銀行がどのようにお金を作り出すか、という過程は私どもの直感とは少し異なるため、非常に興味深い話題です。一般的には「誰かが預けたお金を、銀行が別の人に貸し出している(又貸し)」と思われがちです。しかし、現代の貨幣論、特にイングランド銀行(Bank of England) などの中央銀行も認めている見解では、「貸し出しによって預金が生まれる」と考えます。これを「信用創造(credit creation)」と呼びます。
ケンブリッジ大学(University of Cambridge) の経済社会学者にジェフリー・インガム(Geoffrey Ingham)がいます。主著は 1996年論文「貨幣は社会関係(Money is a Social Relation)」と、2004年著書「貨幣の本質(The Nature of Money)」です。彼の貨幣論は、経済学・社会学・歴史学の学際的視点から貨幣の本質を根底から問い直すものといわれています。というのは、伝統的な商品価値としての貨幣論から訣別する先駆的な理論といわれるからです。その理由は以下のようなことです。
インガムの理論は4つの基本要素からなります。第一は、計算貨幣(Money of Account)という最も根本的な概念です。インガムにとって、貨幣の最も根源的な機能は「計算単位(measure of value)」です。円、ドル、ポンドといった抽象的な価値の尺度が先にあり、その単位で表示された信用や負債が「貨幣」となるというのです。交換を可能にする「媒介手段」より、価値を計測し記録する「計算単位」こそが貨幣の本質だと強調します。これはメイナード・ケインズ(Maynard Keynes) が「貨幣の計算単位は貨幣理論の本源的概念だ」という洞察を継承したものといわれます。
第二は、信用貨幣論(Credit Theory of Money)です。インガムは、アルフレッド・イネス(Alfred Mitchell-Innes)の貨幣の信用理論を発展させ、貨幣の発行とは負債の創造であり、銀行が貸出を行うとき、銀行の負債(預金)が新たに「創造」されると主張します。この考えは前述した信用創造とも呼ばれています。貨幣を受けとった者は「将来において財・サービスを受け取る権利」を得るのです。
現在、経済や財政において「貨幣のあり方が変わっている」と言われる背景には、いくつかの重要な要素があります。これらの変化は、特にデジタル化や金融技術(フィンテック:FinTech)、そして中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)などの進展に関連しているようです。フィンテックとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、IT技術を活用した革新的な金融サービスや事業領域のことを意味します。具体的に言うと、以下のような貨幣のあり方の進展が挙げられます。
割当制を採用していない他の領域では、少数派グループのメンバーは選考プロセスにおいて優先権または特別な配慮を受けています。合衆国では、大統領令による積極的差別是正措置は、当初は人種に関わらず選抜を行うことを意味していました。そして大学入学選抜においては、2003年の最高裁判所のグラッター対ボリンジャー(Grutter v. Bollinger)事件起こります。ミシガン大学ロー・スクールを受験しますが不合格となった原告は、大学側が人種的少数派を優遇し、成績の良い白人応募者を差別すのは、合衆国憲法修正第14条の平等保護条項に違反しているとして訴えます。 最高裁は5対4の僅差でロー・スクールの入試政策は合憲であると裁決したのです。
2023年に学生公正入学協会対ハーヴァード(Students for Fair Admissions v. Harvard) 事件でこの判決が覆されるまで、この優遇措置は広く実施されていました。この事件は、ハーヴァード大学が入学選考で人種を考慮するアファーマティブ・アクションがアジア系への差別にあたるとして争われた訴訟です。2023年6月、最高裁はこの選考基準が「法の下の平等」に違反し違憲であるという画期的な判決を下すのです。
このところ若者だけでなく中年の主婦が「あの品物をググってみた」と使うのを耳にします。先日アメリカの友人が、スーパーボウルの話題について「You should be able to google the article of NFL. 」(NFLの記事を検索できるぞ)と書いてきました。今や「 google」も動詞化されているのです。言葉は生き物ですから、多様に変化するのは当然としても、こからどこまでこうした単語が動詞化され、愛嬌とおかしみという「フラ」が生まれるかは興味あることです。
1992年6月に締結された「生物の多様性に関する条約(Convention on Biological Diversity)」の前文は、「締結国は、生物の多様性が有する内在的な価値並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺伝上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上レクリエーション上及び芸術上の価値を意識し」という表現を使い次のような多様性をうたっています。
持続可能な社会とは、生態学的限界によって定められた境界内で生きることを目指す社会です。電気自動車の普及とか、公共交通の利用などで環境に過度の負担をかける慣行が改革または廃止されることにより、皆が安心して暮らせる継続的な社会を維持することができます。最後に、持続可能な開発とは、現在および将来の世代のニーズに対応し、経済、社会、環境の考慮事項を意思決定にうまく統合する社会発展のプロセスを指します。17の目標とわれるSDGs(Sustainable Development Goals) は、この持続可能な開発を実現するための具体的な課題リストとなっており貧困や教育、ジェンダー、気候変動を含んだ包括的な目標となっています。
イタリアの特にオペラの歴史において、「三大作曲家」とか三大巨匠と称されるヴェルディ、プッチーニ、そしてロッシーニは、その華麗な音楽とは裏腹に、私生活や作品において極めて「過激」なエピソードを残しています。オペラ王の異名を持つヴェルディはイタリア統一運動の英雄的な存在であり、その頑固さと妥協しない性格が過激さとして表れました。妥協なき芸術性の持ち主で、劇場支配人や歌手の要求を跳ね除け、自身の音楽的信念を強引に押し通したといわれます。代表作として『椿姫(The Lady of the Camellias)』や『アイーダ(Aida)』があります。歌詞の中に革命歌も取り入れているほどです。
本日、1月第3月曜日はアメリカの祝日の一つ、「 Martin Luther King Jr. Day」(キング牧師記念日)です。1983年にキング牧師の功績を称え、その生誕を記念する祝日を制定する法案がレーガン大統領政権下で可決され署名されました。キング牧師の暗殺から15年後のことです。キング牧師の演説 「I Have a Dream」(私には夢がある)は世界中の学校の教科書に載ったといわれるほど明快で力強い響きがあります。
1963年8月、ワシントン大行進(Civil Rights March on Washington)で行われたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「私には夢がある」演説は、アフリカ系アメリカ人の公民権と経済的権利を熱烈に要求し、奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)と憲法にもかかわらず、国家が平等の約束を果たせていない現状を浮き彫りにしました。キング牧師は、人種隔離のない未来のアメリカ、つま肌の色ではなく人格で人々が判断される未来のアメリカというビジョンを明確に示し、統合と友愛というこの夢を実現するために非暴力による抗議を訴えたのです。この演説は公民権運動(Civil RIghts Movement) にとって決定的な瞬間となり1964年の公民権法(Civil Rights)成立のきっかけとなりました。
I have a dream that my four little children will be not judged by the color of their skin but the content of their character.
ワシントン大行進 (沖縄タイムズより引用)
キング牧師は非暴力抵抗を訴え、信奉者たちに尊厳を保ち、憎しみを避けるよう促し、彼らの闘争を平和的手段による正義を求める運動へと変容させます。人種差別と不正義を終わらせるための即時の行動を呼びかけ、アメリカ全土の山々から「自由の鐘を鳴らせ!(Let freedom ring)」、そして「必ずや自由を」(Free at last!)という力強い合唱で演説を締めくくります。このフレーズは、自由を求める全国的な要求を象徴するものとなりました。
国際政治では、国家が自国の安全保障と国益を最優先する現実主義が見られます。チェンバレンは当時のイギリスの軍備が未整備で時間稼ぎをした面もあり、「実力が整うまで対立を避けたい」という現実的な動機があったといわれています。ヒトラーには、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)で取り上げられ、チェコスロバキア領(Czechoslovakia)となったズデーテン地方(Sudetenland)を取り戻したいという意図がありました。トランプも「アメリカ第一主義」に基づき、ロシアより中国を競争相手と見なす優先順位から、ロシアとは緊張を高めたくないという発言を繰り返してきました。トランプの譲歩や対話が必ずしも弱腰ではなく、戦略的な判断をしているということも伺えます。
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