慰安婦問題 その5 日本の公認遊廓

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公認遊廓

日本の売春の歴史は、その時代の社会構造、政治権力、そして経済的な背景と深く結びつきながら変遷してきました。宗教的な意味合いを持つものから、国家による統制、そして戦後の禁止に至るまで、大まかな流れがあります。その一大問題となったのが慰安婦問題です。

 日本の古代から中世にかけては、特定の区画に縛られたものではなく、交通の要衝、問えば宿場や港を拠点とする漂泊の芸能民や交易者が主体でした。古代の売春は、巫女のような神事や呪術的な要素、あるいは歌舞音曲といった芸能とつながる側面がありました。

 平安時代後期から鎌倉や室町時代にかけて、現在の大阪府周辺などの港町や宿場町に「遊女」や「傀儡子(くぐつ)」と呼ばれる人々が集まりました。傀儡子とは、中国語の「傀儡」が「操り人形」を意味することから、現代では「自分の意志を持たず、陰で他人に操られてその通りに動いている人」を比喩的に指す言葉として使われます。この時代はまだ国家による厳格な統制はなく、比較的自由に行き来していました。

 江戸時代に入ると、幕府は治安維持と冥加金という税収の確保、そして社会のコントロールを目的に、売春を特定の区画に隔離して公認する「公認遊廓」の制度を整えました。そして1617年、幕府は江戸の日本橋近くに吉原の設置を許可しました。後に浅草の新吉原へ移転します。同様に、京都下京区の日本最古といわれる花街の島原、大坂の新町遊郭など、主要都市に公認の遊廓が作られました。

歴史文化探訪ラボより引用

 遊廓で働く遊女の多くは、貧困により親などが受け取る契約金を理由とした人身売買に近い形で拘束されていました。一方で、高級遊女である「太夫」や「花魁」は、和歌、書道、茶道などの高い教養を求められる文化の担い手という側面もありました。

 公認遊廓の外でも、宿場町の「飯盛女」や、街中の「岡場所」と呼ばれる非公認の売春地帯が数多く存在し、幕府は寛政の改革など度々取り締まりを行いましたが、完全に根絶することはできませんでした。明治維新によって近代化が進む中でも、江戸時代のシステムを引き継ぐ形で「公娼制度」が維持されました。それと同時に女性解放運動も始まりました。

 1872年にマリア・ルーズ号事件(María Luz)が起こりました。横浜港に停泊中のペルー船籍の船から、清国人の「苦力」が脱走して保護を求めた人道問題です。日本政府は彼らを解放しましますが、この人道的措置に対し、ペルー側は国際法違反であるとして損害賠償を要求し、両国はロシア皇帝アレクサンドル2世(Alexander II) に仲裁裁判を委ねました。1875年、ロシア皇帝は「日本側の処置は正当である」という裁定を下し、日本は全面勝訴をおさめました。

 横浜港での人身売買という国際問題をきっかけに、明治政府は「芸娼妓解放令」を出しました。これにより前借金による人身拘束は無効とされましたが、実質的には呼び名や貸座敷と自由廃業といった形式を変えただけで、公娼制度は実質的に存続しました。

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慰安婦問題 その4 人身売買業者

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人身売買の被害者の中には誘拐されるケースもありますが、多くは勧誘者による海外や別の地域での仕事やその他の利益といった虚偽の約束に誘い出され、自らの意思で地域社会を離れています。さらに、多くの被害者は地域社会で疎外された立場にあり、勧誘者の申し出を、現状から抜け出し人生をやり直すための好機と捉える場合もあります。

 人身売買業者(human trafficker)は、被害者が他国へ移動しやすくするために、偽造パスポートやビザなどの身分証明書類を被害者に提供することがよくあります。しかし、目的地に到着すると書類は取り上げられ、被害者は性産業に従事することを強要されます。強制的な性労働、すなわち性的奴隷状態の最も一般的な形態は売春ですが、ポルノ作品への出演やヌードモデル、ダンサーとしての就労を強要されるケースもあります。

 重要な点として、被害者が国や地域をまたいで移動することは性的人身売買の一般的な手段ではありますが、それが唯一の手段ではないということが挙げられます。被害者は、交際相手、友人、家族、あるいは以前から何らかの関係があった人物によって人身売買の対象とされることもあります。例えば、交際相手の男性が、家賃を稼ぐために自分の友人と有償の性行為を行うよう女性を説得するケースなどが考えられます。

 こうした事例では、人身売買業者が被害者に対し、自らの意思で商業的性行為に参加しているのだと思い込ませるよう、巧みに心理的な操作(grooming) を行っている場合があります。たとえ被害者が同意している、あるいは過去に同意していたとしても性的人身売買は成立し得るため、アメリカ法における性的人身売買の訴追においては、被害者の行為ではなく、人身売買業者の行為が焦点となります。ついでですが、ポン引き(pimp)は主に、売春をする人の元締めとなり、客を周旋して、その稼ぎから利益を搾取する者です。

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慰安婦問題 その3 エイズの蔓延

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アジアや中東の多くの国では、売春は違法とされていますが、実際には広く容認されています。イスラム教徒(muslim)が多数を占める国々の中で、トルコ(Turkey)は売春を合法化し、従事者に対する健康診断制度を設けています。他方、バングラデシュ(Bangladesh)では売春自体は建前上合法ですが、客引きなどの関連行為は禁止されています。

公益法人エイズ予防財団より引用

 アジアの一部の国では、子どもが売春に関与している現状が、そうした行為が違法とされる国々の男性による「セックス・ツーリズム」を助長する要因となっています。中南米の多くの国でも売春は容認されていますが、関連する活動には制限が設けられています。例えばブラジルでは、売春宿の経営、ポン引き行為、および子どもの搾取は違法とされています。

 1980年代、売春に対する認識は、二つの大きな出来事を経て劇的に変化しました。一つは世界的なエイズ(AIDS)の蔓延であり、これにより、売春に起因する公衆衛生上の問題への懸念が高まりました。特にアフリカでは、出稼ぎ労働者を対象とした売春産業が、エイズの急速な拡大の一因となりました。もう一つの重要な動きは、フェミニズム(feminism) の関心が再び高まり、売春をジェンダーに基づく搾取の結果であり、かつその徴候でもあると捉える視点が生まれたことです。こうした認識の変化を反映し、1980年代以降、営利目的の性的活動に従事する人々を指す言葉として、より中立的な「セックスワーカー(sex worker)」という呼称が広く使われるようになりました。

 性的人身売買は多くの国で発生しています。性的およびその他の形態の人身売買が横行している地域として、東南アジア、東欧、サハラ以南のアフリカなどが挙げられます。ストリップクラブやマッサージパーラーといった商業的性サービスに関連する施設は、その業態が社会の周縁に位置していたり​​違法であったりすることが多いため、性的人身売買の温床となりやすい場所です。また、空港やトラックストップなどの交通の要所も、性的人身売買やその他の形態の人身売買が頻繁に行われる場所となっています。

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慰安婦問題 その2 その歴史

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売春に対する認識は、社会によって異なる文化的価値観に基づいています。ある社会では売春婦が公認された職業の従事者と見なされてきた他方で、別の社会では忌み嫌われ、激しく非難され、投石や投獄、あるいは死刑といった罰を科されてきました。売春の客に対して同様の厳しさをもって臨んだ社会はほとんどなく、実際、多くの社会において、客が法的な制裁(repercussions)を受けることはあってもごくわずかか、あるいは全くないのが実情でした。

 Wikipediaによりますと、古代アナトリア(Anatolia)、現在のトルコ周辺の「リュディア」(Lydia)や古代イタリアの「エトルリア(Etruria)」、アルジェリアの「ウレド・ナイル族(Ouled Naïl)では、思春期(puberty)の通過儀礼(rite of passage)や持参金(dowry)を得る手段として少女に売春が求められたこともあり、特定の階級の巫女に売春を義務付けた宗教さえ存在しました。

 古代ギリシャやローマでは、売春婦に対して特徴的な服装の着用と重い税の支払いが義務付けられていました。ヘブライ法(Hebrew law)は売春を禁止してはいませんでしたが、その対象を外国人女性に限っていたといわれます。これらは現代の感覚から見ると極めて驚きですが、当時は女性が自立して結婚資金を確保する手段や豊穣と多産を願う神聖な通過儀礼として、社会的に非難されるどころか、むしろ承認された営みであったことが特徴的です。

 中世ヨーロッパ(Middle Ages)では、教会の指導者たちは、悔い改めた売春婦を更生させ、その持参金を工面しようと試みました。それにもかかわらず、売春は盛んに行われたといわれます。それは単に売春が黙認されていただけでなく、法によって保護・認可・規制され、重要な公的歳入の源泉ともなっていたのです。ヨーロッパ各地の大都市には公認の売春宿(brothels) が設けられました。フランスのトゥールーズ(Toulouse)では、その収益が市と大学の間で分配されていました。またイギリスでは、売春宿は当初ウィンチェスター司教(Winchester)によって、後には議会によって認可されていました。 

時事通信より引用

 現代の感覚からすると、大学や教会、あるいは議会といった公的・倫理的な機関が売春宿の運営や収益に関わっていたというのは信じがたいことかもしれませんが、中世、特に12〜16世紀頃のヨーロッパでは、売春は「社会的秩序を保ち、より大きな大罪や無秩序を防ぐためのもの必要悪」として、公的に認可、管理されるのが一般的でした。

 19世紀後半、西洋社会における様々な変化を背景に、売春を抑制しようとする動きが再燃しました。フェミニズム(feminism)の台頭に伴い、男性の放蕩を女性の地位や身体的健康に対する脅威と見なす人々が増えました。また、プロテスタント諸国における宗教に基づいた新たな道徳主義も影響を及ぼしました。

 1860年代以降、禁酒運動(temperance movement) や女性参政権運動と連携する形で、売春反対運動が活発化しました。売春を目的とした女性人身売買を根絶するための国際的な協力体制は1899年に始まりました。1921年には国際連盟(League of Nations)が「婦人児童売買問題委員会」を設置し、1949年には国連総会が売春の抑制に関する条約を採択しました。

 アメリカにおいて売春の取り締まりは、1910年に連邦法であるマン法(Mann Act)が成立するまでは、せいぜい散発的なものに過ぎませんでした。同法は、不道徳な目的での女性の州間移送を禁止するものでした。1915年までには、ほぼすべての州が、売春宿を禁止したり、売春による収益を規制したりする法律を制定されていました。

 第二次世界大戦後も、多くの西側諸国では売春が禁止され続けましたが、一部の都市では非公式に容認されていました。多くの法執行機関は、売春に伴う犯罪、特に客を標的とした窃盗や強盗の取り締まりを重視するようになりました。また当局は、少女が強制的に売春に従事させられることを防ぐための介入も行いました。現在、アメリカの大部分の地域で売春は違法とされていますが、ネバダ州(Nevada)の一部の郡では合法とされています。

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慰安婦問題 その1 慰安婦とは

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世界最古の職業といわれる売春行為(prostitution) は、今も世界中で見られます。言うまでも無く金銭やその他の金品と引き換えに、無差別な性的行為を行うことです。売春をする者は女性、男性、あるいはトランスジェンダー(transgender)であり、その行為は異性間または同性間で行われることもありますが、歴史的には、売春を行う者の大半は女性であり、客の大半は男性でした。

 売春に関わる人々の呼び方は時代によっていろいろ変化します。売春婦(prostitute)は昔から使われています。女性解放運動から奴隷女性(slave woman)とか性奴隷(sex slaves)が登場し、アメリカでは1920年代にホワイトスレイブ(white slave)という用語が生まれます。最近では、中性名詞のような響きを持つ性労働者(sex worker)と呼ばれるようになりました。

 慰安婦(comfort woman)という言葉が、売春を行う女性、あるいはそのように見なされる女性を指す言葉として広く使われるようになりました。その背景には、1930年代から1940年代にかけての旧日本軍による慰安所の設置と、当時、国が認めていた公娼制度が深く結びついています。1932年の上海事変以降、日本軍は海外の戦地に赴く兵士のために、性的なサービスを提供する施設を公式・非公式に設置し始めました。これが慰安所です。

Comfort Women ウィキペディアより引用

 当時、日本国内や朝鮮半島や台湾などの植民地には、法的・公的に売春が認められている公娼制度が存在していました。軍はこのシステムを海外の戦地にそのまま持ち込む、あるいは現地で利用する形で慰安所を運営したのです。その際、そこで働く女性たちのことを、軍の公文書などで「慰安婦」と呼ぶようになったのが始まりです。つまり、軍隊の慰安所に属し、兵士を対象に性的な接待を行った女性という意味で使われ始めました。

 戦後、この言葉はしばらく一般的な記憶から薄れていましたが、1990年代以降、大東亜戦争中の女性の動員や強制性の有無、人権侵害の歴史的責任をめぐる政治的・社会的な論争、いわゆる従軍慰安婦問題として、再び大きく注目されるようになりました。1990年代、一連の朝日新聞による慰安婦≒女子挺身隊との誤解に基づいた報道がなされ、韓国では、対日感情が悪化していきました。

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嫌煙権論争と慰安婦問題の共通点

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嫌煙権論争と慰安婦問題が似ていると指摘される主な理由は以下の4つの観点から説明されます。

・「被害の告発」と「道徳的優位性」のパラダイム
 両者に共通するのは、それまで社会的に看過されていた、あるいは表面化していなかった被害を当事者が告発することで、議論の主導権が大きく動いた点です。これはパラダイム(paradigm)の転換ともいわれます。特定の時代や分野において、人々が当然のこととして共有してきた物の見方、考え方、認識とか判断の枠組みが変わったのです。

 嫌煙権運動の展開ですが、かつては大人の嗜みとしてどこでも喫煙できた社会に対し、「非喫煙者は煙によって健康や快適さを害されている被害者である」という視点を提示しました。それに対して、慰安婦問題は、戦後長く公に語られなかった歴史に対し、大東亜戦争下での元慰安婦の人々が国家権力や戦時秩序による被害者であるという告発によってクローズアップされました。

 どちらのケースも、「被害者 vs 加害者」という構図が明確になることで、運動側が強い道徳的優位性、いわゆるモラル・ハイグラウンド(moral high ground)を持ち、社会的な支持や法制度、言論の変革を促す原動力となりました。

・「言語の定義」と「主観的アプローチ」を巡る対立
 議論の核心にある言葉の定義や当事者の証言をどう評価するかという点でも、次のような構造的な類似性が見られます。

 まず嫌煙権論争ですが、受動喫煙という言葉の定着が運動を決定づけました。これに対し、反対派や慎重派からは不快感という主観的な問題を、科学的根拠を超えて絶対視していないか、という反論がなされるようになりました。

 次に慰安婦問題です。強制連行や性奴隷(Sex Slaves)といった表現の定義を巡り、日韓両国や研究者の間で激しい論争が続いています。客観的な公文書などの物的証拠を重視する立場と、当事者の記憶や証言の尊厳を重視する立場の対立が続いています。

・メディアによる「正義の二極化」
 どちらの問題も、新聞やテレビなどのメディアが大きく取り上げることで社会問題化し、メディアの論調によって世論が二分されました。報道が過熱し、特定のメディアがキャンペーン的に問題を取り上げることで、それまで関心の薄かった人々にまで関心が広がりました。

 嫌煙権論争と慰安婦問題の議論が深まるにつれ、「健康を守る正義 vs 喫煙の自由を守る権利」、「人権を尊ぶ正義 vs 国益・歴史の真実を守る主張」といった形で、双方がそれぞれの正義を掲げて妥協のない対立に陥りやすい性質を持っています。

・被害の範囲と影響の「不可視性」
 目に見えにくい被害や過去の出来事を現在進行形の課題としてどう扱うかという点も指摘されます。たばこの煙は拡散しやすく、どの程度の拡散が具体的な発がんや疾患に直結したかを個々のケースで完璧に証明することは容易ではありません。ですが全体としての健康上のリスクを根拠に喫煙の規制が進みました。

 慰安婦問題では、過去の大東亜戦争下における精神的・肉体的苦痛は見えにくく、時間が経つほど実態の検証が難しくなります。どのように当事者の精神的傷痕をどのように理解し、その尊厳を回復するかが問われ続けています。

 嫌煙権論争と慰安婦問題が似ていると言われるのは、潜在していた被害の告発が社会の共通認識というパラダイムを塗り替えていくプロセスや、主観的な語りや正義論が先行し、客観的な定義やデータ派との間で激しい感情的かつ論理的対立を生む構造が酷似しているからです。

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嫌煙権論争と慰安婦問題の本質

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嫌煙権(Right to a smoke-free environment) 論争と慰安婦問題は似ているといわれます。その理由を考えてみます。嫌煙権論争の本質は、単なる「タバコの煙が好きか嫌いか」という個人の嗜好の問題ではなく、公共の空間における個人の権利と自由の衝突であり、ひいては法や社会規範が個人の私的行為にどこまで介入すべきか、という対立にあります。

Wikiediaより引用

 嫌煙権論争と慰安婦問題は、一見すると公衆衛生や・マナーと歴史認識・外交という全く異なる分野のテーマです。しかし、社会運動の広がり方、メディアの役割、当事者の語りの扱い、そして対立の構図において、いくつかの共通点や類似性が議論の対象になってきました。

 かつてタバコは「単なる迷惑(マナーの問題)」と捉えられていましたが、科学の進歩によって「受動喫煙による明確な健康被害(加害性)」が証明されたことで、論争の本質がガラリと変わりました。そして嫌煙権論争が生まれます。

 近代社会の基本原則には、「他人に危害を与えない限り、個人の自由は保障される」という危害原理(John Stuart Mill)があります。やがてマナーだった時代からお互い譲り合いましょうという道徳論への発展します。健康被害が証明され、 喫煙が 他者への明確な加害行為とみなされるようになり、嫌煙権側が法的・社会的な規制を求める強力な正当性を得ました。

 嫌煙権論争の本質とは、個人の嗜好の自由が他者の健康と生存の権利を脅かすとき、社会はどちらを優先し、いかに空間を切り分けるべきかという、公衆衛生と個人主義のバランスをめぐる法哲学的、かつ社会的な対立だと言えます。現在では世界的に健康権の優位という形で決着がつきつつあり、論争はいかに実効性のある分煙や禁煙環境を作るかという実務的な段階に移行しています。

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国際卓越研究大学の認定と助成額

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認定制度によって助成される研究費は、国が創設する10兆円規模の「大学ファンド」の運用益から、最長25年間にわたり、1校あたり年間数百億円規模の資金が助成されます。実際の支給額は各大学の事業計画や企業からの研究費などの外部資金の獲得実績に応じて変動します。具体的な助成金は以下の通りです。

 第1号認定となった東北大学は、計画初年度(2025年度)の助成額は約154億円となっています。第2号認定となったのは旧東工大・医科歯科大が合併してできた東京科学大学です。東京科学大学は、2026年4月より体制強化計画を開始しています。第3号認定が決まったのが京都大学です。今年度分として約200億円が助成される見通しです。しかし、助成額は国家予算の115兆円に比べて25年間に渡る一校数百億円規模という認定大学の助成額は、まだまだ少ないと思われます。

 卓越大の「選び方」で重要なのは、各大学が助成金を使って「どう変わろうとしているかという体制強化計画に注目するのが最も本質的です。卓越大に選ばれる、あるいは候補になる大学は、これまでの古い大学構造を壊すような大胆な改革を掲げています。例えば京都大学の計画では、教授を頂点とする従来の閉鎖的な研究室という小講座を廃止し、分野横断的な研究がしやすい「デパートメント制」への移行を明言しています。「風通しの良い環境で、最先端の融合研究がしたい」という場合は、こうした組織改革の進捗が目安になります。 卓越大の認定を受けた京都大学は、卓越大としての全学ビジョンを次のように掲げています。

・自由で独創的な研究による知の創生によって、社会の多元的な課題解決と社会を変革するイノベーションの創出に貢献
・世界のアカデミアを牽引する優れた研究者とグローバルに活躍する高度な専門能力を有する人材を養成と輩出
・国際社会に開かれた総合大学として、世界から多様な人材が集う国際的な知の拠点(ハブ)を形成

 卓越大に選ばれるには、資金の多くを「優秀な若手研究者の育成」や「博士課程の学生への生活費相当の支給など経済的支援に充てる義務があります。若手研究者や院生への支援手厚さで選ばれるのです。

 卓越大は、「国際化」と「民間連携」の度合いで選ばれます。英語での講義や研究環境の構築や、海外トップ大からの研究者招致、企業との大型共同研究が爆発的に増えることになります。世界基準の環境や社会実装に直結する研究を望むなら、間違いなく有力な選択肢になります。

 この制度に選ばれた大学では、世界から優秀な研究者が集まるだけでなく、博士課程の学生に対する授業料免除や給付型奨学金の支給といったサポートが劇的に手厚くなるはずです。若手が経済的な心配をせず、世界最高水準の設備で研究に没頭できる環境が整えられることが期待されます。

 今や東北大、東京科学大、京都大などがリードしていますが、企業などから大学へ支払われる「寄付金」や「共同研究費」の管理をめぐり、過去に複数の不祥事が発生している東京大学も長期にわたる審査が続けられています。各大学の「研究等体制強化計画」は文科省や各大学のウェブサイトで公開されています。日本の大学全体の底上げではなく、「世界で勝てる数校のトップランナーを国を挙げて育てる」という、これまでになく劇的で集中した投資政策、それが国際卓越研究大学といえます。

 現在、中小の大学は、文科省から支払われる運営費交付金が年々減少傾向にあり悩んでいます。卓越大にのみ焦点があてられるのではなく、地域経済や社会と密着に結びつく地方の大学の振興も求められています。こうした大学もまた、日本学術振興会および文部科学省が交付する競争的資金である科学研究費補助の獲得に努力すべきことは当然です。

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国際卓越研究大学は世界に通用するか

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日本の学術界を大きく変えかもしれないといわれる国際卓越研究大学(卓越大- University for International Research Excellence)制度について解説します。卓越大とは、日本から世界トップレベルの研究力を発揮する大学を育てるために、国が新たに創設した研究開発支援の認定制度です

 この認定制度の背景には、近年の国際的な論文ランキングにおいて日本の大学の地位が低下しているという強い危機感があります。海外のトップ大学であるハーヴァードド大学(Harvard University)やスタンフォード大学(Stanford University)などのように、巨額の基金運用益(endowment)を研究環境や人材獲得に投資できる仕組みを日本でも作り、世界に互した研究力の好循環を生み出すことが狙いです。

 認定制度には大きく分けて、以下の3つの特徴があります。第一は、 認定する政府機関です。卓越大を最終的に認定し認可するのは文部科学省です。ただし、文科省が単独で決めるわけではなく、専門家で構成される有識者会が各大学の計画を厳格に審査し、さらに内閣府の総合科学技術・イノベーション会議への諮問や意見聴取を経て、文科大臣が正式に認定する仕組みになっています。

 認定される大学は、巨額の支援を受ける代わりに、大学には非常に高いハードルが課されます。年3%の事業規模の成長が求められます。すなわち企業からの共同研究費など外部資金の獲得や、大学独自の基金を増やすことで、経済的に自立し成長していく計画が求められます。

 次に大学には経営体制であるガバナンスの刷新が求められます。研究と経営を分離し、外部の有識者も交えた「合議制の機関」を設置してトップダウンで迅速な意思決定ができる体制に変えることが求められます。

2025年度の一般会計税収の理由

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2026年7月に発表された一般会計税収の全体的な傾向と金額の目安は以下の通りです。総税収はおよそ84兆2,226億円で前年度の約75.2兆円から大幅増となりました。さらに法人税・所得税・消費税のすべても前年度を上回る好調な結果となりました。なぜこのような過去最高の税収入の増加になったのか?大きな要因は「企業業績の好調」「物価上昇のインフレ」、「賃上げ」の三点といわれます。

 まず法人税の伸びですが、企業業績の好調があります。歴史的な円安の継続や、企業の価格転嫁が進んだこと、さらに訪日外国人の需要の回復などが追い風となり、自動車産業や観光業、大手企業を中心に過去最高水準の純利益を記録する企業が相次ぎました。これにより、企業が納める法人税が大きく上振れしました。

 次に消費税の伸びです。物価の上昇にともない、商品の小売価格やサービス価格が全体的に底上げされました。消費税は「商品の価格×税率」で計算されるため、物価が上がればそれだけ税収も増えます。また、訪日外国人による国内での旺盛な消費行動も消費税収を押し上げる要因となりました。

 賃上げと所得税の伸びの関係です。人手不足や物価高への対抗策として、多くの企業で高水準のベースアップやボーナスの増額が実施されました。働く人の給与の額面である名目賃金が上がったことで、個人の所得に対して課される所得税の総額が増加しました。

 このように税収は過去最高を更新し続けていますが、高齢化に伴う社会保障費や防衛費などの歳出も膨らみ続けているため、これだけの税収があっても不足しています。その一つの理由は、一般歳出のうちの債務償還費や利払い費などの国債費が約28兆円となっていているからです。そのため、依然として約30兆円規模の新規国債を発行して穴埋めしている状態が続いています。60年償還ルールというのがあるせいです。本来ならば、借換国債で政府の借金を帳消しにすべきなのですが、、、

 政府と日本銀行をあわせた組織は、統合政府と呼ばれています。統合政府は、膨大な金融資産などを保有しています。政府が発行する国債ー借金の総額は近年では約1,340兆円規模に上ると報じられています。ただ、政府の借金である国債を日銀が買い取っているため、両方の借金と資産を合算し相殺して、本当の国の借金状態を把握するのが大事なのです。単に政府の借金だけを喧伝するのは国民に大いなる誤解を与えます。

 財務省などが発表する「国民1人あたり1000万円以上の借金」という数字は、この相殺を行っていない単純な合計額です。財政破綻への懸念: 統合政府のバランスシートで国全体の財務状況を評価すると、保有資産も大きいため日本はすぐに財政破綻するわけではないのです。

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2025年度の一般会計税収の発表から考える

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2026年7月3日に2025年度の国の一般会計歳入の決算速報が発表されました。かつて2025年12月5日にこのブログで「税収入の仕組みと税収弾性値」という原稿をアップしました。そのとき話題にしたのは「税収弾性値」というテーマです。税収弾性値とは、経済成長に対する税収の伸び率を表す指標です。具体的には、名目GDP成長率が1%増加したときに、税収が何%増加するかを示す数値です。この値が高いほど、経済成長に連動して税収が増加する効果が大きいことを意味し、財政再建に有利だとされます。

財務省のホームページから引用

 財務省はこれまで、税収弾性値を低く「1.1」と見積もって「経済成長しても税収は伸びない」と主張し、増税の根拠にしてきました。しかし柳ヶ瀬氏はこれを問題視し、国会での質疑や、参議院に提出した 質問主意書を通じて政府に迫りました。結果として、政府は過去10年間(平成22年度〜令和元年度)の平均税収弾性値が「3.23」になることを、質問主意書への答弁書で認めざるを得なくなりました。このことから、経済成長によって国の税収は政府が想定する以上に大きく増えることが明らかになっています。 

 長年、財務省が税収弾性値「1.1」という数値を使って、税収入を予測してきました。税収弾性値を低く設定しておけば、「社会保障の自然増分を稼ぎ出す成長を期待することも難しい、従って増税する必要が生まれる」という説明です。社会保障費の必要性を十分喧伝しておけば、後は自ずと「増税するしか無い!」という結論が導かれることとなるのです。これが財務省が「1.1」を捨てなかった理由です。この財務省の実に狡猾な方針は柳ヶ瀬議員によって見事に看破されました。

 さて、2025年度の総税収は、当初の見通しを大きく上回るおよそ84兆2,226億円となり、6年連続で過去最高を更新、初めて80兆円の大台を突破しました。主要3税である法人税、所得税、消費税の概要と、そうなった背景や理由は次稿で説明します。

 

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政策金利上昇のチャンスを捉えるーープラスの恩恵

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日本銀行は2026年6月16日に、31年振りに政策金利を0.75%から1%に引き上げました。それに伴い三菱UFJ銀行など三社のメガバンクは普通預金の利息を0.3%から0.4%へ引き上げました。かつての0.001%という超低利の時代は去りました。2024年初頭の0.001%の時代と比較すると400倍の水準です。100万円を預け入れた場合、1年間で受け取れる利息は税引前で 4,000円となります。

 普通預金が0.4%に底上げされるため、定期預金金利、特に1年以上のものは、それを上回る水準で1年もので0.4%台後半〜0.5%超、長期のものは1%の大台へ展開するという見通しです。従って持っている普通預金の一部を定期預金などに移すのは理にかなっています。

楽天カードから引用

 なぜ日銀は政策金利を上げる決定をしたかです。金利というのは物価を調整する役割を持つといわれます。金利が上がると消費は下がります。企業は資金を借りるのを渋り設備投資を控えるのです。金利が下がると、その逆の現象となり銀行などから融資を受け、設備投資が促され消費者の需要が上がります。

 今回、日銀が政策金利を上げたのは、中東での戦争、ウクライナ情勢による原油価格の上昇とそれに伴う急激な原材料価格の上昇、円安に伴う輸入コストの上昇、食料品価格の上昇が大きくなる事を懸念したことです。金利上昇でモノやサービスの需要が減れば人件費上昇に歯止めがかかり、インフレの抑制につながります。今回の金利の引き上げは、インフレが暖まってきたので、急激な物価上昇のショックを少なくするためにとった決定だといわれます。ただ日銀は、経済活動の過熱を抑え、インフレ率を2%に安定させることを目指しています。

 政策金利の引き上げは銀行が顧客に払う預金金利の上昇につながります。年金などの運用利回りが上昇し利息収入も増えることで、金融資産を持つ家計にはプラスの恩恵がありそうです。

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