辻邦生はどのような文学者か

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日本近代文学の中でも独特の位置を占める文学者で思想家の一人が辻邦生(1925–1999)です。歴史小説や芸術小説、思想小説を著し、深い哲学的思索を物語に展開することで知られています。私も「背教者ユリアノス」という歴史小説などを読んで辻文学の一端を知ることができました。この作品は「存在の輝き」とか「時への意識」、「人間の理性や精神の関係」といったテーマで貫かれています。

山梨県立美術館のポスターから

 本稿では、彼がどのような文学者で哲学者であったかについて、その創作や思想の原点を探ってみることにします。第一の特徴として、辻は「存在の輝き」を描く作家であったということです。その文学の核心には、世界に触れたときに立ち上がる「顕現」(epiphany)への鋭い感受性だったといわれます。顕現とはもともと、1月2日から8日の間の日曜日である主日に、すべてのキリスト教会で行われる祝祭のことで、「突然のひらめきや悟り」を意味します。物語の中では人物が風景や芸術作品に対して深い 「覚醒」 を経験する場面が多く、そこに読者を投入させてくれます。

 第二は、辻は歴史と精神を重ねる「精神史小説」の書き手であったことです。例えば「安土往還記」「西行花伝」「春の戴冠」などでは、歴史的人物の精神の高揚とか、その背後にある時代の意識や芸術創造の苦悩を重厚な修辞で描き、歴史小説という枠を超えた精神史的文学を創造したと評価されています。

 第三に、辻はフランス思想・現象学の祖ともいわれるメルロ・ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)などの影響を受け、身体性とか知覚の哲学に心酔したようです。それは、東京大学でフランス文学を専攻し、のちにソルボンヌ大学(Sorbonne University)で学んだことも実存主義思想の形成にあったといわれます。中世やルネサンス文化論らによって、彼の作品には「見ること」、「世界と身体の関係」、「芸術的創造の根源」といったテーマが一貫して流れています。

Arthur Rimbaud

 第四に、辻は後に言葉の力を信じた「言語の芸術家」とも評され、「言葉は世界の形を与える力である」と考え、極めて緻密で音楽的な文体を追求した作品を残しています。ポール・ヴァレリー(Paul Valery)とかアルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)の既存の文学を鋭く批判する詩からも影響を受けています。ランボーは伝統的な秩序を捨て、精神・道徳、身体の限界を超え、未知を体系的に探求しようとした反逆や革命の詩人といわれています。

 最後に、辻の哲学や創作の原点はいくつかの核心的経験があることを追加しておきます。それは、画家や音楽家といった芸術家を理解し、彼らに深い共感を抱いていたことです。芸術創造の瞬間に垣間見える精神の高揚を感じとり、「存在の輝き」を最も経験するのです。時間意識を文学の主題としました。流れる時間の中で人がどう意味をつかむのかを示唆し、その考察が多くの長編小説の軸になっています。

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高市内閣の人事と特徴

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高市早苗内閣の人事が波紋を呼んでいます。この話題を取り上げます。積極財政派といわれる政治家の片山さつきや城内実が経済や財政面での閣僚に任命されました。人事、特に 片山財務相+城内経済財政相ライン の登用が「財務官僚を震え上がらせた」と言われています。これは単なる人事の話ではなく、日本の財政運営の主導権争いという構造的な問題に絡んでいます。

 財務官僚が最も恐れるのは「政治主導による財政拡張」です。財務省は、戦後一貫して 財政規律=プライマリーバランス(PB) 黒字化路線を日本の国是のように守ってきました。それは一種の官僚的な信念であり、同時に権力の源泉でもあります。

高市早苗内閣の閣僚

 官僚は絶えず「財政規律を守らなければ国は破綻する」と言って、各省庁や政治家の“バラマキ要求”を抑えるのが自分たちの使命だと信奉してきました。つまり、財務官僚にとって“緊縮財政”はイデオロギーであり、支配の道具でもあったのです。ところが、今回登用された片山や城内はともに明確に 「積極財政」、「脱・PB黒字主義」 を掲げてきたのです。このラインが財務省の上に立つということは、「財務官僚が握っていた国家財政のアクセルとブレーキを政治側が奪う」という構図になるのです。これが、財務官僚にとって最大の“恐怖”です。

これまで、財務省は税収の弾性値を使って税収入をあらかじめ予測してきました。弾性値とは名目GDPまたは所得・消費などの課税ベーが1%変化したとき、税収が何%変化するかを表す指標のことです。2010年代の弾性値は、約1.1 前後、コロナ後回復期は法人税が急増し一時的に 1.3〜1.5程度、そして2023〜2024年度は景気鈍化という局面で 1前後に戻っています。

「積極財政」は官僚制の財政規律という論理をひっくり返すことにもつながります。これまでの財務省ロジックつまり、低い弾性値を使い、税収を慎重に見積もる、歳出要求は抑える、国債発行は最後の手段とする、そしてPB黒字化を最優先するという論理です。積極財政という仕組みは、官僚にとって極めて都合が良い方針なのです。なぜなら「財源がない」を理由に、すべての各省からの政策提案を査定し、場合によっては差し戻してきたのです。

¸ 加えて積極財政派の論理というのは、経済を成長させれば税収は増える、政府支出は経済政策の一部であり、国債発行も経済成長のためのツールであるという考え方です。つまりPB黒字化よりも国民生活と成長を優先するという政策なのです。このように積極財政とは、財務省の予算査定権限を弱めるという、これまでの財務省自体の正統性を揺るがす思想でもあるのです。これを大臣というトップが主導すれば、省内の力学が崩れるために「官僚は震える」という表現が使われるのです。

 繰り返しますが、具体的に財務省が震えるのは次のことだろうと考えられます。つまり、PB目標の廃止・棚上げです。 財務省が掲げてきた「財政再建の旗」が降ろされるのです。さらに政策判断の正統性が失われ、内部の理論体系が崩れることです。高市首相の人事は「財務省支配からの独立宣言」ともいえそうなパラダイムシフトです。この2人が財政と経済の要職を握ると、官僚たちは「もう、予算の主導権を握れない」と感じるかもしれません。「財務省が支配してきた戦後の官僚国家モデルの終焉」 という構造変化です。

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アメリカの大学スポーツは一大興業

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大学スポーツは今や最高潮です。その活動は、全米大学体育協会( National Collegiate Athletic Association-NCAA)という巨大な組織によって統括されており、プロリーグに匹敵するほどの人気と注目度を誇ります。特にアメリカンフットボールとバスケットボールは絶大な人気があり、全国中継される試合には5万人規模の観客が集まります。大きな大学はフットボール用の巨大なスタジアムを擁し、室内スタジアも1万人を収容します。 今はアイスホッケーの他に、バレーボールが多くの観客を集めています。

 NCAAは、約1,100校以上の加盟校と50万人以上の学生アスリートを擁する巨大な統括団体です。人気のスポーツといえば、男子ではアメリカンフットボールが圧倒的で、次いでバスケットボール、アイスホッケーなどと続きます。これらの人気スポーツのテレビ中継は非常に頻繁に行われます。

 優秀なアスリートを集めるために、各大学はスカウト職員を揃え、各州にある大学同窓会などのネットワークも利用し、ここぞと思われる高校生に注目して大学への勧誘をします。時に、交通費や謝礼を渡すなどの違反行為が報道されています。大学に入学すると、学費や生活費をカバーするスポーツ奨学金(athletic scholarship)が提供されます。これは、スポーツと学業の両立を目指す学生にとって重要な支援となります。

ウィスコンシン大学のキャンプランダール・スタジアム

 大学スポーツは競技力の向上だけでなく、将来のキャリア形成にも大きな影響を与えます。アスリートは、最高レベルの競技環境の中で大学での専門的な学びを両立させることが求められます。NCAAの規則では、アスリートの学業成績が悪いと退学させることを義務づけています。ですから学業不振なアスリートには支えるチューターがいます。大学スポーツは、プロへの登竜門となっています。多くのプロアスリートは、NCAAでキャリアをスタートさせています。大学スポーツはプロリーグへの重要なパイプ役となっているのです。

 アメリカの大学スポーツは、教育システムの一部でありながら、興行としても非常に大規模に運営されているのが特徴です。 大学スポーツは、各大学にとって巨大な収入源となっています。毎年数千億円が動きます。試合が全国中継となると、放映権料などにより大学は多いに潤い、収入のないスポーツ活動、たとえば陸上競技やサッカー、レスリング、テニスなどの運営を支えるのです。

 アメリカの大学スポーツにには、「ポータル(転校)制度があります。この仕組みは、「トランスファーポータル」と呼ばれ、学生アスリートが所属チームを転校する際に、自分から他大学のコーチにアピールするために、NCAA加盟校関係者のみがアクセスできるシステムのことです。

 優秀なアスリートの中には、もっと強い大学のチームに転校したいという希望を持つものがいます。また、あまりアスリートとしての活動の機会が少ないとか、コーチや他の同僚と関係に不満などがあるアスリートは、このシステムに登録し、自分を評価してくれる大学を探すのです。シーズン中、アスリート起用に不満があり、所属の大学チームではなく他のチームに行って出場時間が欲しいなど、求めるものを追求していく精神がアスリートに強いのです。

 これまでは、大学の監督は高校から才能あるアスリートをスカウトすることだけに集中していれば良かったのですが、時代は完全に変わりました。大学アスリートは収入を求めて、自分が活躍できそうな他の大学へ転校していくのです。こうしてみますと、「トランスファーポータル」によって大学もまたフリーエージェント制度でチームを移籍していくプロと変わらなくなりました。とまれ、プロと大差ないのがアメリカの大学スポーツなのです。

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