憲法改正論議を考える その五「事情変更の原則」

注目

現在、職業政治家が使う言い回しの一つが「大国間の競争や地域紛争で世界秩序が一段と不安定し、不確実性が高まっている」ということです。確かに国際秩序は危機に瀕しているといわれます。大きな原因は、アメリカの国際社会への関与が弱まりつつあること、中国等の最大貿易国が強大な経済力に持つようになったこと、国連が機能不全に陥っていることなどです。中国は海洋進出を続け、国際法違反を繰り返しています。加えて深刻な問題はロシアのウクライナ侵略などは、紛れもない国際法の違反行為です。こうした情勢を錦の御旗のように掲げて、防衛力の抜本的な増強、すなわち「国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」に備えるとしています。それを憲法第九条改正の根拠とするのです。

鉄のカーテン

 新憲法の精神を誉め宣伝した学者や、子ども達にその精神を教えてきた教育者の中には、今や「あれはGHQによって押しつけられたものである」と言う者がいます。国際情勢などにあまり関心も知識もない人ならともかく、少なくとも人並み以上にそうしたことに通じているはずの政治家や学者、評論家、教師などが「当時はまだ米ソがそれほど対立していなかった」という理由から戦争放棄の条項を説明し、今やそうした状況は変化しているという「事情変更の原則」を持ち出して憲法改正の伏線にしようとしているのです。

ウインスン・チャーチル

 ところが第二次大戦の終了と同時に冷戦の火蓋は既に切られていました。その代表が1946年3月のウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)の演説です。「バルチック海(Baltic Sea)のステッティン(Szczecin)からアドリア海(Adriatic Sea)のトリエスト(Trieste) にいたるまで、大陸を縦断する鉄のカーテンが降りている」と警告するのです。「全体主義と闘う世界中の自由な国民を支援する」という共産主義封じ込め政策であるトルーマン・ドクトリン(Truman doctrine)が宣明されたのは1947年3月です。アメリカ大統領トルーマンが、共産主義または全体主義的イデオロギーに脅かされているあらゆる国へ経済的、軍事的援助を提供すると宣言したのです。戦後間もなく、世界秩序が次第に不安定し不確実性が起こっていたのです。

 ちなみに、現行の憲法草案要綱が内閣から発表されたのは1946年3月、その後審議修された結果、8月に衆議院を通過、貴族院での学者や政府当局者との論戦ののち、衆議院が再修正に同意し、かくて同年11月3日に公布され、翌1947年5月3日に施行されるのです。このように冷戦の真っ直中に憲法は施行されたのです。憲法の前文にある一切の武力を放棄し「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と謳ったのは決して四海波静かな世界においてではなく、米ソの抗争が今日ほどではないにしても、その緊張状態が世界的規模において繰り広げられることが十分に予見される情勢の下において施行されたのです。こうした冷戦の開始と進行にも拘わらず、敢えて非武装国家として新しいスタートを切ったところにこそ、現行憲法の画期的な意味があったといえましょう。

綜合的な教育支援の広場

憲法改正論議を考える その四 プラトンの「教育」とは

注目

プラトンの対話篇である「国家」という著作の主たるテーマは、文字通り国家のあり方です。現代世界において我々が最も切実に関心を抱いている問題でもあります、

 プラトンは、世界には無知で多数の大衆が存在するといいます。その人々の感覚や感情に訴えかけて、彼らを惹きつけたり騙す政治があるというのです。「洞窟の比喩」における「影」のごとき虚偽的で劣悪な人物像を、見聞き共感したり、模倣したり真似する習慣を身に付けてしまうことは、自分の「魂」の中の理知や分別を崩壊させてしまうというのです。そしてひいては、そうした人間を増殖させて「国家の国制」をも崩壊させてしまうことにつながると警告するのです。

プラトンとアリストテレス

 プラトンは言います。「教育」とは、元来無かった「知識」を、外から植え付けるといったものではなく、「魂」の中にはじめから内在している「真理」を知る機能としての「知性」を「身体」全体ごと転向させることだと言うのです。その目を「暗闇」から「光明」へと転向させたのと同じように「魂」全体ごと、生成流転する可視界から実在や実在の中でも最も光り輝く善の世界へと転向させ、導いていくものでなくてはならないとするのです。言わば「植え付けの技術」ではなく、「向け変えの技術」という正しい方向へと向き直すよう工夫する技術であるとします。

 「洞窟の比喩」の示唆は次のようなことです。すなわち国を統治する者は、このような教育を積んで「真理」を知る必要があるのです。逆に教育を積むことだけに終始して、実践に参加せず、生きている時からあの世という冥府に移住したつもりになっているような者であってはならないとも言うのです。従って「国の支配者たる者を育成する教育では、最も優れた素質のある者たちに上昇の道を登らせて、善まで到達させると同時に、その「上方」に留まるだけでなく、再び「下方」の「囚人仲間」の元へと降りて来て、彼らと苦労や名誉を分かち合うようにさせなければならない。」

 今日的な例で言うならば、オールドメディアやニューメディアの情報だけを見て「それが世界のすべて」だと思うこと、偏ったニュースだけで判断すること、世の中の常識を疑わずに受け入れてしまうことは、「洞窟の影」を見ている状態に近いということです。プラトンは、真理を知り人々を導く統治者の登場を待望していたようです。

綜合的な教育支援の広場

憲法改正論議を考える その三 プラトンの「国家」と「洞窟の比喩」

注目

プラトンの「国家」第7巻で語られる「洞窟の比喩」は、西洋哲学の中で最も有名で影響力のあるエピソードの一つといわれています。この比喩は、「教育とは何か」、「真の認識とは何か」を説くために用いられています。哲学の用語では、私たちが日常見て知っている世界のことを「現実」、誰かに目撃されているか否かに関わらずそこにある世界のことを「実在」と呼んでいます。現実から実在への覚醒を説くのがプラトンです。

プラントンのアカディミア(私熟)

 まずは「洞窟の比喩」に登場する情景と経過を追ってみます。第一は洞窟の情景です。地下の洞窟に、子どもの頃から足と首を縛られた囚人たちがいます。彼らは後ろを振り向くことができず、目の前の壁だけを見ています。彼らの背後には火が燃えており、その火と囚人の間に道があります。そこを道具や像を運ぶ人々が通り過ぎます。囚人が見ているものは、火の光に照らされて壁に映し出されている「影」です。囚人は生涯、壁に映る影しか見たことがないため、その影こそが真実の存在だと信じ込んでいます。壁に映る影が現実だと思っているのです。五感によって知覚している世界が、世界のすべてだと勘違いしているのです。

 第二は、囚人が解放され眩しさでおびえる情景です。苦痛を伴う囚人が束縛を解かれ、立ち上がって後ろを振り向くよう強制されます。首を巡らし、洞窟の入り口にある火の光を仰ぎ見ることを強制されます。強い光に目がくらむ大変な苦痛です。そして、今まで見ていた影よりも、実物の方が「偽物」に見えてしまいます。眩しさによって知覚が混乱するのです。 囚人は険しい坂道を無理やり引きずられ、洞窟の外へ連れ出されます。そして太陽と出会うのです。 最初は眩しくて何も見えませんが、次第に水面に映る影、次に実物、そして最後には太陽そのものを直視できるようになります。ここで彼は、太陽こそが季節や時間を作り出し、万物を司る根源であることを理解します。

 第三は、洞窟への帰還の情景です。外界の真理を理解した囚人は、かつての仲間にこの事実を伝えようと洞窟に戻ります。真理を伝える使命感を抱いたのです。 外界から離れ再び洞窟の暗闇に戻った囚人の目は、洞窟の中ではうまく働きません。それでも外界で見聞きしたことを他の囚人に話して聞かせます。それを見た仲間たちは「外へ行ったせいで目が駄目になった」と彼をあざ笑います。常識を外れた奇っ怪なことを言う囚人を相手にせず、彼を捕らえて殺そうとさえします。

 プラトンはこの比喩を通して、人間は実在を認識したときにだけ、本来の生き方ができるということを説きます。人間の魂を暗闇から光へと転向させるプロセスを語るのです。洞窟の中(影)というのは、私たちが普段生きている現実であり、そこは視覚や聴覚に頼った不確かな世界であるかもしれないということです。洞窟の外(実物)に出ることによって、思考によってのみ到達できる「イデア」の世界を了解するのです。「イデア」に導くのは、太陽の存在であり、すべての価値の根源である「善のイデア」であると説くのです。

綜合的な教育支援の広場

憲法改正論議を考える その二 「イデア」とは

注目

 2024年5月3日の憲法記念日に東京新聞が、社説で憲法改正論議について「洞窟の比喩」の話題を引用していました。「洞窟の比喩」とはプラトン(Platon)の著した「国家」第7巻に登場します。この著作は全10巻で構成され、紀元前430年から紀元前421年頃のプラトン中期の作品であるといわれます。

プラトン

 「国家」はプラトンの政治哲学、神学、存在論、認識論を代表する著作の1つとされ、善的・神的・宇宙的な自然の秩序を、小宇宙としての人間の魂、その集合体としての国家やその秩序を司る法にまで言及し、国制・政体論、正義論、哲学者・哲人統治論などを浸透させようとする内容です。

 プラトンの「国家」はアテネ(Athens)の富裕居留民であったケパロス(Cephalos)という人物や、プラトンの次兄であるグラウコン(Glaucon)との会話が記述され、いわば対話篇として構成されています。対話篇に出てくる人物は、プラトンが創設した「アカデメイア(Academia)」で学ぶ者です。この対話で提起される話題は、一体正義が何なのかという問題から始まります。対話の終局では、正義や善のイデア(Idea)と称される考えによって、哲人統治者なる存在が必要であると主張するのです。

 この哲人統治者とか哲人王にとって不可欠なものとして、「善のイデア」に到達するための数学諸学科と弁証術の習得という教育の理念が論じられます。そこで養われた知の徳性(知性)を頂点とする「善き政体」の獲得、確立、守護、保全という観点からの正義が人間を幸福にするものだとプラトンは主張するのです。

プラトンが「国家」で語るイデアとは、目に見える個々のものの背後にある「永遠不変の本質・真の実在」であり、私たちが普段見ているもの、例えば人・木・机・行為などは、すべて変化し、不完全であるという前提をたてます。すべて変化する例として、「美しい花は枯れる」、「正しい行為も状況によって揺らぐ」、「円を描いても完全な円にはならない」を挙げます。ですが、それでも人間は「美」、「正義」、「完全な円」という基準を知っていると主張します。この「完全な基準」こそがイデアであるというのです。イデアとは、永遠で変化しない、感覚ではなく理性でのみ把握できる、本当に「ある」と言えるものと規定します。

哲人統治者とはどのような教育によって生まれるか、そしていかにしてその者が「善のイデア」に到達するかをプラトンは「洞窟の比喩」によって説明するのです。次稿では「洞窟の比喩」の内容を紹介します。

参考:
・国家 プラトン著 藤沢令夫訳 岩波書店 2002年
・プラトン 斉藤忍随著 講談社 1997年

綜合的な教育支援の広場

憲法改正論議を考える その一「洞窟の比喩」

注目

学者や政治家の間には、憲法改正の是非は結局国民自身が決めるべき問題であるという、それ自体もっともな主張によって、自分の態度表明を明らかにしなことが見られます。実際は自分の立場は決まっているのですが、現在それを表明するのは具合が悪いので、もう少し世論が改正のほうに傾いてくるのを待とう、あるいはもっと積極的に世論をその方へ操作誘導してから後にしようという戦術があるようです。また形勢を観察して大勢の決まる方に就こうとする日和見派もいるようです。

 憲法改正問題は、毎回の国政選挙において大きな争点の一つとなっています。その結果によっては来るべき憲法第九条の改正が、国民投票において最後の審判が下されるべき話題となるはずです。いうまでもなく国民がこの問題に対して公平な裁断を下しうるためには最小限、いくつかの条件が満たされていなければなりません。第一は通信手段や報道のソースが偏らないこと、第二に異なった意見が一部の職業政治家、学者、評論家、ジーナリストといった階層の人々の前にだけでなく、あまねく国民の前に公平に紹介されること、第三に以上の条件の成立を阻む、もしくは阻む恐れのある団体の示威行為、破壊活動防止法の発動、公安機関の登場を阻むことです。

読売新聞より引用

 真摯な動機から憲法改正を国民の判断に委ねようと主張する人々は、必ず以上のような条件を国内に最大限に実行する道徳的責任を感じなければなりません。憲法の護持や改正を謳う人々が、以上のような条件を無視し、もしくは無関心のままに国民の判断を云々するなら、国民は正しい判断ができるかは疑わしいと思われます。

 現在、新聞やテレビ、インターネット上のニュースソースが偏っていたり、必ずしも嘘をついているとはいえないまでも、さまざまな意見が紙面や解説で公平な取り扱いを受けないことが見受けられます。全体主義国の独裁や海洋進出への批判などが多出するなか、アメリカの外交政策の批判やグローバリズムの問題はあまり取り上げないとか問題視しない状態、別な表現でいえば言論のフェアプレイによる討論を阻んでいる諸条件に対して、特段の異議を唱えることなしに、ただ、世論や国民の判断をかつぎだしてくるのは、早計であるといわざるをえません。現在の大手の新聞やマスコミの記事の取り上げ方にフェアプレイの姿勢が欠如していることを重々承知のうえで、逆にそれを利用して目的を達成しようという魂胆を持った政治家がいるのも事実なのです。

 そこで注目したい報道がありました。2024年5月3日の東京新聞の社説です。私たち国民は、この10年間、囚人のように洞窟に閉じ込められ、政権が都合よく映し出した影絵を見ているのではないかというのです。これは、ギリシャの哲学者プラトンが語る「洞窟の比喩」というエピソードを引用しています。それを紹介します。

囚人たちがいる洞窟の壁に影絵が映ります。囚人はその影絵こそ真実だと思っています。ある1人が洞窟の外に出ます。そこで見る世界は洞窟の影絵とは似ても似つかないのです。その者が洞窟の奥に戻り、囚人たちに自分が見た世界を語ります。でも洞窟の囚人たちは誰もその話を信じようとはしません。政権が都合良く推し進める風景が影絵なのですが、それを信じこまされているというのです。国民は、ようやく洞窟の外に導かれて数々の忌々しい影絵の実体を知ることになりました。

綜合的な教育支援の広場

常識を疑え

注目

「事実に基づく報道」というフレーズをしばしば耳にします。公共放送の綱領はそのように謳っています。しかし、このような常識については立ち止まって考える必要があります。本稿はメディア界の常識を考えることにします。

 メディアの常識にはいろいろあります。まず「ニュースは事実を中立・客観的に伝えている」とか「意見が対立する問題では多角的に論点を提示する」といわれます。これは多くの人が無意識に信じている前提ですが、かなり怪しいのです。何故かといえば、報道には必ず次のような工程が入ります。何をニュースにするかという選択、誰が記事を書くのか、次にどの順番で伝えるかという順位、そしてどんな言葉や表現を使うか、最後に誰のコメントを載せるかという手続きです。このような過程では、すでに編集という価値判断が入っています。

 メディアの常識の第二は、「専門家のコメントは信頼できる」という神話です。いろいろな報道や討論系番組が調査や特集型の報道番組があります。よくある構図ですが、そこには特定の立場に近いメディア向けに「使いやすい」人が繰り返し招かれています。政策に近い専門家が呼ばれ、政策を批判する専門家が登場しないのです。テレビ局は「バランスはとった」と主張するようですが、いつも「お抱え」、「お気に入り」のような人間が登場します。このような「常連」からは、論点の深さや前提は検証されないと感じるのです。

 メディアの常識の第三は、「数字やデータは嘘をつかない」というフレーズです。これも強力な常識です。例えば、「2024~2025年時点の政府債務残高対GDP比は250%超で、主要先進国の中で群を抜いて世界最高水準にある」という説明です。しかし、政府の持つ資産を差し引いた「純債務」で見ると、OECD基準では日本はイタリア等より低いのです。つまり、どの数字を使うか、比較対象を何にするかによって見方は異なるのです。

 日本の国会議員は多すぎる、公務員数が多すぎる、公務員の給与は高すぎる、公共投資が多すぎる、といった常識は、国際比較をすれば間違いであることは明らかなのです。「失業率は改善している」という報道があったとします。この場合、非正規や短時間労働を含めると実態は不確実ではないかという疑問が浮かびます。「支持率◯%」と報道されても調査方法や標本の選び方、その母数、質問文の内容が分からないと失業率の報道は信頼できません。

 メディアの常識の第四は、「報道機関は権力を監視する存在である」といわれることです。確かに理念としては正しいようですが、現実はかなり複雑です。報道機関は、政党や政府の監視を受けています。例えば、過激な報道をすると「放送権を取り上げる」と脅されることもあります。結果として本質的に危険な話題は避け、対立を「分かりやすい対立構図」に単純化する傾向が生まれます。

 メディアの常識の第五は、記者クラブ制度による報道内容の均一性ということです。記者クラブは日本の官公庁や企業に大手メディアが常駐し、情報提供や記者会見を独占する特権的構造が、閉鎖的で権力との癒着を招いている問題です。フリーランスや新興メディアを排除し、発表中心の「発表報道」による監視機能低下が問題視されています。取材機会の不平等も長年批判されています。さらに報道機関は、視聴率やクリック数企業や広告主との良好な関係を保たないと番組のスポンサーから降りられます。こうした利益誘導によって迎合的な姿勢をとってしまいます。

「常識を疑う」とは、メディアを敵視することではなく、距離をとることです。なぜ今これを報じているのか?、誰かの視点が欠けていないか?、逆の立場から見るとどうなる?、というように立ち止まって自問自答することです。いわゆるクリティカル・シンキング(critical thinking) が大切です。

綜合的な教育支援の広場

合衆国のアファーマティブ・アクションの歴史

注目

積極的差別是正措置とか積極的格差是正措置とかの英語は「アファーマティブ・アクション(affirmative action)」といいます。政府または組織が制度的差別に対処しようとする一連の政策と慣行を指します。歴史的にも国際的にも、アファーマティブ・アクションへの支持は、雇用と賃金の不平等の是正、教育へのアクセスの拡大、多様性、社会的平等、社会的包摂の促進、そして不当、損害、または実質的平等とも呼ばれる阻害の是正に役立つ可能性があるという考えによって正当化されてきました。過去の差別により不利益を被ってきた女性、マイノリティ、障害者などに対し、実質的な機会均等を実現するため、雇用や教育の場で特別な優遇措置や優先枠を設ける取り組みのことです。

BBCより引用

 アファーマティブ・アクション政策の性質は地域によって異なり、厳格な割当制から、参加促進を目的とした奨励のみを目的とするものまで、様々な形態があります。一部の国では、割当制を採用しており、特定のグループのメンバーのために、政府職、政治的地位、学校の空席の一定割合を確保しています。

 割当制を採用していない他の領域では、少数派グループのメンバーは選考プロセスにおいて優先権または特別な配慮を受けています。合衆国では、大統領令による積極的差別是正措置は、当初は人種に関わらず選抜を行うことを意味していました。そして大学入学選抜においては、2003年の最高裁判所のグラッター対ボリンジャー(Grutter v. Bollinger)事件起こります。ミシガン大学ロー・スクールを受験しますが不合格となった原告は、大学側が人種的少数派を優遇し、成績の良い白人応募者を差別すのは、合衆国憲法修正第14条の平等保護条項に違反しているとして訴えます。 最高裁は5対4の僅差でロー・スクールの入試政策は合憲であると裁決したのです。

 2023年に学生公正入学協会対ハーヴァード(Students for Fair Admissions v. Harvard) 事件でこの判決が覆されるまで、この優遇措置は広く実施されていました。この事件は、ハーヴァード大学が入学選考で人種を考慮するアファーマティブ・アクションがアジア系への差別にあたるとして争われた訴訟です。2023年6月、最高裁はこの選考基準が「法の下の平等」に違反し違憲であるという画期的な判決を下すのです。

 合衆国では、以上のように積極的差別是正措置は議論の的となっていて、この問題に関する世論は分かれています。アファーマティブ・アクションの支持者は、それが集団の実質的な平等や社会的経済的に恵まれない集団や歴史的に差別や抑圧に直面してきた人々の権利を促進すると主張します。アファーマティブ・アクションに反対する人々は、それが逆差別の一形態であると主張するのです。アファーマティブ・アクションは、多数派集団内の最も恵まれない人々を犠牲にして、少数派集団内の最も恵まれた人々を利益にする傾向があると主張して反対するのです。

(Lighthouse Haeaiiより引用)

 ヨーロッパにおける一般的に見られる積極的差別是正措置は、ポジティブ・アクション(positive action)として知られており、これは、少数派集団を特定の分野に参入させることで機会均等を促進するものです。ポジティブ・アクションには多様な手法があり、例えば、各団体、企業、大学、研究機関などの特性に応じて次のような方法をとります。
 (1) 指導的地位に就く女性等の数値に関する枠などを設定する方式で「クオータ制」と呼ばれ性別を基準に一定の人数や比率を割り当てる手法です。
 (2) ゴール・アンド・タイムテーブル(goal and timetable) 方式は、指導的地位に就く女性等の数値に関して、達成すべき目標と達成までの期間の目安を示してその実現に努力する手法のことです。

 わが国における女性の参画は徐々に増加していますが、他の先進諸国と比べて低い水準であり、残念なことにその差は拡大しているといわれます。ただ、史上初の女性内閣総理大臣の登場で男女共同参画の国民感情と不平等解消の諸政策は推進されるかもしれません。

綜合的な教育支援の広場

外来語の動詞化とノリ

注目

このところ若者だけでなく中年の主婦が「あの品物をググってみた」と使うのを耳にします。先日アメリカの友人が、スーパーボウルの話題について「You should be able to google the article of NFL. 」(NFLの記事を検索できるぞ)と書いてきました。今や「 google」も動詞化されているのです。言葉は生き物ですから、多様に変化するのは当然としても、こからどこまでこうした単語が動詞化され、愛嬌とおかしみという「フラ」が生まれるかは興味あることです。

 動詞化にはいくつかの現象があります。第一はサービス名の外来語が動詞化することです。それは特にITとかSNS系が多いことです。前述の「ググる」の他に「ラインする」、「ズームする」、「ウーバーする」、「インスタる」、「ブックする」といった具合です。第二は、若者の言葉が俗語としての動詞化することです。くだけた会話でよく使われます。「バズる」、「ミスる」、「ディスる」、「パニクる」、「メモる」、「トラブる」「ハモる」、「バズる」というように「〜る」をつけて五段動詞化するのが特徴です。ちなみに、「バズる」とは蜂の羽音を表現するざわめき「buzz」という用語からきたものです。

 第三は、表現が意味する行為がはっきりしていて、操作したりアクションすることが想像できることです。「to friend 」という言い方は「友達に追加する」という意味であり、「to DM」は「ダイレクトメッセージを送る」ということです。」このような使い方は、「何をしたか」が説明なしで伝わり動詞にしやすいのです。会話の途中で「とっさに使いたい」という場面が多いのが特徴となります。「あとでググるわ」、「もうフレンドした?」、「それDMして!」というように会話でとっさに使いたいときに出てくるのです。

 第四は、代替語がないとか用語が定着していないと、名前がそのまま動詞になる場合です。例えば、「to photoshop」は「写真を加工する」、「to uber」は「アプリで車を呼ぶ」とか「アプリで配達してもらう」とい按配です。ついでですが、Uberが日本で急速に浸透したのは、コロナによる強制的な生活変化、出前文化との相性、決済環境の成熟、配達員や店舗の参加しやすさということのようです。スマホの普及と共に日本の「宅配文化」と相性が良かったのです。

 日本人はもともと時間厳守や出前、口コミが重視されてきました。言葉の動詞化はそうした文化の合理性とノリの両方で進化しているのが面白いところです。

綜合的な教育支援の広場

ダイバーシティとは

注目

詩人金子みすゞの著作「私と小鳥と鈴と」の中に、有名な「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」というフレーズがありました。本稿は、多様性とか「みんなちがっていい」というダイバーシティという話題です。

金子みすゞ

英語の多様性(diversity)の語源は、ラテン語の「diverstias」に由来するといわれます。 diversitas は、動詞 divertere(向きを変える、離れる)から派生した形容詞です。興味あることですが、もともともは「一致可能なものに反すること(Difference)、矛盾とか対立するもの、一致しないもの」といった消極的な意味を有していたとされます。それと同時に「相違、多様、様々な形になる」という意味も併せ持っていたともいわれます。

17世紀になって、消極的な意味が失われ、現在のように使われるようになった多様性とは、性別、民族、人種、性的指向、年齢、障害、文化、階級、宗教、その他の人生経験など、より広範なコミュニティ全体を反映しているかどうかを指します。2001年11月にユネスコ(UNESCO)の「文化的多様性に関する世界宣言」の第一条では、「生物的多様性が自然にとって必要であるのと同様に、文化的多様性は、交流、革新、創造の源として、人類に必要なものである。この意味において、文化的多様性は人類共通の遺産であり、現在及び将来の世代のためにその重要性が認識され、主張されるべきものである」と規定されています。

1992年6月に締結された「生物の多様性に関する条約(Convention on Biological Diversity)」の前文は、「締結国は、生物の多様性が有する内在的な価値並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺伝上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上レクリエーション上及び芸術上の価値を意識し」という表現を使い次のような多様性をうたっています。

■ジェンダーの多様性(Gender diversity):
 特定の集団における男性、女性、およびノンバイナリー(nonbinary)の個人の代表性を意味します。`
■年齢の多様性(Age diversity):
 様々な世代の個人を包含できるように年齢分布を示します。
■人種的および民族的多様性(Racial and ethnic diversity):
 集団が国民的または文化的伝統を共有する個人で構成されているかどうか、あるいは多様な出身地や背景を持つ個人で構成されているかどうかを評価します。
■身体能力の多様性(Physical ability diversity):
 目に見える障害と目に見えない障害のある人々の視点とそうした人々の役割や貢献を考慮することです。
■神経多様性(Neurodiversity):
 Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の2つを組み合わせた造語で、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方です。特に、発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく「人間のゲノムの自然で正常な変異」として捉えるという概念で「ニューロダイバーシティ」と呼ばれています。

金子みすゞが言わんとしたことは、人種や身体の特徴、感じ方や考え方、そして得意、不得意。これらがみな異なるからこそ、私たちは互いに助け合うことができるということです。「ダイバーシティ」とか「多様性」という概念を先取りした金子みすゞの発想に敬服するものです。私たち一人ひとりの多様さや違いは、この社会全体にとって、必ず意味があり、不可欠なものといえます。

綜合的な教育支援の広場

サステナビリティとは

注目

新しい概念が英語圏から次から次へと入ってくる時代です。IT、ビジネス、国際政治、環境問題などの分野がそうです。今回は、最初から英語で生まれた考え方である「サステナビリティ(sustainability」という用語を取り上げます。

サステナビリティは「持続可能性」と訳されています。この概念は、現代の環境運動によって注目を集めました。この運動は、資源の利用、成長、消費のパターンが生態系の健全性と将来世代の幸福を脅かす現代社会の持続不可能な性質を非難したことで注目されます。持続可能性は、短期的で近視眼的で無駄な行動に代わる選択肢として提起されています。さらに既存の制度を評価する基準としても持続可能性が取り上げられます。つまり、社会が目指すべき目標として機能するものだと考えられています。

持続可能性はまた、既存の社会組織の形態を検証し、それらが破壊的な慣行をどの程度促進しているかを判断することにも応用されます。そしてより持続可能な活動の発展を促進するために、どうすれば人間は、現状を意識的に変革する努力することが必要かを問うのです。

持続可能性は、「持続可能な収穫」、「持続可能な社会」、「持続可能な開発」といった概念の中核を成しています。持続可能な収穫とは、木材や魚など、特定の自己再生可能な天然資源の収穫を指します。小魚はリリースする、漁獲量を制限する、無農薬農業を進める、太陽光、風力、水力など再生可能エネルギーを増やす、など多数あります。このような収穫は、基盤となる自然システムの再生能力によって支えられるため、原則として無期限に維持できるのです。

持続可能な社会とは、生態学的限界によって定められた境界内で生きることを目指す社会です。電気自動車の普及とか、公共交通の利用などで環境に過度の負担をかける慣行が改革または廃止されることにより、皆が安心して暮らせる継続的な社会を維持することができます。最後に、持続可能な開発とは、現在および将来の世代のニーズに対応し、経済、社会、環境の考慮事項を意思決定にうまく統合する社会発展のプロセスを指します。17の目標とわれるSDGs(Sustainable Development Goals) は、この持続可能な開発を実現するための具体的な課題リストとなっており貧困や教育、ジェンダー、気候変動を含んだ包括的な目標となっています。

綜合的な教育支援の広場

コルティナ・ダンペッツォと歌劇

注目

2026年2月6日、第25回オリンピック冬季競技大会がイタリア北部の都市ミラノ(Milano)とコルティナ・ダンペッツォ(Cortina d’Ampezzo)で開催されました。この大会の開会式を観ながらいくつかの感慨のようなものを覚えました。第一は演出の素晴らしさです。開会式がまるで歌劇を観ているような雰囲気です。歌があり踊りがあり、そして野外劇場のような晴れやかな舞台がありました。第二は歌劇の三大巨匠の曲をふんだんにとりいれてイタリアを演出していたことです。三大巨匠とは、ヴェルディ(Giuseppe Verdi)、プッチーニ(Antonio Puccini)、そしてロッシーニ(Gioachino Rossini)です。第三は、観客の感情を揺さぶる劇的な演出です。開放感、真面目さ、衣装の美しさ、そして悲劇的な演出です。父親が戦場で戦っているという息子が晴れやかな舞台で手を振るウクライナの選手の姿がありました。

Cortina d’Ampezzo

 コルティナ・ダンペッツォといえば、アルペンスキー回転で猪谷千春が1956年に日本人として冬季オリンピック史上初の銀メダルを獲得した場所です。このとき、オーストリアのトニー・ザイラー(Anton Sailer)が回転・大回転・滑降全てで金メダルを史上初めて獲得したのも思い出されます。1956年といえば私は中学一年生のときです。新聞に載った猪谷の滑りの写真をはっきりと記憶に残っています。猪谷は北海道の国後島で生まれ、大きくなってからニューハンプシャー州にあるダートマス大学(Dartmouth College)で学業と筋力トレーニングをします。ダートマス大学を卒業後、1954年にコロラド州アスペンでの全米大会で優勝、1955年から1957年まで全米大学体育協会(NCAA)の スキー選手権大会の回転競技部門で三連覇するのです。

 歴史的な音楽の先進国がイタリアです。西洋の伝統音楽における代表的な楽器のバイオリンやピアノなどの多くは、イタリア語を母国語とする製造者によってその原型が確立されたといわれます。現在も世界中で通用する音楽関連の専門用語の多くは、イタリア語となっています。今度のオリンピック大会の開会式で音楽をふんだんに取り入れ、音楽の本場はイタリアであることを強調していました。特に劇場型のオペラを思わせる見事な演出から三人の作曲家を取り上げてみます。

 イタリアの特にオペラの歴史において、「三大作曲家」とか三大巨匠と称されるヴェルディ、プッチーニ、そしてロッシーニは、その華麗な音楽とは裏腹に、私生活や作品において極めて「過激」なエピソードを残しています。オペラ王の異名を持つヴェルディはイタリア統一運動の英雄的な存在であり、その頑固さと妥協しない性格が過激さとして表れました。妥協なき芸術性の持ち主で、劇場支配人や歌手の要求を跳ね除け、自身の音楽的信念を強引に押し通したといわれます。代表作として『椿姫(The Lady of the Camellias)』や『アイーダ(Aida)』があります。歌詞の中に革命歌も取り入れているほどです。

 クラシック界の伊達男と呼ばれていたのがプッチーニです。過激な女性関係を持ち、浮気を原動力として作曲すると公言していたとされます。なんとも呑気で天衣無縫な態度です。作風の過激さも知られ、『トスカ(Tosca)』では拷問シーン、『蝶々夫人(Madame Butterfly)』では刀を喉に突き立てて自殺、『ラ・ボエーム(La Boheme)』では不治の病、結核による死など、観客の感情を揺さぶる劇的な展開を惜しみなく表現しました。

 ロッシーニは喜劇の巨匠といわれます。『セビリアの理髪師(The Barber of Seville)』をわずか2〜3週間で書き上げるなど、天才的な作曲速度で知られています。毒舌でも知られ、他の作曲家を批判する際、ブラックジョークを駆使したといわれます。 『セビリアの理髪師』の他に『ウィリアム・テル(William Tell)』などのオペラ作曲家として最もよく知られ、その作品は当時の大衆に非常に人気があったといわれます。

 オペラの他にも、ルネッサンス期(Renaissance)の声楽曲のマドリガル(madrigal)、世俗歌曲のフロットラ(frottola)やイタリア流行歌であるカンツォネッタ(canzonetta)など、我が国でも知られているイタリア音楽の作品形式は幅広いものがあります。イタリアの国歌には、「我らは何世紀にもわたり、虐げられ、嘲れてきた、歩兵隊に参加せよ、我らに死の覚悟あり、イタリアが叫んでいる、、そうだ!」とあります。実に勇ましくミラノ・コルティナのオリンピックはそのイタリア市民の叫びを発散しているかのようです。

綜合的な教育支援の広場

Free At Last !

注目

本日、1月第3月曜日はアメリカの祝日の一つ、「 Martin Luther King Jr. Day」(キング牧師記念日)です。1983年にキング牧師の功績を称え、その生誕を記念する祝日を制定する法案がレーガン大統領政権下で可決され署名されました。キング牧師の暗殺から15年後のことです。キング牧師の演説 「I Have a Dream」(私には夢がある)は世界中の学校の教科書に載ったといわれるほど明快で力強い響きがあります。

 1963年8月、ワシントン大行進(Civil Rights March on Washington)で行われたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「私には夢がある」演説は、アフリカ系アメリカ人の公民権と経済的権利を熱烈に要求し、奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)と憲法にもかかわらず、国家が平等の約束を果たせていない現状を浮き彫りにしました。キング牧師は、人種隔離のない未来のアメリカ、つま肌の色ではなく人格で人々が判断される未来のアメリカというビジョンを明確に示し、統合と友愛というこの夢を実現するために非暴力による抗議を訴えたのです。この演説は公民権運動(Civil RIghts Movement) にとって決定的な瞬間となり1964年の公民権法(Civil Rights)成立のきっかけとなりました。

Rev. Martin Luther King Jr.

 

 ワシントン大行進でキング牧師は、解放から100年経った今でも黒人アメリカ人は差別に直面し、基本的自由を奪われていると主張し、それを「残高不足」(bad check)と記された「不渡り小切手」(insufficient funds)と呼びました。そして平等の夢としてキング牧師は、自分の子どもたちとすべての人々が偏見なく調和して共に暮らす国家の姿を鮮やかに描きました。それを次のように訴えます。

I have a dream that my four little children will be not judged by the color of their skin but the content of their character.

ワシントン大行進 (沖縄タイムズより引用)

 キング牧師は非暴力抵抗を訴え、信奉者たちに尊厳を保ち、憎しみを避けるよう促し、彼らの闘争を平和的手段による正義を求める運動へと変容させます。人種差別と不正義を終わらせるための即時の行動を呼びかけ、アメリカ全土の山々から「自由の鐘を鳴らせ!(Let freedom ring)」、そして「必ずや自由を」(Free at last!)という力強い合唱で演説を締めくくります。このフレーズは、自由を求める全国的な要求を象徴するものとなりました。

綜合的な教育支援の広場

恭賀新禧 2026年

注目

 「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也」と芭蕉が『奥の細道』の冒頭で歌っています。ほとんどの人が高校時代に口ずさみました。Wikipediaで復習しますと「百代」とは永遠、「過客」とは旅人という意味だそうです。人に会うたびに、「本当に昨年はあっという間でしたね」という会話になります。時間は止まることがありません。そして今年は午年、偶然にも私の年です。亡き両親に感謝。

八王子市在住 原田朋栄氏作 (引用許諾済)

 大晦日の午後、駐車場脇に植えている花に水をやっていましたら、一階にお住まいの方から声をかけられました。ちょっとした立ち話をしていると、かつてシカゴで働いていたそうで、ウィスコンシン州のことも話題となりました。実は、私の3人の子どもと5人の孫はウィスコンシン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、そしてモンタナ州に住んでいます。と言うわけで、私の一家は、日本を離れて各地に散らばる「ディアスポラ(Diaspora)」なのです。ディアスポラとは、古代ギリシア語で「離散」を意味するようです。世界史では、ユダヤ人が故郷を追われ離散した歴史、例えばバビロン捕囚などに由来すると言われます。

 今日、日系何々人と呼ばれる人々は、アメリカ、イギリス、カナダ、ブラジル、フリッピンなどで暮らしています。日系人初のアメリカ連邦議員となったダニエル・イノウエ氏とか2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏といった有名な人から、無数の名もなき人々まで、それぞれの地においてコミュニティを形成し、彼の地で貢献してきました。いわば現代のディアスポラです。

 マディソンで小中高の教育を受けた子どもはそのまま大学へ進み、今はアメリカ国籍を得て仕事をし家族を育てています。と言うわけで、我が家は堂々と「ディアスポラ」の一員と名乗ってよいと思われます。生前の父から私の家系を聞いたことがあります。元々は平家の落人で青森県の弘前付近に身を隠したようです。時代を経て両親は樺太へ移住し、戦後は北海道の美幌に引き揚げます。それから名寄、稚内、深川、旭川、札幌、下田と転々とし八王子で亡くなりました。「流浪の民」というわけです。私も血筋をひいているようで、埼玉から大学院に通い、それから琉球で幼児教育をやり、国際ロータリークラブなどから奨学金をもらいウィスコンシン州都のマディソンへ行きました。そこで学位を取得してからは横須賀と兵庫県の加東市で働きました。奇しくも両親と同じく八王子を終の住処としています。やがてこれから向かう処は決まっています(^0^)

と言うわけで我が成田家は「ディアスポラ」の誇りと矜持を抱いて今年も過ごしたいです。2026/01/02

綜合的な教育支援の広場

閑話休題:水と木

北海道大学(北大)男声合唱団のかつての同僚から、どのようにして北大の中心に小川が復活したかの便りを貰いました。北大正門から道なりに歩きますと「中央ローン」という一面芝生の広場にでます。まわりには多くの楡の木(エルム)がそびえています。その中心に流れるのが「サクシュコトニ川」です。呼び名のもとはアイヌ語だったようです。エコ・キャンパス創成の一環として、大学と札幌市が水辺の復活事業を行ったのです。キャンパスに安らぎをもたらしたのが、「サクシュコトニ川」です。

中央ローン(ようこそSapporoから引用)

 「日本で最も広い大学キャンパス」を挙げるなら、一般的には 北大が一番とされます。キャンパスに川を持つ大学はそう多くありません。北大は幸いなことに、その数少ない例の一つです。川がキャンパスを流れるには水がなければなりません。北大のキャンパスはどこも楡の大木で囲まれています。枝を大きく広げる雄大な樹形が特徴です。硬くて粘りがあり、家具、建材などに使われ耐朽性が強く水に強い特徴を持っています。北海道のシンボルツリーとなっています。木といえば観光客の楽しみはキャンパスのはずれにあるポプラ並木を散策することです。

 札幌の中心街にある北海道庁の隣の北大附属植物園のあたりに湧き出ていた池 (メム)が「サクシュコトニ川」となります。そこから北大構内をゆったりと流れて農場の北端から琴似発寒川に出ていたといわれます。昭和30年頃から急速に湧水量が減り、その後はポンプ揚水の地下水が細々と循環しているだけの川もどきになっていたようです。そこで北大のキヤンパスに生命の活力を与えるべく、「水と緑のネットワーク」というルネサンス・プロブエクト事業によって「サクシュコトニ川」に新しい水が補給されて流れが再生したようです。

畜舎(ようこそSapporoから引用)

 2月の「さっぽろ雪まつり」が終わり雪解けが進む3月にはふきのとうや福寿草が、5月下旬、街はライラック(lilac)に彩られます。ライラックは別称としてリラ(リラの花)とも呼ばれています。北大構内ではクロユリの群生地が見頃を迎えます。秋は赤柏や楓の紅葉、銀杏の黄金色が美しい北大構内の散策などをお勧めします。市内の川沿いの遊歩道のないところにはケモノ道が今も残っているようです。

綜合的な教育支援の広場

医療費の4兆円削減案

注目

現在、自民党は与党内で日本維新の会などと社会保障制度改革の議論を進めています。その中で高齢者の医療費窓口負担の3割への割合拡大や、市販薬と成分がほぼ同じ処方薬であるOTC類似薬の保険適用見直しなどが議論されています。OTC類似薬とは、湿布薬や保湿剤、解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬など約7000品目あります。 ただし、現時点で「国民全員が3割負担になる」といった決定的な事実や既に制度が変更されたという真偽情報はありません。現在は保険適用で、患者の自己負担は薬価の1~3割で済みます。保険が適用除外となると、市販薬の購入費用が過度にかさんだり、治療の遅れにつながったりするとし、患者団体や日本医師会が反対しています。

厚生労働省より引用

 ついでですが「高齢者」とは、65歳以上を指す言葉が一般的です。しかし、日本の平均寿命が延びている現状から、65歳から74歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」とする区分もあります。後期高齢者になると、4分の1にあたる人が要介護認定を受けており、入院や長期療養が増えるのも事実ですが、後期高齢者の半数以上が趣味やレジャーを楽しんでいるともいわれています。

 社会保障制度改革の議論のポイントについてです。現在、6歳から69歳までの現役世代の医療費窓口負担は、所得に関わらず原則3割です。これは今後も維持される見込みです。議論の焦点は高齢者の負担割合です。その議論の主な焦点は、高齢化に伴う医療費全体の増加を抑えるため、特に70歳以上の窓口負担割合を引き上げるというものです。11月5日の財務省の審議会では「70歳以上の医療費を原則3割負担にすべき」という提案が出されましたが、厚生労働大臣は「現実的ではない」と否定的な見解を示しています。

 現在、75歳以上の一定所得以上の人は既に2割または3割負担となっています。この「一定所得」の基準を見直すことなどが検討されています。前述の湿布薬や保湿剤、解熱鎮痛薬など、市販薬と成分が似ているOTC類似薬の処方について、医療保険の適用を維持しつつ患者の自己負担を追加する方向で議論が進んでいます。これは自民党と維新の会の連立合意に含まれた項目です。維新の会が訴える医療費4兆円削減に連動するような高齢者の負担増を意味します。

 しかし、これらの負担増の議論に対して、患者団体や日本医師会、共産党などからは、患者の経済的負担が大きくなり、治療の遅れにつながる可能性、受診抑制が発生する可能性などといった懸念の声が上がっています。

 私的なことですが、私は心不全のために2週間入院し、退院後も11種類の薬を服用し運動療法を受けています。医療費が2割から3割負担となると大変だな、、と懸念する日々です。安心して病気ができる国、安心して年をとれる国になることを皆が願っています。

綜合的な教育支援の広場

ウクライナ和平交渉と宥和政策

注目

最近のウクライナ情勢における大国間での和平交渉について、いろいろな提案と駆け引きが続いているようです。この交渉過程から1941年頃のイギリスのチェンバレン首相(Neville Chamberlain)のナチス・ドイツに対する宥和政策(appeasement)のことが思い起こされます。私なりにトランプ大統領をチェンバレンと、プーチン大統領(Vladimir Putin)とヒトラー(Adolf Hitler)とを対比するとどのようなことが見えてくるのか、果たしてこのような比較は妥当かどうかを、過去の史実に基づいた枠組みから考えてみます。

2022年ゼレンスキー大統領と東欧諸国首脳との会談

 トランプ、チェンバレン、プーチン、ヒトラーの関係は非常にセンシティブで、人物の評価というより政策姿勢や外交スタイルの比較をすることにとどめます。まずは、チェンバレンの宥和政策とトランプのロシアへの和平提案(peace proposal)の共通点です。双方とも「対話により緊張を下げられる」という前提で行動しているようです。チェンバレンは、ミュンヘン会談(Munich Conference)などでヒトラーとの直接対話により戦争を回避できると考え、譲歩を通じて安定を作ろうと努力しました。他方、トランプは「敵対よりも個人的関係による交渉が有効」と繰り返し主張し、プーチンとの関係改善を強調していることが伺えます。いずれも「強硬路線よりも首脳間交渉の重視」という構図が見えてくるようです。

 国際政治では、国家が自国の安全保障と国益を最優先する現実主義が見られます。チェンバレンは当時のイギリスの軍備が未整備で時間稼ぎをした面もあり、「実力が整うまで対立を避けたい」という現実的な動機があったといわれています。ヒトラーには、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)で取り上げられ、チェコスロバキア領(Czechoslovakia)となったズデーテン地方(Sudetenland)を取り戻したいという意図がありました。トランプも「アメリカ第一主義」に基づき、ロシアより中国を競争相手と見なす優先順位から、ロシアとは緊張を高めたくないという発言を繰り返してきました。トランプの譲歩や対話が必ずしも弱腰ではなく、戦略的な判断をしているということも伺えます。

 チェンバレンの宥和政策は、チェコスロバキアやフランスの不安を生みます。それは彼らの軍事力が十分整わず、侵略で主権を脅かされるような提案だったからです。他方、トランプのロシアへの相対的で好意的姿勢は、NATO加盟国、特に東欧のポーランドやバルト三国(Baltic States)の不安を招いています。トランプの「敵との対話」が周辺国の警戒感を高めた点は、チェンバレンの宥和政策の影響に類似しています。同盟国の不安を招いているという共通点です。

 ただし共通点以上に違いの方が大きい点もあります。それは国際環境が全く異っていることです。1930年代は多くの国が軍備を拡張し、国際秩序が崩れつつある状況がありました。現代は核抑止や集団的防衛機構、国際機関が存在し、第二次大戦前とは構造が違っています。トランプは実際に「譲歩合意」を結んだわけではありません。他方チェンバレンはミュンヘン協定(Munich Agreement) によって具体的に領土を譲る合意を結んだのです。トランプはプーチンと象徴的な友好姿勢を示しているようですが、正式な「宥和協定」を結んだわけではありません。

 個人独裁者 vs 民主国家の価値観の違いが存在します。チェンバレンの相手は急速に拡張する全体主義国家で、目的も明確に領土拡大だったのです。他方、現代のロシアは権威主義的ですが、ナチス・ドイツの統治機構や外交方針と同一視はできません。

 ヒトラーの侵略性というイデオロギーは特異であり、現代の国家思想と直接比較するのは困難です。ナチス・ドイツは領土拡張と人種主義的政策を国家目的にしていました。他方プーチンのロシアは侵略や人権侵害が国際的に非難されていますが、ナチスと同一視する理由を探すのは難しいといえましょう。 トランプの政策はアメリカ国内政治の影響が強く、チェンバレンとは同列に置くことはできません。チェンバレンは国家総力戦の瀬戸際で判断せざるを得なかったのですが、トランプは主として「アメリカ第一主義」や来年11月に行われる中間選挙という背景で行動しているようです。

綜合的な教育支援の広場

辻邦生はどのような文学者か

注目

日本近代文学の中でも独特の位置を占める文学者で思想家の一人が辻邦生(1925–1999)です。歴史小説や芸術小説、思想小説を著し、深い哲学的思索を物語に展開することで知られています。私も「背教者ユリアノス」という歴史小説などを読んで辻文学の一端を知ることができました。この作品は「存在の輝き」とか「時への意識」、「人間の理性や精神の関係」といったテーマで貫かれています。

山梨県立美術館のポスターから

 本稿では、彼がどのような文学者で哲学者であったかについて、その創作や思想の原点を探ってみることにします。第一の特徴として、辻は「存在の輝き」を描く作家であったということです。その文学の核心には、世界に触れたときに立ち上がる「顕現」(epiphany)への鋭い感受性だったといわれます。顕現とはもともと、1月2日から8日の間の日曜日である主日に、すべてのキリスト教会で行われる祝祭のことで、「突然のひらめきや悟り」を意味します。物語の中では人物が風景や芸術作品に対して深い 「覚醒」 を経験する場面が多く、そこに読者を投入させてくれます。

 第二は、辻は歴史と精神を重ねる「精神史小説」の書き手であったことです。例えば「安土往還記」「西行花伝」「春の戴冠」などでは、歴史的人物の精神の高揚とか、その背後にある時代の意識や芸術創造の苦悩を重厚な修辞で描き、歴史小説という枠を超えた精神史的文学を創造したと評価されています。

 第三に、辻はフランス思想・現象学の祖ともいわれるメルロ・ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)などの影響を受け、身体性とか知覚の哲学に心酔したようです。それは、東京大学でフランス文学を専攻し、のちにソルボンヌ大学(Sorbonne University)で学んだことも実存主義思想の形成にあったといわれます。中世やルネサンス文化論らによって、彼の作品には「見ること」、「世界と身体の関係」、「芸術的創造の根源」といったテーマが一貫して流れています。

Arthur Rimbaud

 第四に、辻は後に言葉の力を信じた「言語の芸術家」とも評され、「言葉は世界の形を与える力である」と考え、極めて緻密で音楽的な文体を追求した作品を残しています。ポール・ヴァレリー(Paul Valery)とかアルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)の既存の文学を鋭く批判する詩からも影響を受けています。ランボーは伝統的な秩序を捨て、精神・道徳、身体の限界を超え、未知を体系的に探求しようとした反逆や革命の詩人といわれています。

 最後に、辻の哲学や創作の原点はいくつかの核心的経験があることを追加しておきます。それは、画家や音楽家といった芸術家を理解し、彼らに深い共感を抱いていたことです。芸術創造の瞬間に垣間見える精神の高揚を感じとり、「存在の輝き」を最も経験するのです。時間意識を文学の主題としました。流れる時間の中で人がどう意味をつかむのかを示唆し、その考察が多くの長編小説の軸になっています。

綜合的な教育支援の広場

高市内閣の人事と特徴

注目

高市早苗内閣の人事が波紋を呼んでいます。この話題を取り上げます。積極財政派といわれる政治家の片山さつきや城内実が経済や財政面での閣僚に任命されました。人事、特に 片山財務相+城内経済財政相ライン の登用が「財務官僚を震え上がらせた」と言われています。これは単なる人事の話ではなく、日本の財政運営の主導権争いという構造的な問題に絡んでいます。

 財務官僚が最も恐れるのは「政治主導による財政拡張」です。財務省は、戦後一貫して 財政規律=プライマリーバランス(PB) 黒字化路線を日本の国是のように守ってきました。それは一種の官僚的な信念であり、同時に権力の源泉でもあります。

高市早苗内閣の閣僚

 官僚は絶えず「財政規律を守らなければ国は破綻する」と言って、各省庁や政治家の“バラマキ要求”を抑えるのが自分たちの使命だと信奉してきました。つまり、財務官僚にとって“緊縮財政”はイデオロギーであり、支配の道具でもあったのです。ところが、今回登用された片山や城内はともに明確に 「積極財政」、「脱・PB黒字主義」 を掲げてきたのです。このラインが財務省の上に立つということは、「財務官僚が握っていた国家財政のアクセルとブレーキを政治側が奪う」という構図になるのです。これが、財務官僚にとって最大の“恐怖”です。

これまで、財務省は税収の弾性値を使って税収入をあらかじめ予測してきました。弾性値とは名目GDPまたは所得・消費などの課税ベーが1%変化したとき、税収が何%変化するかを表す指標のことです。2010年代の弾性値は、約1.1 前後、コロナ後回復期は法人税が急増し一時的に 1.3〜1.5程度、そして2023〜2024年度は景気鈍化という局面で 1前後に戻っています。

「積極財政」は官僚制の財政規律という論理をひっくり返すことにもつながります。これまでの財務省ロジックつまり、低い弾性値を使い、税収を慎重に見積もる、歳出要求は抑える、国債発行は最後の手段とする、そしてPB黒字化を最優先するという論理です。積極財政という仕組みは、官僚にとって極めて都合が良い方針なのです。なぜなら「財源がない」を理由に、すべての各省からの政策提案を査定し、場合によっては差し戻してきたのです。

¸ 加えて積極財政派の論理というのは、経済を成長させれば税収は増える、政府支出は経済政策の一部であり、国債発行も経済成長のためのツールであるという考え方です。つまりPB黒字化よりも国民生活と成長を優先するという政策なのです。このように積極財政とは、財務省の予算査定権限を弱めるという、これまでの財務省自体の正統性を揺るがす思想でもあるのです。これを大臣というトップが主導すれば、省内の力学が崩れるために「官僚は震える」という表現が使われるのです。

 繰り返しますが、具体的に財務省が震えるのは次のことだろうと考えられます。つまり、PB目標の廃止・棚上げです。 財務省が掲げてきた「財政再建の旗」が降ろされるのです。さらに政策判断の正統性が失われ、内部の理論体系が崩れることです。高市首相の人事は「財務省支配からの独立宣言」ともいえそうなパラダイムシフトです。この2人が財政と経済の要職を握ると、官僚たちは「もう、予算の主導権を握れない」と感じるかもしれません。「財務省が支配してきた戦後の官僚国家モデルの終焉」 という構造変化です。

綜合的な教育支援の広場

アメリカの大学スポーツは一大興業

注目

大学スポーツは今や最高潮です。その活動は、全米大学体育協会( National Collegiate Athletic Association-NCAA)という巨大な組織によって統括されており、プロリーグに匹敵するほどの人気と注目度を誇ります。特にアメリカンフットボールとバスケットボールは絶大な人気があり、全国中継される試合には5万人規模の観客が集まります。大きな大学はフットボール用の巨大なスタジアムを擁し、室内スタジアも1万人を収容します。 今はアイスホッケーの他に、バレーボールが多くの観客を集めています。

 NCAAは、約1,100校以上の加盟校と50万人以上の学生アスリートを擁する巨大な統括団体です。人気のスポーツといえば、男子ではアメリカンフットボールが圧倒的で、次いでバスケットボール、アイスホッケーなどと続きます。これらの人気スポーツのテレビ中継は非常に頻繁に行われます。

 優秀なアスリートを集めるために、各大学はスカウト職員を揃え、各州にある大学同窓会などのネットワークも利用し、ここぞと思われる高校生に注目して大学への勧誘をします。時に、交通費や謝礼を渡すなどの違反行為が報道されています。大学に入学すると、学費や生活費をカバーするスポーツ奨学金(athletic scholarship)が提供されます。これは、スポーツと学業の両立を目指す学生にとって重要な支援となります。

ウィスコンシン大学のキャンプランダール・スタジアム

 大学スポーツは競技力の向上だけでなく、将来のキャリア形成にも大きな影響を与えます。アスリートは、最高レベルの競技環境の中で大学での専門的な学びを両立させることが求められます。NCAAの規則では、アスリートの学業成績が悪いと退学させることを義務づけています。ですから学業不振なアスリートには支えるチューターがいます。大学スポーツは、プロへの登竜門となっています。多くのプロアスリートは、NCAAでキャリアをスタートさせています。大学スポーツはプロリーグへの重要なパイプ役となっているのです。

 アメリカの大学スポーツは、教育システムの一部でありながら、興行としても非常に大規模に運営されているのが特徴です。 大学スポーツは、各大学にとって巨大な収入源となっています。毎年数千億円が動きます。試合が全国中継となると、放映権料などにより大学は多いに潤い、収入のないスポーツ活動、たとえば陸上競技やサッカー、レスリング、テニスなどの運営を支えるのです。

 アメリカの大学スポーツにには、「ポータル(転校)制度があります。この仕組みは、「トランスファーポータル」と呼ばれ、学生アスリートが所属チームを転校する際に、自分から他大学のコーチにアピールするために、NCAA加盟校関係者のみがアクセスできるシステムのことです。

 優秀なアスリートの中には、もっと強い大学のチームに転校したいという希望を持つものがいます。また、あまりアスリートとしての活動の機会が少ないとか、コーチや他の同僚と関係に不満などがあるアスリートは、このシステムに登録し、自分を評価してくれる大学を探すのです。シーズン中、アスリート起用に不満があり、所属の大学チームではなく他のチームに行って出場時間が欲しいなど、求めるものを追求していく精神がアスリートに強いのです。

 これまでは、大学の監督は高校から才能あるアスリートをスカウトすることだけに集中していれば良かったのですが、時代は完全に変わりました。大学アスリートは収入を求めて、自分が活躍できそうな他の大学へ転校していくのです。こうしてみますと、「トランスファーポータル」によって大学もまたフリーエージェント制度でチームを移籍していくプロと変わらなくなりました。とまれ、プロと大差ないのがアメリカの大学スポーツなのです。

綜合的な教育支援の広場

伝統「芸術」から「科学」へ

注目

AlphaGoや後続のLeela ZeroなどのAIは、統計的に勝率が高い手を選びます。これにより人間が感覚やバランスを重視していた定石よりも実利重視により、相手に多少地を与えても全体のバランスで勝つという打ち方が増え、AI定石という新しい定石が誕生しました。AlphaGo以後、多くのトッププロがAIとともに研究を深め、これまでの定石辞典が書き換えられています。プロの対局でもAlphaGo由来の打ち方が主流になり、実際の対戦の棋譜が大きく変化しました。

肩つき

 少し話題を変えて、1954年製作の「十二人の怒れる男」というアメリカ映画がありました。ある裁判で一人の陪審員が他の11人の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを提案します。やがて少数意見が多数意見となり無罪評決となるというストーリーでした。イスラエルでは会議をするとき、もし出席者7人のうち6人が賛成する発言をしたとき、7人目の人は無条件に反対意見を述べなければならないというのです。多数とは違う少数意見は、それ自体に価値があるという考え方があります。

 この陪審員の評決に関するエピソードを囲碁に当てはめてみますと、固定観念を捨てるとき思わぬ妙手が生まれることがある、ということかもしれません。最近は常識にない手を数々打ち出し、定石の考え方が変わって、新しい定石が生まれています。こうした変化には、固定観念から離れて新しい手を考えて打とうという姿勢があるからです。そういえば「定石を覚えて二目弱くなり」という定石信奉者を皮肉った川柳があります。イスラエルの格言にもう一つ。「何も打つ手がないときにも、ひとつだけ必ず打つ手がある。それは勇気を持つことである。」 私たちには後学のために役立ちそうな含蓄のある言葉です。

ダイレクト33

 AlphaGoなどの登場によって、定石の固定観念から脱皮し「定石は変わった」といえそうです。囲碁の定石は不変のものではなく、AIの登場で大きく進化しています。AlphaGoが示した新しい打ち方は、「AI定石」として現代囲碁の基盤になっています。AlphaGo以降、囲碁は伝統文化という「芸術」から「科学」へと一歩進んだといえるでしょう。