アフリカ大陸の南部に位置する共和制国家にジンバブエ(Republic of Zimbabwe)があります。Wikipediaや世界大百科事典などの資料からジンバブエのハイパーインフレーションを紹介することにします。
ジンバブエはもともとローデシア(Rhdesia)と呼ばれていました。その頃は、ジンバブエはかつて「アフリカの穀物庫」ともいわれるほどの農業が盛んな国だったようです。ですが肥沃な土地の90%はイギリス人が経営していました。1980年にイギリスから独立後、最初の選挙で勝利して首相に就任したのがムガベ(Robert Mugabe)です。1987年に首相職を廃止し、大統領に就きます。大統領の初期は、同国多数派の黒人のために保健制度や教育制度を整備したとして、手腕を評価されます。大統領は初めは黒人と白人の融和政策を進め、国際的にも歓迎されますが、やがて失政、暴言、汚職、拷問、地位を利用した蓄財、選挙不正、病気の流行、食糧不足とあらゆる問題や疑惑が持ち上がります。2000年8月から4,500人の白人所有の大農場を補償なしに強制収用し、共同農場で働く黒人に再配分する「ファスト・トラック」(Fast Track)を実施します。
ジンバブエ
混乱と腐敗した土地強制収用の結果、主要な外貨獲得産業である農業の生産が落ち込み、食糧危機、外貨不足などにより、経済及び国民生活に深刻な影響をもたらします。2003年には国民の約半数にあたる500万人が国際社会からの食糧援助に頼らざるを得ない事態が生じます。外貨収入源であるタバコ等の換金作物生産が落ち込んだことから外貨が払底し、燃料、電気、機械・部品、生産設備の輸入が困難となり、製造業、鉱工業も大きな影響を受け、失業率は70%を超える等、経済活動及び国民生活に大きな困難が生じました。
さらに労働者からの賃上げ要求に対応したり、選挙費用を捻出するために、通貨のジンバブエ・ドルを無節操に発行したりします。物資の不足、そしてインフレの進行を決定的にしたのが、2007年6月に出された価格統制令でした。これは、インフレ対策として、政府が「ほぼ全ての製品・サービスの価格を強制的に半額にする」というものでした。しかしながら、これは経済の基本を完全に無視したものといわれました。無理に半額で売らせても、メーカー、小売店は利益にならないからです。利益にならず赤字になり、そのまま倒産してしまうというわけです。
2007年9月にジンバブエ議会を通過した「外資系企業の株式強制譲渡法案」も、経済の混乱・インフレの進行に拍車をかけました。外資系企業の株式強制譲渡法案は、ジンバブエに進出している外国企業の株式のうち、過半数をジンバブエの黒人に強制的に譲渡しなくてはならないという内容の法案でした。当然ながら、まともなビジネスができないので、外資系企業は一斉にジンバブエから撤退します。これで外国企業は存在しなくなり、ジンバブエの物資不足はさらに深刻化します。
Robert Mugabe
2017年12月の軍事クーデターでムガベは失脚し、国外追放されるまで、30年にわたって大統領を続けます。首相就任から数えるとムガベ政権は37年に及びました。こうしたインフレ事情に鑑みて、日本は2017年までに累計1000億円以上の経済支援を実施しています。アメリカや旧宗主国のイギリスに次ぐジンバブエの主要援助国の一つとなっています。現在、日本はジンバブエから主にプラチナ、クローム、ニッケルなどの資源を輸入しています。
旧通貨であるジンバブエ・ドルは2000年代ハイパーインフレーションによって殆どその価値を失い、ジンバブエはより信用のある9種の外貨を法定通貨として定めました。しかし、実際に流通しているのは米ドルと南アフリカ・ランド(South African Rand)という通貨です。南アフリカ・ランドとは、南アフリカ準備銀行が発行する通貨です。ランドの為替レートは1米ドルが17ランドくらいです。
外務省のWebサイトによりますと、ジンバブエは今も国民の現地通貨に対する不信感が払拭できず、米ドルによる経済が続いています。また、2022年末より巨額の対外債務により発生している延滞債務の解消に向けてアフリカ開発銀行を筆頭にドナー国との対話を開始し、2023年には国際通貨基金(IMF)に延滞債務解消を求めています。対外債務を自国通貨で支払えないのが問題なのです。このように対外債務という財政赤字は、通貨の信認にかかっているのです。ドルとか円は世界的に信認されている通貨なので、財政赤字は税ではなく国債などによって賄えるのです。
(投稿日時 2024年11月1日)