FIFAワールドカップ狂騒曲のこれから

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私は、サッカーに関しても全くのど素人ですが、日本チームの強豪チームとの対戦を見ながら、個々の選手のクオリティのさらなる底上げが求められていると感じました。例えば、強豪国のディフェンダーを単独で引き剥がせる強力なアタッカーの誕生などです。1968年メキシコシティオリンピックのサッカー競技で、大会通算7ゴールを挙げてアジア人初となる得点王に輝いた釜本邦茂のようなエースストライカーの再来です。海外のトップトップの圧力に動じないキープ力と判断力などです。選手一人ひとりが世界のクラブレベルでさらに磨かなければ、強豪国には抗し得ないでしょう。

 次に、試合展開に応じた柔軟な戦術マネジメントが求められることです。例えば、:相手がシステムや選手交代で流れを変えてきた際、ピッチ内で素早く修正し、防戦一方になり、サイドラインに蹴り出すだけでなく、ボールを保持して落ち着かせる時間を作るコントロール力が必要です。これも個の力が備わっていてできるプレイです。

 これまで、日本は単に技術や戦術を教えることに重点を置いてきたと思われます。それだけでなく、世界のトップと対等にやり合うための勝者のメンタリティーのようなものを、若い世代の育成段階から日本サッカー全体で植え付けていくことです。中長期の話で言えば10代の選手、20代前半の選手たち、10年後20年後に向けた教育改革のようなことです。2027年のAFCアジアカップの19回目の大会、そして4年後のスペイン、ポルトガル、モロッコを中心に、史上初めてのFIFA三大陸大会、さらにその先の歴史で新しいページを切り開くことにつながります。

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FIFAワールドカップ狂騒曲の敗戦を振り返って

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日本はワールドカップの決勝トーナメント一回戦で敗退しました。敗退の理由としては、ブラジル戦のゲーム展開にあります。日本は前半29分に佐野選手のゴールで先制し、強豪ブラジルを相手に見事なスタートを切りました。しかし、後半にブラジルの猛攻に耐えきれず逆転を許す結果となりました。

 ブラジルは後半開始から二人のフォワードの選手を投入して前線を活性化させました。日本は56分に同点弾を許し、耐える時間が長くなりました。後半の修正力と選手層の差が出たということです。延長戦突入が見えていた90+6分、交代出場の選手に劇的な決勝ゴールを奪われました。そして、致命的となったアディショナルタイムの失点です。圧倒的に押し込まれ、敗戦は時間の問題だったというある選手のコメントは、そのことを如実に物語ります。世界トップクラスの個の力、そして試合最終盤での集中力や勝負強さの差が最後に響いた形です。

 監督の采配について課題はなかったでしょうか。今大会を通じて監督はチームの力を引き出したといわれますが、ブラジル戦の後半における「交代策」と「ゲームの閉め方」には議論の余地が残りました。それは交代カードのタイミングの課題です。65分に二人の選手を投入して守備の安定を図りましたが、ブラジルの勢いを止めきれませんでした。

 延長戦に入り、日本は守備一辺倒へのシフトを敷きます。まさか逃げ切りを図ろうとしたのでしょうが、ブラジルはそうは問屋が卸しません。先制後に守備的なブロックを敷いたことで、ブラジルにセカンドボールを拾われ続け、波状攻撃を浴びる原因となりました。前線でのキープ力や、相手を押し戻すカウンターの鋭さを維持する采配が終盤に機能しなかった点が指摘されています。

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FIFAワールドカップ狂騒曲が終わる

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まだまだ熱戦が続く北中米ワールドカップ大会です。日本チームは予選リーグを突破したものの、国を挙げての熱狂的な応援にも関わらず決勝トーナメントの一回戦で敗退しました。監督や選手はいろいろなコメントを寄せています。メディアの過剰なはしゃぎぶりが目立ったのですが、選手らの感想は力不足を認める極めて冷静というか覚めた言葉を残していました。

 その中でも印象的だったのは、「やはり世界の壁は高かった」「力の差を感じた」といった言葉です。大会前から「優勝を目指している」とか、このチームは「これまでの最強のチームである」といった景気の良い噂が渦巻いていました。結果をみると「それ見たことか」といわれるのは至極当たり前です。いくら団結力が凄いとか、組織力や結束力は一番だ、といって精神力を謳歌してもそれは所詮、犬の遠吠えのようなもの。選手個々の力は歴然としていたのです。

FIFA大会公式ポスター

 敗戦の主な原因を、素人なりに考えたいのです。まず、後半にフル回転をした強豪国への対応力が不足していました。ブラジル戦を振り返ってみます。前半は日本の戦術が機能して主導権を握る時間もありましたが、後半に入るとブラジルは明らかに攻撃のギアを上げてきました。前線からの強いプレスや、サイドを広く使った揺さぶりに対して、日本は防戦一方の展開となり、徐々に体力を消耗させられていきました。身長の差と体躯の強靱さは日本選手の課題といえましょう。

次にいくらチームとしての戦術や組織力は高いレベルに達していたものの、試合が互いに攻守が激しく入れ替わるオープンな局面になった際、局面を1人で打開する、あるいは守り切るという「個の能力」において、まだまだヨーロッパや南米の優勝経験国との差がありました。想定内の激しいプレッシャーを受けた結果、マークがズレて失点に繋がっています。

 一発勝負の決勝トーナメントにおいて、確実に勝ち切るための経験値やマインドの不足が、最後の数分間の攻防に現れたと言えます。

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政策金利上昇のチャンスを捉えるーープラスの恩恵

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日本銀行は2026年6月16日に、31年振りに政策金利を0.75%から1%に引き上げました。それに伴い三菱UFJ銀行など三社のメガバンクは普通預金の利息を0.3%から0.4%へ引き上げました。かつての0.001%という超低利の時代は去りました。2024年初頭の0.001%の時代と比較すると400倍の水準です。100万円を預け入れた場合、1年間で受け取れる利息は税引前で 4,000円となります。

 普通預金が0.4%に底上げされるため、定期預金金利、特に1年以上のものは、それを上回る水準で1年もので0.4%台後半〜0.5%超、長期のものは1%の大台へ展開するという見通しです。従って持っている普通預金の一部を定期預金などに移すのは理にかなっています。

楽天カードから引用

 なぜ日銀は政策金利を上げる決定をしたかです。金利というのは物価を調整する役割を持つといわれます。金利が上がると消費は下がります。企業は資金を借りるのを渋り設備投資を控えるのです。金利が下がると、その逆の現象となり銀行などから融資を受け、設備投資が促され消費者の需要が上がります。

 今回、日銀が政策金利を上げたのは、中東での戦争、ウクライナ情勢による原油価格の上昇とそれに伴う急激な原材料価格の上昇、円安に伴う輸入コストの上昇、食料品価格の上昇が大きくなる事を懸念したことです。金利上昇でモノやサービスの需要が減れば人件費上昇に歯止めがかかり、インフレの抑制につながります。今回の金利の引き上げは、インフレが暖まってきたので、急激な物価上昇のショックを少なくするためにとった決定だといわれます。ただ日銀は、経済活動の過熱を抑え、インフレ率を2%に安定させることを目指しています。

 政策金利の引き上げは銀行が顧客に払う預金金利の上昇につながります。年金などの運用利回りが上昇し利息収入も増えることで、金融資産を持つ家計にはプラスの恩恵がありそうです。

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政策金利上昇のチャンスを捉えるーーじっと待つか

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多くのマンション管理組合は、多額の修繕積立金を抱えています。ですが一銭の利息も付かない決済用普通預金となっているところがあり、「とにかく元本を絶対に減らしたくない」という「動かないでじっと待っていることにメリットがある」と信じて疑わない不可解な組合もあります。

 マンションなどへ金融支援する住宅金融支援機構が発行する債権は、10年満期時で年平均利率が税引前で2.1%というものです。これに加えて、メガバンクの定期預金を組み合わせ、リスクを分散させながら、積立金の運用を考えるのは、時代の趨勢であります。「元本を絶対に減らしたくない」と考える姿勢は変えるべきなのです。その理由を以下で述べます。

 動かないでじっと待っていることにメリットがあるのがかつてのデフレの時です。デフレでは物価は下がり、現金の価値が守られる時です。物価が下がるということは、需要が供給より少ないということです。デフレ期では、企業はリスクを避け、内部留保を増やす一方、人件費を抑制しました。人々の需要が増えず企業は設備投資を控え、賃金も物価も上がりませんでした。

 国家にとって大事な技術革新のための十分な投資も行われず、他国の成長や発展に遅れをとるのです。デフレでは、消費者は節約志向となります。給料が上がらず、年金や医療など社会保障への将来不安もあるため、人々は消費を切り詰め、貯蓄に回すようになりました。

 他方、金利が上がり積極的にチャンスをとりにいくのがインフレの時です。預金利子が上がり、資産運用などで株や投資信託をすることで利益を得ることができるのです。当然ながら、物価は上昇しますが、賃金もそれに劣らず上昇するのです。このとき、箪笥預金などをじっと守ってきた人の資産は目減りするのは当然です。

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政治教育の意義 その7 つまずきの石

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シュトルパーシュタイン(Stolpersteine)とは、ドイツ語で「つまずきの石」を意味する、ナチス・ドイツによる迫害の犠牲者を追悼するための記念碑です。通常の巨大な記念碑とは異なり、人々が日常的に行き交う歩道に埋め込まれているのが最大の特徴です。

グンター・デムニヒ

1) どのようなものか?
 約10センチ四方のコンクリートの立方体で、上面に文字が刻まれた真鍮のプレートが張られています。この石は、犠牲者がナチスに強制連行される直前まで「最後に自発的に暮らしていた家」の前の歩道に埋め込まれます。プレートには、暮らした場所、誕生年、連行日、殺害された場所と日付が手作業で刻まれています。

2) プロジェクトの背景と意図
 ドイツの芸術家グンター・デムニヒ(Gunter Demnig)が1992年に始めた個人プロジェクトです。現在ではドイツ国内だけでなく、ヨーロッパ全体で10万個以上が設置されており、世界最大の分散型記念碑とも言われています。このプロジェクトには、単なる追悼を超えた重要な思想が込められています。

 「名前」を取り戻す: ナチスの強制収容所では、人間から名前を奪い、「番号」で管理して非人間化しました。デムニヒは「この石によって、犠牲者たちをもう一度、彼らが暮らしていた場所、彼らの近所に帰す」という意味を込めて、一人ひとりの名前を刻んでいます。

 日常の中で「つまずく」: 実際に足が引っかかって転ぶわけではありません。歩いていて、ふと足元にある金色に光る石が目に留まり、「心が、あるいは思考がつまずく」という意味が込められています。「かつてここに、自分たちと同じ普通の人間が暮らし、そして突然連れ去られたのだ」という事実に、日常の真ん中で直面させる仕掛けです。

3)なぜ足元の地面にあるのか?
 これには批判的な意見もあり、例えばミュンヘン(Munich) など一部の都市では「犠牲者の名前を足で踏みつけることになる」として、公道への設置を認めていない自治体もあります。しかし、発案者のデムニヒはこれに対して明確な意図を語っています。「プレートに刻まれた文字を読もうとするとき、人は自然と頭を垂れ、お辞儀をする姿勢になる。それは犠牲者に対する自発的な敬意の表現になるのだ。」また、この真鍮の石は人が上を歩き、靴底でこすられることによって、酸化して黒ずむのを防ぎ、皮肉にも輝きが保たれるという性質もあります。

4)学校教育における役割
 前述のように、ドイツの学校ではこの石を平和教育や歴史教育の生きた教材として活用しています。生徒たちは自分の学校の周辺にある石を調べ、「この家にはどんな家族が住んでいて、どんな仕事をしていて、なぜ連行されたのか」を地域の公文書館などでリサーチします。大きな国家の歴史ではなく、自分の街にいた、ある一人の個人の歴史としてホロコースト(holocaust)を捉え直すことで、人権や差別の問題をきわめて身近な我が事として考える力を養っています。

 2023年5月の時点で、2,000以上の地域に100,000個が敷設されており、ヨーロッパを中心に世界で最も広い範囲に分散された記念碑となっている。

 対象となる人物はホロコーストで迫害を受けたユダヤ人の他に、かつてジプシー(Gypsy)と呼ばれたロマ(Roma)、同性愛者、身体・精神障害者、エホバの証人(Jehovah’s Witnesses)、黒人、共産党員、社会民主党員、プロテスタントとカトリック教徒の反ファシスト派、フリーメーソン(Freemason)、スペイン内戦の国際旅団兵士、軍の脱走兵、良心的兵役拒否者、脱出支援者、捕虜、常習犯、略奪者、その他の反逆者、軍事的不服従で起訴された者、または連合国と同様にナチス軍を弱体化させた兵士も含まれています。

 ストルパーシュタインに名前を刻まれた者は、戦禍の中で生きながらえた者を除くと、自分が死んだ場所は記録の上では分かっていても、遺体が見つからない、もしくはあったとしても自分のものかも分からない場合が多く、中には自分の墓すらない人たちもいます。ストルパーシュタインは墓の代わりに、自分の元々いた場所に設置されることで慰霊の対象になる役割をも持っています。

 大抵の場合、ストルパーシュタインは一人につき一個が充てられるのですが、複数のストルパーシュタインが別個に設置されることもあります。アンネ・フランク(Anne Frank)たちのものはオランダのアムステルダム(Amsterdam)の隠れ家の前に1個ずつ設置されており、もう1箇所が移住前のドイツのアーヘン(Aachen) にあるといわれます。

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政治教育の意義 その6 ナチズムの反省と格言

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ドイツの学校におけるナチスドイツ時代の国家社会主義の歴史教育は、単に過去に起きた悲惨な出来事を暗記するものではありません。我々はどのようにして民主主義を守るべきか、なぜ当時の人々は独裁を許してしまったのかという、現代の市民としての勇気を養うための政治教育と完全に直結しています。

その具体的なアプローチや授業の進め方を紹介します。
1) 「過去の克服」という基本方針:
 ドイツの教育課程において、ナチスドイツ体制とユダヤ人大量虐殺のホロコースト(Holocaust)の歴史は、中等教育の間に異なる歴史、政治、国語、宗教・倫理などの教科で、時期を変えて通常は2〜3回繰り返し包括的に学習するよう法的に義務付けられています。

 徹底されているのは、加害者側の視点と心理の分析です。「ヒトラーという一人の怪物とその一味が悪事を働いた」という単純な構図では教えません。当時のごく普通の市民が、なぜナチスの宣伝に熱狂し、差別や排除に加担し、あるいは沈黙してしまったのかという社会のプロセスを徹底的に解剖します。

2) 徹底的な「当事者性」を持たせる実践的な授業手法:
 授業では、教科書を読むだけでなく、生徒一人ひとりに「もし自分がその時代に生きていたら」という当事者としての問いを投げかけます。さらに、一次史料を多角的に分析することです。当時のナチスの教科書、子ども向けのプロパガンダ絵本、市民の日記、法令などを直接読み解きます。どのようにして差別が合法化され、日常化していったのかを学びます。

 体験談のデジタルアーカイブも活用します。 生存者の高齢化が進む現在、インタビュー映像やデジタル化された手紙、日記などの資料を活用し、個人のミクロな視点から歴史を捉え直します。

3) 現地訪問の義務化:
 ドイツの多くの連邦州では、卒業までに少なくとも一度、ダッハウ(Dachau)、ブーヘンヴァルト(Buchenwald)、ザクセンハウゼン(Sachsenhausen)などの旧強制収容所や、地域のホロコースト記念碑・博物館への訪問が学校行事として事実上義務付けられたり、強く推奨されています。

 現地での学習は、厳粛な追悼の場であると同時に、きわめて具体的な学びの場となることです。収容所の精緻な管理システム、それを支えた民間企業の存在、近隣住民との距離などを肌で感じることで、ホロコーストが文明社会の真ん中で、日常の延長線上として機能していたという恐怖と事実を学びます。

シュトルパーシュタイン

4) 身近な空間から学ぶ「シュトルパーシュタイン(つまずきの石)」
 学校の敷地外や通学路も教材になります。ドイツの街中の歩道には、ナチスに迫害された被害者の氏名や生没年、どこへ強制連行されたかが刻まれた真鍮のプレート「シュトルパーシュタイン(Stolpersteine)」が埋め込まれています。

 歴史の授業の一環として、学校の周辺にあるこの石を調べ、かつてそこに住んでいたユダヤ人家族の足跡をたどるプロジェクトを行う学校も多くあります。「歴史は遠い場所のことではなく、今自分が暮らすこの街、この家で起きたことだ」という実感を市民に持たせるための重要な教育手法です。

5) ネオナチ(neo nazi)・右翼ポピュリズムという現代の課題との接続
 ここでも「ボイテルスバッハ・コンセンサス」が機能します。ナチスの歴史を学んだ上で、授業の後半は必ず「では、現代の社会において、これと似た兆候はないか?」という議論に接続されます。次のような話題を議論します。

・インターネット上のヘイトスピーチ
・現代の右翼ポピュリズム政党(AfDなど)の台頭と排外主義
・民主主義的な手続きを形骸化させる政治の手法

 これらをテーマに選び、「過去のナチズムの台頭プロセス」と「現代の社会問題」を比較分析させます。歴史を鏡として、現代の危機に気づく目を養うことこそが、ドイツの歴史教育のゴールです。

ドイツ歴史教育の格言:
 ドイツの学校で共有される共通の認識に、「過去に責任はないが、未来に対する責任はある(Für die Vergangenheit keine Schuld, aber für die Zukunft die Verantwortung)」という言葉があります。過去の罪を今の子どもたちが背負う必要はないが、それを二度と繰り返さないための民主主義の番人になる責任がある、という考え方が教育の根底に流れています。

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政治教育の意義 その5 具体的な授業例

1976年にドイツの政治教育学者や政治家らが合意した、学校における政治教育(主権者教育)の基本原則は、「ボイテルスバッハ・コンセンサス」と呼ばれています。学校政治教育での授業は、教師が正解を教えるのではなく、「生徒たちに徹底的に議論させ、自分で判断させる」スタイルが徹底されています。教育における「政治的中立性」の国際的な指標として知られています。

 ここでは、ドイツの中等教育、日本の中学や高校段階にあたる政治・社会科の授業を想定し、実際に現代の国際紛争や安全保障をテーマにする際の具体的な授業展開の例をご紹介します。

新潮QUEより引用

授業例:ロシア・ウクライナ戦争とドイツの「武器供与」
 ドイツ国内でも「ウクライナに重兵器を供与すべきか、それとも外交交渉を最優先すべきか」は世論が大きく割れている論争的なテーマです。

ステップ1:ファクト(事実)の共有
 まず、感情論を排した客観的な事実や前提データをクラス全体で共有します。歴史的背景、2022年の侵攻など紛争の経緯を国連憲章における自衛権など国際法の基礎知識や現在のドイツ政府の対応と、国内外からの主な指摘を共有します。

ステップ2:多様な視点の提示(論争性の確保)
 教師は、特定の立場に偏らないよう、あえて対立する複数の視点や言論の資料を生徒に提供します。ここがボイテルスバッハ・コンセンサスの「異論のあるものは論争的に扱う」の核心です。

立場 A(支援派の論理):
 「民主主義を守るため、またさらなる侵略を防ぐ(抑止力)ために、軍事的な支援は不可欠である」という論調の新聞記事や演説。
立場 B(慎重・反対派の論理):
 「武器の供与は戦火を長引かせ、核戦争のリスクを高める。平和主義の観点から非暴力の外交交渉を模索すべきだ」という平和団体の声明や論説。

ステップ3:グループワークとロールプレイ
 生徒を小さなグループに分け、それぞれの立場を代弁させるワークを行います。 生徒自身の本心に関わらず、「ドイツ首相」「ウクライナ市民」「平和活動家」「防衛産業の専門家」などの役割を与えます。

ディベート: それぞれの立場から「なぜその政策が必要か、あるいは問題なのか」を論理的に主張し合います。自分とは異なる、あるいは社会で批判されている立場の論理をあえて言葉にすることで、物事を多角的に視る力を養います。

ステップ4:自己の判断と結論
 授業の締めくくりとして、生徒はディベートや資料を通じて「自分はどう考えるか」をエッセイにまとめたり、クラスで発表したりします。

BBCより引用

 教師の役割は「どちらの意見が多数派か」を集計することはあっても、「こちらが正しい」というジャッジは絶対にしないことです。 成績評価は「政府と同じ意見か」、「平和主義的か」という内容ではなく、「自分の意見を、客観的な事実や論理に基づいて、どれだけ説得力を持って説明できているか」というプロセスの質で行われます。

授業中、教師はボイテルスバッハ・コンセンサス、特に教え込むことの禁止を破らないよう、以下のような技術を使います。
悪魔の代弁者:
 クラスの意見が一方向に偏ったとき、例えば全員が「武器供与に賛成となったとき、教師はあえて「では、その武器で一般市民が巻き込まれるリスクについてはどう考えますか?」と、反対側の視点から問いを投げかけ、思考の硬直化を防ぎます。

立場を明確にする場合のルール:
  生徒から「先生はどう思うの?」と聞かれた場合、教師が自身の私見を述べることは、州によって多少のグラデーションはありますが完全に禁止されているわけではありません。ただし、その際は「これはあくまで私個人の一意見であり、学校の正解ではない」ことを明確に宣言し、その後に必ず「他の意見」の存在を再度強調しなければなりません。

 このように、ドイツの授業では結論を出すことよりも「対立する意見の背景にある論理を理解し、対話するプロセス」そのものが平和教育として機能しているようです。

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政治教育の意義 その4 ボイテルスバッハ・コンセンサス

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ドイツの平和教育や政治教育を語る上で、法律以上に実質的な拘束力を持つのが「ボイテルスバッハ・コンセンサス(Beutelsbacher Konsens)」という教育原則(ガイドライン)です。1876年に旧西ドイツのボイテルスバッハで開かれた政治教育の専門家会議で確立された、政治教育における最も重要な3つの原則のことです。政党や教育関係者の議論によって確立されたもので、現在も厳格に守られています。

岡 裕人 (著)

① 教え込むことの禁止:
教師が自分の政治的意見や「これが正しい平和の形だ」という価値観を生徒に押し付け、教え込むこと(インドクトリネーションーindoctrination)は厳しく禁止されています。生徒が自立的に判断する権利を奪ってはならないという規制です。

② 異論のあるものは論争的に扱うこと:
社会や政治の場で意見が分かれている問題、例えばウクライナへの武器供与の是非、NATOの役割、軍事抑止力 vs 非暴力主義などは、学校の授業でも「意見が分かれている状態のまま」提示しなければならないというルールです。教師が一方の立場、例えば完全非暴力のみだけを正解として教えてはなりません。

③ 生徒自身の利害関心の重視:
生徒が自分自身の政治的状況や利害を分析し、主体的に政治や平和のプロセスに参加できるように支援しなければなりません。

 ボイテルスバッハ・コンセンサスとは、ナチス・ドイツによる全体主義的な政治宣伝であるプロパガンダへの猛省から生まれたもので、現代でも民主主義社会における主権者教育の国際的な指針とされています。

 これには3つの絶対的な原則があります。

 連邦軍の学校訪問を巡る議論と規制があります。平和教育の現場で、近年特に法法的・政治的な議論の的となっているのが「連邦軍の広報官(Jugendoffizier:青少年担当将校)による学校訪問」です。

 安全保障政策や平和維持活動について説明するために将校が教壇に立つことがあります。これに対し、「学校が軍の採用活動やプロパガンダの場になっているのではないか」という批判が根強くあります。

 しかし、ここでもボイテルスバッハ・コンセンサスが適用されます。将校が授業を行う場合、教師が必ず同席し、軍の視点だけでなく、NGOや非暴力の紛争解決などの平和団体の視点も同時に、あるいは別の機会に紹介することで、論争性というバランスを保つことが法的に求められます。

 まとめとしてドイツにおける「原則」の本質に関してです。ドイツの法律や教育原則における規制は、「特定の政治的テーマを教えてはならない」という一検閲的な規制ではありません。むしろ、「特定の価値観だけを正しいと教え込むこと」を厳格に規制しています。過去の全体主義への反省から、「何が本当の平和か」を生徒自身が多様な視点から批判的に考え、議論できる力を養うことこそが、ドイツの平和教育の核心となっています。

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政治教育の意義 その3 ドイツの学校における平和教育

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ドイツの学校における平和教育(Friedenspädagogik)は、歴史的な反省、特にナチス・ドイツの全体主義や二度の世界大戦を踏まえ、単なる道徳教育ではなく、民主主義を守るための「政治教育(Politische Bildung)」の一環として非常に重視されています。

これらを平和教育を規定する法的な枠組みや原則、実際の教育現場での規制には、ドイツ独自の強いこだわりがあります。ポイントを絞って分かりやすく解説します。

Friedensdorf Internationalより引用

根底にある法的な枠組みと「教育の目的」:
 ドイツの教育権限は、連邦政府ではなく各連邦州(Länder)にあります(教育文化主権)。そのため、具体的な教育法(学校法)は州ごとに定められていますが、すべての州の学校法や「基本法(Grundgesetz:憲法に相当)」に共通する絶対的な土台があります。

基本法第1条(人間の尊厳): 「人間の尊厳は不可侵である」という憲法の最上位原則が、すべての教育の出発点です。

平和への義務: 基本法の前文には「世界の平和に寄与する」ことが掲げられており、各州の学校法でも「平和を愛する心の育成」「国際理解と協調」が教育の主要目標として明記されています。

ドイツの平和教育は、戦争の悲惨な経験から、ナチスによる加害の歴史を直視し、人種差別などの人権侵害がいかにして起こったかを学び、二度と悲劇を繰り返さない人材を育成することに主眼を置いています。単なる歴史上の知識の暗記にとどまらず、批判的思考と寛容さを養う実践的な学習が特徴です。

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アメリカ連邦の祝日ージューンティーンス

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アメリカで比較的新しく連邦の公的な祝日として制定された、奴隷解放を記念する日がジューンティーンス(Juneteenth)です。名前の由来は、6月(June)と19日(Nineteenth)を組み合わせたかばん語(混成語)です。

 この祝日の歴史的な背景についてです。1863年1月1日にエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln) 大統領は「奴隷解放宣言」(Emancipation Proclamation) を出します。しかし、南北戦争(Civil War) の最中だったこともあり、南部の一部の地域にはその内容がすぐには浸透しませんでした。

Gordon Granger

 宣言から2年半近く経った 1865年6月19日、テキサス軍管区の司令を任された北軍(Union)のゴードン・グレンジャー将軍(Gordon Granger) がテキサス州(Texas)ガルベストン(Galveston)に到着し、未だ拘束されていた黒人奴隷たちに彼らが自由の身になったという軍令を読み上げました。この「テキサス州の奴隷たちへついに解放の知らせが届いた日」が、ジューンティーンスの始まりです。

 グレンジャー将軍が読み上げた大統領の「一般命令第3号」は以下のようでした。

合衆国大統領からの布告により、あらゆる奴隷は自由であると、テキサスの人民に告知する。対人権と財産権について、以前の主人と奴隷の間における完全なる対等性を伴うものであり、彼らの間にこれまでに存在する関係は、雇用者と被雇用労働者の間におけるものとなる。

Juneteenth

 連邦の祝日になった経緯は公民権運動の一環といってよいようです。すなわち長年、この日はアフリカ系アメリカ人のコミュニティを中心に大切な記念日として祝われてきました。2020年に起きた人種差別抗議運動(Black Lives Matter)などをきっかけに、国全体で祝うべきだという機運が急速に高まりました。

 そして 2021年6月17日、ジョー・バイデン大統領(Joe Biden) が法案に署名したことで、アメリカで12番目の連邦祝日として正式に制定されました。連邦祝日の新設としては、1983年の「キング牧師記念日」(Martin Luther King Jr. Day) 以来、38年ぶりのことでした。

 この日は、パレードやフェスティバルが行われるほか、アメリカの歴史や自由の尊さについて家族や地域で考える大切な祝日となっています。

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政治教育の意義 その2 教員自身の姿勢

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現場の教員や生徒が「政治的中立性」を政治教育や学習をするとき、萎縮しないための理解が必要です。「中立」とは「何も教えないこと」ではなく、「特定の主張を押し付けず、多様な見解を公平に提示すること」であるという理解を共有する必要があります。「中立」は「沈黙」ではありません。何も教えないことではありません。ここが誤解されがちな点ですが、政治的中立とは「政治について一切触れないこと」や「無関心であること」ではありません。もし教師が政治や社会問題について一切議論させないことが「中立」であるとすれば、生徒は社会的な批判的思考力を養う機会を奪われてしまいます。

 教師自身も自分の個人的な見解を正解として押し付けるのではなく、一つの事象に対して「賛成・反対の両論」や「中立的な視点からの背景の知識」を公平に提示することが求められます。「政治的中立性」が守られているかを見極める指標に関してですが、授業や教育活動が中立的であるかどうかを判断する際には、以下の観点がチェックリストとなります。

辺野古(朝日新聞より引用)

・取り上げるテーマは偏っていないか?特定の政党を有利・不利にするような話題ばかりでないか。
・提示する資料は多様か?特定のイデオロギーに基づいた資料だけでなく、複数の立場からの論説が用いられているか。
・教室での発言の自由度は確保されているか?教員が自分の意見と異なる生徒を否定したり、特定の思想への誘導をしたりしていないか。
・プロセス重視か?結論の正しさよりも、生徒が調べ、考え、論理的に構成する過程を評価しているか。

 教育基本法第16条1項は、教育の独立性と行政のあり方を定めた条文です。教育が不当な支配を受けずに公正に行われるべきことが規定されています。政治学習や平和学習の取り組みを抑えてはならないのです。残念ながら、世論では今回の事故を通してこうした学習活動を押さえ込むような姿勢が見られます。自由な学習活動を制限しようとするとき「政治的中立性」という錦の旗をふりかざすのはよくありません。

 多くの児童生徒の死亡事故は各地で起きています。このたび、文科省が直接同志社国際高校に出向いて調査したのは異例のことです。事故が沖縄の辺野古で起きたこと、そして現実の政治に対する批判を封じるという政治的な意図があるからでしょう。事故の安全管理上の問題をとおして、政治的中立性を盾にし、政治学習に介入しようとする意図は慎まなければならないことです。

 朝日、毎日、信濃毎日、東京新聞が社説で、今回の違法という判断に疑問を投げています。その主張は、教育基本法第16条1項の教育の独立性と行政のあり方に照らして文科省の行き過ぎた介入に釘をさしているのです。

 従って、現時点では「安全管理の改善要求は妥当性が高いが、教育基本法違反の認定については、どの程度一方的な教育だったのかという具体的事実の検証が不可欠である」と言えそうです。教育現場の自主性と法的な一線の引き方を巡っては、今後も社会的な議論が続くのは歓迎したいところです。

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政治教育の意義 その1 教育基本法違反か

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文部科学省が沖縄での研修旅行の計画と実施に関して「教育基本法違反である」と認定したことが主要な新聞の論説やマスコミで議論を呼んでいます。

沖縄タイムスより引用

認定が妥当だと考える立場
 1) 学校が特定の政治的立場の運動に生徒を参加させたり、参加を推奨したりすることは教育の政治的中立性に反する。
 2) 辺野古移設は現在進行形の政治・政策論争であり、一方の立場だけを学ばせるのは問題である、教育基本法が求めるのは「自分で考える力」を養うことであって、特定の結論へ誘導することではない、

認定が妥当ではないと考える立場
 1) 平和学習や基地問題を現地で学ぶこと自体は教育活動として正当であり、社会問題について当事者や運動参加者から話を聞くことは珍しくない。文科省の判断が教育内容への政治的介入になりうる危険がある。
2) 教員が政府や官僚の介入によって社会問題を扱いにくくなる恐れがある。

 特に辺野古問題は政治的に対立が大きく、「どこまでが学習で、どこからが政治活動なのか」の線引きは容易ではありません。

 高校生に対する政治教育の推進は、単に知識を詰め込むことではなく、「社会の一員として自ら考え、主体的に判断し、行動する力」を育むことに本質があります。現在の教育現場では「政治的中立性」への配慮から具体的な議論が避けられがちであるという課題がありますが、専門家や文科省の手引き等は、以下の視点での学習の推進が重要であると指摘しています。次稿で取り上げます。

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政治教育の意義 平和教育と研修旅行

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文部科学省(以下文科省)は2026年5月22日、学校法人同志社に対し、同志社国際高校の研修旅行の事故について事前学習や内容が教育基本法に違反しているとして改善を求める通知を出しました。この事故は、2026年3月に同校の沖縄研修旅行中に辺野古沖で2隻の抗議船が転覆し、女子生徒1名と船長1名が亡くなった痛ましい事案です。

 文科省がこの研修旅行の計画と実施について、「教育基本法違反」と判断したことは、「妥当かどうか」です。それには事実認定と法解釈を分けて考える必要があります。

毎日新聞より引用

 教育基本法の第14条は「政治教育(主権者教育)」に関しての条項です。その第1項は、政治的教養の尊重を謳い、民主主義社会において、主権者となる子どもたちが社会や政治について正しく判断し、参加する力を育むための教養教育は重要視されています。第14条第2項は、政治的中立性の確保: 学校教育の場が、特定の政党の宣伝や主義主張に偏ることを防ぐための規定です。これにより、生徒の思想や良心の自由、教育の公平性が守られています。この二つの項目は、いずれも教育に携わる学校や教員が心掛けるべき方針です。政治の介入を許さないことが大事なのです。

 文科省は事故調査の結果を次のように指摘しています。
 ・安全管理や事前計画に重大な不備があった
 ・辺野古移設問題の学習について、反対運動側の見解に偏っていた
 ・過去の研修旅行資料に「座り込み」参加を呼びかける記述があった
 ・多面的・多角的な見解を十分提示していたことが確認できなかった

 研修旅行で学校側が危険な船に生徒を乗せ、しかも教師が同乗していなかったことは問題点です。しかし、文科省は研修内容そのものを教育基本法14条第2項、政治的中立性との関連で問題視しています。この通知については、大きく2つの見方があります。それを次回に触れることにします。

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給付付き税額控除とは その6 イギリスの社会保障給付制度

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主にイギリスで導入されている低所得者向けの総合的な社会保障給付制度がユニバーサル・クレジット(Universal Credit)です。バラバラだった6種類の福祉手当をオンライン申請で一本化し、「働くほど収入が増える仕組み、つまり就労インセンティブ」を重視している点が特徴です。

 イギリスでは、2013年から段階的に導入が進められている制度です。その具体的な仕組みと特徴は以下の通りです。
1) 制度の主な特徴6つの給付の一本化:
 これまで別々に管理されていた求職者手当、住宅手当、児童税額控除など6つの手当が「ユニバーサル・クレジット」として一つに統合されました。

参考資料: Office for National Statistics

2) 働く意欲の向上と貧困の罠の解消:
 従来は一定時間以上働くと給付金が大きく減額され、かえって手取りが減る「働くほど損をする」構造がありました。ユニバーサル・クレジットでは、収入が増えても給付金が段階的に減っていく仕組みを採用し、働くメリットが生まれるように設計されています。

3) オンラインによる単一窓口:
 原則としてデジタルでの申請と管理が行われ、所得状況に応じて月単位で給付額が自動調整されます。構成される手当基本となる基礎手当に加えて、扶養する子どもの数障害の有無や介護責任住宅費の状況に応じて加算が行われます。

 その他、カナダの制度は、勤労給付(Canada Workers Benefit, CWB)とかカナダ児童手当(Canada Child Benefit, CCB)があり、低所得勤労者や子育て家庭に対して、税額控除と現金給付を組み合わせた支援が行われています。フランスでは、活動手当(Prime d’activité)という働く低〜中所得者に対する給付付き税額控除的制度で、所得に応じて現金給付が行われています。

 日本の社会保障政策の議論においても、この制度はしばしば参考にされています。日本では生活保護や児童手当、就学援助など多くの制度が縦割りで存在しているため、これらを統合し簡素化して、マイナンバーなどを活用する確定申告によって個人の正確な所得資産を把握するなど、制度設計や実施方法を検討しつつあります。こうして以上のような海外制度を参考にして効率的かつ柔軟に給付を行おうとする「日本版ユニバーサル・クレジット構想」が一部の政治家や有識者から提唱されています。

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給付付き税額控除とは その5 アメリカの給付付き税額控除

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給付付き税額控除は、所得税の控除枠を使い切れない低所得層に対して、その差額を「現金給付」として支給する画期的な仕組みです。アメリカの他、税額控除を導入している国は多く、カナダ、イギリス、イタリア、オーストリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、韓国等、OECD加盟国で10か国以上にも及んでいます。税額控除は主に「就労促進」や「子育て支援」の文脈で導入されています。

 先行して導入している欧州諸国やアメリカで、勤労所得税額控除:Earned Income Tax Credit (EITC) の運用実績があります。格差是正や労働意欲の向上につながる制度に思えます。勤労所得税額控除とは、低・中所得の勤労者を対象とした「給付付き税額控除」制度です。所得増と貧困削減を目的とし、条件を満たせば税負担の軽減や現金給付を受けられます。

 同時にこの制度には、いくつかの深刻な実務上の問題点や課題も指摘されています。それを大きく分けると、以下の4つの問題点があります。

1) 不正受給と過誤支給:
 税額控除を適用するには「世帯所得」や「家族構成(子どもの同居要件など」を厳密に把握する必要がありますが、これを狙った不正や、制度の複雑さゆえの申請ミスが多発しています。これが現場での最大の悩みの種といわれます。
・所得の過少申告:  自営業者や現金手渡しで給与を受け取る層が、給付金を目当てに所得を低く申告するケース。
・世帯偽装:  給付率が最も有利になるよう、書類上だけで同居や別居のステータスを操作するケース。
・チェックの限界:  アメリカの事例では、支給された税額控除の約25〜30%近くが「適正ではない」というデータもあり、税務当局が短期間でこれらすべてを審査するのは物理的に困難とされています。

2) 制度の複雑化と「行政・申請コスト」の増大:
 公平性を追求して「子どもの数」「共働きかどうか」「資産の有無」など細かな適格要件を付け足していくと、制度がどんどん複雑化します。

 制度が複雑すぎて一般の人が自分で申請できず、有料の申告作成業者に頼まざるを得ない現象が起きています。代行業者の介入という問題です。結果として、「貧困層のための給付金の一部が、手続きの代行手数料として業者に吸い取られる」という本末転倒な事態も起きています。

 行政の縦割り問題もあります。税金を徴収する「税務官庁」と、生活困窮者を支える「社会保障官庁」が、お互いのデータをリアルタイムで連携し一致させるためのシステム構築に莫大なコストがかかります。

3) 就労インセンティブの「逆転現象」:
 この制度は通常、所得が増えるにつれて給付額がグラデーションで減っていくように設計されますが、設計が非常に繊細です。

 働くほど損をする壁があります。 所得が一定ラインを超えた瞬間に、給付金が急激に減額されたり、他の社会保障例えば、住宅手当などが打ち切られたりすると、「これ以上働くと手取りが減るから、労働時間を抑えよう」という貧困の罠といわれる就労抑制が働いてしまいます。

 ヨーロッパ諸国はこの「崖: cliff effect」をなだらかにするために、給付の減額率を緩やかにする工夫をしていますが、その分、今度は中所得層まで給付対象が広がってしまい、財政負担が膨らむというジレンマも抱えています。

4) 正確な「資産・所得の捕捉」という前提:
 ヨーロッパ諸国がこの制度を運用できているのは、国民一人ひとりに紐づいた確実なマイナンバー制度など共通番号制度と、金融口座や資産情報の網羅的な把握が完全に定着しているからです。

 給与所得だけでなく、隠れた金融資産がある人にまで給付が行き届いてしまっては不公平になります。そのため、利子や配当といったすべての所得を国が迅速かつ正確に把握できるインフラが不可欠であり、これが不十分な国ではスタートラインにすら立てないという難しさがあります。

 まとめると給付付き税額控除は「必要な人に過不足なく現金を届ける」という点では優れていますが、それを実現するための「捕捉の難しさ」、「不正の温床」、「行政事務の肥大化」という、非常に重い運用コストと背中合わせの制度であると言えます。

 日本の国会や選挙でもたびたび導入が議論されますが、上記のような「正確な資産把握」や「既存の生活保護制度との整合性」といったハードルが高く、いまだ慎重な姿勢が続いているのは、こうしたヨーロッパやアメリカの苦い教訓があるためです。

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給付付き税額控除とは その4 給付一本化

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現在進行中の国民会議と財務省との議論の落としどころについてです。既に述べてきたような懸念を踏まえ、国民会議や国会の場で財務省を含む政府側が提示している最新の設計図では、当初想定されていた複雑な仕組みをより簡素化する方向へ舵が切られています。

① 「減税」はせず、まずは「給付一本化」へ
 本来の給付付き税額控除は「税金から引き、引ききれない分を現金給付する」という2本立てですが、これを行うと税務署の計算が複雑になりすぎます。そのため、現在の実務者協議では「当面は税額控除はせず、個人の所得に応じた給付に一本化する」という方向で調整が進められています。これにより、事務コストを大幅に抑える狙いがあります。

② 対象を「働いている中低所得者」に限定し高齢者らは対象外
 資産を持っているのに給付されてしまう不正や注意義務や倫理観が薄れるモラルハザードを防ぐため、対象を「現役の働く中低所得層」に絞る方針が強まっています。つまり、年金受給者や生活保護世帯などは原則として対象外とし、「勤労所得」に応じて給付額を変動させる仕組みです。

③ 「年収の壁」の解消と「子育て世帯」への重点配分
 財務省としても、単なるバラマキではなく「労働不足の解消」につながる政策であれば、予算を投じる大義名分が立ちます。そのため、収入が増えるほど手取りがなめらかに増える設計し、働くほど損をする『年収の壁』の解消し、さらに「子育て世帯」には給付額を上乗せして所得上限を引き上げるなど、少子化対策と連動させる形で決着がはかられるかもしれません。

このような議論の経過を調べると、当初の給付付税額控除の設計図は大きく変わり、低所得者など支援が必要な人々は、この仕組みの恩恵を受けられないような情勢です。政争に明け暮れる政治は、庶民の感覚からすればなにか縁遠いような、本末転倒ともいうべき有様です。

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給付付き税額控除とは その3 財務省の意向

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財務省の給付付き税額控除の導入についての意向を掘り下げることにします、財務省は、歴史的にその意義は認めつつも、実務面や財政面の課題が極めて多いため、慎重に精査すべき、というスタンスを長くとっています。「慎重に」とは、本質的にはこの制度を実施したくないという意味です。しかし、2025年後半から始まった政府の「税と社会保障の一体改革」や「国民会議での議論を経て、財務省も含めた政府の具体案が急速に形作られつつあります。

(読売新聞より引用))

 財務省がこれまで懸念してきたポイント及び、現在の具体的な検討の方向性は以下の通りです。財務省が最も懸念していたのは、「不公平な給付とか不正受給」と「財源の確保」です。次に正確な所得や資産の捕捉が難しいという公平性の問題があります。徴税するときはある程度の誤差が許されても、国から現金を配る給付となれば、1円の誤りや不正も厳しく批判されます。特に自営業者の所得、いわゆる「クロヨン問題」や、多額の資産を持ちながら「今年の労働収入はゼロ」という高齢者層に対し、正しく判定して現金を配れるのかという実務上の大きな壁があります。

 「クロヨン問題」とは、職業によって税務署が把握できる所得の割合に不公平があるという問題です。サラリーマンは所得の「9割」を把握される一方、個人事業主は「6割」、農林水産業者は「4割」しか把握されないとされていました。クロヨンとは、それぞれの捕捉率(9:6:4)の頭文字をとったものです。

 給付付税額控除には、事務負担の肥大化があるといわれます。全国民の所得状況をリアルタイムに把握し、税務署や自治体が個別に減税と給付の計算を行うには、多額のシステム投資と人手が必要です。単なる減税ではなく現金給付を伴うため、対象者の線引き次第では数兆円〜10数兆円規模の歳出が毎年発生するといわれます。財政規律を重視し国債の発行に慎重な財務省としては、確実な財源がないまま導入することに強い警戒感を持っています。しかし、システム投資は一過的な措置であり、長期的にはリターンが得られることを考えるべきです。

 財務省のスタンスをまとめると、かつては「所得が捕捉できない」「財源がない」と後ろ向きなのですが、現在は「働く現役世代の支援と就労促進に限定し、実務を極力シンプルにした給付制度」にするのであれば、社会保障改革の一環として本格的に制度化を容認するという現実的な姿勢にシフトしているといえます。

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給付付き税額控除とは その2 社会保障国民会議の考え

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社会保障国民会議(以下国民会議)において「給付付き税額控除」議論が続いています。2026年6月時点、制度導入に向けた具体的な方向性が固まりつつある段階です。ですが、財政規律を重視し財源をいかに確保するかを懸念する財務省との立場の差があります。

財務省の意図と、現在の国民会議における議論の主な違い・特徴は以下の通りです。

  1.  国民会議による現在の設計方針2026年5月以降の実務者会議において示された骨子は、「純粋な税額控除との組み合わせ」から「給付への一本化」への転換という非常に重要な特徴を持っています。

 当初想定されていた「税額控除(納税額の減額)」と「現金給付(差額の還付)」を組み合わせる複雑な仕組みではなく、行政上の簡素化と迅速な支援を優先し、所得連動型の現金給付として実施する方向が示されています。次に世帯単位ではなく、マイナンバー等を活用して「個人単位」で支援を行う方針です。対象と目的ですが、 中低所得の勤労世代を主要な対象とし、「年収の壁」の解消や、就労意欲を阻害しない形での家計支援を目的としています。制度の執行体制としては、公金受取口座を活用し、申請不要の「プッシュ型」給付を目指しています。

  1.  財政規律の側面からは、事務効率を重視する財務省と、「政策効果・スピード・政治的決断」を優先する首相官邸・与党側の国民会議との間での調整という側面があります。

 違いの制度論 vs. 実務論に関してです。財務省は、給付付き税額控除という名称通り「税制」としての整合性や、公平な所得捕捉を重視する傾向があります。一方で、国民会議側は、システム構築に時間のかかる複雑な税額控除制度よりも、「現金を給付する」という実効性を先行させる判断をしています。

 次に政治主導の速度感についてです。高市首相の肝入り政策として、2027年度の本格導入というタイトなスケジュールが引かれており、官邸・与党側は「完璧な税制の構築」よりも「速やかな支援の実現」へ舵を切っています。

 今後の見通しですが、2026年夏前の「中間取りまとめ」を経て、骨太の方針への反映、そして秋の臨時国会への法案提出が目指されています。今後は、この「給付一本化」の案が、税制上の「所得再分配」としてどこまで機能するのか、また社会保険制度との整合性をどう確保するのかが、最終的な制度設計の焦点となるようです。

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給付付き税額控除とは その1 4つの利益

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この制度が導入されると、国民には以下のような具体的な社会的なメリットが生まれます。
1)  低所得層や非課税世帯にも確実に支援が届くことです。2024年に行われた定額減税では、減税しきれない世帯に対して別途「調整給付金」を配るなど、手続きが非常に複雑でした。給付付き税額控除が恒久的な制度として定着すれば、所得が低い世帯にもワンストップで自動的に現金が給付され、格差の是正や生活の安定につながります。

2)  消費税の「逆進性」が和らぎます。消費税は、所得の低い人ほど「収入に対する税負担の割合」が大きくなるという問題、つまり逆進性を抱えています。給付付き税額控除によって基礎的な生活費にかかる消費税分を計算し、低所得層に還付することで、実質的な税負担を公平にすることができます。消費税の逆進性とは、所得が低い人ほど収入に対する税負担の割合が重くなる性質のことです。所得の多い人ほど高い税率が適用される累進課税とは逆に、所得に関わらず一律の税率が課されるため、生活必需品の支出割合が高い低所得層に重くのしかかる点が問題視されています。

(読売新聞より引用)

3)  「年収の壁」を意識せず、就労インセンティブ、つまり働く意欲が高められます。アメリカの勤労所得税額控除などでは、「働いて収入が増えるほど、国からの給付額、あるいは減税額が手厚くなる」という設計が一般的です。「これ以上働くと社会保険料や税金で損をするから労働時間を抑えよう」という、いわゆる「年収の壁」による働き控えを抑え、働けば働くほど手取りがなめらかに増えていく安心感が得られます。

4)  子育て世帯などへの重点的な上乗せが可能となります。一律10万円給付などの一律の現金給付とは異なり、税のシステムと連動しているため、子どもの数に応じて控除額を増やすといったカスタマイズが容易です。これにより、本当に支援が必要な現役の子育て世帯にピンポイントで手厚い支援を届けることができます。

 今後の課題もあります。国民にとってメリットの多い制度ですが、マイナンバー等による正確な所得把握という課題です。国が資産も含めて誰がいくら稼いでいるかを正確に、リアルタイムで捕捉する必要があります。そのため、行政のデジタル化やマイナンバー制度との連携、さらには数兆円〜十数兆円規模となる財源をどう確保するかが、制度の本格導入に向けた大きな議論の焦点となっています。

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