初めに言葉があった その24 「民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった」

今の日本の政治について、私たちは、「一体どうなっているのか、日本はどうなるのか」という問を投げかけています。このいい知れない政治の不安に怯えたり、呆れたり、諦めたくなるような気分にもなります。かつては積極的に政治に参加していて、挫折や幻滅を味わったことで投票から離脱する人も大勢います。

「民の心は鈍り」とは、政争に明け暮れる為政者のことであり、もうけ主義だけに走る企業家であり、回りの人々や話題に無関心になった大衆のことです。一体なんのために、どのように生きるかについて無頓着になった人々です。

「耳は遠くなり」とは、難聴のことではありません。聞く耳をもたないこと、大事なことを聞こうとしない態度です。なにが大事でなにがそうでないかを聞き分けることが難しくなることです。

「目は閉じてしまった」とは、ものごとを真正面から見ない態度です。大事なものを見分けられないことです。心眼という題の落語があります。目の不自由な男が、夢の中で目が見えることによって自分の妻の優しさを失いかける話です。そして、「やっぱり目は不自由なことのほうがええ、そのほうがよーく見える」と述懐するのです。

政権が変わっても、企業と政治家の癒着が続いています。大臣室での口利きや金銭のやりとりも行われています。いつの時代においても、古典的な賄賂と汚職が横行し、これなしでは商いはうまくいかないようです。「職務を辞するのは国会審議に悪影響を与えないため」というのは、自分の行為は悪くはなかったといったニュアンスが感じられます。虫唾が走る思いです。そういえば、藤沢周平や佐伯泰英の時代小説の主題は政治とカネを中心とした利権争いです。

厭世的な気分になりがちなのが今の政治の有りようかもしれません。それでも私たちは批判的な精神を失ってはなりません。


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