音楽の楽しみ その29 合唱曲の数々 「カチューシャ」

長女の旦那はロシア系アメリカ人。1990年代後半にモスクワからアメリカに移住したようです。モスクワ時代はソビィエト陸軍で兵役に就き、大陸間弾道弾の発射基地にいたことがあります。1976年9月に起こったMiG-25 (ミグ25) の函館空港着陸、ベレンコ中尉亡命事件も良く覚えているといっています。

時々会ってパーティをしたりして酔ってくると一緒に歌うのが「カチューシャ (Katyusha)」や「カリンカ (Kalinka)」です。この2曲も北大合唱団で歌いました。実はこの歌は、私の父親も酔うと良く歌っていました。1945年9月に樺太で2年間の抑留生活をおくります。そのとき、兵隊と一緒にウオッカを飲んでは歌ったのがこの曲だったようです。父は、ロシア語で簡単な会話ができたようで、兵隊は彼を「ケンゾー」と呼んでいたとか。発音しやすかったのでしょう。その当時、日本人はロシアの兵隊を「ロスケ」とか「露助」と呼んでいました。

「カチューシャ」とはエカテリーナ(Ekaterina)の愛称形だそうです。エカチェリーナとも表記されるエカテリーナという名前は、ロマノフ朝 (Romanov) 第2代の皇帝ロシアエカチェリーナ1世が有名です。ピョートル1世の后だったですが、夫の死後女帝になります。ロマノフ朝第8代ロシア皇帝エカチェリーナ2世もまた政治的にも私的生活においても話題の多かった女性といわれます。彼ら二人がカチューシャと呼ばれたかどうかは定かではありません。

さて、「カチューシャ」という曲は、娘が川岸で恋人を思慕する姿を描いた1938年頃の歌曲とされます。当初の歌詞は2番までしかなく、カチューシャの恋人が兵士として徴用されていることを示唆する内容となります。1938年10月にナチスがチェコスロバキア (Cesko-Slovensko)からズデーテン (Sudeten) 地方を割譲したり、日本軍による広東が占領され、ナチスのユダヤ人迫害が始まった年です。こうして不穏な世界情勢を反映して、国境の警備に当たる兵士が故郷の恋人を想うという設定で3番と4番の歌詞が書き足されたようです。

やがて1941年6月に独ソ戦といわれる大祖国戦争が始まります。それとともに戦場の兵士に広く愛されて歌われるようになり、代表的な戦時流行歌となったといわれます。戦後になっていわゆるロシア民謡を代表する一曲として、我が国でも「ともしび」などとともに、うたごえ運動で盛んにうたわれた曲です。

リンゴの花ほころび
 川面に霞たち
  君無き里にも
   春は忍びよりぬ


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