Intermission:  その四 手書きと「もがり」 と生前退位

08syouwa_07 20101015134213a37 201306100434482dd「もがり」という言葉を生まれて始めて知りました。その漢字と意味がわからず家内にもききましたが、それも無駄でした。そこで「字訓」と「新漢和大字典」 をひらき漢字とその意味とをじっくりと確かめました。「もがり」 のきっかけは、先日の「天皇陛下のお気持ちを表明」 です。まだ 「もがり」の漢字を手書きができないのでひらがなを使うことにします。お気持ちを表明の一部を引用すします。

「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が1年間続きます。」

さて、字訓と新漢和大字典によると「もがり」 という漢字は「殯」とあります。音読みは、「ひん」、訓読みは 「かりもがり」 とあります。「さしおく、むかえる、おくる」 ともあります。字訓では、「かりもがり」 とは、「本葬以前に屍の風化を待つ礼で、板屋に収めてその風化を待つ」とあります。それが「殯礼」と呼ばれ、古く複葬の形式が行われたというのです。新漢和大字典によれは、「歹」は死体のことで、「賓」 は「おそばにおる」という意だそうです。ですから「殯」 とは、「死人をそばにいる客としてしばらく身辺に安置すること」 とあります。

「殯」 とは、古から続く皇室にまつわる葬儀儀礼であることがわかります。死者の最終的な「死」を確認することが「殯」という儀式であることがわかります。「お気持ち表明」には、「個人」という言葉が使われていますが、市井の一個人とは違います。

天皇とは一体どのような存在なのでしょうか。天皇はもはや現人神ではありません。ですが単なる一個人でもありません。選挙権もありません。天皇の人権とはなんなのでしょうか。あらゆることに時があります。区切りがあるのです。私たちは65歳や70歳で定年退職します。天皇陛下がお亡くなりになられるまで、象徴とはいえ皇位を継承するというのは、惨いことではないでしょうか。「天皇の終焉」というお言葉も大胆な表現です。ご自身、「早く自由にさせてくれ、、」という叫びがにじみ出ているように思えてきます。

私は天皇陛下の五年後、生前退位をされ「私」となったお姿を空想するのです。姓をもらい介護保険料を払うお姿です。晴れて選挙権を得て、デイケアセンターに出掛け囲碁を打ち、仲間と風呂に入り政治のことで雑談するお姿です。図書館で調べものをし、疲れたらスタバに入り珈琲を啜り、牛丼屋に入り庶民の暮らしを感じるのお姿です。

識者は生前退位のいろいろな課題を指摘しています。これから長い時間をかけて有識者会議なるものを組織して話し合うとのこと。結論が出る頃、天皇陛下はどうなっているでしょうか。よれよれになっても象徴であられる痛々しいお姿でしょうか。生前退位の規定をできるだけ早急に設けること、そのことこそが天皇陛下のお心を忖度することではないでしょうか。

Intermission: Can Handwriting Make You Smarter? その三 パソコンと手書きの違い

University_of_Nebraska_seal 1024px-WashUShielding.svg 804px-Princeton_shield.svgパソコンを使い記録することは、記憶という観点からは短期間ならば有効だといわれます。セントルイス(St. Louis) にあるワシントン大学(Washington University in St. Louis) の研究者らが、2012年に学生80人を対象に実施した実験で講義の直後にテストを実施しました。それによりますとパソコンでノートを取っていた学生の方が手書きの学生よりも講義で話された事実を多く思い出し、点数がやや高かったというのです。ただ、こうした優位性は一過的だったということも指摘しています。

他の複数の研究によると、パソコンを使っていた学生は24時間後には記録した内容を忘れてしまうことが多かったというのです。また、大量のノートを見返しても記憶したことを想起するのに有効ではなかったといわれます。記憶が深層にまで及んでいなかったようです。

対照的に、手書きでノートを取った学生は講義内容を長く記憶でき、1週間後でも講義で示された概要をよく覚えていました。この事実について専門家らは、書くというプロセスがより深く情報を記憶に焼き付けると指摘しています。また、手書きのノートはよく整理されているため、復習にもより大きな効果を発揮するといわれます。

心理学者であるプリンストン大学 (Princeton University) のパム・ミュラー(Pam Muller)とUCLAのダニエル・オッペンハイマー(Daniel Oppenheimer)は、2014年に行った3回の実験で、学生にアルゴリズムからコウモリまで幅広い話題を聞かせ、キーボードか手書きでノートを取ってもらいました。学生にはノートを見て復習する機会を与え、講義直後と1週間後に67人にテストを実施しました。

その結果、この二人の研究者は心理科学の専門誌で、手書きでノートをとった学生が記録した単語数は少なかったものの、書く時に題材をより集中して考えたようで、耳にしたことをより深く吸収したようだと述べています。

半面、パソコンを使う学生は機械的にノートを取り、聞いたことを一語一句そのまま打ち込んでいました。問題はパソコンを使う人には逐語的にノートを取る傾向があることです。ネブラスカ大学リンカン校(University of Nebraska-Lincoln)のケン・キウラ (Ken Kiewra) は「皮肉なことに、速く記録することができるのがノートパソコンを使うことの魅力だが、逆にそのことが学習の効果を減らしている」と述べています。

Intermission: Can Handwriting Make You Smarter? その二 エジプトの書記とパピルス

hPo5jGgpgss eji00273 1117402_42516194Wall Street Journal の記事を紹介することにします。手書きとパソコンによる記録と記憶の比較についてです。

パソコンやスマホ、電子辞書などのおかげで、今や紙や鉛筆は古くなりつつあるかにみえます。しかし、新しい研究はこうした道具を再認識し、手書きすることが学習に非常に効果があることを示唆しています。特に学校や大学では手書きが見直されています。

プリンストン大学 (Princeton University) やカリフォルニア大学ロサンジェルス校 (University of California-Los Angels: UCLA) の研究者は、手書きをする学生のほうが、キーボードをたたく学生より成績が良いと指摘しています。特に、手書きをする学生はキーボードを使う学生に比べて、学習したことを長く記憶し、新しいアイディアを理解するのにたけているというのです。ネブラスカ大学リンカン校 (University of Nebraska, Lincoln) の教育心理学者も「手書きする者は、自分の考えを上手に表現する」ともいっています。

古代エジプトの書記が、パピルスに葦の筆で文字を書き残して以来、手書きは多大な貢献してきました。古代の人々は見聞したことを確かな記録として後生に残し、歴史を今に伝えてきたのです。

大学での実験研究はこぞって脳画像の検査によって、手書きすることは脳の活性化を促すことが判明したとしています。手書きは非常に顕著な情報処理のことであり、講義や授業で得た情報を深く心に刻むことに役立っているとも結論づけています。

手書きといえば、17世紀に作られた鉛筆に始まり、万年筆が1827年に、ポールペンが1888年に、そしてフェルト筆が1910年に作られるという展開になりました。ですがそうした筆記用具の役割は時代を経ても大きな違いがありません。書いて記録にするという点で共通しています。

今日、ほとんどの学生はノートパソコンを持っているので、大学の教室でカタカタとキーボードが響いています。確かにキーボードのほうが手書きよりも多くのことを記録できます。キーボードでは毎分33文字を入力できるのに対して、手書きでは22文字を筆記することがせいぜいです。

しかしです。

Intermission: Can Handwriting Make You Smarter? その一 手書きの効能

「居眠り磐音 江戸双紙」に少し休憩させていただくことにします。

1 e0253707_15254411 68b0faf8作家、リービ英雄 (Hideo Levy) 氏の必需品は原稿用紙。それをいつも手元に置いていると語っています。「星条旗の聞こえない部屋」とか「ノベンバー」、「仲間」、「千々にくだけて」といった短編小説を書いています。読んでみるとなにか自叙伝か私小説を書いているかのような印象を受けます。18歳まで日本語を手書きできなかったとも回想しています。

私も手元に置いているものがあります。A4版のノートと葉書、そして便箋です。ノートはもう30冊以上になっています。長年、手書きで一日1,000文字以上を書くように心掛けているのでその「集大成?」のような分量です。数字やローマ字を含めての1,000文字です。特に新しい漢字、書けない漢字は手書きによって覚えるようにしています。ワープロでは読める漢字はすぐ打ち出せますが、手書きできないものがたくさんあります。手書きがでないということは、いまだ覚えることができていないということです。

礼状や手紙は必ず手書きで出すようにしています。その際、書けない漢字はひらかなで書くことにしています。それが情けなく悔しいのです。親父が96歳で他界したとき、彼の所蔵品を整理していると日記が出てきました。たかが十数行ですが、毎日起こったこと、出会った人、会話したことなどが記されていました。私は、それ以来手書きを励行しています。

いつも「躊躇」なく、手書きの困難な例として持ち出すのが、「薔薇」という語です。大抵は「バラ」というように表記されのですが、これではRoseの香りと色の深みが伝わりません。「Roseは薔薇」でなければならないのです。

Wall Street Journal の2016年4月4日に掲載された「Can Handwriting Make You Smarter?」という記事を読みました。「手書きは人を賢くするか?」という題です。これを読みながら、手書きを推奨する者として溜飲が下がる思いをしました。なにか爽快な気分です。

新しい漢字や熟語は読めても、手書きで何度も何度も書かないと覚えることができません。書くという行為によって漢字の形や筆順が記憶に深く刻み込まれるのです。手書きによって漢字のパタン画像が脳に残るのです。電車の中や街を歩きながらスマホでなにやらタッチしているのは日常的な光景です。でもこうした人は、難しい漢字は書けっこありません。タッチやキーボードでは筆順が省かれるので、いざ筆で書くとなると困るのです。

外国語の単語を覚える場合も全く同じことがいえるのです。「Serendipity」という単語があります。”偶然に予想外のものを発見すること” とか、” 知らなかった価値を見つける” という意です。何度も繰り返して学ぶことによって「Serendipity」が書けるようになるのです。