慰安婦問題 その7 河野談話

日本の売春の歴史は、華やかな「遊郭文化」として語られることもありますが、その根底には常に貧困、ジェンダー不平等、そして前借金という鎖に縛られた女性たちの人権問題が存在していました。売春防止法の施行以降も、法の網を潜り抜けるような様々な形態、たとえばソープランドなどの風俗営業や、近年のSNSを利用した個人間売買などへと形を変えながら、現代の法制度に挑戦しています。

日本経済新聞より引用

 やがて慰安婦問題は、歴史的経緯、国際法上の解釈、人権の観点、そして政治や外交の文脈などが複雑に絡み合って大いに論議されることになります。1990年代初頭の朝日新聞による報道などを契機に、この問題は日韓間の大きな外交問題へと発展しました。後に朝日新聞は一部の記事は事実関係の誤りとして撤回し謝罪しています。

 日本政府は当時、各種調査を行い、1993年8月に「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」を発表しました。いわゆる河野談話です。河野談話は、戦時中の「慰安婦」問題に関する日本政府の公式な見解とされています。

 河野談話の主な内容は以下の通りです。慰安所の設置・管理や、慰安婦の移送に旧日本軍が直接的・間接的に関与したと認めたことです。斡旋業者が募集にあたった際も、甘言や強圧を用いるなど、本人の意思に反して集められた事例が多数あり、官憲等が直接加担したことも明らかになったと結論づけました。謝罪と反省この談話では、当時の軍の関与や「総じて本人たちの意思に反して集められた」という強制性を認め、お詫びと反省の気持ちを表明しました。1992年の宮沢喜一首相の訪韓時の謝罪表明も、こうした政府の対応の一環として捉えられています。

全国教育問題協議会より引用

 この問題の本質が何であるかについては、立場によって見解が大きく分かれています。一方で、日本の保守的な政治家や一部の歴史研究者などの立場では、本質は「事実関係の誇張や誤解に基づく政治的・外交的カード化」であると主張されます。軍や官憲による家の中に押し入って無理やり連れ去るような行為いわゆる「強制連行」を示す直接的な公的資料は見つかっていないこと、当時の公娼制度の延長線上で民間業者による人身売買や勧誘が行われていた側面が強いことなどを強調し、不当に日本の名誉が傷つけられているという見解です。

 戦時中や紛争地域において、兵士の性的な管理や統制を目的に女性が利用される慰安所やそれに類する施設は存在しました。第二次世界大戦中のドイツ軍の軍慰安所や、戦後の連合国軍による特殊慰安施設などが存在したという指摘は歴史的事実として存在します。

 このように公娼制度や戦時性暴力は、戦時下の普遍的な問題であり、日本だけが特異的に非難されるのは不当であるとする見方もあります。同時に他国に類例があるからといって、当時の日本軍が組織的・体系的に慰安所を設置、運営し、多くの女性の尊厳を奪った事実の免罪符にはならない、とする見方もあります。

 法的解決の側面では、日本政府は1965年の日韓請求権協定によって、個人の請求権問題も含めて完全かつ最終的に解決済みであるという立場をとっています。他方で、道義的な責任から1990年代には民間資金を元にしたアジア女性基金(Asian Women’s Fund )を通じた償い金の支給や首相の手紙の送付を行い、2015年には日韓慰安婦合意によって最終的かつ不可逆的な解決を確認し、日本政府の予算から10億円を拠出する基金を設立しました。

 しかし、元慰安婦の方々の納得や、韓国国内での政権交代に伴う合意の形骸化などにより、現在も感情的な対立や評価の乖離が続いています。このように、慰安婦問題は個人の尊厳や人権の侵害として見るか、歴史的・法的な事実関係と国家間の合意として見るかによって、その本質に対する答えが大きく異なる問題となっています。

 多くの国連の人権委員会などの国際機関や市民団体、また韓国側の主な立場では、本質は戦時下における女性への深刻な暴力・性的奴隷制という人権侵害であるとされます。本人の意思に反して自由を奪われ、劣悪な環境で軍の管理下に置かれたこと自体が重大な人道犯罪であり、国家としての法的・道義的責任が問われるべきだという見解です。

  • 参考文献
  •  慰安婦と戦場の性 秦 郁彦 新潮選書 1999年
  •  朝日新聞 軍の関与を示す防衛庁資料 1992年
  •  愛と鮮血ーアジア女性交流史 山崎朋子 三省堂新書 1970年
  •  従軍慰安婦 千田夏光 講談社文庫 1984年
  •  慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 1993年

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