認知心理学の面白さ その三十九  アルバート・エリスと論理情動行動療法

アメリカの心理学者の一人にアルバート・エリス(Albert Ellis)がいます。伝記を読みますと、幼少期はつらい生活環境だったようです。5歳から7歳にかけて8度の入退院を繰り返したとあります。両親の病院訪問はほとんどなかったそうです。母親が情動的に不安定で家にいなかったこともありました。そのためエリスは兄弟姉妹の面倒をみなければならなかったと回想しています。折りしもアメリカは1929年に始まった大恐慌に見舞われます。エリスは兄弟とともに家族のために働かざるをえなかったようです。こうした複雑な家族で育ったエリスは後年の研究分野として双極性障害(bipolar disorder) といわれる躁状態とうつ状態の病相を繰り返す精神疾患の治療にあたることになります。

エリスは1947年にコロンビア大学 (Columbia University) で臨床心理学の学位を取得します。その後、ニューヨーク市内でアルバート・エリス研究所 (Albert Ellis Institute) を立ち上げます。やがてアメリカにおける認知的行動療法 (cognitive-behavioral therapies)の創始者の一人として活躍します。こうして精神分析学の世界から決別していきます。

エリスが唱えた療法は論理情動行動療法(Rational Emotive Behavioral Therapy: REBT)といわれます。日本人生哲学感情心理学会サイトによりますと、REBTとは「自滅的な行動を伴って自分を苦しめるような「不健康な感情」を「健康な感情」に変えていくように自分自身で取り組んでいく技法」と説明されています。「健康な感情」とは、自己の目的を妨げず、長期的に人生を楽しめる感情であるとします。

認知心理学の面白さ その十一 「認知療法」と「行動変容」

ドナルド・マイケンボウム (Donald Meichenbaum)という研究者が1977 年に著作のタイトルで初めて「認知的行動変容(cognitive behavior modification)」という用語を使います。彼は、自己教示トレーニングを強調し、外部からの強化による行動変容よりも「自分との内的な対話」を通して自己肯定的で問題解決に前向きに取り組めるような自己教示を行っていくことができると主張します。マイケンバウムは、「失敗したことやミスをしたことが事実であっても、その原因は自分の至らなさや足りなさを認めながらも、環境や偶然の要因も関係している」という現実的で問題解決を促進する認知を持つように勧めます。

マイケンバボムの研究は、主として障害のある人々の行動の変容に認知的な自己教示をすることによって、自分の考えを振り返り反省し、新しい行動につなげようとするものでした。彼の主張する認知的行動変容の理論に先立つのが、ベック(Aaron Beck) の「認知療法」であることは、すでにその一で説明しました。要はベックは人々が自身の経験をどう知覚しているかを検討することを重視し、その知覚がどれほど歪んでいるかを人々が認識し、その状況を評価するうえでの合理的な様々な可能性を秘めた考え方を見いだす助けを示すものでした。

「認知療法」は,感情や認知も行動の一部であるという主張のもとに「行動療法」と必然的に接近し、融合されていった経緯があります。それ故、「認知的行動療法」(cognitive behavior therapy: CBT)と呼称されるに至っています。CBTでは、自責的で悲観的な認知を修正していくための「認知的アプローチ」と非適応的で効果の乏しい行動を改善していくための「行動的アプローチ」との二つの技法が組み合わされて行われます。