お金の価値 その十六 お金と財政赤字にまつわる神話

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 お金の価値に関する最後の話題です。日本の経済にはいろいろな神話というか、人々にすり込まれている誤った理解があるといわれます。それは、「借金はいけないのだ、節約して貯蓄が大事なのだ」という声です。これは、家計の場合には当てはまります。ところが家計と政府の会計は全く別な仕組みなのですが、それをごちゃまぜにしているため、政治家、経済学者、国民は「財政赤字は支出過剰の表れなのでこれを改めなければならない」という声になるのです。別な見方からすれば「増税して支出を賄わなければならない」というのです。つまり、政府が社会保障や公共事業をはじめ様々な行政サービスを提供するための経費(政策的経費)を支出し赤字が出たときには、国民のお金いわば税金が必要だというのです。しかしこの見解が正しいのかという問いがでてきます。
 
 財政赤字は、政府が身の丈以上の支出をしている証拠だと信じている人が多いのです。借金が膨らみすぎると破産、差し押さえ、有罪になると心配するのです。こうした誤解は、家計のあり方の延長で長らく教えられてきたのですから、やむを得ないところもあります。いわば教育の問題なので仕方ないのです。ですがこの財政赤字の説明は誤りなのです。

日本銀行

 政府の帳簿に財政赤字が記帳されるのは、支出が税収を上回ったときです。しかし、ここで考えて欲しいのは、借方ー貸方という会計の原則を使うと次のように説明できることです。政府が「国内で100万円を使ったが、税収は90万円だった」とします。この差額は政府赤字と呼ばれます。しかし、この差分は別の見方ができます。政府赤字は誰かの黒字になるということです。つまり赤字は政府から民間へと資金が流れている状態のことです。政府の10万円のマイナスは、常に経済の他の部門で10万円のプラスになるのです。赤字か黒字のいずれかが良い、あるいは悪いということではないのです。

米ドル紙幣

 政府がお金を使い過ぎることで財政赤字が大きくなることもありえます。ここで理解しておくべきことは、過剰な支出とはインフレということです。ですが、財政赤字は大きすぎないように、政府は適切な金融政策を実施しています。巨額の財政赤字の継続は、ハイパーインフレ状態のことです。現在、我が国の財政赤字はインフレではなく、デフレの状態なのです。財政赤字は、子どもや孫の世代の負担になるということが財務省のサイトで公言されています。赤字を垂れ流すのは子や孫にツケを回すということらしいのですが、、、。これもまた家計簿と政府の会計簿をごちゃ混ぜすることから生まれる誤解です。政府の赤字は国民の赤字ではないのです。

 日本銀行のサイトによりますと、多くの国における通貨への信認は、中央銀行が保有する金等の資産によって直接支えられるものではなく、適切な金融政策によって「物価の安定」の実現を図ることを通じて担保されるとあります。日銀は、支払の決済手段である通貨を発行することができるため、一時的に赤字や債務超過となっても、金融政策を行う能力が損なわれることはないのです。通貨の信認とは、発行国の経済状況や政治的状況、地理的状況などから総合的に判断されます。それ故に、円や米ドル、スイスフラン(Swiss Franc)などが安全な通貨とされているのです。

スイスフラン

(投稿日時 2024年11月2日)
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参考資料(順不同)

森永卓郎 「ザイム真理教」三五館シンシャ 2023年
藤井 聡 「公共事業が日本を救う」 文藝春秋社 2010年
藤井 聡 「プライマリーバランス亡国論:日本を滅ぼす国の借金を巡るウソ」 扶桑社 2017年 
藤井 聡 「列島強靱化論:日本復活5カ年計画」 文藝春秋社 2011年
藤井 聡 「MMTによる令和「新」経済論:現代貨幣理論の真実」 晶文社 2019年 
財務省 「これからの日本のために財政を考える」
 https://www.mof.go.jp/zaisei/reference/reference-03.html
財務省 「日本の借金の状況」
 https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-situation/financial-situation-01.html
財務省 「財政はどのくらい借金に依存しているのか」
 https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
檜垣紀雄 「藩札の果たした役割と問題点」 金融研究ß8:1 2019年
井上智洋 「MMT 現代貨幣理論とは何か」 講談社 2019年
ランダル・レイ 「MMT現代貨幣理論入門」 東洋経済新報社 2019年
アダム・ファーガソン(Adam Ferguson)  「ハイパーインフレの悪夢: ドイツ「国家破綻の歴史」は警告する」 2019年
伊藤宣広 「ケインズー危機の時代の実践家」 岩波新書 1990年
ステファニー・ケルトン  「財政赤字の神話」 早川署 2020年
日本銀行 https://www.boj.or.jp/index.html 

お金の価値 その十五 ジンバブエのハイパーインフレーション

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 アフリカ大陸の南部に位置する共和制国家にジンバブエ(Republic of Zimbabwe)があります。Wikipediaや世界大百科事典などの資料からジンバブエのハイパーインフレーションを紹介することにします。

 ジンバブエはもともとローデシア(Rhdesia)と呼ばれていました。その頃は、ジンバブエはかつて「アフリカの穀物庫」ともいわれるほどの農業が盛んな国だったようです。ですが肥沃な土地の90%はイギリス人が経営していました。1980年にイギリスから独立後、最初の選挙で勝利して首相に就任したのがムガベ(Robert Mugabe)です。1987年に首相職を廃止し、大統領に就きます。大統領の初期は、同国多数派の黒人のために保健制度や教育制度を整備したとして、手腕を評価されます。大統領は初めは黒人と白人の融和政策を進め、国際的にも歓迎されますが、やがて失政、暴言、汚職、拷問、地位を利用した蓄財、選挙不正、病気の流行、食糧不足とあらゆる問題や疑惑が持ち上がります。2000年8月から4,500人の白人所有の大農場を補償なしに強制収用し、共同農場で働く黒人に再配分する「ファスト・トラック」(Fast Track)を実施します。

ジンバブエ

 混乱と腐敗した土地強制収用の結果、主要な外貨獲得産業である農業の生産が落ち込み、食糧危機、外貨不足などにより、経済及び国民生活に深刻な影響をもたらします。2003年には国民の約半数にあたる500万人が国際社会からの食糧援助に頼らざるを得ない事態が生じます。外貨収入源であるタバコ等の換金作物生産が落ち込んだことから外貨が払底し、燃料、電気、機械・部品、生産設備の輸入が困難となり、製造業、鉱工業も大きな影響を受け、失業率は70%を超える等、経済活動及び国民生活に大きな困難が生じました。

 さらに労働者からの賃上げ要求に対応したり、選挙費用を捻出するために、通貨のジンバブエ・ドルを無節操に発行したりします。物資の不足、そしてインフレの進行を決定的にしたのが、2007年6月に出された価格統制令でした。これは、インフレ対策として、政府が「ほぼ全ての製品・サービスの価格を強制的に半額にする」というものでした。しかしながら、これは経済の基本を完全に無視したものといわれました。無理に半額で売らせても、メーカー、小売店は利益にならないからです。利益にならず赤字になり、そのまま倒産してしまうというわけです。

 2007年9月にジンバブエ議会を通過した「外資系企業の株式強制譲渡法案」も、経済の混乱・インフレの進行に拍車をかけました。外資系企業の株式強制譲渡法案は、ジンバブエに進出している外国企業の株式のうち、過半数をジンバブエの黒人に強制的に譲渡しなくてはならないという内容の法案でした。当然ながら、まともなビジネスができないので、外資系企業は一斉にジンバブエから撤退します。これで外国企業は存在しなくなり、ジンバブエの物資不足はさらに深刻化します。

Robert Mugabe

 2017年12月の軍事クーデターでムガベは失脚し、国外追放されるまで、30年にわたって大統領を続けます。首相就任から数えるとムガベ政権は37年に及びました。こうしたインフレ事情に鑑みて、日本は2017年までに累計1000億円以上の経済支援を実施しています。アメリカや旧宗主国のイギリスに次ぐジンバブエの主要援助国の一つとなっています。現在、日本はジンバブエから主にプラチナ、クローム、ニッケルなどの資源を輸入しています。

 旧通貨であるジンバブエ・ドルは2000年代ハイパーインフレーションによって殆どその価値を失い、ジンバブエはより信用のある9種の外貨を法定通貨として定めました。しかし、実際に流通しているのは米ドルと南アフリカ・ランド(South African Rand)という通貨です。南アフリカ・ランドとは、南アフリカ準備銀行が発行する通貨です。ランドの為替レートは1米ドルが17ランドくらいです。

外務省のWebサイトによりますと、ジンバブエは今も国民の現地通貨に対する不信感が払拭できず、米ドルによる経済が続いています。また、2022年末より巨額の対外債務により発生している延滞債務の解消に向けてアフリカ開発銀行を筆頭にドナー国との対話を開始し、2023年には国際通貨基金(IMF)に延滞債務解消を求めています。対外債務を自国通貨で支払えないのが問題なのです。このように対外債務という財政赤字は、通貨の信認にかかっているのです。ドルとか円は世界的に信認されている通貨なので、財政赤字は税ではなく国債などによって賄えるのです。
(投稿日時 2024年11月1日)

お金の価値 その十四 ワイマール共和政のハイパーインフレーション

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 ワイマール共和政の経済状態に触れる前に、インフレーションのおさらいをしておきます。現在、長い間デフレといわれている日本では、身近な日用品や食品、料理品、サービス、ガソリン、電気やガスなどが値上がりしています。この主たる理由は、円安による輸入価格の値上がりや賃金の上昇が原因といわれます。このような円という通貨が安くなるために起こる物価上昇を「コスト・プッシュ・インフレーション」(cost push inflation)と呼ばれています。インフレーションは、国民の総需要が総供給量を上回り物価が上昇すること現象です。しかし、原材料や仕入れ価格、輸送費の上昇を販売価格に上乗せせざるを得ない供給側の問題が現在の「コスト・プッシュ・インフレ」なのです。

hyper inflation on street

 前述のように国民の需要が供給を上回り物価が上昇するがインフレーションです。このことを「ディマンド・プル・インフレーション」(demand pull inflation)といいます。需要(ディマンド)が物価の上昇を誘因するインフレという意味です。この「ディマンド・プル・インフレ」は、賃金の上昇などによって消費者の懐が温かくなり、商品が少々価格が高くても手に入れたい状況のことです。景気が好調な時に起こる現象です。2%位の物価上昇は健全な状態といわれています。

 一般的にコスト・プッシュ・インフレは「望ましくないインフレ」、ディマンド・プル・インフレは「健全なインフレ」と認識されています。現在の原材料や仕入れ価格、輸送費の上昇によって起こっている物価上昇は、「望ましくないインフレ」なのです。

 これまで世界には、いろいろな経済的な危機に見舞われています。その例を二つ紹介します。第一は、1918 年から1933年までのドイツ国家、ワイマール(Weimar)共和政のハイパーインフレーション(hyper inflation)です。ドイツは第一次世界大戦に敗れ、1919年6月に、戦勝国であるフランス、アメリカ、イギリスと、連合国が被った損失と損害に対する責任を実質的に認めるベルサイユ条約(Treaty of Versaillesに署名します。この条約による戦争費用の請求書である賠償金額は、今日の換算で約4,400億ドル、65兆円という額に達しました。この巨額の負担は、ドイツが敗戦後の再建を図る際の大きな経済問題になります。全海外領土と本国の13%を失い、ラインラント(Rhineland)の占領と非軍事化が実施されます。ドイツは賠償の支払いに滞ると、1923年1月にフランスが賠償不払い問題を口実にベルギーとともにルール地方(Ruhr area)の占領に踏み切ります。この占領は、ルール地方は石炭の産出で知られ、工業も盛んな地帯であったからです。

Hyper Inflation with children

 1923年に、ワイマール共和政の通貨パピエルマルク(Papiermark)の価値の暴落が起こります。パピエルマルクとは、「紙のマルク」という意味で、1万マルク紙幣のことです。第一次世界大戦の戦費の負担と、敗戦により課された巨額の賠償により、通貨が乱発されて価値が大幅に下落したのです。マルクの購買力が半日で半分から3分の1になり、賃金や給与は支給直後に物に替えなければならなくなりました。

 小売業や農民は価格上昇を見越して売り惜しみ、物々交換のみに応じるようになります。田舎では豊作にも関わらず、農家がどんな代価を払っても紙幣を受け取ることを断固、拒否したため、収穫は田畑に残ります。食料を手に入れられず、町は飢えて子どもの栄養失調や餓死が続出したといわれます。店舗にはものすごい行列ができ、人々はお金を手に入れるとすぐに、物価が再び上昇する前に、狂ったようにお金を使い始めす。食事をしに行くと、注文してから会計までの間に費用がかさんでしまうことも珍しくなかったといわれます。一般庶民は貯蓄を失なう状態となります。
 
 アダム・ファーガソン(Adam Ferguson)という経済学者は、ワイマール・ドイツにおけるハイパーインフレの原因と現実の姿を次のように記述しています。

「昼夜を問わず、国内の30の製紙工場、150の印刷会社、2,000台の印刷機が働き、紙幣の猛吹雪を絶え間なく増大させ、その下で国の経済は消滅した。」

「カフェーでビールを一杯注文するにも、慎重な人は初めから二杯目を注文しておく。多少なまぬくくなるかもしれないが、その間に値段が上がってしまうといけないからである。」

Carrying money

 ハイパーインフレとなれば、こうした状態になるという例え話です。1922年中には1ドルが162マルクから700マルクまで暴落し、1923年10月のハイパーインフレのピーク時には、1ドルで4兆2,000億マルクが買えるという天文学的数字を記録します。商品の価格は1日あたり21%上昇し、政府は100兆マルク紙幣を導入しました。給料をもらったり、お金を運んだりするのは事実上不可能で、手押し車、かご、スーツケースが必要だったようです。価格を計算して紙幣を数えるのに数分かかる有様になったといわれます。

 1923年10月にザクセン(Saxony)に左翼政府が誕生し、共産党が革命計画を進め、11月にヒットラーによるミュンヘン(Munich)一揆が起こります。同年10月に政府はようやく発行限度を持ち、全産業である農業や商工業の保有資産を担保として、レンテンマルク(Rentenmark)という銀行券を発行します。1レンテンマルク=1兆マルクの比率で回収し、以降は紙幣発行による赤字財政を中止します。これによりインフレは沈静化し、レンテンマルクは安定した通貨価値を持つことに成功するのです。当時この現象は「レンテンマルクの奇跡」と呼ばれます。

 その間、国防軍の力で各地の反乱を鎮めるとともに、経済復興を望むアメリカと革命化を恐れるイギリスの助けを借りて、1924年8月にドーズ案(Dawes Plan)を締結して、賠償問題を暫定的に解決し、ドイツはようやくハイパーインフレを乗り切るのです。ドーズ案とは、アメリカ人の銀行家であるドーズ(C. G. Dawes)が提案したドイツの賠償の支払金額減額による解決案です。賠償不履行による賠償問題は、大戦後の平和にとって不安定材料として懸念されていたのです。ドーズ案は1924年に成立し、アメリカからドイツに多額の資本が流入します。その後、1925年7月にフランスはルール地方から撤退します。
(投稿日時 2024年10月31日)

お金の価値 その十三 インフレーションとハイパーインフレーション

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ハイパーインフレーション(hyper inflation)は、物価上昇率が非常に高い状況、さらにその上昇率が加速していく状況のことです。数値による定義は様々ですが、フリードリッヒ・ケーガン(Friedrich Kagan)という経済学者は、ハイパーインフレーションを「月間50パーセントの以上のインフレ率」と定義しました。また、別の学者は、「3年間で累積100%以上の物価上昇」とも定義しています。

インフレーションとは、「膨らんだ状態」という意味です、アメリカの南北戦争時に戦費調達の臨時処置として発行した紙幣の通称が「グリーンバックス」(greenbacks)です。紙幣の裏面が緑色であったのでこう呼ばれました。この紙幣の発行量の膨張に伴って、物価が著しく騰貴したことからインフレーションという用語が定着したといわれます

物価が上昇すると、通貨の流通速度が増します。通貨の購買力が急速に低下するので、誰も通貨をあまり長く持たないで、すぐ使った方がよいという世相になります。明日になると同じ通貨で買えるものが減ってしまうので、賃金は月払いではなく日払いを求めるといった状況も生まれます。現在の日本では、お金をすぐ使わないで貯金しておこう状態です。インフレーションではなくデフレなのです。

アイザワ投資大学より引用

最も一般的なインフレーションの尺度は消費者物価指数(CPI; Consumer Price Index)と呼ばれます。消費者物価指数とは、全国の世帯が購入する財やサービスの価格の変動を測定する経済指標のことです。消費者物価指数は次の簡単な式で表せます。
消費者物価指数(CPI)=(比較時の費用/基準時の費用)×100

例として、一年前に300万円だった物価が今年は315万円になったとしますと、300万円/315万円×100で、消費者物価指数は105となります。

多少のインフレーションは望ましいことであると主張したのが、イギリスの経済学者ケインズ(John Keynes)です。彼は、インフレーションは名目収益を増やすことになり、債務返済を容易にすることで、投資の促進に役立つといいます。その一つの例は、アメリカで1974年に、多額の学生ローンを抱えて大学を卒業した人々は、カーター(James Carter)政権の1970年代後半のインフレーションに感謝したといわれます。というのは、ローンの返済額は名目で固定されていたので、インフレーションによって名目賃金が多かれ少なかれ増えたために、返済が楽になったのです。私も日本育英会、今の日本学生支援機構から借りたローンの返済で同じ経験をした一人です。住宅ローンを固定金利で持っていた庶民が、適度のインフレーションを期待するのと同じことです。

ケインズは、消費を直接的に増やす財政支出政策が最も効果があると主張した学者です。彼の有効需要創出の理論を提唱します。有効需要とは、貨幣の支出に伴って市場に現れる需要のことです。ケインズはは不況時は政府が財政出動し、過剰な生産に応えられるように有効需要を創り出すべきと説いたのです。彼の理論が、大恐慌に苦しむアメリカのルーズベルト大統領(Franklin Roosevelt)によるニューディール政策(New Deal)の強力な後ろ盾となったのは有名です。ニューディール政策により、大規模なダム・道路建設工事などの公共事業をとおして失業者に仕事を与えました。

John M. Keynes

インフレーションとは、物の価格の上昇による貨幣の購買力の低下を意味します。ほとんどの西側諸国や日本はわずかなインフレーションを望んでおり、年間目標を約2%に設定しています。その理由は、消費と企業活動を奨励するという考えからです。ケインズが予測したように、供給が需要に追いつかないときは、供給を促すための投資が必要だという論理です。

後述するドイツ、ワイマール共和国政府は、物の価格の上昇は、紙幣をもっと印刷するだけでこの問題が解決すると把握していたようです。当時の通貨であるドイツマルクに対する対外的信認がなくなり、金融市場での借り入れがほぼ不可能になったため、紙幣の発行と経済不況は悪循環となっていきます。紙幣の印刷の問題は、適度なインフレーションか、制御不能なインフレーションにつながりかねないということです。ドイツマルクに対する対外的信認とは、賠償支払いをドイツマルクで果たそうとしたドイツに対して、フランスなどが「マルクでは駄目だ、ループルとかポンドで払え」ということです。というわけでどの国も、次稿で紹介するワイマールのような事態にならないように通貨の発行や信認に注意を払っているのは当然です。
(投稿日時 2024年10月30日)

お金の価値 その十二 消費税の増税

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 現在、消費税の増税や減税について議論されています。この議論は、しばしばその長期、短期的な影響についての両面から注目されています。まず注目しなければならないことです。それは消費税の増税は、消費者の負担増や景気に及ぼす影響と家計への負担を中心とする経済政策に影響を及ぼすことです。増税によって消費者の購買力が一時的に低下する可能性があり、その結果、全体の消費活動が抑制されることが懸念されます。消費の減少は、生産、雇用、所得の低下につながり、結果として経済全体の成長に悪影響を及ぼす可能性があるのです。なお、消費税は間接税です。所得税とか相続税、入湯税などは直接税といわれます。

軽減税率

 家計にとっては、消費税増税は直接的な影響を与えます。日常生活で必要とされる商品やサービスの価格が上昇することで、家計の生活費は増加します。特に、低所得者層や固定収入の家庭では、消費税増税による負担の割合が収入に占める割合が大きくなりがちです。これは、所得が低いほど消費に占める税負担の割合が高くなる逆進性の問題と関連しています。消費税減税や廃止は、こうした問題を解決する方策となるかもしれません。消費者の買い控えは経済全体の成長を妨げる要因となり得ます。

 次に消費税増税の持つメリットです。増税による歳入の増加は、全世代が恩恵を受ける社会保障制度の持続や高齢化社会における医療や介護の資金源となります。また若い世代への教育や子育て支援などにも貢献します。消費税は、いうまでもなく消費者が商品やサービスを購入する際に課せられる税金です。消費者が負担し事業者が納付します。その収入は景気の変動に比較的左右されにくいという特徴があるといわれます。経済状況が変動しても国民の基本的な生活必需品や日常的に利用されるサービスは不可欠であるがゆえに、国民は消費税を黙認し、税収が大きく落ち込むことが少ないのです。

 消費は、国民の実質所得に影響を受けます。総務省が10月5日に発表した5月の家計調査があります。それによりますと、2人以上世帯の消費支出は29万328円と物価変動の影響を除いた実質で前年同月比1.8%減少で、マイナスは2カ月ぶりとあります。その要因として円安の影響で海外旅行が伸びなかったこと、物価高が響いて食料の支出も減ったとあります。消費支出の3割を占める「食料」は3.1%減ということです。消費税が増税されると、この総消費の減少傾向は一段と続くことが容易に予想されます。全面的な消費税の廃止が難しいのであれば、食料品や生活必需品に限って消費税を廃止するのです。ヨーロッパでは「付加価値税」とか「外形標準税」として課税されています。イギリスでは食料品など生活必需品はゼロ税率であり、フランスでも軽減税率適用です。軽減税率とは特定のものを買う場合のみ税率を軽くすることです。

海外の消費税

 厚生労働省が10月8日に発表した「毎月勤労統計調査」では、1人当たりの基本給などにあたる所定内給与は、2023年の8月と比べて3.0%増加し、31年10か月ぶりの高い伸び率となりました。一方で物価の変動分を反映した実質賃金は、物価の上昇に賃金の伸びが追いつかず、昨年8月に比べて0.6%減少しました。実質賃金が上昇しても物価の上昇が続く限り、消費は増えないのです。実質賃金とは、労働者が実際に受け取った給与(名目賃金)から、消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引いた指数のことです。実質賃金の減少は、当然消費の低下につながります。消費の減少は消費税の低下になり、国の歳入が減ることになります。

 このような状況で、もし消費税増税が実施されれば消費者は購入を控え、全体として国の税による歳入は減ると考えられます。そうすると、いわゆるプライマリー・バランスを達成するために、国の政策の執行に使われる支出も制限されるのは間違いないことです。プライマリー・バランス、つまりに政策的な経費を税収で賄おうとする考え方、そのものが問題なのです。プライマリー・バランス、つまり財政健全化の指標とはデフレを続ける財政方針なのです。
(投稿日時 2024年10月29日)

お金の価値 その十一 国債の種類

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 国債には、数多くの種類があります。財務省のWebサイトによれば、大まかに二つの国債があるといわれます。その中でも知られているのが普通国債です。その例は、建設国債、特例国債、復興債、脱炭素成長型経済構造移行債、子ども・子育て支援特例公債、そして借換債です。建設国債とは、財政法第4条第1項にある、公共事業費、出資金及び貸付金の財源を調達するためのものです。特例国債は別名赤字国債と呼ばれ、税などによる歳入が不足すると見込まれる場合に、公共事業費等以外の歳出に充てる財源を調達するものです。例えば、社会保険制度や年金制度で保険で賄えない場合に、赤字国債で補填するといったことです。復興債は、東日本大震災からの復興のための施策に必要な財源のつなぎとして発行されています。子ども・子育て支援特例公債は「子ども・子育て支援法」に基づき、財源を確保するまでのつなぎとして、2024年度から2028年度まで発行されるものです。

国債は国の債券

 借換債は、普通国債の償還にあてる公債です。毎年度多額の国債償還の満期がやってきます。こうした国債のすべてを償還して終わるのではなく、多くは再度国債を発行して借り換えるのです。ここで知っておくべきことは、借換債によって、国の債務が増加するわけではありません。例えとして家計でいえば、借金を返済するために、新たに借金し、前の借金を返すということです。借金額が変わらず長く続くだけのことです。

 かつては赤字国債の発行にあたり毎年度、国会の議決で特例法を制定していました。それでは手続きが煩雑で時間がかかるので、2012年度の途中からは複数年度にわたり適用される特例法に基づいて特例公債が発行されるようになりました。現在は、特例公債の発行期間を2021年度から2025年度までの5年間とし、一般会計の歳出の財源にあてています。個人向け国債については、額面1万円から、1万円単位で、新窓販国債については、額面5万円から、5万円単位で購入可能です。国債は、市場で売買される金融商品なので、満期前でも売却し、換金することが可能です。

 再度申し上げますが、国債の償還等の経理を行う国債整理基金特別会計では、毎年度多額の国債の満期がやってきます。このとき利払い費を含めて国債のすべてを償還して終わるのではありません。多くは再び国債を発行して借り換えるという措置をとります。これを借換国債といい、通常は借換債と呼ばれています。このように借換債の発行によって、国の債務は借り換えという措置によって、増えることはないのです。

昭和の戦時国債

 財務省のサイトによれば、日本では、歳出と歳入の乖離が広がり借金が膨らんでおり、受益と負担の均衡がとれていない状況だと言っています。日本経済をオオカミ少年のように「危ないぞ、危ないぞ」と言っているようなものです。現在の世代が自分たちのために財政支出を行えば、これは将来世代に負担を先送りすることになるというのです。これは本当でしょうか。国の借金は国民の借金ではありません。財務省はさらに「社会保障の給付と負担の不均衡状態をはじめ、借金返済の負担が先送りされることで、将来の国民が社会保障や教育など必要なものに使えるお金が減少したり、増税などによって負担が増加する恐れがある」とも言っています。「社会保障の給付と負担の不均衡状態」になるのは、防衛費の増大などによって生まれるのです。

 財務省は国の借金について次のように解説しています。
 「借金が膨らむと、自由に使えるお金が少なくなってしまい、大きな災害などによって多くのお金が必要となった場合に、すぐに対応できなくなってしまう恐れがあります。」 「国の財政状況の悪化により、国が発行する国債や通貨に対する信認が低下すると、金利が大きく上昇したり、円の価値が暴落して過度な円安になってり、物価が急激に上昇するなどのリスクがあります。」

 こうした借金財政に対して、財務省は長らく「税制健全化」ということをうたい文句としています。それは2025年度に国と地方をあわせたプライマリー・バランス(primary balance :PB)を黒字化すること、そして債務残高対GDP比の安定的な引き下げを掲げています。プライマリー・バランスとは、税収や税外収入から国債の元本返済や利子の支払いに充てられる費用などを除いた歳出との収支を表す指標で、「基礎的財政収支」と呼ばれます。つまり、「収入と支出のバランス」のことで、社会保障や公共事業に代表されるような行政が行うサービスにかかる経費を、消費税等の税収で賄えているかどうかを示しています。

 PB黒字化の達成のために、増税案などが叫ばれています。政府は2022年末に、防衛力の抜本的な強化のための防衛費増額とその財源確保を決めました。その財源には法人、所得、たばこの3税で2027年度までに1兆円強を賄う増税策が含まれました。しかし、増税を通じた財源確保について、自民党内から予想以上に強い反発が出たため、2022年末の与党税制大綱には、防衛増税の実施を盛り込むことができませんでした。未だに「財源はどうする?」と問うマスコミに対して、言い訳に苦心する政治家、財務省の官僚がいます。そして結局は増税論議になるのです。通貨発行権のある国の政府にお金の制約はないのです。

 政府は、自民党内部からの強い反対によって、2024年度には、増税をしないと決め、さらに定額減税実施の方針を決めました。増税による恒久財源確保ができない場合は、防衛費増額を見直しているのです。その場合、赤字国債の発行による防衛費の財源確保の可能性があります。このように国債は、プライマリー・バランスによる「税制健全化」方針の論議にいつも登場する話題です。通貨発行権のある国の政府にお金の制約はないと思うのです。もの・サービスの供給能力が問題であってデフレの中、インフレーションを懸念しては事は始まらないのです。
(投稿日時 2024年10月28日)

国政選挙の予測 その九 戦略とキャンペーン

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日本の国政選挙とアメリカの大統領選挙キャンペーンには、いろいろな違いがあります。その一つは、資金の集め方です。現在日本では、政治家個人への献金は原則として禁止されており、政治家に献金する場合は、一政治家が一つだけ指定できる資金管理団体や候補者の後援会などを通じて献金することになります。日本国籍を持つ個人のみ献金が可能で、一政治団体に対して年間150万円迄の政治献金が認められています。これが選挙資金の中心となります。こうして党に寄せられる政治献金などをもとにして、党より公認されると候補者へ選挙資金が配られます。

 アメリカでは、組合などは政党や政治家へ直接献金することが禁止されているため、PAC(Political Action Committee)という政治資金管理団体を設立して資金を調達し、それを通じて政治献金を行なっています。特定の候補者に属して選挙活動を行うPACへの献金は、一人当たり年間5000ドルに制限されています。献金すると税制上も優遇されるため、主に富裕層からの政治献金の受け皿となっています。マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツが今回の大統領選で、民主党候補のハリス副大統領の支持に回り、5000万ドル(約75億円)を民主党のPACに寄付したといわれます。

 アメリカ大統領選挙戦をみますと、集まった献金を使ってテレビCMやSNSなどで他の候補を中傷する「ネガティブキャンペーン(negative campaign)」に用いるなど、特定の政党や候補者への批判や支援につながっている場合が多いようです。例えば、相手を誹謗するような、堕落した(corrupted Joe)、眠りこける(Sleepy Joe)、不正な(crooked Hilary)、変人(weirdo)、精神異常(mental collapse)、精神病質(psychopat)といった言葉遣いです。ネガティブキャンペーンは日本の選挙でもしばしばなされていますが、個人の人格などへの批判や攻撃は少ないです。

Harris vs Trump

デジタル・メディア・コンテンツの台頭
 今日の選挙戦の一つの特徴は、これまで以上にデジタル・メディア・コンテンツが台頭してきたことです。ある調査によれば、テレビの生放送を見る時間は減っています。録画番組を視聴する時は、CMを飛ばすのが常です。全国向けのテレビにおける候補者討論会の生放送でも、視聴しなかった者は若年層に顕著だったようです。投票しそうな有権者の1/3がテレビ生放送は見ないとか、映像を見る際にも45%人々が見ているのは、テレビ生放送以外の内容ともいわれます。少し古い統計ですが、2012年のバラック・オバマ(Barack Obama)とミット・ロムニー(Mitt Romney)による大統領選挙におけるテレビ選挙広告は30億ドル市場といわれ、依然として大手マスメディが広告の最大の出資先となりました。ただどれだけの有権者が選挙広告を見ているかは調査しなければなりませんが、、、

ポジショニング
 トランプは2017年1月の大統領の就任演説において、「何も行動をしない政治家とワシントンDCから権力を奪い、忘れ去られた国民にその権力を取り戻す」と宣言しました。この言葉には彼の選挙戦略が凝縮されています。
I will take power away from inaction politicians and Washington DC and give it back to the forgotten people.

 トランプは自らを「成功した起業家で、過去に政治・行政における一切のキャリアを持たない、史上初の米国大統領候補」という立場を鮮明にしました。あらゆる共和党内候補や民主党候補のビル・クリントン(Bill Clinton)から自らを差別化したといわれます。他の候補者を「不誠実(dishonest)で堕落した(corrupted)候補」として攻撃する一方で、自分自身をその対極にある、「正直(honest)で成果を創出する(entrepreneurial)変革者(change agent)」と自認したのです。こうしたポジショニングは、過去の大統領選挙にはない新たな戦略で、選挙の主導権争いに勝利したといわれます。奇抜な発言や政策、駆使したメディアなどがトランプの勝因だったというわけです。

 候補者は通常、支持基盤を広げるにあたって投票頻度の低い有権者と投票先が揺れる有権者(Swing Voter)の両方をターゲットに据えます。その中で、もともとZ世代を中心とする若者は民主支持が多いとみられてきましたが、トランプ陣営も若い男性に支持を広げ、2024年10月25日現在では予断を許さない情勢だといわれます。トランプ陣営はこのところ投票頻度の低いZ世代に重きを置いているようです。最近は時給20ドルで若者を雇い在宅訪問などによって、ヒスパニックなど白人以外の有権者へも働きかけているといわれます。しらみつぶしのドブ板の選挙戦ともいえそうです。

メディアの活用とポピュリズム
 資金が豊富なハリス陣営はトランプ陣営と対照的に、より幅広い有権者層で票を獲得しようとしているといわれます。選挙イベントや登録推進活動を通じて、トランプを支持していない女性や黒人などの層を取り込む戦略を取っているといわれます。両候補が活用するメディアでも違いが見られています。トランプは、もともと若年層の支持率が低いこともあり、その改善策としてソーシャルメディアに注力しています。他方、ハリスは反トランプ派の支持を広く集めようとして、ソーシャルメディアよりも情報の伝達範囲が広いマスメディアを重要視しています。ワシントン・ポスト(Washington Post)やニューヨーク・タイムズ(Newyork Times)などの全国紙、その他ABC、CNN、NBC、CBSなどのケーブルテレビといった、いわゆる既存の大手マスメディア(mainstream media)を積極的に活用しています。

 今、アメリカでは大きな懸念がメディアに登場しています。それは「フェイクニュース」(fake new)という現象です。フェイクニュースとは「偽り」だけを意味しているのではありません。自身にとって不都合で納得のいかない、情報に対して、「デマ」というレッテルを貼る意図的な政治的な PR 情報のことです。自分に対して厳しい立場のメディアをたたく常套句がフェイクニュースです。もっと懸念することは、フェイクニュースを信じ拡散しやすいのは、自分で情報を検証したり、情報を疑ったりする資質のない人々が大勢いることです。

 我が国では、フェイクニュースはあまり話題とはなりませんが、ポピュリズム(populism)という「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル」になびきやすい層が大勢いるのです。先の東京都知事選挙で、SNSに乗ってポピュリズムに影響を受けた多くの人々の投票行動が話題となりました。各党の戦略とキャンペーンは複雑になり、有権者の選択肢も増えた反面、決断することも難しくなっています。それだけにさまざまな教育的な機会による判断力などの資質の養成が大事な時代となっています。
(投稿日時 2024年10月27日)

国政選挙の予測 その八 投票率

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「若者の投票率はなぜ低下したのか」という津田塾大学での研究を引用してみます。若年層と高齢層の投票率の差は、日本では1970年代は10%程度であったものが、1990年代には20~30%程度、2010 年代は30~40%程度に拡大しています。若者が投票に行かなくては、ますます政治に若者の意見が反映されなくなってしまうのは確かです。なぜ若年層の投票意欲が低いかです。それには「政治的有効性感覚(Political Efficacy)」の観点が欠かせないといわれます。政治的有効性感覚とは、若者は「自分の一票に影響力がない」と感じることです。ここが高齢の有権者の意見と異なるところです。

 有権者は、自分の地域の政治的・経済的状況が変化しつつある時は、政治的有効性感覚の有無にかかわらず、投票という行動に移ると考えられています。このことは特に高齢者にいえることのようです。帰属意識の高い若者が多い地域では、若者の政治的有効性感覚が高く、多くの若者が投票に行くともいわれています。

 公益財団法人「明るい選挙推進協会」の調査によれば、「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はないか」という質問に、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えたZ世代の割合は約7割に上っているとあります。これは一種の「政治的無力感」といえます。Z世代とは、1990年代半ばから2000年代に生まれた世代」を指します。同じ調査では、国会議員・地方議員・首長について、Z世代は「全く信頼できない」と「あまり信頼できない」と回答した割合は7割近くに達しています。

投票意欲

 アメリカの著名な政治学者であるリップハルト(Arend Lijphart)は、選挙における低投票率は問題視しなければならないと主張しています。その理由の第一は低投票率を「不均衡な投票率の結果だ」と指摘するのです。不均衡な投票率によって政治的影響力の差異を生み出していると主張します。金持ちや高学歴層などの「恵まれた人たち」はさまざまな形で政治に関与し、政治的な影響力を行使しがちです。それに対して、「恵まれない人々」は政治的な影響力をそれほど行使しない傾向があり、その結果として投票という政治参加には「階級バイアス」がかかっているというのです。

 Z世代も高齢者も含め、すべての有権者が政治に対する関心を保ち主権者としての意識を有するためには、政治に対する一定の知識も必要と考えます。こうした必要性は、若者に対する学校教育にとどまらなく、有権者となった人々に対しても、継続的な主権者教育への機会を提供し、政治に対する知見をさらに深めることを目指すべきでしょう。
(投稿日時 2024年10月26日)

国政選挙の予測 その七 地域の人口動態

注目

 各地の過疎地域は、山間部や離島などを中心に日本全国に広がっています。全国の市町村の約半数が過疎の問題を抱えており、日本面積で言えば、国土全体の6割弱の割合となっています。人口の減少とともに、税収が減少し行政サービスの廃止や有料化が起こります。人口が減少し過疎化が進むと、必要な人口規模を確保できなくなり、金融機関や病院、飲食店、小売店などのサービスが縮小や撤退につながる可能性が起こっています。

廃校

 それにもまして、気掛かりなことは、コミュニティが希薄化することです。人が少なくなると消費需要が減少し、地元の商店や飲食店も廃業に追い込まれる場合も見られます。商店街がなくなれば、買い物の利便性が低下するだけでなく、住民同士の交流の場も失われてしまいます。

 さらに、地方から流出した人口が都市部へと集中することで、都市部の「過密化」が進みます。都市部は、地方からの労働人口が増え、政党の岩盤層と呼ばれる者の票と若年層を中心とする浮動票とに分かれると思われます。高齢者は概して、保守政党の大事な基盤ですが、若年層はどのような将来設計を立てれるかによってどの政党を選ぶか、あるいは政治に無関心になり投票率が下がることが予想されます。

寂しい商店街

 若年層が都会にやってくると、まずは仕事探しで苦労します。多くの場合、非正規雇用者として仕事に従事しがちです。働く機会がないため非正規労働に就いているのです。賃金が低く、社会保障や福利厚生面で不利な立場にあるため、生活安定や将来への不安が高まります。家を待つとか結婚するなどの夢は大分先のこととなります。企業にとってみれば、非正規雇用者を雇う場合、安い賃金で雇用できますが、人材育成が進まない、業務が限られる、そして従業員が定着しないという課題に直面します。

 デフレといった一種の社会不安が続くならば、有権者の投票行動へも影響します。ましてや裏金事件や裏公認料の配布などによる政治不信が高まるときは、人口動態の如何に関わらず選挙結果に影響すると予想されます。
(投稿日時 2024年10月26日)

国政選挙の予測 その六 経済や景気動向

注目

内閣府のサイトによりますと、今や日本経済は、緩やかなデフレの状態にあると報道されています。そのデフレの要因は、(1)安い輸入品の増大などの供給面の構造要因、(2)景気の弱さからくる需要要因、(3)銀行の金融仲介機能低下による金融要因、の3つがあげられるというのです。私なりに以上の3つの要因は次のように解釈してみます。

第一の「安い輸入品の増大などの供給面の構造要因」とは、安い輸入品の増大によって、国内の原料を使った製品の製造価格が上がり、そのため価格も高くなり売れないということです。ブランド品とかは高くても売れますが、一般の消費者にとっては高値の花ということになります。

第二の「景気の弱さからくる需要要因」とは、実質賃金の上昇が緩やかなために、消費者はモノやサービスを買え控えに走り、需要が供給よりも低くなる状態のことです。需要が高まらないと生産という供給も滞り、企業は製造を抑制するなどして受益が下がるのです。

物価上昇率

第三の「銀行の金融仲介機能低下による金融要因」とは、預金などの資金を借り手や企業に貸し出すことで、資金の流れを仲介する役割です。こうした金融仲介機能を発揮することで、お金を経済の血液として循環させ、地域や経済を活性化することができるのです。しかし、モノを供給する企業の内部留保が増え、銀行の企業への融資などの金融仲介機能が振るわないために、経済の好循環が滞るのです。銀行には、質の高い金融商品とかサービスを提供するといった積極的な金融仲介業務が期待されているようです。

AIによりますと、日本経済の景気回復は、2024年度後半から2025年度にかけて緩やかに進むと予想されています。実質GDP成長率は2024年度は+0.6%、2024年度は+1.1%、そして消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は2024年度は+1.9%、2025年度は+1.4%と予想されています。物価値上げの伸びが落ち着くことで、実質賃金がプラスに転じ、個人消費は緩やかに増加すると予想されています。

新聞などは、AIの予測のように持続的に下落するデフレの状況から潮目が変わってきたとも報道されています。賃金は物価の伸びに追いつかず物価が上がっていても、賃金が上がっていれば大きな問題とはなりません。ですが日本全体で見れば、賃金の上昇率は物価の伸び率を下回っています。物価上昇を考慮に入れた賃金のデータは「実質賃金」と呼ばれています。日経新聞によりますと、2024年4月の実質賃金は前年同月と比べて0.6%減っています。減少は22カ月連続です。このような状況にあっても、消費税増税とか社会保険料の値上げという声が与党や一部の野党から何故でるのかが理解できません。

実質賃金と名目賃金

現在、与党内では2025年度の基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランス(PB)の黒字化目標が大きな焦点の一つとなっています。つまり、2025年度PB黒字化目標を堅持し、財政規律を維持する財政規律派と、2025年度PB黒字化目標を見直すことで、財政出動の余地を広げることを主張する積極財政派との対立が続いています。この対立を国民はどのように受け止めるかが選挙結果に表れると思われます。
(投稿日時 2024年10月25日)