国政選挙の予測 その二 最新の世論調査結果

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 2024年10月に発足した石破新内閣について時事通信社が実施した調査の結果を引用します。それによると、「末期、石破政権の船出」という見出しで、「支持するは28.0%、支持しないは30.1%」とあります。調査は10月11日から14日に、全国の18歳以上の男女2,000人を対象に個別面接方式で実施し、有効回答率は58.6%で1,172人からの回答とあります。こうした結果は、衆議院の解散時期をはぐらかしたり、総裁選時の発言を翻したり、裏金議員の公認問題の対応が批判されたりしたことが有権者の回答に反映したようです。ただし、「全国の18歳以上の男女2,000人」をどのようにして抽出したかが分かりません。ここが調査結果が正確か否かの分岐点となります。

内閣支持率の推移

 次に、NHKは10月12日から3日間で行った石破新内閣についての世論調査を引用します。それによりますと、「10月発足した石破内閣を「支持するは44%、支持しないは32%」とあります。NHKの調査方法ですが、全国の18歳以上を対象にコンピュータで無作為に発生させた固定電話と携帯電話の番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行っています。そして調査の対象となったのは、5,489人で、46%にあたる2,515人からの有効回答です。

 この二つの調査結果には大きな違いがあります。支持するは28.0%と44%、支持しないは30.1%と32%という按配です。支持しないはほぼ同じ率ですが、支持するが大きく分かれていることが気になります。この違いは、一つは、1,172人と2,515人という標本数の違いと、標本の選び方にあります。時事通信社がどのようにして回答者を選んだのかが不明なことです。それに対してNHKはコンピュータで無作為に抽出したとあります。ただ時事通信社は個別面接方式で回答を得たのに対して、NHKは固定電話と携帯電話によって回答を得たことにも注目すべきと思われます。

 調査方法に関する考察です。NHKと同様に朝日新聞でもRDD方式を採用しています。RDD調査の先進国はアメリカです。ABC、 CBS、ピュー・リサーチセンター(Pew Research Center)などもRDDを使っています。電話による調査は、対面にくらべて安価で便利ではあります。ですが、携帯電話しか持たない人が増え、固定電話調査だと有権者全体をカバーできないという問題があります。これをカバレッジ誤差(coverage error)といいます。

スマートフォン保有率

 選挙調査は選挙区単位の調査となります。そのため電話番号には地域情報が必要となります。電話番号に地域の情報を持たない携帯電話に対しては調査が行えないので、地域情報を持つ固定電話に対してのRDD調査となります。少々不便で集計に際しては誤差が生じるる可能性があります。対面と電話では、どちらか正確な情報を得られるかです。私の考えでは、対面での回答のほうが電話よりも正確ではないかと思われます。

 最後に、選挙調査では、選挙の序盤より終盤の方が、回答率が高く正確な情報が得られます。これは二つの要因が考えられます。一つは、序盤調査という経験を通して、電話オペレータの電話調査でのトークのスキルが上がること、二つ目は、選挙投票日に近づくにつれ有権者の選挙に対する意識が高くなり、投票行動がほぼ確定するからです。
(投稿日時 2024年10月20日)

国政選挙の予測 その一 過去の選挙の投票率

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国内や海外でのいろいろな選挙戦が各種のメディアで報道されています。そして、選挙戦の予測が伝えられています。選挙結果予測するためには、多角的な分析が必要です。そのために必要となるのが予測のパラメータ(変数)です。パラメータに沿って、予測を裏付ける資料とか過去のデータを集めると選挙の内実が理解できます。

 予測にはいろいろな見方や立場から、様々な組織や団体が世論調査をします。調査というのは、母集団であるすべての有権者に対して行うのは不可能ですから、どうしてもサンプルといわれる標本を抽出しなければなりません。その際、人口構成から同じ比率でどの位のサンプルを抽出するかなど、最も難しい作業が待っています。

 選挙予測の正確さを期するために、次の9つのパラメータが有力でないかと思われます。すなわち「過去の選挙投票率」、「最新の世論調査結果」、「知名度や人気」、「選挙制度」、「メディアの報道」、「経済や景気動向」、「地域の人口動態」、「投票率」、「戦略とキャンペーン」です。もちろん他にもあるかもしれません。「過去の選挙投票率」から選挙の予測を考察していきましょう。

Harris vs Trump

過去の選挙投票率
 過去の選挙における有権者の投票行動は、投票後の統計から分かります。これは変えようがありませんので、最も信頼できるパラメータといえます。選挙における年代別投票率とか都道府県の投票率、各党が獲得した投票率などです。投票率は選挙結果に大きく影響します。

 過去のアメリカ大統領選挙の結果を振り返ってみます。1980年の大統領選挙では 「小さな政府」 という明確な保守主義を掲げた共和党のドナルド・レーガン(Donald Reagan)が当選します。後に「レーガノミクス」と呼ばれる大幅減税と積極的財政政策を実施し、経済の回復と共に双子の赤字をもたらしたといわれます。外交面では、イラン革命やニカラグア(Nicaragua)でのサンディニスタ(Sandinista)政権成立によって親米独裁政権が失われ、この失地を挽回すべく強硬策を貫き「強いアメリカ」を印象付けた大統領です。

 その後、1989年にはジョージ・W.ブッシュ(George Busch)が、1993年にはビル・クリントン(Bill Clinton)が選ばれます。クリントンは“ニュー・デモクラット”(New Democrat)を旗印に民主党を中道寄りに導き、「大きな政府の時代は終わった」と、新しい民主党の理念を訴えて当選します。2001年には、ジョージ・ブッシュ Jr.が選ばれます。彼の支持者は、宗教的右派、社会的保守派など共和党の枠を越える保守層でした。

 2009年のバラク・オバマ(Barack Obama)の当選では、「オバマ連合」”が健在であることが明らかになりました。オバマ連合とは民主党リベラル派とヒスパニック系、アフリカ系などの少数派、さらに浮動票といわれていた若者層のことです。

 2017年にはドナルド・トランプ(Donald Trump)が勝利し、在任中の4年間は「アメリカ第一」を前面に出して政権を運営し、不法移民がアメリカの労働者の職を奪っているとして激しく非難しました。さらにTPP(環太平洋パートナーシップ)協定やNAFTA(北米自由貿易協定)についても国益にならないと否定的な見解を示して支持をえました。主に労働者の浮動票を集めて当選したのです。

 最近では2021年にジョー・バイデン(Joe Biden)が黒人や女性、ヒスパニックの支持を得て当選します。選挙戦では、こうしたマイノリティと呼ばれる人々の投票率が大きく伸びたことが分かっています。ちなみにヒスパニック系アメリカ人の有権者は、ニューメキシコ州では35%、カリフォルニア州では27%、テキサス州では21%強、フロリダ州では18%強、アリゾナ州では12%、ニュージャージー州では10%強に達しています。こうした人々の多くは浮動票と呼ばれがちでした。激戦州(Swing State)と呼ばれる州の選挙では、浮動票が選挙結果を左右したといわれます。2024年の大統領選挙戦では、過去の投票率や投票結果を参照しながら、さまざまな予測がたてられるのはお分かりのとおりです。

“Swing Vote”

 浮動票の投票行動が、どのように選挙に与えたかを描くアメリカ映画があります。2008年制作の「Swing Vote」というコメディ映画です。トレーラーハウスに住む飲んだくれの父親とその父の世話をやく小学生の娘モリーが主人公です。「選挙で投票なんかしたって、貧乏は変わらない」というダラダラの父親に対して、モリーは「自分たちの一票には力がある」と語ります。大統領選挙が近づき、モリーは同行して父親の有権者登録を手伝います。そして、投票日には自分と一緒に投票所に行くことを約束させるのです。しかし、投票前日に父親は飲み過ぎて、投票所に現れません。そこで、モリーは投票用紙を持って父親に代わり、こっそりと投票しようとするのです。この一票こそが、やがて次期大統領を決めるものとなる、という非常に真面目なストーリーの映画です。

お金の価値 その十 国債発行と日露戦争

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 最近、NHKが制作した「坂の上の雲」が再放送されています。司馬遼太郎の歴史小説も素晴らしいのですが、ビデオからも日露戦争の緊張が伝わってきます。この戦争は日本の命運を賭けた一大事件ともいえるものです。なぜ日本がヨーロッパの大国ロシアを相手に戦いを挑んだのかです。当時、日本には戦争を遂行するだけの国力や財があったのかを知りたくなります。調べていくとそこには国債の発行を巡るユダヤ人と日本との関わりがあったことがわかります。

「坂の上の雲」から

 アジアにおける帝国主義は、とりわけ日本とロシアの関係に緊張をもたらします。当時日本は、日清戦争によって朝鮮半島と遼東半島などを支配していました。帝政ロシア=ツァーリは満州や朝鮮への進出を企て、日本の権益とぶつかることが懸念されており、ロシアとの戦争を予想していました。しかし、欧米列強にくらべ日本は経済力でも軍事力でも大きく立ち遅れていました。そのためには戦時国債として1,000万ポンドを調達する必要がありました。当時、国債を国内で引き受ける力はなく、外国に引き受けを求めたのです。

 日銀副総裁であった高橋是清が外債募集のためアメリカに渡ります。ですが、どこも公債を引き受けるところがありません。次に日英同盟が結ばれていたイギリスにわたり、そこでユダヤ系のアメリカ人銀行家であったジェイコブ・シフ(Jacob Schiff)に会います。クーン・ローブ商会 (Kuhn Loeb & Co.) の上席パートナーであるシフが5000万ポンドの戦時国債引き受けることを申し出てくれます。さらにシフらの支援を受けて、残り500万ポンドの国債もイギリスの金融機関から引き受けて貰うことになりました。こうして日本は戦時国債を発行することができました。なおシフは全米ユダヤ人協会の会長職にありました。

高橋是清

 シフらが2億ドルの融資を通じて日本を強力に資金援助したことで、日本の勝利とロシア革命による帝政ロシア崩壊のきっかけをつくったといわれます。以後日本は3回にわたって7,200万ポンドの公債を募集、シフはドイツのユダヤ系銀行やリーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)などに呼びかけ、融資が実現します。結果として日本は勝利を収め、シフは一部の人間から「ユダヤの世界支配論」を地で行く存在と見なされるようになったといわれます。シフは、もし帝政ロシアが敗北すれば、革命にしろ改革にしろ、ロシアはよい方向に進むであろうと考えていたようです。ともあれ戦費調達の成功は、高橋是清の財政政策の手腕によるものだったといわれます。

 シフは第一次世界大戦の前後を通じて世界のほとんどの国々に融資をしてきたといわれます。さらにシフは1917年にレーニン(Vladimir Lenin)、トロツキー(Leon Trotsky)に対してツァーリ打倒のための資金を提供してロシア革命を支援したともいわれます。ついでですがトロツキーはユダヤ系ロシア人でした。

Jacob Schiff

 Wikipediaによれば、シフの日本に対する融資の理由は、ロシアでのユダヤ人迫害といわれるポグロム(pogrom)に示されるツァーリによる反ユダヤ主義(Anti-semitism)に対する批判であったようです。特に1903年、今のモルドバ(Republica Moldova)の首都であるキシナウ(Kishinev)で発生した大規模なキシナウ・ポグロム(Kishinev pogrom)にシフは唾棄し痛烈な非難を向けたといわれます。

 日本を帝国主義列強の一つに押し上げた日清・日露戦争期に、国債は大きな役割を果たしました。特に日露戦争では軍費を賄うために83%が公債・借入金で調達され,約15億8000万円の公債が発行されたといわれます。そのうち約8億円は英国通貨ポンドでの公債となり、こうした外資導入は日本の命運を左右する重要な契機となりました。日露戦争が終わり、1905年のポーツマス条約の締結によって南樺太が日本に割譲されます。これにより国策によって大勢の移住者に混じって筆者の父方の成田家、母方の吉田家も南樺太へ移住します。そんなわけで私は樺太生まれです。
(投稿日時 2024年10月18日)

お金の価値 その九 バランスシートの意味

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 家計の場合、毎週、毎月の家計簿によって、支出が増えたとか預金が減ったとか、を調べることができます。ですが家計簿では、資産がどのくらいで、ローンなどの負債や純資産がどのくらいなのかはわかりません。そこに登場するのが、家計の財務状態がどうなっているかを示すバランスシートとか貸借対照表です。政府や企業の場合、このバランスシートは財務のバランスがとれているかを表す大事な帳簿となります。

 家計に戻って、投資のために銀行から借り入れて貯蓄を増やそうとします。それによって利益を得たとします。借入金があること自体には問題がないのですが、利益に比べて借入金が多い場合は行き詰まり、貯蓄が減ってしまいます。投資信託や株、為替で損をしたという話がこの状態です。株の場合、投資の対象として適しているかを判断する際には、財務の状態がバランスをとれているか否かを調べるのが基本なのです。以下、ある家計のバランスシートの記載例です。

家計のバランスシート

企業のバランスシート

 純資産とは資産と負債の差のことです。借方と貸方の等式を維持するための調整を行う残余変数とされています。このようにバランスシートとは家計簿では分からない家計の財政状況がわかります。企業などの場合はもっともっと複雑で、借方と貸方の区分けは難しいのですが、資産と負債の基本を理解できるならば、特定の企業の株を購入するか否かの判断材料とすることができます。

 資産とは、個人や会社が集めたお金をどのような状態で持っているのかを示します。資産は現金、預金、受取手形、売掛金、有価証券など、1年以内に現金化することが出来る「流動資産」と、土地、建物、機械など長期間保持する投資有価証券などの「固定資産」とに分けられます。負債とは、返さなければならない個人や会社のお金を表すもので、他人資本とも呼ばれています。負債も資産と同じく、1年以内に返さなければいけない「流動負債」と、1年を超えて返さなければいけない「固定負債」とに分けられます。

ストックとフロー


 
 国には、企業会計における貸借対照表や損益計算書は存在するかという問いですが、財務省において、企業会計の考え方を活用して国全体のフローとストックの財務状況を一覧で開示する「国の財務書類」を作成し公表しています。フローとは、一般家庭の家計においては、ある決まった期間の収入や支出のお金の流れ、 ストックとは、過去からある時点までの蓄積された量のことで、貯金、家や土地などの資産のことを意味します。家計に関してはフローとストックという用語は使いませんが、バランスシートの考え方と応用は役に立ちます。

 最後に、福澤諭吉の「学問のすゝめ」にある一句を紹介します。「もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。例えば、いろは47文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、、、、」。福沢の言う「帳合いの仕方」こそが今のバランスシートのことだと思われます。
(投稿日時 2024年10月16日) 成田 滋

お金の価値 その八 銀行の機能と「信用創造」

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 銀行は三つの機能を有するといわれます。ほとんどの人は預金のために銀行に口座を持っています。銀行は集めた預金を他に貸し出して経済を活性化しているのです。それによってわずかですが、預金者に利息を払うのです。銀行は、こうした預金業務を請け負う「金融仲介機能」を行っています。これが第一の機能です。

 次に銀行は口座からの自動引き落としによって公共料金やカード支払いを引き受けるサービス業務を請け負っています。これは為替業務といわれ「決済機能」です。私と同様にアメリカの大学で勉強していた子どもたちの学費のために、為替業務を通して送金していました。当然手数料が発生しましたが、実に便利な決済でした。

日本銀行

 銀行の三番目の機能は「信用創造」(credit creation)というものです。この機能は少々わかりにくいですが、流通している通貨の量を増やす働きがあります。これが「信用創造機能」です。もっといいますと、集められた預金を他の人や企業に対する貸し出し業務によって通貨が増える仕組みのことです。貸し出しは融資ともいわれます。銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額の何倍もの預金通貨をつくりだすことを「信用創造」といいます。

 「信用創造」のからくりは次のような例で説明できます。Aさんが民間銀行に100万円を預けます。次にこの銀行はBさんに90万円を貸し出すとします。Bさんはそのまま90万円を預けます。そうするとこの銀行にはAさんの預金100万円とBさんの90万円の預金残高があることになります。100万円のお金が190万円になっているのです。銀行は現金で貸し出すことはしません。その代わりにBさんに口座を作ってもらい、その口座に90万円と書き入れることでお金を貸し出すのです。これが「信用創造」の考え方です。

 「信用創造」は社会全体の通貨量を増やすことによって、経済活動を円滑にするという役割を持っているといわれます。別な見方をしますと、融資活動が活発な時は、通貨が増え、それによって経済活動も好調になるといえます。つまり、銀行から融資を受けた者はそれによって新規に工場を建て、商品の生産にまわしたりしながら供給活動を活発にすることができるのです。銀行が融資するだけで、預金は創造されるのでしょうか。政府が支出するだけで、日銀の準備預金は創造されるのでしょうか。答えはイエス、まるで錬金術や詐欺のようですが、「信用創造」とはこのような仕組みなのです。

信用創造

 もう一つの「信用創造」に関する説明です。銀行に100万円の預金があるとしましょう。ただ、銀行は100万円の紙幣を金庫に保管しているのはありません。銀行のコンピュータ上に100万円というデータがあるだけです。ですからキーボードをたたけば、いくらでも貨幣を造り出すことができるのです。世の中の通貨には現金と預金から成り立っています。ですがほとんどのお金は預金というデータです。私たちが5万円を紙幣で税務署で納税するとします。そのお金は政府預金に50,000とデータ入力して5万円が加わります。政府は5万円という紙幣を使って支出にあてるのではありません。データ入力した50,000の1万円札5枚は紙幣はシュレッダーにかけてよいのです。なお、政府預金とは、日銀に持つ当座預金のことです。

(投稿日時 2024年10月14日)  成田 滋

お金の価値 その七 為替取引のはじまり

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 古今東西、物の取引には通貨が介在します。対面のときは特にそうです。しかし、遠方と遠方の取引ではそうはいきません。そこで人々はいかに取引するかを工夫していきます。中世に入ると、遠隔地間の売買を決済するのに、現金の輸送ではなく、手形という書類によって決済するすることが盛んになります。これが「為替取引」です。

 日本で最初の為替取引は、「替米」であると言われています。「替米」とは、手形のことで鎌倉時代には御家人が鎌倉や京都で米や銭を受け取る仕組みとして利用されたといわれます。言うまでもなく手形とは一定期間後に現金化できる証書のことです。

替米

 13世紀後半になると、「替米」に代わって「割符」が登場します。「割符」も手形のようなものです。割符の由来は、当事者同士が別々に所有し、後日その二つを合わせて証拠としたという意味があります。商取引が発展し為替取引が活発化すると、手形の発行と支払いを専門とする割符屋が現れます。現在の銀行のような為替業務をする商売です。

割符

 戦国時代になると、大名の命令によって、武田信玄の甲州金や豊臣秀吉の金貨、銀貨などが次々と鋳造されるようになります。甲州金は、甲斐国などで流通した貨幣です。武田領国では黒川金山や湯之奥金山などの金山が存在したので、こうした貨幣が鋳造されたと記録されています。秀吉が作った金貨は「天正長大判」とか「天正菱大判」といわれます。江戸時代になると、徳川家康によって全国統一の貨幣として、金貨、銀貨、銭貨の三貨が鋳造されました。これが全国で通用する鋳造貨幣の誕生といわれます。

天正長大判


 家康が鋳造した三貨のうち、江戸や上方を中心として東日本に流通していた金貨と銭貨は「計数貨幣」であったのに対し、大坂を中心として西日本に流通していた銀貨は「秤量貨幣」でした。「計数貨幣」は、額面価格と貨幣の枚数で価値が決まり、「秤量貨幣」は重さで価値が決まるものです。こうして金貨と銀貨の両替とか交換のために「相場」が生じます。

 両替は、時期などによって相場が変化する変動相場となっていたことから、手数料を取って両替をする両替商というのが生まれます。両替商は、両替以外にも、商人や大名、そして幕府などを取引相手として、預金の受入れや、手形の発行や決済、貸付や為替取引など各種の金融業務を広く営むようになります。こうして両替商は現在の銀行業務と同じような役割を担っていきます。わかりやすくいえば、空港などで外貨の両替を行う店舗とか窓口のことと思えば良いでしょう。

 江戸幕府や諸藩は財政上の不足を補うために御用金を徴収しました。御用金とは、町人や農民らに対して臨時に上納を命じた金銀を指します。体裁としては臨時の借上金であり、利払いと元本返済の約束がされていたので、現在の国債の元となったといわれます。

 Wikipediaによりますと、日本における最初の紙幣は、戦国時代に伊勢国で発行された山田羽書(やまだはがき)といわれます。伊勢国は昔から伊勢商人の拠点として知られていました。特に伊勢神宮の門前町であった伊勢山田は日本各地に営業網を持つ伊勢御師の拠点でもありました。伊勢御師とは、「お伊勢参りの仕掛け人」で、広告を出したり、参拝案内や宿泊などの世話をする神職のことです。伊勢御師が彼らの営業網を利用して一種の私札である山田羽書を発行して各地で流通させたといわれます。伊勢参りのために使われたのが山田羽書というわけです。山田羽書は後にどこかで現金化されたはずです。

 さらに藩札という紙幣が発行されます。その直接的な狙いは紙幣発行と引き替えに正貨を得て藩の財政難を救うことにありました。藩札は、幕府が発行する金貨や銀貨、銅貨と交換できるという約束のもと、基本的にはその大名の治める藩内で通用しました。銀貨が必要な場合、大名らは強制力を用いて紙幣と引き替えに銀貨を回収し、住民には紙幣を使用させたのです。そして諸藩は、領内の主要な地点に藩札会所を開設し、印刷用の版型などを管理します。印刷は領内で行い、領内外の富商・富農、両替商などを藩の用達商人を札元として指定し、彼らの信用によって紙幣を流通させていきます。

 このような紙幣の発行によって、時には社会に混乱を引き起こします。時の為政者は、藩札の兌換を巡る取り付け騒ぎや一揆、打ちこわし、信用の裏付けの弱い紙幣の流通、小判の純度の引き下げという改鋳に苦慮したようです。いわば、悪貨は良貨を駆逐する事態が起こったのです。徳川吉宗は経済失策の原因が金融引き締めにあるとは見抜けず、質素倹約という緊縮財政を強いたことが知られています。市中に出回る通貨が減る状態です。江戸の経済を活性化するためには、倹約とか引き締めではなく、財政支出の増大によって需要を喚起し、人々を働かせて生産を高めることが必要だったのです。

John M. Keynes


 質素倹約の様相を現代社会にあてはめてみましょう。私たちは貯蓄を増やそうとします。そのためには支出を減らす努力をします。物価が上がる世相ですから、できるだけワケありのものを選ぶとか、買え控えするのです。そうすると総消費や国民所得は減ってしまいます。そのことにより企業は減産し、賃金を引き下げ、従業員を解雇し、それゆえ家計の所得は減っていきます。つまり、失業した人々が減らす貯蓄と消費を削った人々が増やす貯蓄が等しくなったときには、全体としての貯蓄、つまり金融資産は増えないのです。これが経済学者ジョン・ケインズ(John M. Keynes)の有名な「倹約のパラドックス」(paradox of thrift)です。
(投稿日時 2024年10月12日) 成田 滋

お金の価値 その六 電子マネーの普及

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 最近、現金を使う機会が少なくなりました。これまでは、銀行や郵便局、コンビニから現金で振り込みをすることが多かったのですが、最近は全くそうした振り込みをしなくて済むようになりました。自宅でパソコンやスマホで決済するのです。買い物もクレジットカードで済ませ、電車やパスに乗るときは全国交通系ICカードを利用します。このカードも残金が少なくなると、紐付けされている口座から自動的にチャージされます。ただ、交通系ICカードはシステム更新に費用がかかるので近々廃止され、クレジットカードのタッチ決済やQRコード決済に取って代わられます。

 現金をデータ化し、電子データをやりとりすることでキャッシュレスで買い物ができるのが電子マネーです。電子マネーはアプリやクレジットカードと紐づけて、キャッシュレスで買い物ができるサービスです。電子マネーは現金での支払いでは得られないお得なポイントがたまるという利点もあり、急速に利用が進んでいます。店のレジにあるリーダーにクレジット・デビット・プリペイドをタッチするだけ。サインも暗証番号も不要なので便利です。

Bit Coin

 最近、ビットコイン(Bitcoin)やペイパル(PayPal)といった「暗号資産」が話題となっています。もともと法令上、「暗号資産」は「仮想通貨」と呼ばれていましたが、現在は「暗号資産」へと呼称が変更されています。基本的なことですが、暗号資産は、中央銀行によって発行された法定通貨ではありません。つまり通貨としての裏付け資産を持っていないのです。円とかドルでの決済には銀行などの第三者が介入しますが、暗号資産は銀行の介入はありません。「交換所」や「取引所」と呼ばれる暗号資産交換業者がいて、入手・換金することができます。こうした業者は、金融庁で登録を受けなければなりません。

 ここで一つの質問です。ビットコインで納税できるのでしょうか。答えはノーです。なぜかというと、暗号通貨は主権通貨でないからです。主権通貨とは、国が、排他的に法的にコントロールする権能を有する通貨のことです。米ドル紙幣の表面には、「この紙幣は公的及び私的なすべての債務に対する法的な支払い手段である」と表記されています。日本銀行券にはこうした但し書きは見当たりません。銀行券は主権通貨として確立しているから言わずもがななのでしょう。

 暗号資産は、法定通貨と同様に物やサービスの対価としてやり取りすることが可能な仕組みとして、高い注目は集めてはいます。利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にある点には注意が必要なようです。利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にあることを理解する必要があります。私は暗号資産の口座を開いたことはありません。

Credit card in Korea

 ペイパルなどの暗号資産は、基本的に銀行と資金の受取り手の媒介として機能しています。ペイパルのアカウントには銀行口座からの引き落とし、クレジットカードによる前払いによって資金が集められています。このように預金口座はクレジットカードを提供している銀行の背後に存在しているといえます。

 2024年7月に韓国のソウルへ行ったときです。一番驚いたことは電車でもパスでも博物館でも喫茶店でもクレジットカードやデビットカードが使えることです。韓国通貨ウオンを使うことは全くありませんでした。この上もなく便利な旅でした。これまでのような現金による決済は、韓国でもインターネットなどの通信ネットワークを利用しての電子取引に代わっています。注意すべきことは、成りすましでアカウントを不正に利用される可能性があることや、操作ミスによって間違った商品を注文してしまうことなどです。現金決済とは全く違うことに留意したいものではあります。
(投稿日時 2024年10月10日)  成田 滋

お金の価値 その五 小切手とカード

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 1977年から1983年頃にウィスコンシン大学で留学していたときのエピソードです。まず大学に着いて最初に行ったことは地元の銀行に現金を持参して口座を開設したことでした。そうすると銀行から100枚綴りの小切手帳が渡されました。そうしてアパートの家賃の支払いなどから小切手を使い始めることになりました。

 新学期が始まるので、授業料を支払いにいきますと、大学からは、「現金での授業料は受け取らない、小切手で支払うように」との指示でした。その理由は、多額の現金を口座から引き出すのは不便であり、収受には間違いが起こりやすいというのです。国際ロータリークラブからの奨学金も小切手で渡されました。それもって預金口座に入れました。

小切手

 毎日、買い物をするときは小切手で支払います。もちろん現金での支払いもあります。電気代などの請求書の支払いには、小切手を会社に郵送するのが一般的です。実は今も小切手全体の4分の3がアメリカで切られているのですが、他のどの国も小切手は普及していないといわれます。日本もしかりです。クレジットカード決済を生み出し、暗号資産を生み出したアメリカで、今も古風な小切手が使われているのはなぜでしょう。小切手が最も普及している国が、クレジットカードを発明し、ペイパル(PayPal)やアップルペイ(ApplePay)を生み出し、メタの暗号通貨リブラ(Libra)を考え出した国であるというのは不思議な現象といえそうです。

 1970年代は、日本ではクレジットカードの利用は一般的ではありませんでした。「インターナショナルカード」というカードが発行されたのは1978年の日本ダイナースクラブです。当然ですが当時私はクレジットカードなるもの持っておりませんでした。今も、日本でのカードの利用率は低いといわれます。スーパーマーケットでのカウンターでは、ほとんどの人が現金で支払うのを目にします。カードの信認度の低さとカード利用率の低さには因果関係があるといわれます。我が国でカードの利用が少ないのは、カードを使えるところが少ないからなのか、それとも人々がカードを使いたがらないからでしょうか?カードの価値は、それがどこで使えるか否かによって決まるのだと思われます。田舎の小さな店での買い物ではカードは使えません。

Apple Pay

 日本は世界に比べてカードが普及していません。その理由は正札が精巧で偽札が少ないことに関連しているようです。偽札が出回ると現金でのやりとりのとき、本物かどうかで点検することになり、やりとりでいやな雰囲気になりかねません。その一例を紹介します。私が沖縄からウィスコンシン大学に留学するとき、那覇東ロータリークラブの役員だった方よりお餞別として100ドルを貰いました。100ドル札です。あるとき、買い物でそれを使おうとすると、店員がしげしげと見て、「店長と相談するので待って欲しい」というのです。店員は始めて100ドル札を見たにちがいありません。そして偽札と疑ったのでしょう。小切手やカードはその心配がないので、現金より利用することが多いのです。それに引き換え、日本のお金は安心して使えるという風土や文化が国民に定着しているので、小切手やカードはあまり普及しないようです。

Debit Card

 デビットカードとクレジットカードが最も利用されているのが韓国です。このことを前稿で申し上げました。カードの利用と同時に銀行口座から引き落とされる即時払い方式がデビットカードです。基本的には一括払いのみで、口座残高の範囲内でしか利用できないため、お金の使いすぎを防ぐことができます。他方、後払い方式で、一定期間内に決済した金額が毎月決まったタイミングにまとめて引き落とされるのがクレジットカードです。1回払いだけでなく、分割払いでの支払いや、利用件数や利用金額にかかわらず毎月一定額を払うリボ払いも可能です。

 小切手の話題に戻りますが、アメリカ人が小切手を好む理由は、他の支払いの選択肢と比べたときの小切手の魅力にあるからなのでしょう。スーパーマーケットでは、小切手をきって現金に換えることができるほどです。このように小切手がアメリカで便利なのは、それが受け入れられ、それを管理する法的枠組みがあり、そして同じくらい重要なことに、それが文化の一部となっているからだと思われます。支払い方法での選択肢がある他の国々で、小切手がほとんど使われていないのはなぜなのか、これは興味ある話題です。私の見立てでは、日本人は小切手は現金という通貨よりも信用がないと思っているからです。本来小切手は通貨のはずなのですが、その信認が低いのです。

 先日親戚の葬儀に行ってきました。そのために銀行に出かけ口座から札を引き出し、新品のものだけを選んで香典袋入れて持参しました。不便きまわりないことでした。これも日本古来の伝統なのかと諦めるとともに、小切手の便利さを思い起こした次第でした。
(投稿日時 2024年10月7日) 成田 滋

お金の価値 その四 国債は国の借金

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 日本政府が発行する債券は「日本国債」と呼ばれます。これが国債です。通常国債は銀行で売買されます。日本の場合は日本国内での個人向け売買や金融機関が運用を目的に購入するのが主流です。他国の国債は国際間で売買されることが多く、日本も他国の国債を大量に保有しています。特にドル建の国債を多額に所有しています。国債を大量に持っているとその国と外交交渉するときに有利ですし、貿易などでのドル建ての決済に必要な資金となります。円高の時に購入したドルを円安になったからといって全部売却するのはドル建ての決済で困るので、おいそれと売買できないのです。外国債はその国がデフォルトすると回収できなくなってしまうというデメリットはありますが、ドルやユーロの場合は強固な通貨ですから債務不履行、すなわちデフォルトの心配はほとんどありません。

昔の国債

 国債は国の借金と言いましたが、自国で国債を売買している場合にはデフォルトは起きません。外国に国債を買ってもらっている場合は、返済できないと国際問題になります。ギリシャやスペインは国債を外国に引き受けてもらっているため、自国の通貨で返済できないので困ったのです。かつて、国債は用紙に券面を印刷して発券されていましたが、2003年1月から始まった「振替決済制度」によりペーパーレス化が進みました。この制度では国債を紙で発行しないことや売却や購入などの取引内容が口座情報に記録されることが法的に明確にされました。

 財務省のサイトには興味ある記述があります。それは「国民1人当たり1000万円の借金」であるというフレーズです。この借金を孫の代までにも背負わせてよいのか、という言葉です。ここで肝心なことは、「国の借金」は「国民の借金」ではなくて日本政府の借金なのです。この政府の借金をあたかも国民がこれから税金を支払って返さなければならないようなフレーズになっているのです。これは大きな間違いで、決して国民が返済したり、負担したりするものではありません。財務省はこのようなフレーズを使って、借金は良くない、通貨をむやみに発行してはいけないのだというのです。「国民1人当たり1000万円の借金」というのは、「借金額を国の人口で割ってみただけの数字」なのです。国債は借換債という国債で返却されます。国民の税金で償還するのではありません。

GDP比の債務残高

 ここで間違ってはいけないのは、政府の借金は家計の借金とは全く異なるということです。家計では、借金は自分でいつか返さなければなりません。自分で紙幣を刷ることは許されていないの反して、政府には子会社である日本銀行には貨幣発行という能力があるのです。この通貨発行権があるため、借金を期限内に必ず返済することができるのです。ですから国の借金と呼ばれる政府債務は大変でも何でもなく、日本の財政破綻といった可能性は全くないのです。

 繰り返しますが政府・日銀には日本円の政府の債務はほぼすべて円建てなので、債務不履行に陥ることはありません。海外で起こるデフォルトの話は、デフォルトした国は、外貨を持たないために支払いができない状態なのです。適正な量の国債発行は、「信用創造」という日銀が有する「貨幣を生み出す」機能を指します。信用創造とは、銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額以上の預金通貨をつくりだすことをいいます。創造される信用貨幣の量は日銀の準備預金制度に依存していますので、過度な発行は控えられるのは当然です。ちなみに準備預金制度とは、市中銀行の預金の一定割合の額を中央銀行に預け入れさせる制度のことです。この預金は当座預金となり利息はつきません。

 ところでWikipediaによりますと、21世紀に入ってからの各国の負債の増加を見ると2001年=100とし、2015年時点のデータでは、英国が429、米国338、日本は163とG7の中で最も増加率が低いのです。G7の中で最も借金を増やしていないのです。この状態が望ましいかどうかです。この負債とは国債のことです。国債は、需要と供給を促進するための投資です。日本は投資をしない「ケチケチ国家」ともいえるのです。

 今、日本は震災や天災に備えなければならない状態です。国土強靱化が叫ばれています。そのためには、膨大な資金が必要です。震災や天災が起きてからの復興は大変なことです。もっと事前に強靱化を進めておけば被害を少なくすることができるのです。防災庁の設置ということが新内閣で言われています。そのためには、大量の資金が必要となります。もしかしたら、防災国債などが生まれるかもしれません。防災税などといった増税は論外です。

 「ケチケチ国家」を進めるのが、プライマリー・バランス(PB)の黒字化と債務残高対GDP比の安定的引き下げを掲げてきた財務省だといわれています。PBとは、財務省の見解によれば、「社会保障や公共事業をはじめ様々な行政サービスを提供するための経費を、税収等で賄えているかどうかを示す指標」といわれます。財務省は、税収でさまざまな政策的な経費を賄う財政健全化目標を掲げています。受益と負担のバランスを保つというのがプライマリー・バランスといわれます。つまり、消費増税などによって黒字化するという方針であり、国債という赤字をだす政策には反対しているのです。いざというときに、国債の信認が下がると償還が困難になりデフォルトになり、国家の信用を落とすことになりかねないと財務省は懸念するのです。

財政収支のイメージ

 G7の国債の5年以内のデフォルト確率を比較する興味あるデータがあります。それによりますと日本は0.33%とG7諸国中ドイツに次いで2番目に低いのに対し、英国は0.70%と日本の2倍以上の水準に達しています。このようにデフォルト確率が低いのは、日本国債に対する信認が高いからだというのが定説となっています。

 税収でさまざまな政策的な経費を賄う財政健全化目標というのは、「ガラパゴス化した日本の財政政策」だと揶揄されています。これが財政金融政策や経済の正常化を進める上での支障となっているといわれる所以です。経済活動が活性化しない状況が続くのは、プライマリー・バランスを堅持しようとする政府の施策にあるようです。
(投稿日時 2024年10月5日)  成田 滋

お金の価値 その三 「欲しがりません、勝つまでは」

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 戦時中の通貨発行の経緯は貨幣を考えるヒントを与えてくれています。政府は、国威発揚のために新聞報道をとおして国民から「国策標語」を求めます。「強化標語を公募し、以つて一億国民蹶起の合言葉となし。御賛同の上、御後援賜はり度」というのが大手の新聞に載ったといわれます。いわば戦争遂行のための国民決意を表す標語です。全国から多数の標語が集まったようです。その中には、「ぜいたくは敵だ」、「すべてを戦争へ」、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」などに混じって次の標語も選ばれます。「胸に愛国、手には国債」です。

戦時中の国策標語の一つ

 戦費の調達のために、国は多額の国債を発行します。戦時国債と呼ばれる財政出動です。国債発行とは、通貨の発行のことです。国債によって市場に通貨を供給し、工場を建て武器を製造することを促すために発行したのです。国債によって原材料を買い入れ武器を製造するために国民を雇います。国民はそれによって収入を得ます。国債とは、このように供給と需要を大いに刺激するのです。収入が増加すると所得税が政府に入ってきます。しかし、肝心の生活に直結する品物は作らず大いに不足するのです。この状態を示す標語が「黙つて働き 笑つて納税」です。収入を需要にまわすと商品の価格が上昇し、下手するとインフレーションが起こります。戦時中ですから政府はインフレーションといった混乱を歓迎するはずがありません。

「欲しがりません、勝つまでは」

 「欲しがりません、勝つまでは」という標語も同じことです。国民に我慢を強いて、戦争を遂行したかったのです。こうした我慢や倹約という行為は、どの国でも奨励していたのです。例えば、戦時中のアメリカでは、車を一人で利用する事は隣にヒトラーを乗せている事と同じだ、という論調がありました。また自家用車では相乗りを推奨しました。缶詰を兵器に使えるようにと金属を倹約するように奨励されたこともあるくらいです。働かない国民には、兵器工場で働いて尽くすように勧めたともいわれます。「我々は標語に“触発”されたというより“抑圧”、“支配”された」という回想記も残されています。

 このように、程度こそ違いますが、戦時においてはどの国でも国民に戦争を他人事と思わせず、倹約に努め勤労にいそしむように奨励したのです。国の巨大な国債発行とは、輪転機をぐるぐる回し過ぎることです。当然通貨の価値は下落し、物価が上昇して資産が目減りしたのが戦時中の国債です。そして国民の持つ債券は大きく下落したのです。このようなインフレというリスクを国民に伝えなかったのが戦時内閣でした。

(投稿日時 2024年10月3日) 成田 滋