認知心理学の面白さ その三 発達心理学とブルーナー

なぜか日本では認知心理学は好感を持たれる印象を受けます。発達心理の分野でもそうです。その理由は、人特に子供の理性とか理解、記憶などに必要とされる知恵や技能は、保護者や教師、同年代の子供とすごした経験に由来するという理論によるのではないかということです。レフ・ヴィゴツキー (Lev Vigotsky)はそうした立場の心理学者です。人間の発達は文化的、対人的、個人的という三つのレベルにあるとし、特に文化的と対人的を重視するのです。ヴィゴツキーは、子どもは非理性的ながら環境に働きかける力を持って生まれてくる、つまり主体的なものとして生まれ、環境に働きかける能力を持ち、しかも、環境から応答を引き出しそれを内面化して次第に成長するという立場をとります。

本題ですがジェローム・ブルーナー (Jerome Bruner)という発達心理学者は、子供は能動的な体験を通して物事を学ぶび、誰かが指導するとは、単に相手になにかを伝えることではなく、参加するように相手を励ますことだと主張します。ブルーナーはポーランドからのユダヤ系の移民の子としてアメリカで育ち、ハーヴァード大学から学位を得ます。彼の著書「Acts of Meaning」、「The Culture of Education」によりますと、その発達は子供がそれまで習得した情報によって構造化される過程、(scaffolding to describe the way children often build on the information they have already mastered)なのだという考え方です。

ブルーナーは、学習には三つの形があるといいます。第一は経験による学習(action-based)、第二は知覚による学習(image-based)、第三は言葉を通じての学習 (language-based)という考え方です。どれも実体験によること、表象を通した題材、そしてシンボルによる言語化といったことです。

認知心理学の面白さ その二 移民の歴史とレオン・フェスティンガー

心理学の専門家を調べると、多くの学者はヨーロッパからアメリカへの移民の背景があることがわかります。第二次大戦を前にして、ヨーロッパの政情や社会情勢が研究を妨げていたことがわかります。特にユダヤ系の人々はそうです。科学と同様に心理学や社会学者が新大陸に渡ります。

Clocktower Building University of Otago Dunedin New Zealand

社会心理学者の一人にレオン・フェスティンガー(Leon Festinger) がいます。両親はロシア系のユダヤ人でフェスティンガーはニューヨークで生まれます。アイオワ大学 (University of Iowa)でクルト・レビン(Kurt Lewin)の指導で学位をとり、「認知的不協和」(cognitive dissonance) という理論を発表します。

「認知的不協和」とは難しそうな用語ですが、かいつまんで解説してみます。私たちは日常のルーティンを繰り返しています。それが破られると居心地の悪さを感じます。習慣的な思考のパタンや信念も同じで、ある自分の強力な見解が、明白な反証に出くわすと心の中で耐え難いほどの一貫性の欠如が生まれます。この居心地の悪さを克服する道は、自分も反証を探し信念を貫くことです。

例を挙げれば、自分が新車を買ったとします。ところが友人が別な会社の車を買います。こちらのほうが燃費が少し良いという状況です。このとき心に一種の動揺が襲います。それを鎮めようと自分の車のほうが良いということの理由を探すのです。自分の車のほうが価格や維持費が安いという反証によって相手の優越に対抗しようとするのです。

認知的不協和は日常の中に様々な形で起こるものです。そうしたときの内的な葛藤は自己の信念や理性によって解決することが大事であることを教えてくれます。

認知心理学の面白さ その一 20世紀の心理学

心理学の歴史は長いのですが、東欧や西欧の人々、特にユダヤ系の人々が心理学の発展を支えてきた経緯が私の興味を引き立ててくれます。このシリーズでは20世紀から遡りながら認知心理学の発展を考えていきます。

20世紀の中葉にかかるとそれまでの心理学界に大きな変化が生まれます。当時の二つの流れであった精神分析的なアプローチと行動主義アプローチが認知心理学の考え方によって脅かされていきます。精神分析の分野では、それに代わるようなモデルは現れませんでした。精神分析の基本的な観念や無意識の研究は、その心理療法にも共通していたといえます。

ROSER 4 (Chip)

しかし、それまでの心理療法に疑問を投げかけたのはアーロン・ベック (Aaron Beck)です。彼はロシア系ユダヤ人の移民の息子でした。精神分析療法は人の無意識を掘り下げ、今生じている疾患を解消しようとします。他方、認知療法は人々が自身の経験をどう知覚しているかを検討することを重視します。ベックの認知療法は、その知覚がどれほど歪んでいるかを人々が認識し、その状況を評価するうえでの最も合理的だ様々な可能性を秘めた考え方を見いだす助けを示します。例えば仕事で地方への転勤話を持ちかけられたとき、「単身赴任はいやだ、家族は反対する。」と否定的な考えを口にしがちです。状況が不安や不幸へと導くとされます。しかし、転勤話をもっと合理的に考える道は、たとえばそれを挑戦の時とか自分の能力を発揮する機会だ、と前向きにとらえるのです。

認知療法は精神科医であるヴィクトール・フランクル(Victor Frankl)などによって発展されます。彼はアウシュビッツ収容所を生き抜き「時代精神の病理学」、「夜と霧」の著作でロゴセラピー (Logotherapy) を提唱します。ロゴセラピーでは、人は実存的に自らの生の意味を追い求めており生活状況の中で「生きる意味」を充実させることが出来るように援助することといわれます。