アメリカ大陸(北米大陸)はクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)の航海以前に何度かにわたって発見されていたようです。コロンブスが上陸した時、彼は「新大陸 (New World)を発見した」と思ったかもしれません、アジア系のモンゴロイド(Mongoloid)から派生してきた人種が住んでいたといわれます。こうした人々は2万年から3万5千年前に定住し、その後アジア大陸からベーリング海峡(Bering Strait)を通ってアメリカ大陸に移住してきます。ヨーロッパ人が最初に到達する以前にこうした先住民族は一般にインディアン(Indians)と呼ばれ、大陸の様々な地に定住していました。
ウクライナにおけるオレンジ革命やマイダン運動の余波で、2014年3月初旬からロシアを後ろ盾とする反政府の分離主義グループが、ウクライナのドネツィク州(Donetsk)とルハーンシク州(Luhansk)(ドンバス)で抗議行動を起こします。これらのデモ活動はロシアによるクリミアの併合を受けてのもので、ウクライナ南部と東部におよぶ広域な親露派の同時抗議の一環でありました。これが激化してドネツィク人民共和国(Donetsk People’s Republic)とルハンシク人民共和国(People’s Republic of Lugansk)を自称する分離主義勢力とウクライナ政府側との武力衝突に発展します。これがドンバス戦争(War in Donbass)です。当初の抗議行動は、主にウクライナ新政府に対する国内不満を表明するものでしたが、ロシアが親露派を利用してウクライナに対する組織的な政治活動および軍事行動を開始した事案とされています。
1798年に、詩人・作家であるイヴァン・コトリャレーウシキー(Ivan Kotliarevsky)が、ウクライナ語の口語で書かれたパロディー叙事詩「エネイーダ」(Eheida)を刊行します。この書物は、近代ウクライナ文学の基盤となり、後に「ウクライナ学大事典」とも呼ばれていきます。1846年、ウクライナの愛国主義者がキーウで秘密結社、キュリロス・メトディオス協会(Brotherhood of Saints Cyril and Methodius)を結成します。その指導者は、歴史家のニコライ・コストマロフ(Nikolay Kostomarov)、パンテレイモン・クリッシュ(Pantelejmon Kulisch)やウクライナを代表する詩人で前述したタラス・シェフチンコらです。彼らは社会運動家で農民の啓蒙と革命運動への組織化を促進するナロードニキ(Narodniks)とも呼ばれました。
この公国はキーウ・ルーシ(Kiev-Rus)と呼ばれ、バリヤーク(Varangians)出身の公を宗主とします。ルーシは国際貿易を促進し、ドニプロ川によってバルト海から東ローマ帝国といわれるビザンチンを結んで発展します。その戦略的拠点となったのがキーウです。こうした征服者はやがてスラブ化し、ビザンチンからキリスト教を受け容れていきます。ウラジミール一世(Vladimir I)はバリヤークの王ではなく、スラブ公となります。首都のキーウは、東方正教会の統治化になり、スラブ公は、コンスタンチノープルの総司教によって任命されます。ウラジミール一世の息子、ヤロスラブ(Yaroslav)の治世下で、建築、美術、音楽、旧教会スラブ語(Old Church Slavonic)などが広がり、文学や芸術が発展していきます。ヤロスラブは、ヨーロッパ諸公との姻戚を広げ、友好関係を結んでいきます。さらに現在のベラルーシ、その中心であるポラック(Pololsk)は非常に発展していく地帯となります。ノヴォゴロド(Novgorod)も同様に発展し、やがて北東にあるウラジミール・スーズダル(Ulagimir-Suzdal)という都市が形成され、12世紀からはロストフ・スーズダル(Rostov- Suzdal)公国となります。後にモスクワ(Moscow)へと発展し、後のロシア連邦の中心都市となります。
ボルイン地方(Volhynia)のボルドミヤ(Volodymyr II Monomak)とドニエストル川(Donestre River)の沿岸にガリツィア(Galicia)という2つの公国がありました。ボルドミヤのロマン公(Prince Roman)は、両国を統合し、ガリツィア・ボルドミヤ公国を創始します。そのとき造られた新しい都市がリビュ(Lviv)です。リビュはポーランド、ビザンチン、ハンガリーとの貿易で栄え、大きな富を蓄えていきます。こうして、ウクライナ領内には、ルーシとガリツィア・ボルドミヤ公国が発展し、重要な大都市圏となります。このように11世紀から12世紀にかけて2つの公国は西方や北方へと拡大していきますが、1240〜1241年のモンゴル・タタール(Mongol-Tatar)遊牧騎馬民族の侵略によって滅びます。このモンゴル遊牧政権は「Tatar Golden Horde」と呼ばれ、別名「ジョチ・ウルス」と名乗ります。ローマ帝国終焉の1340年までさまざまな角逐が続きます。
Ukraine on Europe outline map with borders. Political map with Black Sea region and territory of Russia, Crimea, Belarus, Poland and other countries. Earth silhouette isolated on white background.
ヴァージン諸島(Virgin Islands of the United States)は、西インド諸島にあるアメリカ合衆国の自治領です。40位の島々はほとんどが無人島です。住民がおり、一般の観光客が訪れる主要な島はセント・トーマス島(Saint Thomas)、セント・クロイ島(Saint Croix)、セント・ジョン島(Saint John)の3島で、主都はセント・トーマス島のシャーロット・アマリー(Charlotte Amalie)となっています。シャーロット・アマリーは、デンマークの王妃の名前にちなみます。なおヴァージン諸島の東側はイギリス領ヴァージン諸島となっています。
サイパン島(Saipan Island)やテニアン島(Tinian Island)、ロタ島(Rota Island)などの14の島から成るアメリカ合衆国の自治領が北マリアナ諸島 (Commonwealth of the Northern Mariana)です。主都はサイパン島(Saipan)のススペ(Susupe)となっています。グアム島と北マリアナ諸島は別の行政区となっています。