ユダヤ人と私 その3 唯一の神、ヤハウェと十戒

Jacobs氏一家は敬虔なユダヤ教徒です。ユダヤ教(Judaism)がキリスト教と一線を画する点は、新約聖書(New Testament)イエス・キリスト(Jesus Christ)の誕生には言及しないことです。ユダヤ教は旧約聖書(Old Testament)における唯一の神、ヤハウェ(Yahwe)を拠りところとします。ヤハウェは全世界の創造神とされています。

新約聖書では、ヤハウェはジェホバ(Jehovah)というように使われています。「Jehovah」の語源は、ヘブル語の「havah」(to be, being )、つまり、存在するという意味です。出エジプト記の3章14節には、「神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」God said to Moses, “I am who I am.”  アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神がジェホバということです。

モーゼ(Moses)が記したといわれる旧約聖書の最初の5つの書のことをトーラ(Tolah)と呼びます。トーラは教えとか律法という意味です。ユダヤ人は、モーゼがエジプトでの奴隷状態から脱出して、シナイ山(Mt. Sinai)にて50日間修行しているとき与えられた教えと信じています。その教えの中心が十戒(Ten Commandments)です。

さて、礼拝所シナゴーグには十字架ではなくユダヤ教あるいはユダヤ民族を象徴するダビデの星(Star of David)が飾られています。二つの正三角形を逆に重ねた六角星、ヘキサグラム(hexagram)といわれる形をしています。イスラエルの国旗にも描かれているエンブレムです。ダビデの星がシンボルとして使われたのは比較的歴史が浅く17世紀のヨーロッパで広がっていきます。礼拝所で目だつものに七本のロウソク立てー燭台(candelabrum)があります。これはメノーラ(Menorah)と呼ばれて西暦70年頃から使われていたという記録があります。メノーラもまたユダヤ教の象徴的存在です。

ユダヤ人と私 その2 シナゴーグとタルムード

大分話は遡ります。1977年にウィスコンシン大学に入って早々、Jacobs氏はマディソン(Madison)までワゴン車で留学生を迎えにきてくれました。所属されていた地元のロータリクラブが我々をもてなす活動を主催したのです。私はJacobs氏宅で生まれて初めてのホームスティを楽しむことになりました。

その時、ご自身が長老をされているユダヤ教の礼拝所、シナゴーグ(Synagogue)に連れて行ってくれました。礼拝所に入る前にヤマカ(yamaka)という皿に似た帽子をかぶります。シナゴーグは、礼拝や結婚、教育、文化行事などを行うコミュニティーの中心的場所です。丁度、ユダヤ教典であるタルムード(Talmud)の学習会がひらかれ、信徒の人々がラバイ(rabbi)と呼ばれる教師を中心に学んでいました。タルムードはユダヤ教徒の生活や信仰の基となっている教典です。

「Jacobs」という名前はヘブライ語起源の人名です。旧約聖書の創世記(Book of Genesis)12章以下に記されています。ユダヤ教の始祖といわれるアブラハム(Abraham)と妻サラ(Sarah)から生まれたイサク(Isaac)の息子がJacobです。ユダヤ人の祖とも称されています。Jacobはヤコブという慣用表記で使われています。創世記には、大洪水(great flood)やノアの箱舟(Noah’s Ark)の物語、バベルの塔(Tower of Babel)の話が登場します。

ユダヤ人と私 その1 Dr. Robert Jacobs

なぜか、私はユダヤ人の方々やユダヤ教(Judaism)から薫陶を受けてきました。その体験を記すのがこのシリーズです。だた人種や宗教は微妙な話題でもあります。複雑な歴史的背景と人々の異なる信条や思想も織りなっているので細心の注意を払っていくつもりです。

私のかけがえのない恩師、先輩、友人にアメリカ人外科医師がいます。専門は足や足首の診断と治療である足病治療(podiatry)です。足の外科学というのでしょうか。「ミルウォーキー(Milwaukee)の近くでクリニックをひらいています。この方の名前はDr. Robert Jacobs。敬虔なユダヤ教の信徒です。医者としての仕事はもちろん、地域や国際的な医療奉仕活動にもつとに熱心な方です。

国際ロータリインターナショナル(Rotarty International)から奨学資金をいただき、ウィスコンシン大学(University of Wisconsin-Madison) に留学したとき、ロータリが推薦するスポンサーとなってくれたのがJacobs氏です。国際ロータリは、世界各地のロータリクラブを会員とする連合組織です。201カ国と地域に34,558のクラブがあり、会員総数は1,220,000人といわれます。日本国内のロータリクラブ数は2,287、会員数は88,300人とあります。私は那覇で幼児教育に携わっていたとき、那覇東ロータリクラブの推薦を受けてロータリインターナショナルから奨学資金を受けることができました。1977年のことです。

心理学のややこしさ その三十三 道徳性の発達とローレンス・コールバーグ

道徳性の発達を研究したローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlberg) は、ニューヨークでユダヤ系ドイツ人の商家に生まれます。高校を卒業後、パレスチナ (Palestine)でハガナ(Haganah)という軍事予備組織の密輸船に乗り込み、イギリスの封鎖を破りパレスチナに移住しようとするジプシー系(Romani)ユダヤ人のために働きます。イギリス軍に捉えられキプロス島(Cyprus)の収容に入れられるのですが、囚人仲間と脱走しイスラエルの独立運動に参加します。1948年のイスラエル独立後は、非暴力的な活動に参加しキブツ (kibbutz) で生活します。そしてアメリカに移住します。

シカゴ大学 (University of Chicago) で学びたった一年で卒業します。コールバーグは博士論文の中で、「道徳性の発達と段階 (Kohlberg’s stages of moral development)」を提起します。博士号を取得後はエール大学 (Yale University) やハーヴァード大学(Harvard University) で教えます。

道徳性の発達研究では10歳から16歳までの72人の少年を対象に実験します。実験では二つのジレンマを被験者に提示します。二つの選択肢のうちいずれかを選ぶ事を求める課題です。どちらを選んでも完全な満足を得られない子供の反応を記録するのです。例えば、病気の母に薬が必要なので金を盗んで薬を買うことは許されるか許されないか、という問いです。

少年の中から58人を継続的に調査し、3年ごとに20年間にわたりテストをおこない年齢とともに彼らの道徳的傾向がどう変わるかを観察します。彼らの答えをもとに道徳性発達を前因習的(preconventional)、因習的(conventional)、脱因習的(postconventional)という道徳的推論の三つのレベルに分類し、それを六段階に分けます。

第一の道徳的推論の前因習的レベルとは、人生の最初の9年間を通じて発展します。規則を固定的で絶対と見なすレベルです。このレベルは次の二つです。
1 服従と懲罰の段階
2 どんな報酬がもたらされるかという手段的相対主義への志向

第二の道徳的推論の因習的レベルは思春期の特徴にあるとします。行動の帰結以上に行動の背後にある意図を考慮するレベルです。
3 人間関係のおける協調的志向
4 法と秩序の段階
「よいこと」を権威の尊重や法への服従と同一視し、これによって社会は維持されると考えます。

第三の道徳的推論の脱因習的レベルでは、権威を尊重するか否定するか、個人の権利こそが法であるという認識することです。
5 社会的契約と個人の権利
さらに規則に従うことよりも人間の命は遙かに尊いものであることに気づく段階です。
6 普遍的倫理原理の段階
私たち自身の良心が最終的な判断となる段階で私たち自身が等しい権利を確約し、万人を尊重することとされます。そして普遍的原理の名のもとに市民的不服従の大切さを理解する段階です。

「心理学のややこしさ」のシリーズは今回で一応終わりとします。

心理学のややこしさ その三十二 「短期心理療法」

オーストリア(Austria) 生まれでアメリカで活躍した心理学者にポール・ワルツウィック(Paul Watzlawick)がいます。 この学者の心理療法についての考え方はユニークなので本欄で取り上げてみます。

通常、心理療法を稼業とする人々はクライアントが自分とそれまでの経歴や行動についての自己理解へと導くことを非常に重要視します。感情的な苦しみと向き合い、行動を変えるには自分の感情の揺れがどこにあるかを理解する必要があると考えるからです。こうした過程は通常「洞察」と呼ばれます。クライアント中心の徹底的な傾聴に終始し、あくまで非指示的受動的な姿勢を療法家は保ちます。

solution or problem concept with roadsign isolated on white background

‘The pain in my head always seems to subside when I flush your bills down the toilet!’

この「洞察」を深めるには時間がかかります。心理療法者は根気強くクライアントが感情を表現するのを待ち、ときにその言葉に同意したり共感していきます。ところがワルツウィックは、こうしたクライアントが過去の出来事を理解し、自分を掘り下げていくような深い理解の結果、当人が変化する事例などはないと言い切るのです。過去の出来事の理解が現在の問題に光を投じる助けとなるという信念は、因果関係を短絡的にとらえる考え方に影響されているともいうのです。きわめて斬新的な発想です。

ワルツウィックは、人は繰り返し同じような行動に立ち戻る傾向があるのであるために、ときに「洞察」は現実の問題ならびに、潜在的な解決の双方について目眩ましとなるとも主張します。クライアントの症状を和らげ解決するには、現在の悩みと生活状況を中心にして話し合いがなされるべきだというのです。

「短期心理療法(Brief Therapy)」とか「時間制限心理療法」は、具体的な問題や症状を出来るだけ早く改善するために、積極的に助言したり介入していく方法のことです。治療目標を定め、悩みの焦点化を積極的に促進していきます。ワルツウィックはこうした短期療法のアプローチに同意しています。

心理学のややこしさ その三十一 情動と感情とニコ・フリーダ

「情動とは本質的に無意識過程である」と主張したのはオランダ(Netherland)の心理学者ニコ・フリーダ(Nico Frijda)です。一体どのような意味でしょうか。

フリーダはアムステルダム(Amsterdam)生まれで敬虔なユダヤ教徒の家で育ちます。第二次大戦中は、ナチスの迫害を恐れ市内で逼塞した生活をおくります。アンネ・フランク(Anne Frank)と同じような境遇だったようです。

戦後は大学で心理学を学び、やがて「情動の目的はなにか」、「情動は私たちが成長していく上でどんな助けとなるか」といったことを研究テーマとします。1986年に「情動とは」(The Emotions)という著作を発表します。さらに「情動の法則」(The Laws of Emotions)という本で情動の実質と役割を論じ、情動 (emotion)や感情(feeling) は人によって異なる純粋に主観的なものであると考えます。

フリーダは、情動とは生物学的過程と認知的過程の交点に位置し、怖れのような情動は生物学的に内在的なもので、生得的なものと規定します。こうした情動は他の動物とも共有しています。特に顔の表情の研究からこうした知見を得ます。顔の表情というのは行動に「付帯する現象(Epiphenomena)」でしかないというのです。怖れや驚き以外の情動、例えば共感とか憐れみとかは人間の中で認知や思考といった反応であると考えます。

他の学者、例えばアントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio)らの神経生理学者は、「情動と定義が似ている感情は、高次の機能である」といった異なる見解を主張しています。「感情は生理要素の認知からくる」と主張する学者もいます。「人は周囲の環境によっては自分の感情ですら勘違いしてしまう」という説もあるように、現在でも科学では明確な答えが出ていないのが情動とか感情です。

心理学のややこしさ その三十 自閉症とサイモン・コーエン

サイモン・コーエン(Simon Cohen)はロンドン生まれでロンドン大学精神医学研究所 (Institute of Psychiatry, Kings College)で臨床心理学者の資格を取得し、その後学位を取得します。ケンブリッジ(Cambridge)にある自閉症研究センター(Autism Research Centre:ARC) の所長をしています。

さて自閉症を簡単におさらいします。自閉症は脳の機能障害で、コミュニケーションや社会的技能の正常な発達に影響します。しばしば周囲の世界に対して他人には理解が困難な仕方で反応することもあります。他人に関心を示さないことにあります。

自閉症の大半は男性です。自閉症にはさまざまな研究で説明されてきました。その中でコーエンの「心の理論(Theory of Mind」という仮説があります。これは脳内での性差についての自身の観察をもとに「自閉症は男性脳の極端な形式」であると示唆しています。

2003年にコーエンは「女性脳」と「男性脳」の共感ーシステム理論を展開します。これは性差にかかわりなく、すべての人に特定の「脳のタイプ」を割り当てるもので、その基準は共感能力かシステム化能力かという点に求めるのです。

概して女性脳には共感能力が備わり、女性は他者に対してはいっそうの共感を示し、顔の表情や非言語的コミュニケーションにおいてより大きな感受性を発揮するといわれます。他方、男性脳はシステムの理解と構築に適していて、ものごとがどう機能するのか、その構造や組織はどうなっているのかに強い関心を示します。多くの場合、地図の読解といった解読技能を要する課題に強いことがいえます。

コーエンの実験では男女に歴然とした差があるというわけではなく、大半の人が両方の能力のバランスのとれた脳も持つといます。ただ、男性の約17%だけが共感的脳を持ち、女性の約17%だけがシステム的能力を持つというのです。

心理学のややこしさ その二十九 「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」

1908年に二人のアメリカ人心理学者、ヤーキーズ(Robert Yerkes)とドッドソン(John Dodson)が学習課題の困難さと動機づけレベルに関する「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」を提唱し注目されます。

ヤーキーズは霊長類 (primates) の行動研究に従事し、人の知能、学習、知覚など幅広い分野の研究を行なって比較心理学の基礎を築いたことです。例えば学習の成果は、生理学的、精神的な覚醒レベルといういわば集中力がある地点に達するまで高まるという仮説です。覚醒が高くなりすぎると成果は下降するのです。この現象は釣り鐘状のような形となります。最適な覚醒レベルは、課題の難易度や与えられる作業の段階によって変化します。また、困難で知的な作業を要求される課題では低い覚醒レベルとなり、単純な習慣的な作業では高いレベルの覚醒が要求されると結論づけます。緊張と集中力と成果の関係が、「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」ということになります。

その他、「陸軍アルファ/ベータ(Army Alpha/Beta)」の名で知られる新兵向けの集団式知能検査を開発し実施したことです。兵士の能力に問題があるという指摘からでした。南ヨーロッパからの移民の新兵は北ヨーロッパからの新兵にくらべて知的な能力が低い、といったことも主張します。さらに1910年代になると優生学(Eugenics)を信奉するようになり人類学者などからの批判に晒されていきます。外国人恐怖症(xenophobia)や移民排斥主義(anti-immigrant sentiment)にも共鳴し物議をかもします。

ヤーキーズが我が国でも知られるようになったのは、アトランタにあるエイモリー大学(Emory University)にあるヤーキーズ霊長類研究所(Yerkes National Primate Research Center)での研究でしょう。現在も約3,400頭の霊長類を飼育しながらDNA、健康や疾病などの研究をしています。

心理学のややこしさ その二十八 「ピグマリオン効果」

人は周りから期待されたり褒められると良い結果を示す傾向があります。この現象は「ピグマリオン効果(Pygmalion effect)」と呼ばれます。

ピグマリオンの語源はギリシャ神話(Greek myth)に登場するキプロス (Cyprus) の王で 「Pygmalion」のことです。彼は自分が彫った象牙の女性像と恋に陥るのです。自分の作品があまりにも素晴らしかったのでしょう。神がその彫像に命を吹き込むということが由来となっています。

「ピグマリオン効果」を研究した学者にロバート・ローゼンタール(Robert Rosenthal)がいます。1933年ドイツのギーゼン(Giessen)で生まれで、6歳のとき家族とアメリカに移民します。1956年にUCLAから心理学の学位を取得し、その後はハーヴァード大学(Harvard University)で30年以上も教えます。

ローゼンタールは同僚のジェイコブソン(Lenore Jacobson)と一緒に、「周りの人の期待の効果」を研究します。そして人は生まれ持った才能よりも、学習などで努力した過程を評価されることにより自信につながり、動機も維持できるということを主張します。この期待の効果は「observer-expectancy effect」とも呼ばれます。子供の成績も同じで、期待をかけられた生徒は伸び、期待されなかった生徒の成績は落ちる傾向にあったというのです。こうした子供の「自己実現への予言(self-fulfilling prophecies)」で大事なことは、偽りのない期待であるべきだということです。そのことによって積極的な信念と行動を育むのです。「ピグマリオン効果」は「教師期待効果」あるいは「ローゼンタール効果」とも呼ばれます。

「ほめ方」では他人との比較である相対評価ではなく、本人の努力に対する絶対評価であるべきでしょう。学校でも家庭でも子供のよいところはどんどん褒めるのは間違っていません。大抵子供は「褒められるとうれしい」ものです。

心理学のややこしさ その二十七 「メラビアンの法則」

心理学における研究には、まじめなものや少々胡散臭いものまでいろいろあります。UCLAの心理学者アルバート・メラビアン(Albert Mehrabian) が1971年に提唱した「法則」は法則といえるのかどうかを読者に判断してもらいましょう。

 

 

 

 

メラビアンの研究は、好意や反感などの態度や感情のコミュニケーションについてを扱う実験です。人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというものです。メラビアンによりますと人物の第一印象は初めて会った時の3〜5秒で決まり、またその情報のほとんどを視覚情報から得ているというのです。初対面の人物を認識する割合は、「見た目・表情・しぐさ・視線等」の視覚情報が55% 、「声の質・話す速さ・声の大きさ・口調等」の聴覚情報が38%、「言葉そのものの意味・話の内容等」の言語情報が7%であるというのです。緻密な分析結果であるかのような印象も受けます。

この情報の割合は、 1967年の論文「一貫性のないコミュニケーションの解読(Decoding of Inconsistent Communications)」に掲載されています。そこには「7-38-55のルール(7%-38%-55% Rule)」といわれます。「言語情報ーVerbal」、「聴覚情報ーVocal」、「視覚情報ーVisual」の頭文字をとって「3Vの法則」ともいわれています。

しかし、メラビアンの法則には異議が唱えられています。第一に、録音されたテープの内容が人為的につくられたものであること、第二に被験者は女性だけであったというのです。第三はポジティブな感情とネガティブな感情だけを取り上げた実験結果であるというということです。他の研究者もメラビアンの研究は検証する必要があることを指摘しています。