合成の誤謬とは

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 「私はラーメンが好きで、刺身を食べるのも好きだから、ラーメンに刺身を加えて食べるのも好きに決まっている」といった推論は成立するでしょうか。この話では食べ物同士という要素間の相性を無視しています。別の例ですが、会社が同時にリストラや賃金カットなどの費用削減をして利益を上げても経済全体が縮小し、さらに会社の業績が悪化することが往々にして起こるといわれます。

 このように全体の一部の事実を全体の事実であると推論すると非形式的な誤り、誤謬が生まれるということです。「木を見て森を見ず」という状態への警鐘があります。経済活動では、ミクロ(個別)では正しく合理的とされる行動が、マクロ(全体)で見ると逆効果になり、望まない結果を招いてしまうことです。

John Maynard Keynes

 今の日本はコスト・プッシュ型のインフレであるといわれます。原材料費や人件費などの生産コストが上昇し、企業がそのコスト増を製品やサービスの価格に転嫁する状態です。実際、これまで100円だった多くの商品が120円や150円に値上がりしています。つまり100円という貨幣の価値が下がっているのです。そこで、買い物を控えて貯蓄に回そうと考えます。不況時に個人が節約すると、全体の消費が落ち込み、かえって景気を悪化させ、所得が減って貯蓄を取り崩す羽目になる状況も生まれかねません。これが貯蓄の逆説のようなことで、自分だけ貯蓄するのは合理的ですが、全員がそうすると消費が減り、景気が悪化し、結果的に全体の貯蓄額が減るという現象が生まれるのです。

 公共政策を考えると、歳出削減という財政引き締めを国も地方自治体が主張したとしますと、国全体で見ると経済が縮小し、所得税や法人性などの税収が減る可能性があります。このようにミクロの最適化がマクロの全体最適に繋がらないことを示します。この考えを「合成の誤謬(Fallacy of composition)」と主張したのが、イギリスの ジョン・ケインズ(John Maynard Keynes)という経済学者です。彼は、この合成の誤謬を踏まえ、不況時には政府が支出を増やして消費の落ち込みを補うべきだと主張するのです。「鷹の目」という大局観で全体を俯瞰し、個別の行動が社会の全体に与える影響を考慮することの重要性を説いているように思えます。 この概念は、経済だけでなく、システム開発や組織運営など多くの分野で応用される考えです。

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Free At Last !

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本日、1月第3月曜日はアメリカの祝日の一つ、「 Martin Luther King Jr. Day」(キング牧師記念日)です。1983年にキング牧師の功績を称え、その生誕を記念する祝日を制定する法案がレーガン大統領政権下で可決され署名されました。キング牧師の暗殺から15年後のことです。キング牧師の演説 「I Have a Dream」(私には夢がある)は世界中の学校の教科書に載ったといわれるほど明快で力強い響きがあります。

 1963年8月、ワシントン大行進(Civil Rights March on Washington)で行われたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「私には夢がある」演説は、アフリカ系アメリカ人の公民権と経済的権利を熱烈に要求し、奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)と憲法にもかかわらず、国家が平等の約束を果たせていない現状を浮き彫りにしました。キング牧師は、人種隔離のない未来のアメリカ、つま肌の色ではなく人格で人々が判断される未来のアメリカというビジョンを明確に示し、統合と友愛というこの夢を実現するために非暴力による抗議を訴えたのです。この演説は公民権運動(Civil RIghts Movement) にとって決定的な瞬間となり1964年の公民権法(Civil Rights)成立のきっかけとなりました。

Rev. Martin Luther King Jr.

 

 ワシントン大行進でキング牧師は、解放から100年経った今でも黒人アメリカ人は差別に直面し、基本的自由を奪われていると主張し、それを「残高不足」(bad check)と記された「不渡り小切手」(insufficient funds)と呼びました。そして平等の夢としてキング牧師は、自分の子どもたちとすべての人々が偏見なく調和して共に暮らす国家の姿を鮮やかに描きました。それを次のように訴えます。

I have a dream that my four little children will be not judged by the color of their skin but the content of their character.

ワシントン大行進 (沖縄タイムズより引用)

 キング牧師は非暴力抵抗を訴え、信奉者たちに尊厳を保ち、憎しみを避けるよう促し、彼らの闘争を平和的手段による正義を求める運動へと変容させます。人種差別と不正義を終わらせるための即時の行動を呼びかけ、アメリカ全土の山々から「自由の鐘を鳴らせ!(Let freedom ring)」、そして「必ずや自由を」(Free at last!)という力強い合唱で演説を締めくくります。このフレーズは、自由を求める全国的な要求を象徴するものとなりました。

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国債の60年償還ルールとは

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1947年にできたのが財政法です。国の予算の編成・執行・決算など、財政運営の基本原則を定めたものです。その中に、建設国債と特例国債の償還については、借換債を含め、全体として60年で償還し終えるという、いわゆる60年償還ルールの考え方が採られています。 この規定は、特別会計に関する法律第42条第2項にあり、国債整理基金特別会計において、一般会計から繰り入れる国債償還費の特例について定めており、前年度期首の国債総額の1.6%に相当する額を一般会計の歳出に計上するという仕組みがとられています。要は国債の60年償還ルールは「財政規律を保つために作られた制度」です。その運用については、国債償還費が、国家予算の中で20%前後という非常に大きな割合を占めていて、理論的・実務的には「不要ではないか」という批判が強くあります。

 なぜ「60年」なのかという制度の成り立ちについてです。このルールには歴史的な背景があり、戦前・戦中の 無制限な国債発行 によって ハイパーインフレがあり、それへの反省として、戦後に「国債はきちんと返すものだ」という強い規律意識から作られたといわれます。国債の60年償還という建前の理屈としては公共投資の効果は長期に及ぶので、受益世代と負担世代を一致させるため、永久に借金を回し続けるのは無責任であるという考えがあるのです。その「長期」の目安として60年が採用されたのです。しかし、 60年に明確な経済学的根拠があるわけではありません。

 日本の国債はどう償還されているかです。ここが本質です。国債が満期になると新しい国債を発行してロールオーバー(rollover)と呼ばれる借り換えが行われます。この時、現金で完済されることはなく、「償還しているように見せているだけ」です。次に60年ルールの実態です。国は毎年「償還費」を予算に計上しています。しかしその財源の多くは 新規国債で賄われています。会計上の自己規制に過ぎないのです。

戦前の国債証券

 60年償還ルールが「不要では?」という批判が長く続いています。その主な批判点の第一は、 二重計上に近い状態であり、償還費は 借り換えで償還するというのが実態なので実質的コストではないのです。第二は償還費によって政策の余地を不必要に圧迫し、例えば教育や福祉、防衛、少子化対策などの「本来の支出」が削られていることです。そして見かけ上「財政が厳しい」ということを財務省や政治家がいっているのです。第三は、日本は通貨発行権を持ち円建ての国債を発行しており、日銀が最終的な国債の買い手になれるのです。国債という借金は政府のものであり、企業や家計の借金とは性質が全く違うのです。

 償還ルール完全に無意味なのか?という問いも出ています。このように主張する者は、政治家の無制限なバラマキを抑制し、財政規律という「心理的な歯止め」や説明上の市場への安心感を与えているともいわれます。いわゆるプライマリー・バランスが大事だというのです。ですが今日の日本は低金利であり慢性的デフレ・需要不足が続いており国債の消化に問題はないのです。財務省などがいう規律のコストが、便益を上回っている可能性が高いのです。

 結論ですが、償還ルールは不要ではないでしょうか」という問いが続いています。理論的には:不要、あるいは大幅な見直しが必要といわれています。というのは、制度的には:過去の無制限な国債発行というトラウマに基づく慣習が残っていると言えます。実際には償還費を一般会計から切り離し、インフレ率や経済成長率を基準に運用するという考えです。「永久国債」的な考え方を部分導入するといった改革案は、学界や実務の両方で繰り返し提案されています。

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モラル・ハザード(Moral Hazard)

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いくつかの英語やラテン語のフレーズを取り上げています。前回はペルソナ・ノン・グラータでした。今回は「Moral Hazard」、モラル・ハザードです。モラル(Moral) とは道徳、倫理、良心といわれるのはご存じの通りです。人間関係や社会で守るべき善悪の判断基準や規範といえます。そしてハザード(Hazard) とは「危険」とか「危険の原因」という意味です。ある人や組織が、リスクの結果を自分で十分に負担しなくてよい状況にあるとき、本来よりも無責任で危険な行動をとってしまうことを指します。主に保険・金融・医療などの分野で使われる用語です。

 Wikipediaによりますと「本来、「モラル・ハザード」には道徳的な意味合いはない」とあります。そもそも、英語の “moral” には「道徳的」のほかに「心理的」「教訓的」といった用法もあり、モラルが「道徳」を意味するかどうかも一概には言えないというのです。つまり“moral” を “subjective” (主観の)という意味で使う場合もあるというのです。

 モラル・ハザードの基本的な考え方は、リスクを取る人と損失を被る人が異なるときに起こりやすいものです。例えば「失敗しても誰かが助けてくれる」とか「自分は損をしない」という意識が行動を変えてしまう場合です。その具体例としては、自動車保険とか火災保険、医療保険などがあげられます。自動車保険に入っている人が、時に保険加入後に運転が雑になることもあります。なぜモラル・ハザードが発生するかといえば、事故を起こしても保険会社が修理費を払ってくれるので「多少無理な運転をしても大丈夫」という心理が働くのです。モラル・ハザードの防止のために「ノンフリート等級制度:Non-Fleet Grade System」があります。一年間事故がなければ翌年は等級が下がり、保険料が下がるという仕組みです。このインセンティブにより安全な運転を心掛けようとします。

弁護士無料相談サイトから引用

 医療保険にもその例があります。医療費がほぼ2割負担の制度であれば、必要性の低い受診や検査が増えるかもしれません。自己負担が少ないため、医療サービスを過剰に利用してしまうこともあり得ます。また、医師または薬剤師が不必要に多くの薬を患者に与え、利益を増やそうとする場合もあるでしょう。金融や企業の状況からいうと、「大企業は潰れることがない、いざとなれば政府が救済する」と考え、銀行や企業が過度なリスク投資を行うことも考えられます。なぜモラル・ハザードになるかといえば、失敗しても最終的に国や納税者が負担するという期待があるためです。

 雇用や労働の例でいえば、成果に関係なく給与が保証されていると、努力を怠る人が出てきて生産性が低くなる可能性があります。また、外回りの営業マン(エージェント: agentt)が、上司(プリンシパル: principal)の目を盗んで、勤務時間中に仕事を怠る場合とかです。頑張らなくても同じ報酬が得られるため、行動のインセンティブが歪むのです。一部の社会主義国で見られるといわれます。

 私たちは、相互に相手方の信頼を裏切らないよう誠実に行動すべきであるということを知っています。原則は信義誠実(good faith and fair dealing)と呼ばれて民法1条2項で「信義誠実の原則(信義則):正直・誠実な行動を求める」と規定されています。要約しますとモラル・ハザードとは、信義誠実に反する姿勢や行動ということになります。

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ペルソナ・ノン・グラータ

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2025年11月上旬、高市早苗総理の国会答弁で中国・台湾情勢に関して「武力行使を伴う場合は存立危機事態になり得る」と発言したことが報じられました。これについて、中国側の在大阪総領事が自身のSNSで暴力性が強い書き込みをして物議を醸しました。投稿は外交官として極めて不適切かつ暴力的な表現として日本国内外で大きな批判を受け、その後削除されたとのことです。

 自民党外交部会などは中国総領事に対する非難決議を採択し、場合によっては「好ましからざる人物」として国外退去を求めるべきとの決議もだす顛末となりました。外交官のうち、接受国である受け入れ国がその国に駐在する外交官として入国できない者や、外交使節団から離任する義務を負った者を指す外交用語に「ペルソナ・ノン・グラータ(Persona Non Grata)」があります。この意味は、「好ましからざる人物」「厭わしい人物」「受け入れ難い人物」という意味の言葉です。この用語はラテン語といわれ、英語では「person not welcome」となります。ウィキペディアによりますと「ペルソナ・ノン・グラータ」では、personaは人物を意味し、nonは〜でない、そしてgrataは歓迎されるという意味です。

 「ペルソナ・ノン・グラータ」は外交関係に関するウィーン条約第9条にある外交官規定にそって同第23条で謳われています。すなわち、派遣国に対しその者を本国に呼び戻すこと、または任務の終了を求める権利があり、派遣国はそれに応じる義務を負うという規定です。もし、接受国が「ペルソナ・ノン・グラータ」と認定すれば、国外退去を要求する措置がとられます。

カウナスの旧日本領事館の建物

 過去に幾多の「ペルソナ・ノン・グラータ」が各国で発動された事例があります。日本が発動を受けた例は、戦前のヨーロッパです。1937年に外交官であった杉原千畝に起こったことです。1939年からリトアニア(Lithuania)のカウナス(Kaunas)領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たち、その多くはユダヤ人の窮状に同情し、1940年7月から8月29日にかけて大量の通過査証であるビザ(Visa)を発給したことで知られています。

 杉原は反革命なロシア人との交流を理由にソ連より、やむなくリトアニアに赴任します。その後ソ連によるバルト諸国併合により領事館が閉鎖となり、当時ドイツ領であったプラハ(Prague)へ移ります。その後東プロイセン(russia)のケーニヒスベルク(Königsberg)へ異動となります。今度はナチス・ドイツにより拒否されルーマニア(Romania)のブカレスト(bucharest)へ異動となったという経緯です。

 外務省の方針に反してナチスから逃れてきた多くのユダヤ人避難民に日本通過ビザの発給したのが杉原氏です。戦後、外務省から新しいポストがないことを理由に、杉原に退職通告書が送られます。少なくとも彼の行為が「好ましくない独断行動」と見られていた可能性は高いといわれます。彼も「ペルソナ・ノン・グラータ」とされたのです。しかし、2000年になって当時の河野洋平外務大臣の顕彰演説によって、日本国政府による公式の名誉回復がなされるのです。

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弁証法は経済や財政論議に何故通じないのか

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Aという考えとBという考えがぶつかり合い、その違いを確認し検証する対話からどちらかを超えたCという考えが生まれます。こうして新しい思想が形成されます。これは弁証法といわれます。少し難しく言えば、対立する二つの意見や主義、つまりテーゼ(These)とアンチテーゼ(Antithesis)をぶつけ合い、その矛盾を乗り越えて、より高次元で包括的な新しい理解や結論であるジンテーゼ(Synthesis)を生み出す発展の論法が弁証法、または三段論法です。

 弁証法の英語は「dialectic」です。文字通り対話術と訳することができます。弁証法とは古代ギリシャの問答法に起源を持ち、特にドイツの哲学者、ヘーゲル(Wilhelm Friedrich Hegel)によって体系化されたといわれます。現実世界の発展過程そのものや、矛盾から革新を生むための対話術として、学問分野だけでなくビジネスなどでも活用されています。

Wilhelm Friedrich Hegel

 ヘーゲルの弁証法の基本的な流れをおさらいしてみます。まずテーゼですが、ある一つの立場を直接的に肯定する段階であり、矛盾とか対立についての自覚はありません。ところがある一つの立場が否定され、二つの立場が矛盾したり対立するアンチテーゼが提起されるとします。人々は、そこから折衷案とか両者をより高い次元のレベルへと発展させたり収斂するように考えます。これが「止揚」(Aufheben)がという思考の論法で、発展させた新たな結論が生まれることが期待されます。このジンテーゼが新たなテーゼとなり、再びアンチテーゼと対立し、さらに高いジンテーゼへと発展していく螺旋的な発展を繰り返すのです。

 しかし、私たちの日常的な会話や社会問題の捉え方の大半は弁証法に添うような生成的なものではありません。双方の違いが明らかになるだけで、ある結論にも到達しない場面を見聞きします。例えば政治における政策論議や経済現象における事実の解釈や理論の対立です。両者がボールを投げるばかりで相手のボールを受け取らないような論議です。人間は互いに了解可能だという前提から出発するのが哲学なのですが、政治や経済における実学では、了解しあうようでも容易に意見や思想が一致することはないようです。

 なぜ立場の違いを克服しようとしないのでしょうか。この現象を経験したのがドイツ系ハンガリー人の医者で、手洗いなどの消毒法の先駆者として知られセンメルヴェイス・イグナーツ (Ignaz P. Semmelweis)です。彼は産褥熱の発生数を調査し産科医が次亜塩素酸カルシウムで手を消毒することで劇的に産婦の死亡率を下げることが出来ることを発見するのです。しかし、この方法は当時の医学界に受け入れられず、むしろ嘲笑したり憤慨する医師さえいたのです。このように当時の医学者の従前の考えに固執し、それに反する新事実を反射的に拒絶したり排除したりする傾向は後に「センメルヴェイス反射」 (Semmelweis Reflex)と呼ばれるのです。

Ignaz P. Semmelweis

 センメルヴェイス反射という現象は現在の日本でも見られます。それは我が国の国債を巡る議論です。国債残高は、2024年度末には1,105兆円に上ると見込まれています。国民一人当たり900万円の借金だというのです。この状態について、「政府の借金 (債務) は将来世代への負担の先送りだ」とよくいわれます。借金まみれの日本の財政は破綻するというデマです。これは一部の経済学者や一般の人々の常識となっているようです。ですが国債は政府の債務なのであり、国民の負債ではありません。従って国債残高が増えたとしても孫世代が税金で返す必要なんて全くありません。

 流布される常識に反する事実が提唱されると、単純に信じようとしないというだけでなく、その相手に対して強い攻撃性を持つ傾向が生じるものです。今でも、世間では相手に対して不名誉なレッテルを貼ることで信憑性を落とそうとしたり、データや新たな論文などを受け入れないという認知バイアスが見られます。歴史を振り返っても、天動説と地動説の対立がどうして起こったかはセンメルヴェイス反射によって説明できます。

 立場の違いを克服しようとしない現象が日本の経済や財政政策の論議に見られます。新自由主義(ネオリベラリズム) という「政府による個人や市場への介入を最低限とすべき」と提唱する経済学上の主張と「慢性的な投資不足で民間部門に貯蓄余剰がある場合、財政再建や緊縮財政政策を行うのではなく、これを埋め合わせる財政出動を行うべきだ」とする現代貨幣理論(Modern Monetary Theory: MMT)です。前者は平時から財政規律を守ること、すなわち国民や企業からの税収によってプライマリーバランス(PR)を黒字化するという立場であり、後者は自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続け、国民負担なく財政出動が可能だとする立場です。私の疑問と問いは、弁証法の考え方によってこの二つの立場を止揚する展望、ジンテーゼはなぜ生まれないのかということです。

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恭賀新禧 2026年

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 「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也」と芭蕉が『奥の細道』の冒頭で歌っています。ほとんどの人が高校時代に口ずさみました。Wikipediaで復習しますと「百代」とは永遠、「過客」とは旅人という意味だそうです。人に会うたびに、「本当に昨年はあっという間でしたね」という会話になります。時間は止まることがありません。そして今年は午年、偶然にも私の年です。亡き両親に感謝。

八王子市在住 原田朋栄氏作 (引用許諾済)

 大晦日の午後、駐車場脇に植えている花に水をやっていましたら、一階にお住まいの方から声をかけられました。ちょっとした立ち話をしていると、かつてシカゴで働いていたそうで、ウィスコンシン州のことも話題となりました。実は、私の3人の子どもと5人の孫はウィスコンシン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、そしてモンタナ州に住んでいます。と言うわけで、私の一家は、日本を離れて各地に散らばる「ディアスポラ(Diaspora)」なのです。ディアスポラとは、古代ギリシア語で「離散」を意味するようです。世界史では、ユダヤ人が故郷を追われ離散した歴史、例えばバビロン捕囚などに由来すると言われます。

 今日、日系何々人と呼ばれる人々は、アメリカ、イギリス、カナダ、ブラジル、フリッピンなどで暮らしています。日系人初のアメリカ連邦議員となったダニエル・イノウエ氏とか2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏といった有名な人から、無数の名もなき人々まで、それぞれの地においてコミュニティを形成し、彼の地で貢献してきました。いわば現代のディアスポラです。

 マディソンで小中高の教育を受けた子どもはそのまま大学へ進み、今はアメリカ国籍を得て仕事をし家族を育てています。と言うわけで、我が家は堂々と「ディアスポラ」の一員と名乗ってよいと思われます。生前の父から私の家系を聞いたことがあります。元々は平家の落人で青森県の弘前付近に身を隠したようです。時代を経て両親は樺太へ移住し、戦後は北海道の美幌に引き揚げます。それから名寄、稚内、深川、旭川、札幌、下田と転々とし八王子で亡くなりました。「流浪の民」というわけです。私も血筋をひいているようで、埼玉から大学院に通い、それから琉球で幼児教育をやり、国際ロータリークラブなどから奨学金をもらいウィスコンシン州都のマディソンへ行きました。そこで学位を取得してからは横須賀と兵庫県の加東市で働きました。奇しくも両親と同じく八王子を終の住処としています。やがてこれから向かう処は決まっています(^0^)

と言うわけで我が成田家は「ディアスポラ」の誇りと矜持を抱いて今年も過ごしたいです。2026/01/02

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「経済」の意味を考える

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英語の 「economy」の語源は、ギリシャ語のオイコノミアで、家の管理すなわち家政を意味するものでした。オイコス(Oikos=家)とノモス (Nomos=法律、摂理)が結び付いてできました。 これが、近代になって国家レベルでの「political economy」という言葉が現れました。哲学者井上哲次郎はこれを理財学と呼びました。そういえば現在の財務省に理財局というのがあります。

 「経済(学)」がエコノミーもしくはポリティカル・エコノミーの訳語として定着するには若干の論議があったようです。例えば西洋哲学、論理学等の導入者として、多くの術語を考案した西周は1870年に刊行した『百学連環』で、エコノミーとポリティカル・エコノミーの区別を重視して前者に「家政」、後者については国家の「活計」を意味するものであり、幕末・明治初期の啓蒙思想家・法学者であった津田真道は訳語「経済学」では活計の意味を尽くしていないとして「制産学」の訳語を与えています。このように個人もしくは企業の家計・会計と国家規模の経済運営を分けて考える立場はしばらく影響力を持ち、後者については「理財」の訳語が用いられることもありました。

西 周

 西周の「百学連環」にある「児童を学問の輪の中に入れて教育する」で、その講義した内容は、政治学や数学など、様々な学問分野の概要を連続して講義したもので、一般教養に相当するものでした。これは西洋近代学術(Science、Wissenschaft) のことでした。これを「百学連環」といったのは西洋のEncyclopediaからきているので、西洋の諸学問を一貫した体系のもとに組織的に講述しようとする試みだったと言えそうです。

 西周はオランダ留学から多くのことを学びます。特にサイモン・フィセリング(Simon Visseling)というライデン大学(Universiteit Leiden) 教授からうけた五科の学習、さらに西洋の諸学の在り方、学問の方法を学ぶのです。西周が学んだ「五科」とは、性法学(自然法、哲学)、万国公法学(国際法)、国法学(憲法、国家法)、経済学(政治経済学)、政表(統計学)といわれます。フィセリングは1850年にライデン大学法学部の統計学担当教授に就任します。筆者はフィセリングの統計学を解説するに先立ち,彼の教授就任講演「経済学の基本原理としての自由」を取り上げ,そこで利己心と隣人愛,科学と信仰という一般的には対立状態にあるものが両立的に受容され,オランダ的中庸論がフィセリングの思想としてあったことを確認しています。フィセリングは1879年大蔵大臣に就任します。その経済思想は古典的自由主義で自由貿易論に立っていた学者です。

 1800年代の後半になり、新たに交流が始まったイギリスなどから古典派経済学の文献が輸入されるようになります。「経済」の語は新たに”economy”の訳語として用いられるようになります。1862年に刊行された堀達之助らの『英和対訳袖珍辞書』では”economy”を「家事する、倹約する」とし、「political economy」という語をあてます。この語は古典派経済学において「経済学」を意味する語であり「経済学」の訳語を与えています。なお、堀達之助は江戸末期までオランダ通詞を勤め、後に日本で最初に刊行された英和辞典を著し、英語研究の基礎を築いた人物といわれます。

 ついで日本における最初の西洋経済学入門書として知られる1867年刊の神田孝平訳の『経済小学』では「経済学」を「ポリチャーエコノミー」と読ませています。神田孝平は開成所教授としてオランダ語翻訳本から『経済小学』の初版をだすのです。同年末に刊行された福沢諭吉の『西洋事情外篇』巻でも同様の用法として「経済学」の語が見えます。なお前年1866年刊の『西洋事情初篇』巻には「経済論」の語があります。

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