ナンバープレートから見えるアメリカの州ノースカロライナ州・First in Flight

ノースカロライナ州(North Carolina)といえばライト兄弟(Orville and Wilbur Wright) です。1903年、世界で初の有人動力飛行に成功したのがノースカロライナです。ナンバープレートには「First in Flight」と記されています。

License Plate of North Carolina

大西洋岸にあるノースカロライナ州は、周りをヴァジニア州、テネシー州、ジョージア州、そしてサウスカロライナ州に囲まれています。首都はラレイ(Raleigh)、最大の都市はシャーロット(Charlotte)です。チャペルヒル(Chapel Hill)という町には、実に綺麗なノースカロライナ大学(University of North Carolina-Chapel Hill)のキャンパスがあります。どの町も樫の木の緑が豊かです。

Map of North Carolina

ノースカロライナ州には、16世紀半ばに最初のヨーロッパ人探検家が到着するまでに、すでに 35,000人から50,000人の先住民族がいました。主に海岸平野のタカロラ族(Tuscarora)とカトーバ族(Catawba)、アパラチア山脈(Appalachian Mountains)のチェロキー族(Cherokee)が住んでいたと推定されています。1524年にジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノ(Giovanni da Verrazzano)によって探検され、1585年には新大陸で最初のイギリス人入植地がロアノーク島(Roanoke Island)に設立されます。ロアノーク島は、1663年にカロライナ州の一部となります。

1650年代にヴァジニア州ジェームスタウン(Jamestown, Varginia)のイギリス植民地からヨーロッパの永住者がノースカロライナ州にやって来ます。また、ペンシルバニア州(Pennsylvania)からシェナンドー渓谷(Shenandoah Valley)を通ってピードモント州(Piedmont)に大きな荷馬車道を通ってやって来た人、ヨーロッパから船で来た人もいました。誰もが土地と厳格な階級や宗教的制限からの自由を切望していました。初期のノースカロライナ人は、さまざまな宗教、国籍、経済的および社会的階級を代表する異質な集団でした。

Black Mountains

イギリス国教会(Anglican Church)は18世紀初頭に法律によって設立され、聖職者や典礼の権威を強調しました。それに抵抗した信徒、例えば長老派(Presbyterians)、クエーカー教徒(Quakers)、モラヴィア派(Moravians)、ルーテル派(Lutherans)、改革派(Reformed)、バプテスト派(Baptists)、メソジスト派(Methodists)、そして少数のユダヤ人らが新大陸にやって来ます。こうした人々の国籍は、イギリス、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、スイス、フランス、ドイツに及びます。こうして白人のヨーロッパ系アメリカ人コミュニティは何世紀にもわたって拡大し、21世紀初頭までにノースカロライナ州の人口の4分の3近くに達します。

1830年代後半、現存する最大の原住民集団であるチェロキー族のほとんどがミシシッピ川(Mississippi River)西方の土地に強制移住させられます。この追放は1838年から1839年にかけて起こり、「涙の道」(Trail of Tears)として記録されています。しかし、チェロキー族やその他の先住民族の一部はノースカロライナ州に残り、21世紀初頭までに約10万人のネイティブ・アメリカンが州に住み、ミシシッピ川以東の州では最大の先住民族人口を構成します。

North Carolina Beach

アフリカ系の奴隷は、初期のノースカロライナ州の人口の重要な部分を占めていました。米、藍、タバコ、綿といった労働集約的な作物は、特に1790年代に綿織機が登場してからは、州内での奴隷制度の拡大を促しました。21世紀初頭、アフリカ系アメリカ人は人口の約5分の1を占めていました。

ノースカロライナ州のヒスパニック系(Hispanic)人口は、いまだ少数派ではあるのですが、急速に増加しています。ヒスパニック系コミュニティの規模は、1990年から2000年の間に2 倍以上に増加します。同州に新たに住むヒスパニック系住民の多くは、主に農業や製造業、あるいは州の軍事施設での職を求めてメキシコからやって来た人々です。

1903年12月に,自転車屋をしながら兄弟で研究を続け、弟のオービルが動力機によって12秒間,約37mを飛行しノースカロライナ州沿岸の砂地に突込みます。ただ兄弟が世界初の本当に操縦可能な飛行機を作って飛行に成功したのは,これからさらに2年後のことです。

First in Flight

奴隷労働に基づく18世紀の農業経済は19世紀まで続きました。1861年に連邦から脱退。南北戦争後、脱退命令を破棄して奴隷制を廃止し、1868年に連邦に再加盟します。1940年代にはフォート・ブラッグ(Fort Bragg)を含む全米最大級の軍事施設が置かれ、経済が発展します。農村部の人口が多いのですが、ラレイ・ダーラム(Raleigh-Durham)地域ではハイテク産業が拡大しています。生産物はタバコ、トウモロコシ、そして家具などの製造業が盛んです。ノースカロライナ州の白人と黒人の生活条件の格差は依然として存在しますが、同州ではますます多くのアフリカ系アメリカ人が教育、芸術、スポーツ、ビジネス、政治の分野で重要な地位を獲得しています。

ノースカロライナ州は科学技術の研究開発が非常に盛んなところです。その中心は研究の三角地帯(Research Triangle)と呼ばれるラレイ、ダーラム、チャペルヒル(Chapel Hill)の三つの町です。三つはちょうど三角形のように点在しています。この地域は東部きっての学術や研究エリアで、150もの企業が集中し「東のシリコンバレー」と呼ばれるほど発展しています。

Cape Fear River

農業生産品は鶏卵、豚、牛、牛乳の他にタバコ、大豆が主要なものです。他にも織物、化学工業、電子機器、製紙も知られています。意外なことですが、ノースカロライナ州はカリフォルニア州以外で最大の映画制作を行っている州の1つでもあります。

スポーツも盛んな地です。特に大学バスケットボールとフットボールは全米でも有数です。大学間での競争が激しいことにもよります。デューク大学(Duke University)、ウェイクフォレスト大学(Wake Forest University)、ノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)、ノースカロライナ大学が競っています。ノースカロライナ大学は、アメリカで最初に生まれた公立大学としても知られています。

Bald Head Island

ノースカロライナには、「タールのついた踵の州」(Tar Heel State)といって「粘り強い、苦境にもまけない州と人々」という意味のニックネームがついています。1987年に私はチャペルヒルにあるノースカロライナ大学でLDの研究者を訪ねたことがあります。その名前と町並みが印象に残っています。
(投稿日時 2024年3月6日)