旅のエピソード その50 「モスクワの空港と税関」

イタリアへ始めて行ったときです。成田空港とローマ(Rome)の郊外にある国際空港、フィウミチーノ空港(Fiumicino) を往復しました。この空港は、イタリアのフラッグキャリアであるアリタリア航空(Alitalia)の本拠地です。しかし、私と家内は安い料金を選んだのでアエロフロート航空(Aeroflot)としました。成田からモスクワ(Moscow) のシェレメーチエヴォ国際空港(Sheremetyevo)、そしてローマのフィウミチーノ国際空港という航路です。この選択は間違ったことを後で知りました。

まずは、機内の飲み物と食事などです。ジュースは氷もなくぬるいのがきました。珈琲も熱くないのです。ビールは有料です。食事は可もなく不可もなくといったところです。フライトアテンダントは誠にぶっきらぼうです。

シェレメーチエヴォ空港では、ローマ行きへの乗り換えに2時間半ありました。珈琲を頼むと5ユーロ取られました。フィウミチーノ空港に着いたのは夜の9時頃です。そこには長男が迎えにきているはずです。しかし、持参した2つの大きな荷物が出て来ないのです。1時間あまりターンテーブルのところで待ちました。待つのを諦めて係員に翌朝に再度来るといって荷物を保管してもらうよう頼みました。その間90分くらいかかり、待ち合わせ場所にいくと長男はいません。タクシーで空港近くのホテルに行くと、すでに到着していた長男夫婦が 「待っても来ないので、明日来るのだろうと思った」 というのです。

翌朝空港に行くと家内のスーツケースが届いていましたが、わたしのは行方不明です。調べてもらうと、まだモスクワにあるというのです。一緒に来ていた孫に持ってきた土産が渡せません。荷物が届いたのは3日後のフィレンツェ(Florence)のホテルでした。

思い出深い中部イタリア旅行を楽しんだのですが、帰りローマからの経由地モスクワのシェレメーチエヴォ空港でまた嫌な思いをしました。購入したトスカーナワイン(Toscana Wine)の免税品証明書が袋から剥がれてないのです。税関の女性職員が、厳しい顔をして 「ワインをゴミ箱に捨てなさい」と、頑として持ち出しを許しません。再三懇願しましたが、結局没収となりました。税関職員があとでそのワインを楽しんで仕事の疲れを癒したはずです。

旅のエピソード その44 「天井画から考えたこと」

人間が創造したものとは思われない絵画、彫刻、建物を目の前にして、くらくらするような体験をしました。茫然自失というのはこうした状態なのか、と思いました。ヴァティカン美術館 (Musei Vaticani) のシスティーナ礼拝堂(Sistine Chapel)での出来事です。まさに神がかりとしかいいようがない作品で一杯です。一体、なぜ、どのようにして、人間はこのような造形物を思いついたのか。床に座ってじっと30メートルは続くような天井画を眺めます。いつまでも飽きない時間が過ぎます。そして自問自答をしました。

「自分が絵画に惹きつけられるのでなく、絵画が自分を惹きつける」。天井画の画家は、不自然な姿や格好で何年も何年も描き続けたにちがいない。横に寝そべって描いたのではないだろうか。パレットの絵具を筆につけ、頭を持ち上げる、絵を描く、それを繰り返し繰り返しやったのだろう。いや、もしかしたら地上でパネルに描いてそれを組み合わせて完成させ、それを天井に張り付けたのかもしれない。しかし、天井画のどこを眺めても張り合わせたような痕跡は見つからない。とすれば、やはり寝そべって完成させたのか。

もう一つの憶測。それは大勢の画家が分業して完成させたのかもしれないということだ。ある画家は女性だけを描き、他の者は男性だけを描き、別な者は静物などの背景を描く。そうすれば絵全体の調和はとれるはずだ。しかし画家はそんなことをするだろうか。一人の画家が一つの作品を作るのが普通だろう。一つの絵画に複数の画家の名が並ぶ話はきいたことがない。だが、天井画には画家の名前は見あたらない。もしかして、画家は誰にも見えない箇所に、しかも小さな文字で「Michelangelo」と書き残したのかもしれない。自分の命は絶えても、誰もが名前を残したくなるものだから。
—————————————————–