ウィスコンシンで会った人々 その107 泥棒噺 「転宅」

間抜けな泥棒としっかり者のお妾さんとの噺である。侵入してきた泥棒から手練手管を使って金を巻き上げる。どうも落語の世界では女性は優位、男性は誠に情けない有様だ。

とある妾宅である。旦那が二号のお梅に金を渡し、お梅に送られていく。それを泥棒が聞きつけ妾宅に忍び込む。泥棒、残り物をムシャムシャ食っている。そこにお梅が帰って鉢合わせ。泥棒、お決まりのセリフですごんで見せるが、お梅は驚かない。

お梅は泥棒に身のうちを明かす。「あたしも実は元は同業で、とうに旦那には愛想が尽きている」、「あたしみたいな女でよかったら、一緒になっておくれでないか」言いだしたから、泥棒は仰天。泥棒は舞い上ってとうとう夫婦約束の杯を交わす。

そう決まったら今夜は泊まっていくと図々しく言いだすと「あら、今夜はいけないよ。二階には旦那の友達で柔術をやる用心棒がいるから駄目。明日のお昼ごろ来てね。合図に三味線でも弾くから」。明朝忍んでいく約束をしながら、「亭主のものは女房のもの。このお金は預かっておくよ」と泥棒は稼いだ金をお梅に巻き上げられる。

翌朝。うきうきして泥棒が妾宅にやってくると、あにはからんやもぬけのカラ。慌てて隣の煙草屋のお爺に聞くと、「いや、この家には大変な珍談がありまして、昨夜から笑い続けなんです」、「女は実は、元は旅稼ぎの女義太夫がたり。方々で遊んできた人だから、人間がすれている」、「女の家というのは平屋、二階なんてありませんよ。そろそろ間抜けな男が現れる頃、一緒に笑ってやりまひょう、」、「お後が怖いというので、明け方のうちに急に転宅してしましたよ」

間抜け泥棒 「えっ、引っ越した。義太夫がたりだけに、うまくかたられた(騙された)」

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ウィスコンシンで会った人々 その50 粗忽噺

「粗忽」。なんとも響きがよい。そそっかしい、あわてんぼうということである。広辞苑によると、 軽はずみとか唐突でぶしつけといった意味もある。

江戸時代、しばしば大火が起こり、そこら中に安普請のアパートが造くられた。長屋である。そのせいで宿替えとか引っ越しが日常的であったようである。「粗忽の釘」はそのような江戸の下町が舞台である。

粗忽者の亭主にしっかり者の女房が引っ越ししてくる。亭主はそそっかしいだけあって、運ぶ荷物を後ろの柱と一緒にくくってしまったり、それに気付かず担ごうとしたり、旧宅を出るまでに一騒動が起きる。女房が新宅にきちんと引っ越しても、亭主野郎はやって来ない。道に迷うわ行き先は分からなくなるわ。やっとの事で辿り着いた亭主に、呆れながらも女房は頼む。
「お前さん、ほうきを掛けたいから柱に長めの釘を打っとくれよ」
 「よしゃ、俺は大工だ、任しとけ!」

亭主はいい気になって釘を打ったが、調子に乗ってすっかり釘を打ち込んでしまう。それも柱ではなく壁に。おまけに八寸の瓦ッ釘。これが隣の家の仏壇の横に飛び出て、騒動の始まりとなる。

「転宅」という泥棒噺も粗忽の代表といえようか。大抵、落語の泥棒といえば間抜けなものと決まっている。お妾のお梅ところから旦那が帰宅する。お梅が旦那を見送りに行く。その留守にこそ泥が侵入してきた。この泥棒、旦那が帰りがけにお梅に五十円渡して帰ったのをききつけそれを奪いにやって来たのだ。

泥棒、座敷に上がりこみ、空腹にまかせてお膳の残りを食べ始める。そこにお梅が入ってきて鉢合わせる。慌ててお決まりのセリフですごんで見せるが、お梅は驚かない。それどころか、「自分は元泥棒で、今の旦那とは別れることになっている。よかったら一緒になっておくれでないか」と求婚する。

泥棒すっかり舞い上がってしまい、デレデレになってとうとう夫婦約束をしてしまう。そして形ばかりの三三九度の杯を交換する。「夫婦約束をしたんだから、亭主の物は女房の物」と言われ、メロメロの泥棒はなけなしの二十円をお梅に渡してしまう。泥棒は、今夜は泊まっていくと言い出すが、お梅がとっさに「二階に用心棒がいるから今は駄目。明日のお昼ごろ来るように」といって泥棒を帰してしまう。妾宅は平屋なのを泥棒は知らない。

翌日、ウキウキの泥棒が妾宅にやってくるとそこは空き家になっていた。近所の煙草屋に、お梅はどうしたかときくと、仕返しが怖いので引っ越したという。
「お梅は一体誰か、、」
「誰かといって、お梅は元義太夫の師匠だ」
「義太夫の師匠? 見事に騙られたぁ!」

「騙る」は「語る」を引っかけた落ちとなっている。「騙る」は「騙す」という意味ともなる。なんとも粗忽でおかしみのある泥棒である。

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