心に残る一冊 その123「樅ノ木は残った」 その十 仙台六十万石は安泰

伊達安芸宗重からの上訴により、地境争いの評定が始まります。大老酒井雅楽頭は、甲斐が実は宗重と繋がっていて、しかも自分が伊達兵部宗勝と交わした六十万石分割の密約の写しが甲斐の手元にあることを知り、大藩取潰しの野望が破れたことを察知します。

評定は板倉内膳正邸で行われる予定だったのですが、にわかに酒井雅楽頭邸に変わります。甲斐の意を受け原田家を出奔し、雅楽頭邸に勤めていた黒田玄四郎は邸内のものものしい動きを察知します。

「やむを得まい、秘策のもれるのを防ぐには知っているものをぜんぶやるほかはない、甲斐はその第一だ、彼はそれを知り六十万石を守る」
「しかしその代償は払わなければならない、評定の席に出る者にはみな、 その代償を払わせてくれるぞ」と呟くのです。

酒井雅楽頭が忙殺を命じた五人の仕手は、評定に喚問した伊達藩の四人の重臣、伊達安芸、柴田外記、古内志摩、そして甲斐を控えの間に襲って斬りつけます。それに気づいて評定の間に清直居士といわれていた久世大和守と板倉内膳正らが出てきます。瀕死の傷を負った甲斐は気力を振り絞って大和守に訴えます。
「私です、私が逆上のあまり、、これは甲斐めの仕業です、久世候、、」
「こやつの非で伊達藩に累が及ばぬようお頼み申し上げます、」
「安芸、甲斐も聞け、伊達のことは引き受けた、仙台六十万石は安泰だぞ」

公儀の裁きにより、後見の兵部と家族は所領没収の後、土佐高知藩にお預け、甲斐は「伊達騒動の首謀者」の汚名を着せられ、三人の息子は切腹、二人の嫡孫は死罪となり家名断絶となります。こうして兵部が逐われて、伊達家の禍根が絶たれます。十年余り続いた伊達騒動は幕を閉じます。

宇乃は、芝の良源院の方丈で住職の玄察と語らっています。外は雪です。宇乃は早くから、甲斐がなにごとかを為そうとしていたかを知っていました。
「おじさまは、はれがましいことや、際だつようなことはお嫌いだった」宇乃は玄察に云います。広縁に出ると伊達家の宿坊が並んでいます。昏くなり始めた庭のかなたをみます。

「雪はしだいに激しくなり、樅ノ木の枝々はいま雪を衣て凜と力強く昏れかかる光の中に独り静かにしんと立っていた」
「おじさま、、」宇乃はおもいこめて呼びかけます。すると樅ノ木がぼっとにじんでそこに甲斐の姿があらわれた、、、、、、