心に残る一冊 その16 「蝉しぐれ」 その二 海坂藩

藤沢周平の出身地はかつての庄内藩。彼の多くの作品にでてくる城下町、領国の風土の描写は、庄内藩とその城下町鶴岡が下敷きとなっています。それが架空ですが海坂藩です。後に紹介する長編「三屋清左衛門残日録」や「風の果て」といった作品の舞台も海坂藩を伺わせてくれます。

政変に巻きこまれて父を失い、家禄を減らされた主人公、牧文四郎の成長を描いたのが「蝉しぐれ」です。小説の冒頭では文四郎は15歳。市中の剣術道場と学塾に通い、ひとつ年上の小和田逸平や同い年の島崎与之助と仲がよく、また隣家の娘ふくに不思議と心を引かれ、すこしずつ大人になっていきます。平凡な日々がおだやかに過ぎてゆくなかで、海坂藩内ではお世継ぎをめぐる政争が表面化し、これに養父助左衛門も関与していきます。

城の周りを流れる五間川が氾濫しそうになって、外出中の助左衛門の代わりに文四郎が駆けつけたことがあります。遅れて到着した助左衛門は、金井村の田がつぶれるのを防ぐために、堤防の切開の場所を上流に変更するよう、指揮を執っていた相羽惣六に進言します。金井村の人々はそのときのことを感謝し、後に助左衛門が反逆罪で捕らえられた時には、堤防切開工事に一緒に参加した青畑村の人々と共に助命嘆願書を提出します。

藩内には横山派と稲垣派との政争があり、助左衛門は横山派に加わり、特に村々を回って村方に横山派を作り上げる働きをします。しかし、文四郎が16歳の年の夏、横山派が稲垣派に敗れ、一統12名と共に藩に対する反逆の罪で切腹を言い渡されます。切腹前日、面会を赦された文四郎に助左衛門は言い残すのです。

「父を恥じてはならぬ、母を頼む」