日本近代化の先駆者達

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江戸末期から明治初期にかけて、多くの先覚者たちが、いわば命がけで海を渡りました。やがて彼らが持ち帰った「西洋の衝撃」は、停滞していた旧体制を打破し、近代国家の日本を形作る力強い原動力となっていきます。当時の交通機関の未発達な状況で、海外渡航は大変な苦労だったことが想像できます。それでも不安ながら大望を抱いた指導者らは、祖国日本の発展のために大きな期待をいだいて出発したに違いありません。

幕末の先駆者たちは、開国へと目覚めていきます。江戸幕府が派遣した使節団や密航に近い形で渡欧した若者たちは、やがて日本の「近代化」の種を蒔きに貢献していきます。その最たる人物は福澤諭吉です。幕府の遣欧使節団に加わりアメリカを見聞していきます。福沢は 帰国後、西洋の日常習慣や社会制度をわかりやすく解説した『西洋事情』を執筆し、ベストセラーとなります。慶應義塾の創設や「天は人の上に人を造らず…」で知られる『学問のすゝめ』を通じて、個人の独立自尊こそが国を強くすると説きました。

西洋事情

 1863年に長州藩から派遣された5人の若者たちは、密航同然でイギリスへ渡航します。帰国後は倒幕運動の中心となります。後に長州五傑と呼ばれたのが、井上馨、後の初代外務大臣、伊藤博文、後の初代内閣総理大臣、山尾庸三、後に「工学の父」と称され、工部省の設置に尽力、井上勝、後に「鉄道の父」と呼ばれ、日本の鉄道建設を指揮、そして遠藤謹助で後に造幣局長を務め、「造幣の父」と呼ばれます。当時はまだ江戸幕府による鎖国令の下、海外渡航は死罪に値する禁忌でしたが、彼らは密航という形でイギリスへ渡航したのです。

 長州五傑に続き、1865年に薩摩藩から密使としてイギリスへ送られた一行は総勢19名でした。森有礼は初代文部大臣となり、日本の近代教育制度を確立します。五代友厚は大阪経済の父と呼ばれ、大阪株式取引所などを設立します。寺島宗則は「電気通信の父」と呼ばれ、外交官としても活躍します。長澤鼎という人物は、 唯一日本に帰らず、カリフォルニアで「カリフォルニアのブドウ王」として成功するのです。忘れてはならない人物は新島襄です。長州五傑に先立つ1年前、1864年に函館からアメリカへ密航します。帰国後同志社大学を創設します。

 岩倉使節団は、1871年から約1年10ヶ月にわたって欧米諸国を視察します。明治政府の威信をかけた総勢100名を超える大規模な使節団といわれます。その一行の中の主要メンバーとして特命全権大使となったのが岩倉具視です。「維新の三傑」と呼ばれ、長州派のリーダーであった木戸孝允もいました。薩摩派のリーダーであった大久保利通も加わっています。帰国後は殖産興業を牽引した人物です。

不平等条約の風刺画

 この使節団には、現地で学ぶための留学生や各分野の専門家も多く同行しました。後に大日本帝国憲法の起草に参画した金子堅太郎、後に外務大臣や内大臣を歴任した牧野伸顕、そして日本初の女子国費留学生となる津田梅子です。当時彼女は6歳だったようです。長期間の米国生活を経て帰国後、日本の女子教育の遅れに衝撃を受けた彼女は、女子英学塾、現在の津田塾大学を創設し、女性の地位向上と高等教育に一生を捧げていきます。

 こうした使節団は、幕末に結ばれた不平等条約の改正を求めて交渉するのですが、国力不足のために改正は成りませんでした。それでも、政治、経済、教育、軍事、文化などあらゆる分野に直接触れて、日本を近代化するための知見を得て帰国します。

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「逆賊の幕臣」と日本の近代化

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2027年のNHK大河ドラマは「逆賊の幕臣」と報道されています。ドラマのタイトルが衝撃的なので、調べると主人公は小栗上野介忠順という幕臣とあります。この人物のことを全く知らなかったので、調べることにしました。驚きの一つは、かつて小生が10年余り暮らした横須賀がこの主人公の活躍の場であったことです。司馬遼太郎は、著作「明治」という国家』の中で、横須賀製鉄所、後の旧横須賀造船所の建設は、明治政府が引き継いだ最大の遺産として描いています。本稿では、日本の近代化を「逆賊の幕臣」を通して、近代化の変遷を考えることとします。

長崎海軍伝習所

 江戸末期から明治初期にかけて、多くの先覚者たちが海外に渡航しました。彼らが学んできた西洋の衝撃は、停滞していた旧体制を打破し、近代国家の日本を形作る強力な推進力となっていきます。勝海舟、福澤諭吉、さらに 伊藤博文、井上馨、森有礼、五代友厚、岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、そして津田梅子らです。さらに渋沢栄一や北里柴三郎も海外の近代化の姿に触れていきます。彼らは、民法・刑法など法典の整備、学制の発布と大学の設立、医学の研究、さらに科学技術の導入などにより、近代国家へと変貌させる原動力となっていきます。

 そうした先駆者の中で、近代国家への礎を築いた一人が小栗忠順であったといわれます。司馬は、彼の著作のなかで、小栗忠順を時代の先を見通す並外れた知性と、冷徹なまでの実行力を持つ「近代日本建設の真の設計者」として高く評価しています。司馬は小栗忠順をどのように描いたかです。小栗のユニークさは次稿以下で説明していきます。

参考図書 
・「明治」という国家 NHK出版

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貨幣論 その6  経済や財政上の用語

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少し専門的な分野の経済や財政にまつわる略語を説明します。テレビや新聞などのオールドメディア、SNSなどでの新興メディアでしばしば登場する財政上の略語です。財政均衡とか健全財政をうたい、増税を意図する財務省や与党や野党の一部の議員、積極財政というかけ声で、内需の拡大やデフレ回復を叫ぶ学者や議員の双方がしばしば使う略語を紹介します。

P.M.:Primary Balance
 プライマリー・バランスと呼ばれ「基礎的財政収支」と訳されています。税収や税外収入と、国債費(国債の返済や利子)を除く歳出との収支のことです。簡単に言うと、社会保障や公共事業などの政策的経費を税収などで賄えているかを示す指標です。財務省が使いたがる略語です。経済が不況で需要不足の状態の場合、基礎的財政収支の赤字を拡大する積極財政で民間部門に資金を供給して、経済を活性化する財政政策が求められるのです。今はそうした時期なのです。プライマリー・バランス黒字化目標を旗印に増税と緊縮財政に突き進む財務省への批判として、「ザイム真理教」とか「財務省、亡国論」と呼ぶ者が増えています。

MMT:Modern Monetary Theory
 MMTは現代貨幣理論と呼ばれています。この話題は既に前稿で取り上げています。通貨発行権を持つ国家は債務返済に充てる通貨を自在に創出できることから、「財源確保のための徴税は必要ではない」、「財政赤字で国は破綻しない」、「インフレにならない限り国債はいくら発行しても問題はない」と主張するのです。MMTはケインズ(John M. Keynes) 経済学の流れを汲むマクロ経済学理論のひとつで、「政府の財源は税と債券発行によって調達すべき」、「赤字拡大が続けば国は破綻する」という主流派経済学の見方に対抗しています。

BS: Balance Sheet
 貸借対照表と呼ばれています。ある時点における企業の資産状況を示す書類です。企業がどのくらいの資産を保有し、その財産を調達するためにどのくらいの負債を負い、どのくらいの純資産があるのかを表す財務諸表のことです。資産、負債、純資産の3つの要素で構成され、左側に借方として資産、右側に貸方として負債と純資産を記載します。銀行は企業に融資するとき、企業の貸借対照表を見て、企業の返済が可能かを判断します。大切な財務諸表といえます。決算に際して作成する決算書と財務諸表のひとつで、企業の保有資産と負債、純資産が表形式で示されています。

CEFP: Council on Economic and Fiscal Policy
 経済財政諮問会議の略語です。この諮問会議は、日本の内閣府に設置され重要政策に関する事案を協議します。この会議では、最終的に経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる骨太の方針がとりまとめられ、予算方針に反映されます。会議の成員は、議長と10人以内の議員から成ります。民間有識者数を議員の4割以上確保することが法により定められています。ですが、議員の内2人は日本経団連幹部であり、経団連の利害が強く反映されているのではないかという批判があります。

FTA: Free Trade Agreement
 「自由貿易協定」と呼ばれるもので、2か国以上の特定の国・地域の間で、貿易自由化のために締結する協定のことを指します。自由貿易協定のメリットは「関税の軽減・免除」にあります。日本は’通商交渉ではWTO体制下の多国間主義に重きを置いていました。しかし、多国間主義の限界を認め、他国との競争条件を等しくするために、積極的な二国間・地域間交渉に乗り出さざるを得なくなりました。それまではFTAに対する取り組みは、欧米諸国と比較すると遅れていました。グローバル経済が拡大するなかで、日本がFTAを締結していないことで、海外ビジネスにおいて日本企業が不利益をこうむるケースも発生していました。そのような状況から、日本政府もFTAを推進する意識を強く持つことになります。FTAを相手国と締結することで、協定の内容および交渉によって、段階的な関税の軽減・免除ができるようになり、お互いのメリットを追求した貿易ができる可能性が高くなりました。
 ただし、FTAの協定内容によっては、従来は守られていた産業が衰退してしまったり、自国の特定産業が育たなくなってしまうデメリットもでてきます。その例は、アメリカやオーストラリアからの畜産物の輸入により、国内の酪農家が影響を受けたことです。

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貨幣論 その5 MMT(現代貨幣理論)とは

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現代貨幣理論(Modern Monetary Theory: MMT) の最も根本的な主張は「自国通貨を発行できる政府は、財政的に破綻することはない」という点です。このことを本稿では取り上げます。通貨主権国は財源の制約を受けないというMMTの核となる考え方は、日本やアメリカのように自国の通貨、すなわち日本なら円、アメリカならドルを発行できる国は、税収や国債発行に依存しなくても、必要であれば無制限に自国通貨を生み出すことができるという点です。

(角川書店より引用)

 従来の考え方、つまりこのブログのどこかで取り上げたザイム真理教が基盤とする考えによれば、政府は、税金や借金(国債)で資金を集めてからでないと支出できないとし、財源の制約があると主張します。他方MMTの考え方:政府は、支出することによって通貨(お金)を創造している、そのため、お金を調達する能力には制約がない、これにより、自国通貨建てで国債を発行している限り、債務不履行(デフォルト)は論理的にあり得ないと主張します。

 政府がいくらでもお金を生み出せると聞くと、「無制限に支出してよい」と誤解されがちですが、MMTはそうではありません。MMTは、財政支出の制約となるのは「財源(お金)」ではなく、「インフレ率」であると主張します。政府支出の限界、つまり政府が支出を拡大しすぎると、国内の人・モノ・設備などの実物的な資源が不足し始めます。インフレの発生とは、モノやサービスを生み出す力経済の供給能力の限界を超えて政府がお金を使いすぎると、需要が供給を大幅に上回り、物価が急激に上昇します。この現象はハイパーインフレといわれます。したがって、MMTは、「インフレ率が許容できない水準に達しない限り、財政赤字は問題ない」という立場をとります。

 次に、税の役割は「財源確保」ではないという立場です。MMTでは、税金の役割を以下のように捉えます。税の役割とは、政府の活動に必要な財源を調達することであり、民間からお金を回収し、インフレを抑制する役割があると主張します。政府の国債によって集めた資金を効率的に使うこと、インフレ率が目標内に収まる範囲で、完全雇用達成のために必要な支出を行うことが税の役割であるというのです。すなわち税金は、政府が市場からお金を吸い上げ、過剰な需要を減らして景気を調整するためのツールであると位置づけるのです。

櫂歌書房より引用)

 MMTの観点から見ると、現在の日本経済は以下のようになります。巨額の国債に関しては、自国通貨建てであり、実質的な債務不履行リスクはないため、過度に心配する必要はないのです。日本の現状は、供給力に対して需要が不足する長期間のデフレにあり、インフレの心配がほぼない状況といわれます。MMTの政策への提言として、増税や緊縮財政は経済を冷やすため行うべきではなく、インフレ率が上がるまで、公共投資や国民への給付金などの積極的な財政赤字の拡大する財政出動をすべきであるという考え方です。

 高市政権は、現代貨幣理論に厳密に沿った政策をとっているかは分かりませんが、積極的な財政出動を公約に掲げ実行しつつあります。今回の衆議院議員選挙で自民党が大勝したのは、現代貨幣理論にそった「責任ある積極財政政策」を国民が支持した結果だと考えられます。

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貨幣論 その4 商品貨幣論とは

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商品貨幣論の論拠は、「お金の価値はもともと商品そのものの価値から生まれる」という考え方です。古典派経済学や一部の貨幣史研究で広く語られてきた説明です。本稿では商品がなぜ貨幣として考えられたか、その考えがなぜ論拠として不十分といわるかを整理します。

 商品貨幣論の根拠は、主に 歴史観や交換の理論、金属貨幣の存在から説明されます。要は物々交換から貨幣が生まれたという説明です。大昔は米と魚などで物々交換をしていました。しかし交換することは運搬や時間がかかり誠に不便でありました双方の欲求が一致しないと交換は成立しません。必そこに交換しやすい商品が媒介になるという状況になります。それが塩であったり貝であったりするのです。こうして、最終的に 金銀などが 自然に貨幣化するのです。

1923年発行のレンテンマルク硬貨

 金銀は保存性や希少性、そして分割可能で持ち運びやすいという特徴があり、商品として価値があるため貨幣になったと説明されました。金貨は金として価値があり、銀貨は銀として価値があるからです。アメリカの人類学者でデヴィッド・グレーバー(David Graeber)は、「負債論─貨幣と暴力の5000年」という著作のなかで、人類学研究では、純粋な物々交換社会はほぼ確認されていないと主張します。つまり、歴史的に多くの貨幣は国家の税制度と結びついて成立したというのが定説となっています。例えば国家が税を貨幣で支払わせるとか、国家が貨幣を発行することにより貨幣需要が生まれるという立て付けです。

 ところで現在の貨幣の大半は、銀行預金であり電子マネーであり中央銀行が発行する通貨です。これらの通貨は、商品価値を持たないのです。貨幣価値 ≠ 商品価値という式となります。その代わり、現代の多くの研究では貨幣 = 債務(I owe you: IOU)と考えられています。IOUは通常、債務を認める非公式の信用証書のことであり、 貨幣とは「誰かの支払い義務」ということになります。つまり、IOUとは、自分が相手に対して何か(お金、物品、サービス)を渡す義務があることを認める債務の承認であり、貸し手側から見れば、そのメモは「将来何かを受け取れる権利(債権)」ということです。私たちが銀行に預けている「預金」は、実態としては「銀行が預金者に対して発行したIOU」となります。通帳の数字は、銀行があなたに対して「あなたが求めた時に、いつでもその額の現金を支払う義務があります」と約束している証拠です。

 商品貨幣論には深刻な欠陥が指摘されています。その一つは、前述してきたように貨幣が交換手段を起源として生じたという歴史的な根拠がないことだといわれます。もっとも商品貨幣論には、紙幣がどうして貨幣として流通しうるのかを説明できないという見方があります。金貨や銀貨であれば賃金属片としての価値があるとはいえなくもないのですが、紙幣は紙片に過ぎず、その経済的価値はほぼないに等しいのです。一万円札の印刷代は20円といわれるほどです。そこで主流派経済学者は紙幣の存在を商品貨幣論によって説明するために、人々が紙幣に貨幣として価値があると信じているから、紙幣は貨幣として価値があるという論法を持ち出さざるをえなるのです。

 しかし、この論法は紙幣を貨幣として受け入れる々人々がいるからだ、ということを暗黙のうちに前提しています。商品貨幣論には貨幣が計算単位であることについて誤解があるようです。主流経済学の理論では、金貨などの賃金属片の価値は市場における交換によって定まり、それが価値の標準となり計算単位となると主張します。タバコ一箱を例にとりますと、市場における交換を通じてその価値が定まり、それが標準となり計算単位となればタバコ一箱でも貨幣になりうるというのが商品貨幣論です。

 市場には無数の商品があり取引されています。無数の交換レートが発生しうるというのが商品貨幣論です。しかし、現実の貨幣経済における取引はそのようになっていません。これは商品貨幣論が誤りであることを示しているのです。ちなみに、かつて金本位制という貨幣の価値を金の価値に固定することで安定させようとする時代がありました。紙幣の価値を金の保有量と結びつけ、銀行券をいつでも金と交換できることを保証する制度でした。しかし、日本は1931年12月に金本位制を停止し、金兌換がなくなりました。貨幣と金の交換価値は政治的な権威によって決定されたのです。市場が決めたのはありません。その後、1942年に日本銀行法によって管理通貨制度へ移行し、今日の通貨制度の基礎が作られました。商品貨幣論は消滅したといえます。

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貨幣論 その3 信用創造とは

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銀行がどのようにお金を作り出すか、という過程は私どもの直感とは少し異なるため、非常に興味深い話題です。一般的には「誰かが預けたお金を、銀行が別の人に貸し出している(又貸し)」と思われがちです。しかし、現代の貨幣論、特にイングランド銀行(Bank of England) などの中央銀行も認めている見解では、「貸し出しによって預金が生まれる」と考えます。これを「信用創造(credit creation)」と呼びます。

 信用創造のステップですが、銀行が私に融資をする際、金庫から現金を取り出して渡すわけではありません。私が銀行から100万円を借りる契約をすると、銀行は私の通帳に「1,000,000」と数字を書き込みます。キーボードの入力で済むのです。この瞬間、世の中に新しい預金というマネー、100万円が誕生します。銀行の貸借対照表には借方に資産として「貸付金」が、貸方に「預金」として同額計上されます。信用創造とは、銀行は元手となる現金を持っていなくても、借り手の「返済能力」という信用を担保に、記帳だけでお金を作り出せるのです。無からの創造という立て付けなのです。

やさしい経済学と哲学から引用)

 市中銀行は無限にお金を作れるわけではありません。そこには一定のルールがあります。預金準備率という制約で、それが「準備預金制度」です。市中銀行は、預金の一定割合、例えば1%などを「準備預金」として中央銀行、日本なら日銀に預けなければならないという決まりがあります。これは中央銀行への預け入れと呼ばれます。この比率があるため、銀行が作り出せるお金の総額には理論上の上限が生じます。

 信用創造の連鎖は次にようになります。A銀行に100万円が預けられるとします。準備率が10%ならA銀行は10万円を日銀に預け、残り90万円をB会社に貸し出します。B会社がその90万円を支払いに使い、受け取った会社C会社がそれを乙銀行に預けるとしてます。乙銀行は9万円を日銀に預け、残り81万円を貸し出すという連鎖となります。このように、連鎖的に預金が膨らんでいくプロセスを指して「信用創造」と呼ぶこともあります。

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貨幣論 その2 インガムの貨幣論

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ケンブリッジ大学(University of Cambridge) の経済社会学者にジェフリー・インガム(Geoffrey Ingham)がいます。主著は 1996年論文「貨幣は社会関係(Money is a Social Relation)」と、2004年著書「貨幣の本質(The Nature of Money)」です。彼の貨幣論は、経済学・社会学・歴史学の学際的視点から貨幣の本質を根底から問い直すものといわれています。というのは、伝統的な商品価値としての貨幣論から訣別する先駆的な理論といわれるからです。その理由は以下のようなことです。

Geoffrey Ingham (ケンブリッジ大学から引用)

 インガムの貨幣論の出発点は、主流派とか新古典派と呼ばれる経済学への根本的批判から始まります。新古典派の貨幣論は、「物々交換」から貨幣が生まれたと説明します。孤立した個人が物々交換の不便を解消するために貨幣を自然発生的に生み出した、と説明します。インガムはこうした立場を歴史的根拠のない「神話」と断じます。人類学や歴史学の検証では、物々交換が貨幣に先行した社会は存在しないことを示しており、むしろ信用(credit )関係こそが貨幣より先に存在したと主張します。

 主流派経済学では貨幣は実物経済に対する「貨幣は中立的なヴェール」にすぎないと見なします。この意味は、「お金は交換の仲立ちをするだけの存在であり、お金の量を操作したところで、国全体の生産力や豊かさという本質は変わらない」というのです。「貨幣を中立的なヴェール」と宣明するのは、方法論的な出発点が物々交換モデルという虚構に基づいているからです。インガムはこれを否定し、貨幣は実物経済を根底から構造化する社会的力だと主張します。インガムの核心的な命題は、「貨幣とは、計算貨幣の単位によって表示された信用と負債の社会関係である」というのです。 貨幣は社会関係であると主張するのです。

 つまり、貨幣は「モノ(商品)」ではなく、人々の間の債権や債務の社会関係そのものと考えるのです。金貨であれ紙幣であれ、その物質的形態は本質ではなく、貨幣が「誰かが誰かに対して何かを支払う義務を負っている」という社会関係を体現していると考えるのです。現実の資本主義経済では、銀行による「信用創造(credit creation」こそが投資と生産を可能にし、貨幣は決して受動的な「ヴェール」ではなく、経済を能動的に形作る構造的な力だという主張です。

 インガムの理論は4つの基本要素からなります。第一は、計算貨幣(Money of Account)という最も根本的な概念です。インガムにとって、貨幣の最も根源的な機能は「計算単位(measure of value)」です。円、ドル、ポンドといった抽象的な価値の尺度が先にあり、その単位で表示された信用や負債が「貨幣」となるというのです。交換を可能にする「媒介手段」より、価値を計測し記録する「計算単位」こそが貨幣の本質だと強調します。これはメイナード・ケインズ(Maynard Keynes) が「貨幣の計算単位は貨幣理論の本源的概念だ」という洞察を継承したものといわれます。

 第二は、信用貨幣論(Credit Theory of Money)です。インガムは、アルフレッド・イネス(Alfred Mitchell-Innes)の貨幣の信用理論を発展させ、貨幣の発行とは負債の創造であり、銀行が貸出を行うとき、銀行の負債(預金)が新たに「創造」されると主張します。この考えは前述した信用創造とも呼ばれています。貨幣を受けとった者は「将来において財・サービスを受け取る権利」を得るのです。

 信用創造の一例を申し上げます。A銀行が100万円を借りたいというB会社に貸し出す際、手元の預金からB会社に又貸しするのではありません。単にB会社の口座に100万円と記帳するだけです。その記帳の瞬間に100万円という預金、すなわち貨幣が創造されるのです。B会社はそれによって収益を上げたとき、借りた額をA銀行に返済すると、100万円という貨幣は消滅するのです。言い換えれば預金通貨という貨幣は、民間銀行と民間企業との間に「信用ー負債」という社会関係が成立することで創造されるのです。その関係が終わると社会関係は解消されるのです。この関係では、100万円という札の束の交換という行為は全く存在しません。

(iLinkより引用)

 すべての貨幣は誰かの負債であります。そしてその「信用度」や「通用力」には階層があります。これは「負債のピラミッド(Debt pyramid)」と呼ばれます。ピラミッドの上に行くほど信用度が高く、決済の最終手段として機能します。ピラミッドの最上層は、政府や中央銀行が発行する貨幣です。紙幣、硬貨、および民間銀行が中央銀行に預けている「日銀当座預金(準備預金)」がピラミッドというわけです。日銀当座預金は、銀行などの金融機関が日本銀行に開設している原則、無利息の口座です。銀行間の決済、現金決済、および法定の準備預金を預け入れるために使用されます。

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貨幣論 その1 現金よ さらば!

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現在、経済や財政において「貨幣のあり方が変わっている」と言われる背景には、いくつかの重要な要素があります。これらの変化は、特にデジタル化や金融技術(フィンテック:FinTech)、そして中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)などの進展に関連しているようです。フィンテックとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、IT技術を活用した革新的な金融サービスや事業領域のことを意味します。具体的に言うと、以下のような貨幣のあり方の進展が挙げられます。

1 デジタル通貨の台頭
 現金や物理的な通貨に代わって、暗号資産(仮想通貨)(crypto-asset)や中央銀行が発行するデジタル通貨が注目されています。例えば、暗号資産のビットコイン(Bitcoin)やイーサリアム(Ethereum)は、従来の貨幣システムとは異なる分散型の仕組みで運営されています。これらは銀行を通さずに直接取引ができるため、従来の金融システムに対する挑戦として位置づけられています。また、中央銀行が発行するデジタル通貨も進行中です。これは国家が管理するデジタル通貨で、現金に代わる形で流通する可能性があります。中国ではすでに「デジタル元」の試験運用が行われています。

    日本銀行のサイトによれば、「暗号資産は、国家やその中央銀行によって発行された法定通貨ではないこと、また、裏付け資産を持っていないことなどから、利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にある点には注意が必要」と喚起されています。暗号資産交換業者は金融庁・財務局への登録が必要となっています。

    NHKサイトから引用

    2 金融政策の変化
     近年、各国の中央銀行は、経済成長を支えるために、利下げや量的緩和(quantitative easing: QE)などの政策を採用しています。これにより、金利が低水準に保たれ、貨幣の供給が増加しています。同時に低金利環境が長期化する中で、伝統的な貨幣政策が限界を迎えつつあるという議論もあります。これに対応するために、新しい金融政策、例えば、直接給付金の支給や特定分野への財政支出の増加が決定され、従来の「通貨の供給量を増やす」という方法に頼らないアプローチが増えてきています。

    3 グローバルな通貨の変動と多国籍取引
     グローバル化が進む中で、特にインターネットを通じた取引やクロスボーダーの商取引が増えており、複数の通貨が同時に流通する状況が広がっています。国際的な支払いに仮想通貨やデジタル通貨が使用されることが増え、各国の通貨政策の影響を受けない形での取引が可能となりつつあります。

     今や世界にある暗号資産の総数は年々増えていく傾向にあり、世界で1千種類以上あるとされています。このように、貨幣のあり方は単に「お金」の形態だけでなく、その流通方法、管理方法、使い方においても大きな変革を迎えており、特にデジタル技術の進化がその中心にあるとされています。これにより、従来の銀行システムや国家が管理する貨幣システムに対する挑戦が高まってきているのです。この変化がさらに進むと貨幣の本質や役割についても再定義される可能性があり、金融業界や政府の政策に大きな影響を及ぼすといわれます。

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    貨幣論の歴史と本質

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    最近私は現金をほとんど使う機会がありません。これまで財布は100円や10円、1円が一杯で膨れていて誠に困りました。今、普段の買い物の支払い、各種の税金や社会保険料、電気やガス料金、公共放送受信料、ネット上での購入支払い、交通機関の利用、年金の受け取りなど、現金での受け渡しなどはなりました。すべてキャッシュレスです。

     世界的にキャッシュレス社会が進んでいます。スマートフォンやカードを使った電子決済が日常化し、現金の使用が減少しています。これにより、貨幣の形態そのものが物理的な「コイン」や「紙幣」から、デジタルな形式に変化しつつあります。例えば、PayPay、LINE PayなどでのQRコード決済や、クレジットカード、デジタル地域通貨、Apple Payなど、物理的な貨幣を使わずに取引が完結する方法が広まっています。これにより、経済活動の速度や効率が格段に上がり、取引コストが下がっているのが現実です。こうした経済社会における貨幣の変容に伴い、本稿では六回にわたり貨幣の本質やその枠割りを探っていくことにします。

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    常識を疑え

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    「事実に基づく報道」というフレーズをしばしば耳にします。公共放送の綱領はそのように謳っています。しかし、このような常識については立ち止まって考える必要があります。本稿はメディア界の常識を考えることにします。

     メディアの常識にはいろいろあります。まず「ニュースは事実を中立・客観的に伝えている」とか「意見が対立する問題では多角的に論点を提示する」といわれます。これは多くの人が無意識に信じている前提ですが、かなり怪しいのです。何故かといえば、報道には必ず次のような工程が入ります。何をニュースにするかという選択、誰が記事を書くのか、次にどの順番で伝えるかという順位、そしてどんな言葉や表現を使うか、最後に誰のコメントを載せるかという手続きです。このような過程では、すでに編集という価値判断が入っています。

     メディアの常識の第二は、「専門家のコメントは信頼できる」という神話です。いろいろな報道や討論系番組が調査や特集型の報道番組があります。よくある構図ですが、そこには特定の立場に近いメディア向けに「使いやすい」人が繰り返し招かれています。政策に近い専門家が呼ばれ、政策を批判する専門家が登場しないのです。テレビ局は「バランスはとった」と主張するようですが、いつも「お抱え」、「お気に入り」のような人間が登場します。このような「常連」からは、論点の深さや前提は検証されないと感じるのです。

     メディアの常識の第三は、「数字やデータは嘘をつかない」というフレーズです。これも強力な常識です。例えば、「2024~2025年時点の政府債務残高対GDP比は250%超で、主要先進国の中で群を抜いて世界最高水準にある」という説明です。しかし、政府の持つ資産を差し引いた「純債務」で見ると、OECD基準では日本はイタリア等より低いのです。つまり、どの数字を使うか、比較対象を何にするかによって見方は異なるのです。

     日本の国会議員は多すぎる、公務員数が多すぎる、公務員の給与は高すぎる、公共投資が多すぎる、といった常識は、国際比較をすれば間違いであることは明らかなのです。「失業率は改善している」という報道があったとします。この場合、非正規や短時間労働を含めると実態は不確実ではないかという疑問が浮かびます。「支持率◯%」と報道されても調査方法や標本の選び方、その母数、質問文の内容が分からないと失業率の報道は信頼できません。

     メディアの常識の第四は、「報道機関は権力を監視する存在である」といわれることです。確かに理念としては正しいようですが、現実はかなり複雑です。報道機関は、政党や政府の監視を受けています。例えば、過激な報道をすると「放送権を取り上げる」と脅されることもあります。結果として本質的に危険な話題は避け、対立を「分かりやすい対立構図」に単純化する傾向が生まれます。

     メディアの常識の第五は、記者クラブ制度による報道内容の均一性ということです。記者クラブは日本の官公庁や企業に大手メディアが常駐し、情報提供や記者会見を独占する特権的構造が、閉鎖的で権力との癒着を招いている問題です。フリーランスや新興メディアを排除し、発表中心の「発表報道」による監視機能低下が問題視されています。取材機会の不平等も長年批判されています。さらに報道機関は、視聴率やクリック数企業や広告主との良好な関係を保たないと番組のスポンサーから降りられます。こうした利益誘導によって迎合的な姿勢をとってしまいます。

    「常識を疑う」とは、メディアを敵視することではなく、距離をとることです。なぜ今これを報じているのか?、誰かの視点が欠けていないか?、逆の立場から見るとどうなる?、というように立ち止まって自問自答することです。いわゆるクリティカル・シンキング(critical thinking) が大切です。

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    合衆国のアファーマティブ・アクションの歴史

    注目

    積極的差別是正措置とか積極的格差是正措置とかの英語は「アファーマティブ・アクション(affirmative action)」といいます。政府または組織が制度的差別に対処しようとする一連の政策と慣行を指します。歴史的にも国際的にも、アファーマティブ・アクションへの支持は、雇用と賃金の不平等の是正、教育へのアクセスの拡大、多様性、社会的平等、社会的包摂の促進、そして不当、損害、または実質的平等とも呼ばれる阻害の是正に役立つ可能性があるという考えによって正当化されてきました。過去の差別により不利益を被ってきた女性、マイノリティ、障害者などに対し、実質的な機会均等を実現するため、雇用や教育の場で特別な優遇措置や優先枠を設ける取り組みのことです。

    BBCより引用

     アファーマティブ・アクション政策の性質は地域によって異なり、厳格な割当制から、参加促進を目的とした奨励のみを目的とするものまで、様々な形態があります。一部の国では、割当制を採用しており、特定のグループのメンバーのために、政府職、政治的地位、学校の空席の一定割合を確保しています。

     割当制を採用していない他の領域では、少数派グループのメンバーは選考プロセスにおいて優先権または特別な配慮を受けています。合衆国では、大統領令による積極的差別是正措置は、当初は人種に関わらず選抜を行うことを意味していました。そして大学入学選抜においては、2003年の最高裁判所のグラッター対ボリンジャー(Grutter v. Bollinger)事件起こります。ミシガン大学ロー・スクールを受験しますが不合格となった原告は、大学側が人種的少数派を優遇し、成績の良い白人応募者を差別すのは、合衆国憲法修正第14条の平等保護条項に違反しているとして訴えます。 最高裁は5対4の僅差でロー・スクールの入試政策は合憲であると裁決したのです。

     2023年に学生公正入学協会対ハーヴァード(Students for Fair Admissions v. Harvard) 事件でこの判決が覆されるまで、この優遇措置は広く実施されていました。この事件は、ハーヴァード大学が入学選考で人種を考慮するアファーマティブ・アクションがアジア系への差別にあたるとして争われた訴訟です。2023年6月、最高裁はこの選考基準が「法の下の平等」に違反し違憲であるという画期的な判決を下すのです。

     合衆国では、以上のように積極的差別是正措置は議論の的となっていて、この問題に関する世論は分かれています。アファーマティブ・アクションの支持者は、それが集団の実質的な平等や社会的経済的に恵まれない集団や歴史的に差別や抑圧に直面してきた人々の権利を促進すると主張します。アファーマティブ・アクションに反対する人々は、それが逆差別の一形態であると主張するのです。アファーマティブ・アクションは、多数派集団内の最も恵まれない人々を犠牲にして、少数派集団内の最も恵まれた人々を利益にする傾向があると主張して反対するのです。

    (Lighthouse Haeaiiより引用)

     ヨーロッパにおける一般的に見られる積極的差別是正措置は、ポジティブ・アクション(positive action)として知られており、これは、少数派集団を特定の分野に参入させることで機会均等を促進するものです。ポジティブ・アクションには多様な手法があり、例えば、各団体、企業、大学、研究機関などの特性に応じて次のような方法をとります。
     (1) 指導的地位に就く女性等の数値に関する枠などを設定する方式で「クオータ制」と呼ばれ性別を基準に一定の人数や比率を割り当てる手法です。
     (2) ゴール・アンド・タイムテーブル(goal and timetable) 方式は、指導的地位に就く女性等の数値に関して、達成すべき目標と達成までの期間の目安を示してその実現に努力する手法のことです。

     わが国における女性の参画は徐々に増加していますが、他の先進諸国と比べて低い水準であり、残念なことにその差は拡大しているといわれます。ただ、史上初の女性内閣総理大臣の登場で男女共同参画の国民感情と不平等解消の諸政策は推進されるかもしれません。

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    外来語の動詞化とノリ

    注目

    このところ若者だけでなく中年の主婦が「あの品物をググってみた」と使うのを耳にします。先日アメリカの友人が、スーパーボウルの話題について「You should be able to google the article of NFL. 」(NFLの記事を検索できるぞ)と書いてきました。今や「 google」も動詞化されているのです。言葉は生き物ですから、多様に変化するのは当然としても、こからどこまでこうした単語が動詞化され、愛嬌とおかしみという「フラ」が生まれるかは興味あることです。

     動詞化にはいくつかの現象があります。第一はサービス名の外来語が動詞化することです。それは特にITとかSNS系が多いことです。前述の「ググる」の他に「ラインする」、「ズームする」、「ウーバーする」、「インスタる」、「ブックする」といった具合です。第二は、若者の言葉が俗語としての動詞化することです。くだけた会話でよく使われます。「バズる」、「ミスる」、「ディスる」、「パニクる」、「メモる」、「トラブる」「ハモる」、「バズる」というように「〜る」をつけて五段動詞化するのが特徴です。ちなみに、「バズる」とは蜂の羽音を表現するざわめき「buzz」という用語からきたものです。

     第三は、表現が意味する行為がはっきりしていて、操作したりアクションすることが想像できることです。「to friend 」という言い方は「友達に追加する」という意味であり、「to DM」は「ダイレクトメッセージを送る」ということです。」このような使い方は、「何をしたか」が説明なしで伝わり動詞にしやすいのです。会話の途中で「とっさに使いたい」という場面が多いのが特徴となります。「あとでググるわ」、「もうフレンドした?」、「それDMして!」というように会話でとっさに使いたいときに出てくるのです。

     第四は、代替語がないとか用語が定着していないと、名前がそのまま動詞になる場合です。例えば、「to photoshop」は「写真を加工する」、「to uber」は「アプリで車を呼ぶ」とか「アプリで配達してもらう」とい按配です。ついでですが、Uberが日本で急速に浸透したのは、コロナによる強制的な生活変化、出前文化との相性、決済環境の成熟、配達員や店舗の参加しやすさということのようです。スマホの普及と共に日本の「宅配文化」と相性が良かったのです。

     日本人はもともと時間厳守や出前、口コミが重視されてきました。言葉の動詞化はそうした文化の合理性とノリの両方で進化しているのが面白いところです。

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    ダイバーシティとは

    注目

    詩人金子みすゞの著作「私と小鳥と鈴と」の中に、有名な「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」というフレーズがありました。本稿は、多様性とか「みんなちがっていい」というダイバーシティという話題です。

    金子みすゞ

    英語の多様性(diversity)の語源は、ラテン語の「diverstias」に由来するといわれます。 diversitas は、動詞 divertere(向きを変える、離れる)から派生した形容詞です。興味あることですが、もともともは「一致可能なものに反すること(Difference)、矛盾とか対立するもの、一致しないもの」といった消極的な意味を有していたとされます。それと同時に「相違、多様、様々な形になる」という意味も併せ持っていたともいわれます。

    17世紀になって、消極的な意味が失われ、現在のように使われるようになった多様性とは、性別、民族、人種、性的指向、年齢、障害、文化、階級、宗教、その他の人生経験など、より広範なコミュニティ全体を反映しているかどうかを指します。2001年11月にユネスコ(UNESCO)の「文化的多様性に関する世界宣言」の第一条では、「生物的多様性が自然にとって必要であるのと同様に、文化的多様性は、交流、革新、創造の源として、人類に必要なものである。この意味において、文化的多様性は人類共通の遺産であり、現在及び将来の世代のためにその重要性が認識され、主張されるべきものである」と規定されています。

    1992年6月に締結された「生物の多様性に関する条約(Convention on Biological Diversity)」の前文は、「締結国は、生物の多様性が有する内在的な価値並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺伝上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上レクリエーション上及び芸術上の価値を意識し」という表現を使い次のような多様性をうたっています。

    ■ジェンダーの多様性(Gender diversity):
     特定の集団における男性、女性、およびノンバイナリー(nonbinary)の個人の代表性を意味します。`
    ■年齢の多様性(Age diversity):
     様々な世代の個人を包含できるように年齢分布を示します。
    ■人種的および民族的多様性(Racial and ethnic diversity):
     集団が国民的または文化的伝統を共有する個人で構成されているかどうか、あるいは多様な出身地や背景を持つ個人で構成されているかどうかを評価します。
    ■身体能力の多様性(Physical ability diversity):
     目に見える障害と目に見えない障害のある人々の視点とそうした人々の役割や貢献を考慮することです。
    ■神経多様性(Neurodiversity):
     Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の2つを組み合わせた造語で、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方です。特に、発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく「人間のゲノムの自然で正常な変異」として捉えるという概念で「ニューロダイバーシティ」と呼ばれています。

    金子みすゞが言わんとしたことは、人種や身体の特徴、感じ方や考え方、そして得意、不得意。これらがみな異なるからこそ、私たちは互いに助け合うことができるということです。「ダイバーシティ」とか「多様性」という概念を先取りした金子みすゞの発想に敬服するものです。私たち一人ひとりの多様さや違いは、この社会全体にとって、必ず意味があり、不可欠なものといえます。

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    サステナビリティとは

    注目

    新しい概念が英語圏から次から次へと入ってくる時代です。IT、ビジネス、国際政治、環境問題などの分野がそうです。今回は、最初から英語で生まれた考え方である「サステナビリティ(sustainability」という用語を取り上げます。

    サステナビリティは「持続可能性」と訳されています。この概念は、現代の環境運動によって注目を集めました。この運動は、資源の利用、成長、消費のパターンが生態系の健全性と将来世代の幸福を脅かす現代社会の持続不可能な性質を非難したことで注目されます。持続可能性は、短期的で近視眼的で無駄な行動に代わる選択肢として提起されています。さらに既存の制度を評価する基準としても持続可能性が取り上げられます。つまり、社会が目指すべき目標として機能するものだと考えられています。

    持続可能性はまた、既存の社会組織の形態を検証し、それらが破壊的な慣行をどの程度促進しているかを判断することにも応用されます。そしてより持続可能な活動の発展を促進するために、どうすれば人間は、現状を意識的に変革する努力することが必要かを問うのです。

    持続可能性は、「持続可能な収穫」、「持続可能な社会」、「持続可能な開発」といった概念の中核を成しています。持続可能な収穫とは、木材や魚など、特定の自己再生可能な天然資源の収穫を指します。小魚はリリースする、漁獲量を制限する、無農薬農業を進める、太陽光、風力、水力など再生可能エネルギーを増やす、など多数あります。このような収穫は、基盤となる自然システムの再生能力によって支えられるため、原則として無期限に維持できるのです。

    持続可能な社会とは、生態学的限界によって定められた境界内で生きることを目指す社会です。電気自動車の普及とか、公共交通の利用などで環境に過度の負担をかける慣行が改革または廃止されることにより、皆が安心して暮らせる継続的な社会を維持することができます。最後に、持続可能な開発とは、現在および将来の世代のニーズに対応し、経済、社会、環境の考慮事項を意思決定にうまく統合する社会発展のプロセスを指します。17の目標とわれるSDGs(Sustainable Development Goals) は、この持続可能な開発を実現するための具体的な課題リストとなっており貧困や教育、ジェンダー、気候変動を含んだ包括的な目標となっています。

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    コルティナ・ダンペッツォと歌劇

    注目

    2026年2月6日、第25回オリンピック冬季競技大会がイタリア北部の都市ミラノ(Milano)とコルティナ・ダンペッツォ(Cortina d’Ampezzo)で開催されました。この大会の開会式を観ながらいくつかの感慨のようなものを覚えました。第一は演出の素晴らしさです。開会式がまるで歌劇を観ているような雰囲気です。歌があり踊りがあり、そして野外劇場のような晴れやかな舞台がありました。第二は歌劇の三大巨匠の曲をふんだんにとりいれてイタリアを演出していたことです。三大巨匠とは、ヴェルディ(Giuseppe Verdi)、プッチーニ(Antonio Puccini)、そしてロッシーニ(Gioachino Rossini)です。第三は、観客の感情を揺さぶる劇的な演出です。開放感、真面目さ、衣装の美しさ、そして悲劇的な演出です。父親が戦場で戦っているという息子が晴れやかな舞台で手を振るウクライナの選手の姿がありました。

    Cortina d’Ampezzo

     コルティナ・ダンペッツォといえば、アルペンスキー回転で猪谷千春が1956年に日本人として冬季オリンピック史上初の銀メダルを獲得した場所です。このとき、オーストリアのトニー・ザイラー(Anton Sailer)が回転・大回転・滑降全てで金メダルを史上初めて獲得したのも思い出されます。1956年といえば私は中学一年生のときです。新聞に載った猪谷の滑りの写真をはっきりと記憶に残っています。猪谷は北海道の国後島で生まれ、大きくなってからニューハンプシャー州にあるダートマス大学(Dartmouth College)で学業と筋力トレーニングをします。ダートマス大学を卒業後、1954年にコロラド州アスペンでの全米大会で優勝、1955年から1957年まで全米大学体育協会(NCAA)の スキー選手権大会の回転競技部門で三連覇するのです。

     歴史的な音楽の先進国がイタリアです。西洋の伝統音楽における代表的な楽器のバイオリンやピアノなどの多くは、イタリア語を母国語とする製造者によってその原型が確立されたといわれます。現在も世界中で通用する音楽関連の専門用語の多くは、イタリア語となっています。今度のオリンピック大会の開会式で音楽をふんだんに取り入れ、音楽の本場はイタリアであることを強調していました。特に劇場型のオペラを思わせる見事な演出から三人の作曲家を取り上げてみます。

     イタリアの特にオペラの歴史において、「三大作曲家」とか三大巨匠と称されるヴェルディ、プッチーニ、そしてロッシーニは、その華麗な音楽とは裏腹に、私生活や作品において極めて「過激」なエピソードを残しています。オペラ王の異名を持つヴェルディはイタリア統一運動の英雄的な存在であり、その頑固さと妥協しない性格が過激さとして表れました。妥協なき芸術性の持ち主で、劇場支配人や歌手の要求を跳ね除け、自身の音楽的信念を強引に押し通したといわれます。代表作として『椿姫(The Lady of the Camellias)』や『アイーダ(Aida)』があります。歌詞の中に革命歌も取り入れているほどです。

     クラシック界の伊達男と呼ばれていたのがプッチーニです。過激な女性関係を持ち、浮気を原動力として作曲すると公言していたとされます。なんとも呑気で天衣無縫な態度です。作風の過激さも知られ、『トスカ(Tosca)』では拷問シーン、『蝶々夫人(Madame Butterfly)』では刀を喉に突き立てて自殺、『ラ・ボエーム(La Boheme)』では不治の病、結核による死など、観客の感情を揺さぶる劇的な展開を惜しみなく表現しました。

     ロッシーニは喜劇の巨匠といわれます。『セビリアの理髪師(The Barber of Seville)』をわずか2〜3週間で書き上げるなど、天才的な作曲速度で知られています。毒舌でも知られ、他の作曲家を批判する際、ブラックジョークを駆使したといわれます。 『セビリアの理髪師』の他に『ウィリアム・テル(William Tell)』などのオペラ作曲家として最もよく知られ、その作品は当時の大衆に非常に人気があったといわれます。

     オペラの他にも、ルネッサンス期(Renaissance)の声楽曲のマドリガル(madrigal)、世俗歌曲のフロットラ(frottola)やイタリア流行歌であるカンツォネッタ(canzonetta)など、我が国でも知られているイタリア音楽の作品形式は幅広いものがあります。イタリアの国歌には、「我らは何世紀にもわたり、虐げられ、嘲れてきた、歩兵隊に参加せよ、我らに死の覚悟あり、イタリアが叫んでいる、、そうだ!」とあります。実に勇ましくミラノ・コルティナのオリンピックはそのイタリア市民の叫びを発散しているかのようです。

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    Free At Last !

    注目

    本日、1月第3月曜日はアメリカの祝日の一つ、「 Martin Luther King Jr. Day」(キング牧師記念日)です。1983年にキング牧師の功績を称え、その生誕を記念する祝日を制定する法案がレーガン大統領政権下で可決され署名されました。キング牧師の暗殺から15年後のことです。キング牧師の演説 「I Have a Dream」(私には夢がある)は世界中の学校の教科書に載ったといわれるほど明快で力強い響きがあります。

     1963年8月、ワシントン大行進(Civil Rights March on Washington)で行われたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「私には夢がある」演説は、アフリカ系アメリカ人の公民権と経済的権利を熱烈に要求し、奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)と憲法にもかかわらず、国家が平等の約束を果たせていない現状を浮き彫りにしました。キング牧師は、人種隔離のない未来のアメリカ、つま肌の色ではなく人格で人々が判断される未来のアメリカというビジョンを明確に示し、統合と友愛というこの夢を実現するために非暴力による抗議を訴えたのです。この演説は公民権運動(Civil RIghts Movement) にとって決定的な瞬間となり1964年の公民権法(Civil Rights)成立のきっかけとなりました。

    Rev. Martin Luther King Jr.

     

     ワシントン大行進でキング牧師は、解放から100年経った今でも黒人アメリカ人は差別に直面し、基本的自由を奪われていると主張し、それを「残高不足」(bad check)と記された「不渡り小切手」(insufficient funds)と呼びました。そして平等の夢としてキング牧師は、自分の子どもたちとすべての人々が偏見なく調和して共に暮らす国家の姿を鮮やかに描きました。それを次のように訴えます。

    I have a dream that my four little children will be not judged by the color of their skin but the content of their character.

    ワシントン大行進 (沖縄タイムズより引用)

     キング牧師は非暴力抵抗を訴え、信奉者たちに尊厳を保ち、憎しみを避けるよう促し、彼らの闘争を平和的手段による正義を求める運動へと変容させます。人種差別と不正義を終わらせるための即時の行動を呼びかけ、アメリカ全土の山々から「自由の鐘を鳴らせ!(Let freedom ring)」、そして「必ずや自由を」(Free at last!)という力強い合唱で演説を締めくくります。このフレーズは、自由を求める全国的な要求を象徴するものとなりました。

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    恭賀新禧 2026年

    注目

     「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也」と芭蕉が『奥の細道』の冒頭で歌っています。ほとんどの人が高校時代に口ずさみました。Wikipediaで復習しますと「百代」とは永遠、「過客」とは旅人という意味だそうです。人に会うたびに、「本当に昨年はあっという間でしたね」という会話になります。時間は止まることがありません。そして今年は午年、偶然にも私の年です。亡き両親に感謝。

    八王子市在住 原田朋栄氏作 (引用許諾済)

     大晦日の午後、駐車場脇に植えている花に水をやっていましたら、一階にお住まいの方から声をかけられました。ちょっとした立ち話をしていると、かつてシカゴで働いていたそうで、ウィスコンシン州のことも話題となりました。実は、私の3人の子どもと5人の孫はウィスコンシン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、そしてモンタナ州に住んでいます。と言うわけで、私の一家は、日本を離れて各地に散らばる「ディアスポラ(Diaspora)」なのです。ディアスポラとは、古代ギリシア語で「離散」を意味するようです。世界史では、ユダヤ人が故郷を追われ離散した歴史、例えばバビロン捕囚などに由来すると言われます。

     今日、日系何々人と呼ばれる人々は、アメリカ、イギリス、カナダ、ブラジル、フリッピンなどで暮らしています。日系人初のアメリカ連邦議員となったダニエル・イノウエ氏とか2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏といった有名な人から、無数の名もなき人々まで、それぞれの地においてコミュニティを形成し、彼の地で貢献してきました。いわば現代のディアスポラです。

     マディソンで小中高の教育を受けた子どもはそのまま大学へ進み、今はアメリカ国籍を得て仕事をし家族を育てています。と言うわけで、我が家は堂々と「ディアスポラ」の一員と名乗ってよいと思われます。生前の父から私の家系を聞いたことがあります。元々は平家の落人で青森県の弘前付近に身を隠したようです。時代を経て両親は樺太へ移住し、戦後は北海道の美幌に引き揚げます。それから名寄、稚内、深川、旭川、札幌、下田と転々とし八王子で亡くなりました。「流浪の民」というわけです。私も血筋をひいているようで、埼玉から大学院に通い、それから琉球で幼児教育をやり、国際ロータリークラブなどから奨学金をもらいウィスコンシン州都のマディソンへ行きました。そこで学位を取得してからは横須賀と兵庫県の加東市で働きました。奇しくも両親と同じく八王子を終の住処としています。やがてこれから向かう処は決まっています(^0^)

    と言うわけで我が成田家は「ディアスポラ」の誇りと矜持を抱いて今年も過ごしたいです。2026/01/02

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    閑話休題:水と木

    北海道大学(北大)男声合唱団のかつての同僚から、どのようにして北大の中心に小川が復活したかの便りを貰いました。北大正門から道なりに歩きますと「中央ローン」という一面芝生の広場にでます。まわりには多くの楡の木(エルム)がそびえています。その中心に流れるのが「サクシュコトニ川」です。呼び名のもとはアイヌ語だったようです。エコ・キャンパス創成の一環として、大学と札幌市が水辺の復活事業を行ったのです。キャンパスに安らぎをもたらしたのが、「サクシュコトニ川」です。

    中央ローン(ようこそSapporoから引用)

     「日本で最も広い大学キャンパス」を挙げるなら、一般的には 北大が一番とされます。キャンパスに川を持つ大学はそう多くありません。北大は幸いなことに、その数少ない例の一つです。川がキャンパスを流れるには水がなければなりません。北大のキャンパスはどこも楡の大木で囲まれています。枝を大きく広げる雄大な樹形が特徴です。硬くて粘りがあり、家具、建材などに使われ耐朽性が強く水に強い特徴を持っています。北海道のシンボルツリーとなっています。木といえば観光客の楽しみはキャンパスのはずれにあるポプラ並木を散策することです。

     札幌の中心街にある北海道庁の隣の北大附属植物園のあたりに湧き出ていた池 (メム)が「サクシュコトニ川」となります。そこから北大構内をゆったりと流れて農場の北端から琴似発寒川に出ていたといわれます。昭和30年頃から急速に湧水量が減り、その後はポンプ揚水の地下水が細々と循環しているだけの川もどきになっていたようです。そこで北大のキヤンパスに生命の活力を与えるべく、「水と緑のネットワーク」というルネサンス・プロブエクト事業によって「サクシュコトニ川」に新しい水が補給されて流れが再生したようです。

    畜舎(ようこそSapporoから引用)

     2月の「さっぽろ雪まつり」が終わり雪解けが進む3月にはふきのとうや福寿草が、5月下旬、街はライラック(lilac)に彩られます。ライラックは別称としてリラ(リラの花)とも呼ばれています。北大構内ではクロユリの群生地が見頃を迎えます。秋は赤柏や楓の紅葉、銀杏の黄金色が美しい北大構内の散策などをお勧めします。市内の川沿いの遊歩道のないところにはケモノ道が今も残っているようです。

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    医療費の4兆円削減案

    注目

    現在、自民党は与党内で日本維新の会などと社会保障制度改革の議論を進めています。その中で高齢者の医療費窓口負担の3割への割合拡大や、市販薬と成分がほぼ同じ処方薬であるOTC類似薬の保険適用見直しなどが議論されています。OTC類似薬とは、湿布薬や保湿剤、解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬など約7000品目あります。 ただし、現時点で「国民全員が3割負担になる」といった決定的な事実や既に制度が変更されたという真偽情報はありません。現在は保険適用で、患者の自己負担は薬価の1~3割で済みます。保険が適用除外となると、市販薬の購入費用が過度にかさんだり、治療の遅れにつながったりするとし、患者団体や日本医師会が反対しています。

    厚生労働省より引用

     ついでですが「高齢者」とは、65歳以上を指す言葉が一般的です。しかし、日本の平均寿命が延びている現状から、65歳から74歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」とする区分もあります。後期高齢者になると、4分の1にあたる人が要介護認定を受けており、入院や長期療養が増えるのも事実ですが、後期高齢者の半数以上が趣味やレジャーを楽しんでいるともいわれています。

     社会保障制度改革の議論のポイントについてです。現在、6歳から69歳までの現役世代の医療費窓口負担は、所得に関わらず原則3割です。これは今後も維持される見込みです。議論の焦点は高齢者の負担割合です。その議論の主な焦点は、高齢化に伴う医療費全体の増加を抑えるため、特に70歳以上の窓口負担割合を引き上げるというものです。11月5日の財務省の審議会では「70歳以上の医療費を原則3割負担にすべき」という提案が出されましたが、厚生労働大臣は「現実的ではない」と否定的な見解を示しています。

     現在、75歳以上の一定所得以上の人は既に2割または3割負担となっています。この「一定所得」の基準を見直すことなどが検討されています。前述の湿布薬や保湿剤、解熱鎮痛薬など、市販薬と成分が似ているOTC類似薬の処方について、医療保険の適用を維持しつつ患者の自己負担を追加する方向で議論が進んでいます。これは自民党と維新の会の連立合意に含まれた項目です。維新の会が訴える医療費4兆円削減に連動するような高齢者の負担増を意味します。

     しかし、これらの負担増の議論に対して、患者団体や日本医師会、共産党などからは、患者の経済的負担が大きくなり、治療の遅れにつながる可能性、受診抑制が発生する可能性などといった懸念の声が上がっています。

     私的なことですが、私は心不全のために2週間入院し、退院後も11種類の薬を服用し運動療法を受けています。医療費が2割から3割負担となると大変だな、、と懸念する日々です。安心して病気ができる国、安心して年をとれる国になることを皆が願っています。

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    ウクライナ和平交渉と宥和政策

    注目

    最近のウクライナ情勢における大国間での和平交渉について、いろいろな提案と駆け引きが続いているようです。この交渉過程から1941年頃のイギリスのチェンバレン首相(Neville Chamberlain)のナチス・ドイツに対する宥和政策(appeasement)のことが思い起こされます。私なりにトランプ大統領をチェンバレンと、プーチン大統領(Vladimir Putin)とヒトラー(Adolf Hitler)とを対比するとどのようなことが見えてくるのか、果たしてこのような比較は妥当かどうかを、過去の史実に基づいた枠組みから考えてみます。

    2022年ゼレンスキー大統領と東欧諸国首脳との会談

     トランプ、チェンバレン、プーチン、ヒトラーの関係は非常にセンシティブで、人物の評価というより政策姿勢や外交スタイルの比較をすることにとどめます。まずは、チェンバレンの宥和政策とトランプのロシアへの和平提案(peace proposal)の共通点です。双方とも「対話により緊張を下げられる」という前提で行動しているようです。チェンバレンは、ミュンヘン会談(Munich Conference)などでヒトラーとの直接対話により戦争を回避できると考え、譲歩を通じて安定を作ろうと努力しました。他方、トランプは「敵対よりも個人的関係による交渉が有効」と繰り返し主張し、プーチンとの関係改善を強調していることが伺えます。いずれも「強硬路線よりも首脳間交渉の重視」という構図が見えてくるようです。

     国際政治では、国家が自国の安全保障と国益を最優先する現実主義が見られます。チェンバレンは当時のイギリスの軍備が未整備で時間稼ぎをした面もあり、「実力が整うまで対立を避けたい」という現実的な動機があったといわれています。ヒトラーには、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)で取り上げられ、チェコスロバキア領(Czechoslovakia)となったズデーテン地方(Sudetenland)を取り戻したいという意図がありました。トランプも「アメリカ第一主義」に基づき、ロシアより中国を競争相手と見なす優先順位から、ロシアとは緊張を高めたくないという発言を繰り返してきました。トランプの譲歩や対話が必ずしも弱腰ではなく、戦略的な判断をしているということも伺えます。

     チェンバレンの宥和政策は、チェコスロバキアやフランスの不安を生みます。それは彼らの軍事力が十分整わず、侵略で主権を脅かされるような提案だったからです。他方、トランプのロシアへの相対的で好意的姿勢は、NATO加盟国、特に東欧のポーランドやバルト三国(Baltic States)の不安を招いています。トランプの「敵との対話」が周辺国の警戒感を高めた点は、チェンバレンの宥和政策の影響に類似しています。同盟国の不安を招いているという共通点です。

     ただし共通点以上に違いの方が大きい点もあります。それは国際環境が全く異っていることです。1930年代は多くの国が軍備を拡張し、国際秩序が崩れつつある状況がありました。現代は核抑止や集団的防衛機構、国際機関が存在し、第二次大戦前とは構造が違っています。トランプは実際に「譲歩合意」を結んだわけではありません。他方チェンバレンはミュンヘン協定(Munich Agreement) によって具体的に領土を譲る合意を結んだのです。トランプはプーチンと象徴的な友好姿勢を示しているようですが、正式な「宥和協定」を結んだわけではありません。

     個人独裁者 vs 民主国家の価値観の違いが存在します。チェンバレンの相手は急速に拡張する全体主義国家で、目的も明確に領土拡大だったのです。他方、現代のロシアは権威主義的ですが、ナチス・ドイツの統治機構や外交方針と同一視はできません。

     ヒトラーの侵略性というイデオロギーは特異であり、現代の国家思想と直接比較するのは困難です。ナチス・ドイツは領土拡張と人種主義的政策を国家目的にしていました。他方プーチンのロシアは侵略や人権侵害が国際的に非難されていますが、ナチスと同一視する理由を探すのは難しいといえましょう。 トランプの政策はアメリカ国内政治の影響が強く、チェンバレンとは同列に置くことはできません。チェンバレンは国家総力戦の瀬戸際で判断せざるを得なかったのですが、トランプは主として「アメリカ第一主義」や来年11月に行われる中間選挙という背景で行動しているようです。

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