アメリカ人の価値観は変化したのか

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前例のない選挙結果となったのが、今回の中間選挙です。それを取り上げみます。まず、ヒスパニック、アメリカン・インディアン、モスレム、黒人、女性、牧師、障害者、小児科医師など多様な背景を持った候補が支持され当選したことです。特にディープサウス(Deep South)とかバイブルベルト(Bible Belt)といわれるアメリカ南部および中西部・南部などで、ヒスパニック系の人々が民主党を支持したことです。それも大差を付けての結果です。ディープサウスとバイブルベルトはそれぞれ異なる点、例えば歴史、人種、地理 vs. 宗教、価値観からアメリカ南部を指す言葉ですが、地理的には大きく重なっています。

 ディープサウスとは、ミシシッピ州、アラバマ州、ルイジアナ州、ジョージア州、サウスカロライナ州の5州が中核とされます。文脈によってはノースカロライナ州やテキサス州の一部が含まれることもあります。アフリカ系アメリカ人の人口比率が全米でも特に高い地域であり、奴隷制の歴史やその後の1950〜60年代の公民権運動の舞台となった重要な歴史的背景を持っています。

 ディープサウスには歴史と経済の背景があります。かつて大量の奴隷労働に依存した大規模な綿花・タバコなどのプランテーション経済が発達した地域です。南北戦争時にはアメリカ連合国(Confederate)の中心となりました。私的なことですが、私は留学の語学研修で2か月、ジョージア州で生活したことがあります。母音をだらりと引き伸ばして、全体的にゆっくり話す話し方の南部なまり(Southern Drawl)や温かいおもてなし(Southern Hospitality)に触れ、ブルースやジャズも楽しみました。

 次にバイブルベルトといわれる主な州は、アメリカ南部および中西部・南部の一部、つまりテキサス州、オクラホマ州、アーカンソー州、テネシー州、ケンタッキー州、ミシシッピ州、アラバマ州、ジョージア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州などにまたがる広大な地域です。その主な特徴は、宗教的背景にあり、社会的・政治的に保守的な福音派プロテスタント(Evangelical Protestant)の信者が圧倒的多数を占める地域です。

 バイブルベルトでは、社会・価値観に特徴があります。すなわち日常生活や道徳観にキリスト教の教えが深く根付いており、教会の活動がコミュニティの中心となっています。進化論の教育をめぐる議論や、人工妊娠中絶、同性婚、酒類の販売規制などに関して、伝統的・保守的な価値観が強いことで知られています。

 しかし、今回の選挙戦の争点を見ますと、南部や中西部における人々の伝統的な価値観が変わっているかのような印象を受けます。ですがそれは一過的かもしれません。その理由はなんといってもイランやシリア、リビア、ヒズボラでの戦争による介入やイスラエルへの軍事支援などが、諸物価や燃料の高騰に拍車をかけ厭戦気分を高め、トランプ政権や共和党に悪影響を与えたと思われるからです。伝統や価値観の変容には時を要するのです。

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ディープステート(Deep State)

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トランプ大統領は以前から、政府内部に自分の政策を妨害する勢力がいると主張してきました。特に問題視しているのが、選挙で交代しない官僚や情報機関の関係者です。2025年に始まった第2次政権では、こうした政府組織の再編のために、人事や権限を大きく変えようとしています。多くの官僚が解任されたり、退職を勧められたりしています。

 選挙で選ばれた正当な大統領や議会などの裏側で、官僚機構、軍部、諜報機関(CIA・FBIなど)、金融界、大企業などが非公式なネットワークを築き、実質的な国家の政策決定を支配していると受け止められてきました。それが「ディープステート(Deep State)、「闇の政府」概念や陰謀論です。1990年代にトルコの「国家内部の国家」を指す言葉として生まれたのち、アメリカをはじめ世界的に普及しました。さらにトランプ大統領らが政治的対立軸や改革の対象として言及したことで広く知られています。議会などの表向きの政治権力とは別に、政府内部や国家機関に根を張り、政策や国家運営に強い影響力を及ぼす勢力を指すのが「ディープステート」です。この用語が政治的なスローガンから実際の政府改革の問題に結びついて論議されているのです。

(WIREDから引用)

 「ディープステート」の典型的な例としては、CIAやFBIなど情報機関のあり方が話題になっていることです。CIAやFBIなどは、一般国民には見えにくい情報を扱い、国家の安全保障に大きな影響力を持っています。そのため、次のような疑問が生じます。
・情報機関は本当に中立なのか。
・政治家に都合の悪い情報を隠すことはないのか。
・情報機関が政治的な目的に利用されることはないのか。
・国民が選んでいない人々が、政策決定にどこまで関与してよいのか。

 「ディープステート」で論議される一つは、政府の権力は誰が握るべきなのかという設問です。民主主義では、選挙で選ばれた政治家が国民の意思を反映して政治を行います。しかし、実際の政府には長年勤務している官僚や専門家がいます。日本で譬えれば、財務省という官僚組織もそうかもしていません。彼らは政治家が交代しても仕事を続けます。新米の政治家にレクもします。これは行政の専門性や継続性を保つために必要な仕組みなのですが、、、。

 他方で、官僚組織が強大になりすぎれば、選挙で選ばれた政治家の政策が実現しにくくなる可能性もあります。2026年には、トランプ大統領が政府職員をどこまで自由に解任できるのか、独立機関の権限をどう考えるべきかという議論も、アメリカの法律・政治学の世界で活発になっています。「ディープステート」の批判側は「実体のない陰謀論」と捉える一方、支持側は「既得権益を持つエリート層による支配」と主張しています。

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プロ・クライム(pro-crime): 政治・社会的なレトリック 

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アメリカの中間選挙で表れた「pro-crime」という言葉、は政治・社会的なレトリック、すなわち批判用語として登場しました。敵対する候補の政策や立場を攻撃するの使われるレッテル貼りです。その観点は、文字通り「犯罪を推奨している」ということを意味します。ですが実際にそのような政治綱領を掲げる政党や組織は存在しません。保守派や批判派は、保釈制度の緩和、厳罰化に否定的な立場、あるいは特定の検察・司法改革などを進める政治家・政党を「犯罪者に甘い」「犯罪を助長している(pro-criminal)」と非難する際の政治的修辞(レトリック)として使われます。

 中間選挙で使われる 「pro-crime」 は、「犯罪賛成」「犯罪を支持する」という意味です。ただし、これは通常の政策用語ではなく、選挙で相手候補を攻撃するための批判的な呼び方で、政治的なレッテルです。候補者が本当に「犯罪を支持している」と主張しているわけではなく、相手の治安政策を「犯罪者に甘い」とか「犯罪対策に消極的」であると印象づけるために使われます。

 では何故今、頻繁に使われるのかです。その背景には、アメリカの政治で長年続いている「治安・犯罪対策」をめぐる共和党と民主党の対立があります。両党の傾向を簡略化すると次のような構図となります。
共和党側が強調すること次のようなことです。
  ・犯罪者への厳罰
   ・警察の権限・予算の維持や拡大
  ・保釈制度の見直し
  ・不法移民による犯罪への厳しい対応
  ・犯罪者を刑務所に留める

他方、民主党側が強調することは次のようなことです。
  ・刑罰だけでは犯罪は減らない
  ・警察改革と説明責任
  ・保釈制度の厳格化
  ・移民の権利や適正手続き

 もちろん、これは両党の選挙戦術の傾向を簡略化したもので、民主党にも犯罪的な言動に対して厳罰を支持する候補者はいますし、共和党にも刑事司法改革を支持する人はいます。重要なのは、「pro-crime」は中立的な政策分類ではなく、相手候補に貼る政治的なレッテルだということです。実際にその候補者が犯罪を支持しているという意味ではありません。この言葉が頻繁に出てくるのは、2026年の選挙で、経済や物価だけでなく、移民問題と治安問題が共和党・民主党の重要な攻防テーマになっているからです。

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プロ・クライム(pro-crime)とは

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2026年の中間選挙では、相手候補に対する酷い、辛辣な言葉が飛び交いました。「プロ・クライム(pro-crime)」という用語もそうです。その例としては、ジョージア州の民主党上院議員ジョン・オソフ(Jon Ossoff)や、ノースカロライナ州の民主党候補ロイ・クーパー(Roy Cooper)に対して、共和党側が「プロ・クライム」という表現を使っています。例えば共和党の上院選挙対策委員会は、オソフについて、保釈制度の改革や警察活動への姿勢、移民政策などを取り上げ、「pro-crime agenda」と批判する広告を出しました。他方、民主党側は、犯罪者を刑務所に入れることだけでなく、犯罪予防や警察への投資、社会復帰なども公共の安全に必要だと反論しています。

 アメリカには、犯罪や治安への不安を選挙運動で利用する長い歴史があります。特に有名なのが1988年の大統領選挙です。共和党のジョージ・ブッシュ(George Bush)陣営は、民主党候補マイケル・デュカキス(Michael Dukakis)を「犯罪に甘い」と攻撃しました。その際に使われたのが、服役中に一時釈放され、その後に重大犯罪を起こした人物を取り上げた選挙広告です。この広告は、人種的な偏見を利用したものだったとの批判も強く、アメリカ政治史に残る論争となりました。2026年の選挙でも、この1988年の戦術が再び注目されています。トランプ大統領自身もこの広告に言及しています。

 「プロ・クライム」という言葉は、犯罪学や心理学における意味(pro-criminal attitudes: PCA)で使われます。反社会的で犯罪を肯定する態度のことです。この言葉で、 犯罪行為を正当化したり、合理化したりするのです。犯罪学の理論では、法律や社会規範のブレーキを外し、犯罪に踏み切るための心理的背景となると指摘されます。Pro-crimeは犯罪者が抱く「自分は悪くない」とか、「社会(被害者)の方が悪い」といった弁護や、犯罪による利益を求める思考も含むことを理解すべきです。

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候補者同士の公開テレビ討論 その5

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前稿ではアメリカの舌戦期間中で買収、スキャンダル、信教・思想への攻撃、巨大な資金の投入がなどが堂々と行われていることに触れました。視聴者からは、「こうしたネガティブキャンペーンで相手を攻撃した場合は名誉毀損になるのではないか」という疑問が生じます。アメリカでは1964年の最高裁判決による、ニューヨーク・タイムズ対サリバン判決(New York Times Co. v. Sullivan)により、公職者や政治候補者への名誉毀損のハードルが非常に高く設定されています。

 この判決は、憲法修正第1条で謳う表現の自由と名誉毀損法の歴史において、最も重要かつ画期的な連邦最高裁判所の判決の一つといわれています。この判決により、政治家や公務員などの「公職者」に関する言論や報道において、憲法上の強い保護が与えられることになりました。

 最高裁の判決では「現実的悪意(Actual Malice)」という法理が強調されました。 公職者が報道や批判によって名誉を傷つけられたとして損害賠償を請求する場合、単に「記事に嘘があった」だけでは不十分であり、原告(公職者)側が以下の「現実的悪意(Actual Malice)」を証明しなければならないという基準を打ち立てたのです。

 政治候補者が名誉毀損で相手を訴えて勝訴するためには、単に「嘘だった」だけでは不十分なのです。「相手が『嘘であると知っていた』、または『嘘であることを著しく無視して』意図的に攻撃したこと」を原告側が証明しなければなりません。したがって、不正確な噂や誇張されたスキャンダルであっても、政治の場では容易に法的責任を問われない仕組みになっています。

 終わりにアメリカの憲法思想では、「間違った言論や過激な誹謗中傷に対抗する最良の手段は、政府による規制ではなく、反論や有権者による投票での審判である」という考え方が徹底されています。そのため、中間選挙などで相手の醜聞や信教、資金力などを堂々と攻撃・非難することは、修正第14条・第1条が保障する「表現の自由」の範囲内であり、違憲とはならないどころか、まさにその憲法によって守られている行為となります。実に興味ある法理です。

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候補者同士の公開テレビ討論 その4

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中間選挙の投票日が近づくとオールドメディアもニューメディアも、両陣営のがどの沼のような戦いを報道しています。丁々発止の討論があると思うと、互いの罵り合いも繰り広げています。日本の選挙では決して見られない姿です。こうした泥仕合は、一概に文化の違いということに結論づけるのは間違いです。アメリカの開拓の歴史は、移民してきた人々の飽くなき独立の精神に反映されています。選挙における相手への激しい攻撃にもそれが表れています。

 フロンティアの開拓は、土地を巡る自分の自由や権利をまもる戦いの連続だったのです。他人のことを考えるよりも、自分がどう生きるかに忙しかったのです。今回の選挙における討論や集会を見ると、自分の主張が正当であり、相手への非難や罵りは、有権者には寛容に受け止められているようです。

 なぜこうした泥仕合が許されいるのかです。合衆国憲法において選挙運動でのネガティブキャンペーン、すなわち相手の醜聞、人種・信教、資金について非難することは、修正第14条や表現の自由に違反していないのです。それどころか、アメリカの法体系においては「最も強力に憲法で保護されている表現活動」の一つとみなされています。

 国民の知る権利と監視: 候補者の裏の顔、すなわち買収、スキャンダル、信教・思想、巨大な資金源などを公に暴露し批判することは、有権者が真実を知り、適切な代表者を選ぶために不可欠であると考えられています。さらに「言論が攻撃的であるか」「相手を傷つけるか」「過激であるか」は、国家がその言論を規制する理由にはなりません。過激な言論が許容されているのです。

 重要なのは、「憲法は政府(国家)を規制するもの」であり、「民間人や政治家同士のお互いの批判を規制するもの」ではないという点です。政府が「相手の宗教やスキャンダルを批判してはならない」と規制することこそが、最高裁によって「修正第14条を通じて修正第1条に違反する(違憲)」と判断されます。イスラム教徒=テロリストであるというイメージ作りも合法なのです。憲法修正第14条は、市民権の保障と法の支配を定めた最も重要な修正条項の一つです。憲法修正第1条は、国家による信教や言論への干渉を禁じる条項です。

 買収とか汚職についてです。公職者の不正を暴き批判することは、表現の自由の根幹です。最も基本的な政治批判として是認されています。次にセックススキャンダルです。倫理・適性の判断材料として、候補者の道徳観や誠実さ、脅迫リスクの有無などは有権者の重要な判断材料とされるため、スキャンダルは公表や非難が許容されます。逆に、宗教票の獲得のために愛や団結の政治というイメージも堂々と叫ばれるのです。

 投票日が近づくと、それぞれの陣営が資金を投入して、テレビ広告などを増やします。批判も増えます。ですがこうした政治資金の投入やその批判も「表現の自由」の一環として強力に保護されています。政治的資金の投入は表現の自由であるという解釈です。

 終わりに、人種・信教 差別的言論でも政府は規制することが許されていません。ヘイトスピーチであっても、政府が法的に禁止・罰することは修正第1条違反となります。しかし、それが度を超すと有権者から政治的ペナルティを受けて、落選となるのです。

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候補者同士の公開テレビ討論 その3

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テレビ局が「何を見せると視聴者に伝わるか」という観点にアメリカと日本の違いがあります。アメリカの討論会は、候補者の発言だけでなく、質問への反応、相手候補との応酬、表情や態度まで含めて報道されます。日本のテレビ選挙報道では、候補者の発言を短く紹介したり、司会者や解説者が内容を整理したりする形式も多く見られます。候補者が一つの質問に対して1分以内で答え、さらに質問者が「その説明では答えになっていません」と追及する番組なら、有権者は政策の理解度や説明責任を直接確かめやすくなります。

 反対に、時間制限を厳しくしすぎると、複雑な政策を十分に説明できなかったり、短い言葉で相手を攻撃することが有利になったりするおそれもあります。アメリカの討論会にも、この問題はあります。では、日本でもアメリカ型の討論会を増やすべきでしょうか?私はこうした機会を設けるべきだと考えます。

 一般的に言えば、日本でも、質問者が具体的な質問をし、候補者が短時間で答え、必要なら追加質問を受ける形式をもっと増やす価値があると思います。例えば、次のようなルールです。
 ・すべての候補者に同じ質問をする。
 ・最初の回答は60秒以内とする。
 ・回答が質問に直接答えていない場合、質問者は30秒程度の追加質問を認められる。
 ・候補者同士の反論の時間も設ける。
 ・政策の具体性、財源、実現可能性についても質問する。

 こうすれば、単に説明が上手な候補者ではなく、政策を理解し、批判に答え、説明責任を果たせる候補者なのかを判断しやすくなります。ただし、公平性を保つためには、質問の基準や進行ルールを事前に明らかにし、すべての候補者に等しい機会を保障することが大切です。

 結論として、日本でアメリカ型の討論会が目立たないのは、法律によって禁止されているからではありません。 放送の公平性への配慮、選挙報道の慣行、政党中心の政治、テレビ局の番組制作の考え方などが重なっているからです。そして、これは変えられない文化的な違いでもありません。日本のテレビ局が討論のルールを工夫し、有権者が候補者への直接的な質問を求めれば、日本でも同様の形式を広げることは十分可能だと考えられます。言いっぱなしの放送は選挙討論ではありません。

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候補者同士の公開テレビ討論 その2

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アメリカの公開テレビ討論では、 質問者が候補者に直接質問し、回答時間を制限し、必要なら追加質問で追及したりします。日本でよく見られるのは、 司会者が各党の代表に順番に質問し、それぞれの政策や立場を説明してもらうのです。日本でも厳しい質問はありますが、質問者が回答を遮ってまで追及したり、短い時間で具体的な結論を迫ったりする形式はとられません。

 このようなアメリカのテレビ討論の形式は、日本の放送における「政治的公平性」が影響している感があります。その重要な要因の一つは、日本の放送法が放送事業者に政治的公平性を求めていることです。日本のテレビ局は、選挙報道で特定の政党や候補者を不当に有利に扱ったと受け取られないように、各党の発言時間や取り扱いのバランスに注意を払います。その結果、番組を制作する側が、次のようなことを慎重に考える傾向があります。つまり、特定の候補者だけを厳しく追及していると思われないかとか、ある候補者の回答を遮ることが公平性を欠くと受け取られないか、さらにすべての政党に同じような発言機会を確保できるかに注意を払うのです。

 とわいえ放送法が候補者への厳しい質問を禁止しているわけではありません。 公平性をどう実現するかについて、テレビ局が慎重になることに課題があります。また、アメリカのテレビ局も公平性や偏向をめぐる批判にさらされています。アメリカでは厳しい討論ができ、日本では法律上できない、という単純な違いではないのです。放送法は、表現の自由の確保を謳い 放送の不偏不党、真実、自律を保障するが故に、候補者が自由で闊達な主張をすることを間接的に制限しているきらいがあります。そのため討論が深まらず平板になるようです。

 これまで指摘してきたように、アメリカの中間選挙では、連邦下院議員や上院議員、州知事、教育長など、さまざまな公職が選挙の対象になります。候補者個人の知名度や政策、説明能力が有権者の判断に影響します。他方、日本の衆議院選挙では、小選挙区と比例代表が併用されています。候補者個人だけでなく、政党の支持率、党首への評価、政権への評価なども大きな意味を持ちます。そのため、選挙報道でも候補者個人に政策の詳細を問い続ける形式より、党首の発言や政党間の対立、選挙情勢の分析が目立ちます。これは討論の形式の傾向であって、選挙制度だけでテレビ討論の形式が決まるわけではありません。

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候補者同士の公開テレビ討論

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アメリカの連邦議会の中間選挙では、民主党と共和党がしのぎを削っていると報道されています。候補者がテレビ討論に登場しています。選ばれた質問者や司会者から厳しい質問を受け、30秒や1分といった短い時間で答えを求められる光景です。例えば、激戦区といわれるミシガン州のアブドゥル・エルサイード(Abdul El-Sayed)と現職のマイク・ロジャース(Mike Rogers)、ジョージア州のジョン・オソフ(Jon Ossoff)とマイク・コリンズ(Mike Collins)、テキサス州のジェームズ・タラリコ(James Talarico)とケン・パクストン(Ken Paxton)との民主党と共和党候補の直接対決です。

(朝日新聞より引用)

 日本の国政選挙では、同じ形式の討論会は観られません。その理由を考えます。これは、単に日本の政治家が討論を苦手としているからでしょうか。恐らくそうではなく、次のような政治文化、テレビ報道のあり方、選挙制度、そして候補者と有権者の関係の違いが関係しています。

 アメリカでは、候補者が自分の考えを直接説明することが重視されています。今回の連邦議会選挙だけでなく、大統領選挙や州知事選挙でも、候補者同士の討論会や公開質問会が重要な役割を果たします。こうした討論では、例えば次のような質問が出ます。候補者の一分間の回答に対して、さらに相手が質問したり答えたりするのです。このやりとによって候補者の考えが視聴者に伝わるのです。

・あなたの政策で財政赤字はどうなるのですか。
・イラン攻撃についてあなたは、どのように評価しますか。
・物価高や燃料費の高騰に対してどのような政策をだしますか。 

質問者が回答時間を制限するのは、候補者に論点を絞って答えさせ、比較しやすくするためです。また、候補者が質問をはぐらかしたり、抽象論に終始したりすれば、そのこと自体が有権者の判断材料になります。ただし、アメリカのすべての選挙でこのような討論会が行われるわけではありませんし、候補者が参加を拒否することもあります。

(日本経済新聞から引用)

 我が国では「党首討論」や「報道番組のインタビュー」が見られます。例えば、党首がテレビを通して国会で直接討論する機会はあります。1999年から党首討論が始まりました。国政選挙の際には、各党代表による討論番組が開かれます。国会でも、ただし、アメリカでよく見られる形式とは、いくつか違いがあります。

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連邦議会中間選挙が近づく その2

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この選挙の主な争点は、トランプ大統領が進めてきた物価高対策や各種政策の是非です。トランプは2024年の大統領選で自国の利益を最重視する「米国第一主義(Make America Great Again: MAGA)」を掲げ、不法移民対策や関税措置などを公約して勝利しました。就任後は日本など同盟国を含む貿易相手国への高額関税や不法移民の送還、連邦政府の人員削減などを進めました。

 中間選挙では他にも外交・安全保障などの争点があります。 議会の過半数をどちらの党が握るかによって、他国への軍事援助や経済支援などの予算の承認手続きや貿易政策の行方に変化が生じるのです。中間選挙は単なる「議員選び」にとどまらず、「現政権の政策がこのまま加速するのか、あるいはブレーキがかかるのか」を決める大きな分岐点となるため、国内だけでなく世界各国も固唾をのんで見守っています。

 大統領職と連邦議会の上下両院の過半数を共和党が握ることを、党の公式カラーにちなんで「トリプルレッド」(triple red)と呼びます。現在この状態にあるトランプ政権は議案を通しやすく、思い通りの政権運営を進めることができています。

 日本の選挙は即日開票されますが、アメリカでは開票作業が数日にわたって行われるケースがあり、選挙結果が分かるまで時間がかかります。郵便投票の消印を投票日まで有効とする州があることが一因。2022年のバイデン政権時の中間選挙では、結果判明までに1週間以上かかる異例の展開となりました。もし、共和党が両院で敗北したならば、トランプ大統領は、期日前投票の票の数え直しなどを命じ、開票結果がさらに遅れることも懸念されています。連邦議会中間選挙は我が国の選挙仕組みとは異なり、50州がそれぞれの制度を有すること、上院と下院の権限の違いがあることなど、3つの時差があるなど集計に時間がかかるということに注目する機会でもあります。

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連邦議会中間選挙が近づく

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アメリカの連邦議会の中間選挙が近づいています。中間選挙はなぜ注目されているのでしょうか。中間選挙とは、大統領任期4年の中間である2年目末に行われる連邦議会選挙です。2026年は11月3日に実施され、下院は全435議席、上院は約3分の1が改選対象です。この選挙は、政権に対する「中間評価」の意味合いを持ち、今後の政策運営に大きな影響を与えます。大統領選挙ほどの派手さはありませんが、アメリカ政治や世界情勢、経済の動向を大きく左右する非常に重要な節目であるため、世界中から注目を集めます。

(読売新聞より引用)

主な注目理由は以下の4つです。
「現職大統領への中間評価」となる:
 中間選挙は、政権発足から2年間の実績や政策(経済、外交、雇用、物価対策など)に対し、国民がどのような評価を下しているかを示すバロメーターとなります。歴史的に、現職大統領の与党は中間選挙で議席を減らしやすい傾向があります。物価高(インフレ)や不満の声が強まると与党への逆風となりやすく、大統領の求心力を測る指標となります。

政策推進力の変化(「ねじれ議会」のリスク):
 アメリカでは、法案の成立や予算の決定に連邦議会の下院(全435議席)と上院(約3分の1)の両方で可決が必要です。 仮に上下両院で共和党が多数を維持すれば、大統領・上院・下院のすべてを共和党が握るトリプルレッド(triple red)が続きます。Redとは共和党のシンボルカラーです。ちなみに民主党のカラーはBlueです。

 民主党が下院を奪還すれば「ねじれ議会」となります。野党がどちらか一方(または両方)の過半数を奪取した場合、法案や予算が押し通しにくくなり、政権運営は一気に難航します。予算対立による「政府機関の閉鎖(ガバメント・シャットダウン)」リスクが高まるほか、野党が主導権を握る委員会による政権の調査・追及(公聴会など)が強まることになります。

2年後の大統領選挙への影響:
 中間選挙の結果は、2年後に行われる次回の大統領選挙の前哨戦としての役割も果たします。与党が勝利・善戦すれば、大統領の再選や後継候補への勢いが弾みます。 他方、野党が勢力を伸ばせば、野党内の次期大統領候補としての主導権争いや党内発言力が変化します。

株式市場・経済・世界情勢への波及効果 :
 議会の勢力図が変わることで、税制、通商・関税政策、暗号資産やエネルギー分野への規制方針の見直しなどが行われる可能性があります。市場では政治的予測が立てづらくなる選挙直前までは様子見姿勢が強まりやすく、結果確定後に不透明感が解消されて動き出すという傾向もしばしば指摘されます。 選挙結果は経済・市場への影響が考えられます。

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導入に向けたステップ

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太陽光発電のためには、いくつかの点検事項があります。それは、屋上の状態確認と防水性能のチェックすることです。 直近の大規模修繕の時期や屋上防水の耐用年数を確認しなければなりません。防水工事の直前に設置すると二重の工事費用がかかるため、次回の防水工事のタイミングに合わせる必要があります。

(ホールエナジーより引用)

補助金の調査
 東京都や八王子市などの自治体では、集合住宅向け太陽光発電・蓄電池導入に対して補助金が出ている場合があります。補助金制度の利用で初期費用を大幅に抑えられます。

一括見積もり・事前シミュレーションの取得
 まずは複数の太陽光施工業者やPPA事業者に「39世帯・屋上図面」を提示し、設置可能枚数・年間の発電予測量・収支シミュレーションの作成を依頼することです。

 次に管理組合の総会で提案するための手順や比較表の作成の必要です。マンションの管理組合において、太陽光発電導入のような大きな検討事項をスムーズに決議し推進するためには、「いきなり総会で決議を目指すのではなく、アンケート調査や理事会での段階的な検討(調査報告・決議)を経て合意形成を図る」という手順が最も確実と思われます。

以下に、管理組合での推進手順です。
管理組合での提案・推進手順(4ステップ)
Step 1:  理事会への案件上程と「専門検討チーム」の立ち上げいきなり総会決議を目指さず、まずは理事会で検討を始めることです。
議題: 「屋上太陽光発電の導入に関する調査・検討の件」アクション: 管理会社(レーベンコミュニティ等)へ他マンションの事例ヒアリングや初期見積の取り寄せを依頼。必要に応じて理事会内に有志による検討班を設置します。
 
Step 2:  現状調査と概算シミュレーション(業者ヒアリング)複数の施工業者・PPA事業者から「39世帯規模・屋上図面」をもとにシミュレーションを取得します。チェック項目としては、屋上面積と設置可能容量という架台・パネル重量と屋上の耐荷重を検討するのです。さらに直近の防水工事予定や、次回防水時の架台脱着費用、そして自治体東京都や八王子市の補助金適用可否を調べます。

(エコ発より引用)

Step 3:  住民の意向把握するために、全戸アンケートの実施することです。理事会から全区分所有者へ「アンケート」を実施します。その目的は、住民の初期費用の持ち出し、災害対応への関心、防水への懸念などの懸念事項を事前に把握し、提案内容を絞り込むのです。

Step 4:  総会上程(決議または報告)
第1段階(意見集約総会): まずは「検討報告および今後の調査進捗」を通常総会または臨時総会で報告します。
第2段階(本決議): 確定したプラン・収支シミュレーション・管理規約との兼ね合いを整理し、普通過半数の賛成、または共用部の重大変更にあたる場合は4分の3以上の特別決議として上程します。

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太陽光発電の導入モデル

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二つの生成AIは、マンションにおける主な太陽光発電の導入・活用モデルとして次の3つを提案しています。それを紹介します。

  1. 共用部電力削減モデル
     このモデルは、最もシンプルで高実績だといわれています。マンションのエレベーター、共用灯、給水ポンプなどの共用部電力に太陽光発電を充てる方式です。このモデルの仕組みは、屋上に設置したパネルから共用部の分電盤に接続し、日中の共用部電気代を直接削減します。余った電気は売電するか、蓄電池に溜めます。

 このモデルのメリットは、配線工事がシンプルで初期費用・工事費を低く抑えられることです。39世帯規模でも屋上面積に対してエレベーターや給水等の電力需要のバランスが取りやすい。管理組合の電気代削減に直結し、修繕積立金の温存につながる可能性があります。

 デメリットもあります。それは各戸の専有部の電気代削減には直接還元されません。管理費・修繕積立金の改定抑制という形で間接還元されるのです。

  1. PPAモデル(電力販売契約モデル)
     このモデルは事業者が太陽光設備をマンション屋上に無料で設置し、所有してメンテナンスし、管理組合や居住者が発電した電気を買い取る方式です。

 このモデルは、メンテナンス費用はすべてPPA事業者が負担し、10年から15年程度の契約期間中、通常より安い単価で電気を購入し、契約満了後に設備が管理組合へ無償譲渡されるというものです。

 モデルのメリットは、管理組合の初期費用負担が0円であることです。 機器の不具合や修繕リスクを事業者が負うため、維持管理の手間がかかりません。(防災強化)

 デメリットもあります。屋上面積によっては、事業者が「採算が合わない」と判断して参入を見送る場合もありえます。 契約期間中の途中解約や撤去が難しいことです。さらに 発電した電力の基本は自家消費であり、余った電気の売電収入は得られません。

(朝日新聞より引用)
  1. 非常用電源重視モデル
     太陽光パネルに加え、産業用蓄電池(10〜30kWh程度)または自立運転コンセントをセットで導入する方式です。防災強化の一環となります。この仕組みは、普段は共用部の電気代削減に使いつつ、停電時には自動、または手動で非常用電源に切り替えます。

 メリットとしては、災害による停電時でも、給水ポンプやエレベーターの一時駆動、共用部の非常灯・スマホ充電用電源を確保できることです。マンションの防災性能や資産価値向上につながることです。

 デメリットとしては、蓄電池を導入する場合、初期費用が数百万円単位でかかるので、東京都や地方自治体からの補助金の活用が不可欠といわれます。

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太陽光発電計画はどうか

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私どもの住むマンションには、広い屋上があります。この屋上に注ぐ太陽光を利用するというのは、誰しも思いつくことです。今や新たな利点を有するエネルギー源等として近年利用が増加しており、Wikipediaによりますと、2024年時点では世界の新設発電所の9割以上が再生可能エネルギーを利用しているといわれています。

 燃料価格の上昇や再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)の変動により、電力会社から買う電気料金が高止まりしています。これまでは発電した電気を売ることが主流でしたが、現在は「自分で発電して自分で使う」ことで電気代を削減するという自衛策が注目されています。

(ソーラーパートナーズより引用)

 再エネ賦課金とは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを普及させるため、電力の買取りにかかる費用を電気使用量に応じて国民全体で広く負担する仕組みです。

 そこで太陽光発電の選択ですが、小規模世帯のマンションでの太陽光発電設置は、屋根面積や配線コスト、管理組合での合意形成のハードルに対して、「発電した電気をどのように活用し分配するか」のモデル選びが重要だといわれています。

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GDPデフレーターという指標

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前稿では物価上昇が名目GDPの伸びが大きい要因であることを述べました。その現象を具体的な数字で説明します。例えば、 昨年100個の商品を1個100円で生産 → 1万円、今年は生産量は100個のまま、価格だけ110円に上昇 → 1万1,000円なら、名目GDPは10%増えます。しかし、生産した商品の数量は100個→100個なので、実質的な経済活動は増えていません。現在の日本でもこれに近い現象があり、名目GDPの伸び率だけを見ると、日本経済の実態以上に「成長している」ように見える可能性があります。

 ただし、実質GDPも「ゼロ成長」ではありません。ここも重要です。2026年4~6月期は、実質GDPが前期比+0.4%で、プラス成長でした。さらに2025年度全体でも+0.9%です。したがって、現在の日本を非常に単純化すると、「物価が上昇している。その中で実際の生産・需要も少しずつ増えている。そのため名目GDPの伸びが実質GDPの伸びを大きく上回っている」と捉えると分かりやすいでしょう。

 もう一つ重要なのが「GDPデフレーター」という指標です。国内で生産されたすべての財やサービスの価格水準を示す、経済全体の包括的な物価指数です。名目GDPと実質GDPの差を見るうえで、GDPデフレーターが非常に役立ちます。GDP全体について「価格がどれくらい変化したか」を見る指標です。式としては〔名目GDP ÷ 実質GDP = GDPデフレーター〕となります。目安は100基準として、100より上の場合は 基準年と比べて物価が上昇(インフレーション)している状態となります。したがって現在の日本経済を見るときは、名目GDP → 経済を金額で見た規模、実質GDP → 物価を除いた経済活動の変化、GDPデフレーター → GDPに含まれる価格変化という3つをセットで見ると、かなり理解しやすくなります。

(読売新聞より引用)

 特に現在の日本では、「名目GDPが伸びている=国民の生活がそれだけ豊かになっている」とは限らない、という点が重要です。物価も上がっているため、家計の実感を見るには、実質賃金や実質所得、1人当たりGDPなども併せて見る必要があります。次に、「では、なぜ日本では名目GDPが大きく伸びているのに、生活が豊かになった感じがしないのか?」です。それは、現在の日本では、企業や経済全体が生み出す「円ベースの金額」は増えているが、家計が使えるお金の実質的な購買力が、それに追いついていないからです。

 4.3%という名目GDPの伸びのかなりの部分は、物価上昇による金額の膨張です。これは、「日本で作られるモノやサービスの量が4.3%増えた」という意味ではありません。実際の生産活動の増加を物価変動から切り離して見ると、+0.9%程度です。

 一方、家計は「GDP」ではなく「購買力」で生活するのです。例えば給料が、30万円 → 31万円になれば、名目では3.3%増えています。ところが物価が5%上がっていたら、給料は増えたのに、買えるものはむしろ減っているということが起こります。これが「給料は上がったのに生活が楽になった感じがしない」という現象です。そして日本では「実質賃金」が鍵になるということです。生活水準を考えるなら、GDPよりもむしろ、〔実質賃金 ≒ 名目賃金 ÷ 物価〕という式を見ることが重要です。厚生労働省の分析でも、物価上昇の影響を受け、2024年の実質賃金は前年比0.3%減で、3年連続の減少でした。

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名目GDPと実質GDPの違い

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今日、名目GDPと実質GDPという二つの用語がしばしば報道されているのは、GDPという指標が重要であるからです。この二つの違いを知ることは、一国の経済活動の大きさや成長を測ることが理解できることです。

 名目GDPの基本意味ですが、一定期間内に国内で生み出された「儲け」や付加価値の合計です。その計算方法は、生産された数量に、その時の市場価格をかけて足し合わせます。詳しい世界ランキングの推移などは 世界の名目GDP国別ランキング・推移で示されています。

 次に実質GDPとは、物価の変動の影響を取り除き、実際のモノやサービスの生産量の変化だけを示します。実質GDPは「物価変動を取り除いて測った経済活動の規模」です。実質GDPは、基準となる価格を使って計算し、物価変動の影響を除いたもので、実際に生産量がどれだけ増えたかを見るのに適しています。例えば、生産量が同じでも物価が10%上がれば、名目GDPは約10%増えます。一方、実質GDPは基本的に変わりません。

(日経より引用)

 名目GDPは「その年の価格で測った経済規模」、生産されたモノ・サービスの「数量 × その時の価格」の合計となります。この式からわかることは、物価が上がるだけでも名目GDPは増えることです。つまり物価の変動がそのまま反映されます。物価が上がると、実際の経済規模が変わらなくても名目GDPの数値は大きくなります。名目GDPは、物価の変化を含むその時の価格で計算した経済の規模を示します。ここが実質GDPとの違いです。

 この二つのGDPが重視される理由は、GDPが一国の経済活動の大きさや成長を測る代表的な指標だからです。特に実質GDPは「経済が本当に成長しているのか」を判断する際に重要です。両方のGDPの使い分けとは、 経済の実際の状態を見るときは、実質GDPが重視され、名目GDPは実際の市場規模や国際比較などで使われます。ただし、GDPは国民の幸福度や生活の豊かさそのものを測る指標ではありません。

(日経より引用)

 現在の日本については、「名目GDPはかなり伸びている一方、実質GDPの伸びは小さい」というのが大きな特徴です。つまり、「お金で測った経済規模」は大きく増えているのに、「物価上昇を除いた実際の経済活動」の増加はかなり小さい、という状況です。2025年度の前年比名目GDPは+4.3% 実質GDPは+0.9%となっています。

 なぜ名目GDPの伸びが大きいのかです。大きな要因は物価上昇です。〔名目GDPの成長 ≒ 実質的な成長 + 物価上昇の影響〕という関係なので、実質GDP +0.9% + 物価要因 、これによって名目GDPは +4.3%となっているのです。これは、以前の日本で見られた「物価がほとんど上がらないため、名目GDPも伸びにくい」という状況とはかなり違います。では「日本経済が4%成長している」と考えてよいのか?ここが名目GDPと実質GDPを区別する重要なポイントです。

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損害賠償保険

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私たちは、公的保険の他にいくつかの私的な保険に入っています。健康保険、火災保険、自動車任意賠償保険です。昨年、私は心筋梗塞で生まれて初めて入院したとき、もちろん損害保険会社から保険金が支払われました。その額はそれまで支払ってきた保険料を下回っていました。自動車の接触事故を起こし、修理のために自己負担額も払いました。事故によって保険料は一段上がりました。掛け捨てという性質が保険制度ですからこれを受忍しています。

 損害保険会社の資産や保険料収入の規模を調べると、準備金の他に多額の国債などの金融資産を有していることがわかります。ですから個別の巨額支払いがあっても会社全体がすぐに傾くわけではありません。しかし、大規模な支払いの集中は、損害保険会社の財政状況や経営に深刻な影響を及ぼすこともうなずけます。その理由は、次のような損害保険ビジネスの構造とリスク管理の仕組みにあります。

「準備金」は自由に使える資産ではない: 
 保険会社が保有している巨額の資産や準備金は、将来の保険金支払いに備えて積立が法律で義務付けられている「責任準備金」や「支払備金」が大部分を占めます。負債としての準備金は資産(アセット)として運用されていますが、会計上は「将来必ず支払わなければならない負債」です。準備金の取り崩しリスクもあります。想定を超える大規模な事故や災害が発生し、準備金の想定を超えて賠償額が膨らむと、準備金を取り崩すだけでなく、純自己資本である資産を削ることになります。

(千葉県サイトより引用)

「大数の法則」と「大規模災害・集中リスク」: 
 損害保険は「大数の法則」に基づき、多くの契約者から集めた保険料で一部の事故の被害を補償する仕組みです。大数の法則とは、同じ試行や調査をたくさん繰り返すほど、得られた結果の平均値が本来の正しい値(期待値)に限りなく近づいていくという統計学でいう確率の基本法則です。日常の例でいいますと、コインを100回、200回と回数を増やすと、表が出る確率は理論上の値である「50%(2分の1)」に近づきます。日常的な個別の自動車事故や火災であれば、統計的な予測範囲内に収まるため財政に大きな影響はありません。しかし、以下のような事態が起きると収支のバランスが崩壊します。

 自然災害の巨大化・頻発化の懸念です。東日本大震災や近年の巨大台風のように、一度に数千億円〜数兆円規模の支払いが発生する場合が生じます。ソーシャル・インフレと呼ばれる賠償額の社会的な高騰問題です。賠償訴訟の長期化や認容賠償額の巨額化、インフレによる修理費・資材費の高騰により、1件あたりの支払額が事前に想定した予測を大幅に上回る場合があります。毎年の保険料収入は「平時の予想される支払額と経費」に基づいて計算されているため、賠償額全体が構造的に増加すると、本業である保険引き受けの収支が赤字に転落します。

再保険(Reinsurance)によるリスク分散の限界: 
 実際には、1社で全額を負担しきれない巨大リスクに対しては再保険という保険会社のための保険を手配してリスクを世界中に分散させています。しかし、世界的に賠償額が増加したり巨大災害が相次いだりすると、以下の影響が出ます。再保険料の急騰: 再保険会社に払う費用が跳ね上がり、損保会社のコストを圧迫します。リスクが高すぎる分野、例えば特定地域の洪水リスクやサイバーリスクなどは再保険がかからなくなり、自社でリスクを抱え込めなくなります。引き受け拒否が生じるかもしれません。

(日本損害保険協会より引用)

ソルベンシー・マージン比率(solvency margin)(支払余力)への打撃:
 保険会社には、大災害などの予測を超えたリスクに対する支払能力を示す「ソルベンシー・マージン比率」という健全性指標があります。ソルベンシー・マージン比率とは、一言でいうと「大規模な災害や暴落など、予測を超えた大ピンチが起きたときに、保険会社にどれくらい支払いの体力(余裕)があるか」を示す指標です。日常の「支払能力」ではなく、「めったに起きない超ド級の危機に対する安全網」がどれだけしっかりしているかを測るために使われます。賠償額の増加によって純資産が減少したり、リスク量が膨らんだりするとこの比率が低下します。比率が極端に低下すると、金融庁から業務改善命令や業務停止命令などの早期矯正措置が出されるため、財政健全性の維持は至上命令となります。

  実際に起きる経営上の調整に関する事です。賠償額の増加が継続すると、損害保険会社は自らの健全性を保つために次のような対応をとらざるを得なくなります。
・保険料の値上げ:  収支を合わせるため、契約者が払う保険料を引き上げます。近年の火災保険料や自動車保険料の値上げがこれに該当します。
・補償内容の縮小引受制限:  免責金額(自己負担額)の設定、補償上限の引き下げ、あるいはリスクの高い物件や事業の引き受け自体を断るようになります。

 一見すると損害保険会社は巨額の資産があるためビクともしないように見えますが、その資産の多くは将来の支払いのために拘束されている資金です。賠償額の増加は、保険会社の収支構造を直接圧迫し、最終的には「保険料の値上げ」や「補償の制限」という形で社会や利用者に跳ね返ってくることになります。 

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二人の王様のユーモアと風刺のジャブ

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国王即位後、チャール国王の初めてのアメリカ訪問は、多くのアメリカ国民に感銘を与えたようです。上下両院での演説は単なる外交辞令ではなく、今の世界の諸々の課題に共に勇気を持って立ち向かおうとする気概やエスプリが込められていたのです。演説の途中、何度も議員らが敬意や感動、そして称賛の意を表すために立ち上がって拍手を送る姿がありました。

 議員の総立ちにより演説は一時途絶えますが、その間議員らは、今混乱するアメリカの施政について、もう一人のキングに対する疑惑や反感を考えたに違いありません。このキングは、議会における演説では決して民主党議員から総立ちの賞賛を受けたことがなかったのです。共和党議員ですら総立ちになって拍手するのですから、キングは歯ぎしりをしたはずです。

Charles III

 演説中、チャール国王はこのもう一人のキングの名前は出しませんでした。それが相手に対する国王としての矜持と礼儀だったからです。外交では批判する相手を名指しすることはありません。しかし、議員達は、チャール国王の演説の文脈に、数々の荒々しい発言を繰り返すもう一人のキング、ドナルド・トランプ大統領を容易に想像できたのです。

 チャール国王の演説草稿は、もとはといえば歴史学者ともいえそうなスピーチライターが国王と相談して起草したものと思われます。聴衆の心に響くストーリーを構成し演出するため、過去のイギリスとアメリカの関係について考証し、事実に基づいて起草したことが伺えます。

 歴史上、イギリスと植民地であったアメリカはいわば兄弟のような関係がありました。1760年代のイギリスはジョージ3世の施政下にありました。彼は絶対的な主権を維持し、植民地に対して一貫して強硬な為政をしいていきます。彼は、「植民地は本国に従属すべきもの」という信念を持っていました。植民地への「重商主義政策」と、それに伴う「課税強化」です。それに対して植民地側は和解の嘆願をを送ります。ジョージ3世はそれを拒絶し、彼らを「反逆者」と断定するのです。

 1700年代のアメリカ大陸におけるイギリスとフランスの覇権争いは、「北米植民地戦争」と呼ばれます。ヨーロッパ本国での戦争と連動して何度も衝突を繰り返しましたが、最終的にはイギリスの圧倒的な勝利で幕を閉じました。ジョージ3世は対話よりも軍事力を優先し、ドイツから傭兵を雇い入れてまで植民地の施政に介入します。この強硬姿勢が、それまで国王個人を敬愛していた植民地の人々に「国王は暴君である」と認識させ、独立宣言へと突き動かす一因となっていきます。

 ホワイトハウスでの晩餐会で、二人のキングが交わしたウイットに富むジョークも話題となっています。それは、ダボス国際会議でトランプ大統領が、「第二次大戦で、アメリカがなかったならば、欧州諸国はドイツ語を使っていただろう」という演説に対するものでした。チャール国王はそれに言及して「あえて申し上げれば、イギリスがなかったならば、皆さんはフランス語を話していただろう」と植民地戦争で、フランスの影響力を払拭させたのを遠回しに言ったユーモアだったのです。

 今回のチャールズ国王の訪米は、相手への節度ある賞賛を交えながら、イギリスの立場をしなやかに示した機会となったようです。それが議会での演説であり、晩餐会での答礼スピーチに示されています。

Two kings exchange jab of humor and satire.

King Charles’ first visit to the United States since his accession to the throne seems to have impressed many Americans. His speeches to both houses of Congress were not merely diplomatic formalities, but imbued with a spirit and determination to bravely confront the various challenges facing the world today. Throughout his speeches, members of Congress repeatedly rose to their feet and applauded, expressing their respect, admiration, and praise.

The speeches were temporarily interrupted by the standing ovations, during which the members of Congress must have been contemplating the current turmoil in American governance and their suspicions and resentment towards another king. This king had never received such a standing ovation from Democratic members of Congress during his speeches.Even Republican lawmakers rose to their feet and applauded, so he must have been gnashing his teeth.

During his speeches, King Charles did not mention the name of this other king. This was a matter of royal pride and courtesy. In diplomacy, one does not name the target of criticism. However, in the context of King Charles’ speeches, the members of Congress could easily imagine the other king, President Trump, who has made numerous harsh remarks.

King Charles’ speech draft was originally written in consultation with the king by a speechwriter who could be described as a historian. It appears that the speech was based on a thorough examination of past British-American relations, in order to construct and present a story that would resonate with the audience.

Historically, Britain and its colonies, America, had a relationship akin to brotherhood. In the 1760s, Britain was under the rule of George III. He maintained absolute sovereignty and consistently imposed a hardline policy on the colonies. He held the belief that “colonies should be subordinate to the mother country.” This manifested as “mercantilism” and the accompanying “increased taxation” of the colonies. The colonies sent petitions for reconciliation, but George III rejected them, declaring them “rebels.”

The struggle for hegemony between Britain and France in the Americas in the 1700s is known as the “North American Colonial Wars.” These conflicts, linked to wars in Europe, involved repeated clashes but ultimately ended in an overwhelming British victory. King George III prioritized military force over dialogue, even hiring mercenaries from Germany to intervene in colonial administration. This hardline stance led the colonists, who had previously revered the king personally, to perceive him as a tyrant, contributing to the Declaration of Independence.

A witty joke exchanged between the two kings at a White House dinner has become a topic of discussion. It was in response to President Trump’s speech at the Davos conference, where he stated that “if America hadn’t existed in World War II, European countries would have spoken German.” King Charles responded by saying, “If I may say so, if Britain hadn’t existed, you would all have spoken French,” a humorous indirect reference to Britain’s role in eliminating French influence during the colonial wars.

King Charles’s recent visit to the United States appears to have been an opportunity to subtly demonstrate Britain’s position while offering respectful praise to the other side. This is evident in his speeches to Parliament and his reciprocal speech at the dinner in the White House.

福沢諭吉の西郷隆盛観

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西郷隆盛は、幕末から明治維新にかけての日本史において、最もカリスマ的であり、かつ評価が分かれる人物の一人といわれます。彼に対する評価は多面的で、時代や立場によって大きく異なるようです。近代日本を築いた立役者として、維新の英雄として高く評価されています。軍事面での功績: 薩長同盟の締結、王政復古の大号令、そして江戸城無血開城など、決定的な場面で歴史に立ち会っています。

 江戸城無血開城は、後に明治新政府軍となる東征軍と旧幕府との間で行われた一連の交渉過程と江戸城の新政府への引き渡しのことです。徳川宗家の本拠であった江戸城が、同家の抵抗なく無血裏に明け渡されたことから明治新政府軍の勢力が一層増すのです。戊辰戦争が新政府側に一気に優勢となる転機となった出来事です。幕府の使者山岡鉄舟の要請に応じた大総督府下参謀の西郷は彼との交渉に応じます。ここで初めて、東征軍から徳川家へ開戦回避に向けた条件提示がなされます。山岡の下交渉を受けて、陸軍総裁であった勝海舟と西郷との江戸開城交渉は、田町にあった薩摩藩江戸藩邸にて行われました。徳川慶喜は江戸城を退出して上野寛永寺で謹慎します。1868年4月、江戸城が東征軍に明け渡され 5月に慶喜は寛永寺から水戸へ隠遁するのです。

西郷隆盛と勝海舟

 特に江戸城無血開城は、戦火による無益な殺生を避けた慈悲深い決断として、今なお高く評価されています。「敬天愛人(天を敬い、人を愛する)」の精神を掲げ、地位や名誉に執着しない姿勢は、多くの人々に尊敬の念を抱かせています。明治政府において廃藩置県をはじめとする重要な改革を主導し、近代国家の基礎作りに貢献しました。

 しかし、明治政府から離脱し、西南戦争の指導者となったことで、別の側面からも評価されています。明治政府の急速な近代化や士族の困窮に対して、政府を去った後の彼は、いわば「時代の抵抗者」としての性格を強めました。西南戦争で敗死したことで、権力から脱落した悲劇の英雄というイメージが定着しました。にもかかわらず敵対した勝海舟でさえ「怖い」と評したほどの圧倒的な存在感や人間的魅力は、多くの弟子や従者を引きつけました。彼が故郷の鹿児島に開いた「私学校」は、彼を慕う多くの若者たちの拠点となりました。

 福澤諭吉の西郷観は興味あります。彼の著書の一つに「丁丑公論(ていちゅうこうろん)」があります。この本は西南戦争で明治新政府に反抗した西郷隆盛を弁護する内容となっています。序論において、福澤は政府が専制になるのは当然の事とし、これに「抵抗する精神」の重要性を説くのです。さらに、「今、西郷氏は政府に抗するに武力を用いたる者にて、余輩の考とは少しく趣を殊にするところあれども、結局その精神に至ては間然すべきものなし」、つまり西郷隆盛は武力で政府に抵抗した点で、自分とは考えが異なるが、その抵抗の精神においては非難すべきものはないと述べて、武力で政府に反抗した点は評価しないにしても、西郷隆盛の「抵抗の精神」を賞賛するのです。

 また、政府が西郷の官位を剥奪した途端に、新聞が一斉に非難を始めたことに対して、「新聞記者は政府の飼犬に似たり」と述べて、新聞の論調が誹謗中傷の一色になったことと、それに迎合する世論に対して反論していくのです。さらに、「そもそも西郷は生涯に政府の顛覆を企てたること二度にして、初には成りて後には敗したる者なり」、すなわち「西郷は生涯に政府の転覆を2度企てて、最初の明治維新は成功し、2度目の西南戦争では失敗した者である」として、西郷を明治維新の功労者であり忠臣として賞賛します。同時に西南戦争の首謀者であって逆賊として非難することは、ダブルスタンダードであると非難するのです。彼の死後、明治政府は彼を逆賊から「正三位」という高位へと名誉回復せざるを得ませんでした。

 最期に、「西郷は天下の人物なり。日本狭しといえども、国法厳なりといえども、豈(あに)一人を容るるに余地なからんや」、すなわち「西郷は偉大な人物である。国の法がいかに激しいものであっても一人の人物を受け入れる余地はなかったのか」と述べて、西郷の人物を惜しみます。いつかこの人物を明治政府の要人として起用する時もあったはずであると結んでいます

参考文献
 ・丁丑公論 福沢諭吉 時事新報社 1901年

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勝海舟と国民国家思想

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勝海舟のことです。幕府は洋式海軍をおこすべく正式にオランダに海軍教師団の派遣を要請します。やがて1857年に教師団がやってきます。その団長がウイレム・ホイセン・カッテンディーケ(Willem Huijssen van Kattendijke)と言う中佐でした。カッテンディーケは、徳川幕府が発注した軍艦ヤーパン号、後の咸臨丸を長崎に回航した武官です。幕府が開いた長崎海軍伝習所の第2次教官となります。彼の貢献は、勝海舟、榎本武揚などの幕臣に、航海術・砲術・測量術など近代海軍教育を精力的に行ったことです。

ウイレム・ホイセン・カッテンディーケ

 勝は既に江戸でオランダ語を学んでいました。幕臣とともに、カッテンディーケの生徒として勝も選ばれるのです。若い海軍士官のカッテンディーケの回想路によれば、勝はオランダ語を非常によく理解し、そして聡明な人間であり、さらには真の革新派の闘士というように非常に強い言葉でほめています。勝は、オランダの憲法を学ぶ機会に浴し、オランダの市民国家思想を学んでいきます。

 日米修好通商条約批准のため、1860年に幕府から遣米使節団がおくられることになります。使節団は米国海軍フリゲート艦のポーハタン号(Pawhatan)に搭乗して太平洋を横断することなります。勝はこれとは別に、日本の国威のために、日本人の操船による随行艦を派遣すべきだと運動し、長崎時代の練習船咸臨丸の艦長として勝は太平洋を横断することになります。

彼がアメリカで最も衝撃を受け、深く学んだのは技術的なことよりも、むしろ「社会の仕組み」や「民主主義」のあり方でした。彼はアメリカから戻り、老中に呼ばれます。そして「アメリカと日本はどういうところが違うのか」と問われます。勝は「アメリカは日本と違って偉い人が上にいます」と答えるのです。老中らの苦虫を噛む姿が浮かびます。日本では徳川将軍家のような家柄が絶対視される時代でした。ジョージ・ワシントンの子孫のことを聞くと、アメリカでは初代大統領の子孫であっても特別扱いはされず、一市民として生活していることを知るのです。この事実に勝は「身分よりも実力や個人の自立が優先される社会」の有りようを強く意識したようです。「徳川家という私的な組織」が日本を支配している状態から勝はアメリカを視察して、政治は「日本全体」、「公」のためにあるべきと考えていくのです。

戊辰戦争での薩摩軍兵士

 勝は幕府の家臣でありながら、「幕府を守る」ことよりも「日本という国を守る」ことを優先しました。彼の最大の功績は、1868年の戊辰戦争において、官軍の西郷隆盛と会談し、江戸無血開城を実現させたことです。戊辰戦争とは慶応4年1868年から1869年にかけて、王政復古を経て新政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩等を中核とする新政府軍と、旧幕府陸軍・幕府海軍が戦った日本近代史上最大の内戦と呼ばれます。新政府軍が勝利し、国内に他の交戦団体が消滅していきます。この内戦において、欧米などの諸外国は局外中立の立場であったが、フランスのレオン・ロッシュ公使(Léon Roches)などが個人的に旧幕府側を支援していました。

 勝は諸藩が対立する中で、幕府・朝廷・諸藩が統一して欧米列強に対抗すべきであるという「公議政体論」に近い考えを持っていたといわれます。彼のこの広い視野に、敵対していた坂本龍馬や西郷隆盛らが勝に心酔したのは、敵味方の垣根を超えた「橋渡し役」として役割を果たしたからでしょう。勝は維新後も参議、海軍卿として、後の海軍大臣などを歴任しました。

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