文化の日を考える その十二 広場と市民と文化

一度、娘とエストニア(Estonia)の首都タリン(Tallinn)を訪れたことがあります。ヘルシンキからフェリーでバルト海峡を三時間。ソ連崩壊後の1991年に独立を宣言した新しい国です。ドイツ、ロシア、デンマーク、スウェーデンなどに翻弄された独立に至る長い歴史があります。

url beograd-talin-avio-karte imagesタリンの街には古い教会が建ち並び、城壁で囲まれた広場があります。タウンホールといういわば役場が広場の一角にあり、説明書きによるといろいろな集会が開かれたとあります。さらに広場には、商工組合の原点とされるギルトのあった建物があり、政治とは切り離された独自の商行為をしていたことがうかがわれます。その建物は歴史博物館となっています。

広場が文化の形成にどのような役割を果たしたかを考えています。人との出会いの場、それが広場の役割です。「人」と「もの」と「情報」が混じり合うのが広場です。今でいうファーズマーケット(Farmer’s Market)が何世紀にもわたって開かれたところです。「情報」とはものの値段を決めるものです。こうした人々の行動を左右するのが文化の総体ということのようです。

文化を生み出した広場の歴史は、赤の広場 (Red Square)、天安門広場、トラファルガー広場 (Trafalgar Square)、シャルル・ド・ゴール広場(Place Charles-de-Gaulle)など人間のエゴがプンプン臭うようです。魔女狩りが行われ、火あぶりやギロチンなどのみせしめの処刑が行われ、国威高揚のような戦車やミサイルのパレードが繰り出すところです。広場の所産ともいえる文化の一面です。