから2003年10月に最後の営業飛行を行います。

コンコルドの開発には多額の費用を要したといわれます。結局、事業に投下した資金や労力のうち、事業や行為の縮小や撤退によって、資金や労力は無駄となりました。これは「埋没費用効果(sunk cost effect)」とよばれます。金銭や時間的投資を続けることで損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態が「コンコルド効果」と呼ばれました。

我が国にも高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が議論となって久しいです。今となっては、もんじゅだけでなく核燃料サイクル政策自体が見込み違いだったことは否めないようです。福島第一原子力発電所事故を経験し原子力への依存度を下げるなか、長年投資してきた資産をサイクル関連の技術や産業に今後生かすことができるかどうかです。

心理学のややこしさ その十六 「バーナム効果」

新宿駅前には、夜になると必ず辻占いが坐って、通りがかりの人の「相談相手」になっています。使うテクニックはいろいろあるでしょうが、既述した人の血液型や体型をみてなんらかの託宣をしているはずです。以下はその例です。

「あなたはB型だから好奇心旺盛で社交的でしょう」、と占いが言ったとします。ですが、B型以外にも社交的な人はAB型もO型にもいるはずです。
・「何か最近悩みことがあるようですね」、と占いが言ったとします。しかし誰にでもなんらかの悩みはあるものです。

こうした誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす表現を、自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象を「バーナム効果(Barnum effect)」といいます。占い師とか占星術師はこの効果を「勉強」しています。

「バーナム効果」の命名者はアメリカの心理学者ミール (Paul Meehl) です。彼は1960年代に活躍した興行師のバーナム(Phineas Barnum)がよく使っていた言い回し、「We’ve got something for everyone.」 “誰にでも当てはまるものがある” という言葉に因んで名付けたといわれます。バーナムは相当の興行主として活躍します。やがて「地上最大のショウ(The Greatest Show on Earth)」でサーカス業界初の興業列車を立ち上げるほど全米で人気を博したようです。

誰にでも該当しどうにでもとれることを、自分だけに当てはまる極めて正確な内容だと思い込んでしまう心理的な現象を逆手にとり、辻占いや詐欺師らはビジネスに結びつけています。

心理学のややこしさ その十五 ホーソン効果

アメリカはイリノイ州のWestern Electricという会社のホーソン工場(Hawthorne Works)で、労働者の作業効率の向上を目指すための調査から発見された現象です。ホーソン工場において調光が生産性に与える影響を調べていたところ、「生産性に関する実験を行っている」ことが被験者に知らされていただけで、光が明るかろうが暗かろうが生産性が上がるという結果になったというのです。

被験者となった働く人々は「見られている」と感じることによって「生産性の低い人間に見られたくない」という心理も働いて、実験条件によらず生産性が上がったというのでホーソン効果(Hawthorne effect)と名付けられました。

この調査は1924年から1932年に行われ、工場の何を改善すれば一番効果的かを調べることを目的とたのですが、労働者への環境や上司が関心を高めることが、工場内の物理的な環境を変えることよりも働く上では効果のあることが判明します。こうした結果を報告したのはHenry  Landsbergerという人です。

ホーソン効果は、プラセボ(placebo)と呼ばれる偽薬の効果にもあてはまりそうです。偽薬を飲んでいると本物の薬のように効果があると被験者が答える場合です。「Placebo」とはもともとラテン語で「私は喜ばせる」という意味だそうです。薬治療を受ける者が信頼する医師などに期待されていると感じることで、行動の変化を起すなどして、結果的に病気が良くなる、あるいは良くなったように感じる、さらには良くなったと医師に告げる現象をいいます。

心理学のややこしさ その十四 ハロー効果とソーンダイク

「ハロー効果(halo effect)」という言葉が初めて用いられたのは、アメリカの心理学者ソーンダイク(Edward Thorndike) が1920年に書いた論文「A Constant Error in Psychological Ratings」といわれます。この論文はネット上にありますのでそれを調べてみました。「halo」とは聖人の頭上に描かれる光輪のことで、動詞では「光輪で取り囲む」という意味です。新約聖書の中の主の祈り(Lord’s Prayer)の一節に「Hallowed Be Thy Name」というのがあります。「御名が崇められますように、御名に光が輝きますように」という意味です。「Hallowed」は「halo」から由来した単語です。

「ハロー効果」に戻ります。ある分野の専門家がいたとして、周りの者が専門外のことについても権威があると感じてしまうこと、あるいは外見のいい人が信頼できると感じてしまうことがその例です。ハロー効果というのは、良い印象からは肯定的な受けとめかたをしてしまう、逆に悪い印象から否定的にとらえてしまうことがあるというのです。

「ハロー効果」の代表は、コマーシャルに現れています。良いイメージの有名人やタレントがある商品の広告に登場すると、その商品やサービスを知らなくても良いイメージを視聴者に与えます。逆に、そのタレントが不祥事を起こしたりすると、商品の価値は何ら変わらないのに購入意欲が削がれたりします。「ハロー効果」の代名詞は後光効果というわけです。